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第二十二話「影の思惑と現場の事情について」

毒蛇の鼓動

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 コンテナ区画に併設されている、大型の倉庫の奥。すぐ隣に、白い戦闘服姿の女性を立たせた、スーツ姿の男がいた。彼は、狼狽えた様子で周囲を見渡している。爆発音がする度に、びくりと身体を震わせる、気の小さそうな男だった。

 逆に女性は爆発音がしても動じていない。茶髪の髪を後ろで一本に括った、細い目に妖艶な笑みを浮かべた美女だった。
 その女は、なんてことなしにリラックスした様子で、場違いな事に、爪磨きで自身の爪の手入れをしていた。周囲の喧騒など、耳にも入らないといった風である。

 男は、この女達と関わりを持ったのが全ての間違いであったと、今更ながら後悔していた。彼は、ロシア陸軍から、正に奇跡とも言える運の良さで最新鋭の試作機を盗み出すことに成功した。それを、いつもの買い手に明け渡す段取りをつけたところまでは良かった。

 良くなかったのは、これまで全く気付かれていないと思っていた商いが、ロシア政府にバレていたという事と、今回の件で見逃されていた一線を超えてしまったことだろう。まさか、日本にまで特殊部隊が送り込まれるなんて、思っても見なかった。

 その上に、どこから嗅ぎつかれたのか、自衛隊まで出てきた。それもこの倉庫をすでに包囲しているらしい。それを聞いた男は、そのまま取引はご破算になり、自分もお縄に着くかと怯えていたのだが、それらの話を聞いていた、隣にいる取引先の相手は、なんて事なしに言ったのだ。

「それでは、予定を少し早めましょうか」

 その一言で、連れていた部下らしい男たちは、取引物であるペーチルSに乗り込んで行き、内の何人かは、アタッシュケース型の物を持って、倉庫から消えていった。

 早めるって何を、と聞いても女性は薄い笑みを浮かべたまま答えようともしない。男には、目の前の女が考えていることも、その目的も、見当が付かなかった。

 周囲を包囲されているのでは、ここから逃げ出すわけにも行かない。しかし、大人しく捕まるわけにも行かない。どうしたものかと男が迷っていると、女性が突然、口を開いた。「さて、そろそろでしょうか」と言って、爪磨きを戦闘服の胸ポケットにしまった。

「私はお暇させていただきますね。あ、それと周囲を包囲されているというのは恐らくブラフですから、そんなに怯える必要はないと思いますわよ?」

「な、なんの根拠があってそんなこと言えるんだ……」

 男は訝しげに女性を見たが、意図の読み取れない笑みを浮かべたままで、その真意は悟れない。

「この辺りにある基地、その戦力、警戒されてからの期間を考えれば、自ずと解ることですよ」

 そう言って、女性は倉庫の奥に控える、蹲るようにして待機状態に入っている一機の鉄の巨人へと向いて、惚れ惚れしたような表情でその機体を眺める。

「それにしても、貴方も良い仕事をしてくれましたね。事の隠蔽が杜撰だったことを除けばですが」

「そ、それを渡せばあんたらとも縁切りだ。これからは関わらないと約束しただろう」

 そう、男はこの仕事を最後に足を洗うつもりだった。祖国に帰るのは余りにも危険なので、日本に帰化して、港にある小さい工場からでもやり直そうと考えていたのだ。浅はかな考えだったが、それでもこの男にとっては、それが唯一の将来設計であった。これまで稼いだ資金もあるし、それでも暮らしてはいけるだろうと考えているのだ。

「ええ、そういう約束でしたわね。ちゃんとわかっていましてよ」

 女性は振り返りざま、腰のホルスターから拳銃を取り出した。その仕草が余りにも自然だったので、男はそれが通信機か何かなのではと錯覚したほどだった。しかし、それは紛れもなく拳銃で、その照準は男の額にぴたりと当てられていた。

「お仕事お疲れ様でした。本当に感謝しています」

 倉庫の中に銃声がこだました。血液が飛び散り、男はどさりと崩れ落ちた。彼は結局、撃たれる瞬間まで、何が起きたのか理解できなかった。

「さて、と」

 女性はホルスターに拳銃をしまうと、巨人のコクピットに向かって、ゆったりとした足取りで、鼻歌を歌いながら歩き出した。そして巨人の足元にたどり着くと、するりと機体を登り、その胎内へと潜り込む。

「それでは、お仕事と参りましょう。ガデューカ」

 倉庫の中で、また一体の巨人が起き上がった。

 ***

「これで五機目だぁ!」

 高振動ナイフを胴体に突き刺して、仰向けに倒れた敵機を尻目に、志度は周囲を見渡した。周囲には未だに白煙が舞っており、視界は優れない。
 今ので数を減らした為か、それとも相手も警戒しているのか、新しい敵影は見えない。センサーも機能を回復しつつあるが、それらしい反応はない。

(これで全滅か……?)

 少しだけ警戒を解いて、ひとまずず、戦闘の最中ではぐれてしまった僚機、心視と比乃へ連絡を取ろうと、通信機をオンにしようと手を伸ばした。その直前、真横の煙幕に影が映った。

「六機目?!」

 操縦桿から手を離していても、機体が志度の思考を拾い上げた。Tkー7が振り向いて、短筒を構えた。次の瞬間。メインカメラの視界いっぱいに機械の壁ーーAMWの掌が映ったかと思うと、志度の頭上で破砕音がした。視界が真っ暗になる。

「カメラをやられた?!」

 一瞬で頭部を破壊され、驚愕する志度。数瞬して、サブカメラによる不明瞭で不完全な視界が復旧したが、その時には、敵は背後に回っていた。
 志度は驚異的な直感と音でそれを察知し、背後に短筒を向け、迷わず発砲。しかし、弾丸は敵を捉えることなく虚空を飛んだ。また次の瞬間には右腕を取られ、コクピットへの衝撃の後に脱落した。

 完全に翻弄されている。右腕が捥がれたのと同時に蹴りを見舞うが、それも空を切った。今度こそ敵を見失った志度が、思わずセンサーに目をやるが、敵影を捉えられていない。ステルスという単語が脳裏に浮かぶ。敵の所在不明。次の一撃は防げない。志度の心を恐怖が支配した。

(やられる……!)

 思わず目を固く瞑る。だが、一秒、二秒、三秒経っても、その時は訪れなかった。目を開けて周囲を見ると、その敵は損傷したTkー7改という痕跡のみを残して、跡形もなく消えていた。

「……ちくしょう!」

 見逃された──その事実と、そのことに安堵してしまった自分に、志度は猛烈な悔しさと屈辱を感じ、拳を振り上げてコンソールを叩き割った。
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