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第二十五話「動き出す闇と新型の優劣について」

性能を引き出した者

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 至近距離の斬り合いの中、Tkー10が放った横合いからの一閃。それが遂に、Tkー11の白い脇腹を抉った。AIが即座に損傷を確認し、報告、同時にダメージコントロールを行う。

 《警告 冷却系に異常発生 機体温度上昇中》

「長くは保たないか……!」

 ダメージに耐えかねたかのように横に倒れそうになった白磁の機体に、漆黒の機体が更に襲いかかる。機体が倒れかけた所で、背中の羽根が稼働し、自機を支えた。もう片方の羽根が、地面を叩いて横向きに跳躍し、狂気の刃の間合いから機体を逃した。後部座席の相方による咄嗟のアシストで、比乃は難を逃れた。

「助かった心視!」

「動かし方の、コツは掴んだ……」

 横転して体勢を立て直したTkー11の羽根が前方にせり出すと、砲門の下から両腕に付いているのと同じ、薄緑色に輝くブレードが飛び出す。この羽根は射撃だけでなく、格闘戦にも対応しているのだ。付いている箇所と、可動域の関係で扱いが難しいそれの扱い方を、心視は把握した。

「ここからは、私も混ざる」

「任せた!」

 四本腕に四本の光分子カッターを備えた機体が、反撃開始とばかりに黒い機体に躍り掛かる。
 機士二人による同時攻撃に近いその動きに、これで形勢は有利になると思われた。が、相手も背中の羽根を前方に展開されたかと思うと、その先端から輝くブレードを迫り出させた。上下左右からの斬撃を、同じ本数になったカッターで受け止めて見せたのだ。

 こちらは二人で制御しているのに対して、相手は一人で機体を制御しているはずである。一人で四本の腕を扱いきるとは、並大抵のことではない。それも、二人掛かりに対抗してみせるなど。

「くそっ、化け物かっ!」

 思わずそう言わずにはいられない。言いながら、更に斬撃を加えるも、その全てが弾かれ、避けられ、時には反撃の刃も飛んできて、こちらの装甲を抉る。

 《肩部装甲損傷 ダメージコントロール》

 とんでもない相手だ。初めて乗る特殊な機体でここまでやるとは、比乃は恐怖半分、感嘆半分の心境でカッターを振るい続ける。とにかく、距離を取らせる訳にはいかない。射撃戦になったらこちらは圧倒的に不利なのだ。

 しかし、近接戦では有利というわけでもなかった。相手はほぼ無傷なのに対し、こちらは細かい傷が全身至る所に付けられていた。攻撃に転じていたはずなのに、気付けば、切り結ぶのがやっとな状況に押し戻されている。

 実質二体一にも関わらず形成不利な状況が、比乃の焦りを生んだ。大振りになった斬撃を、黒い機体がヒラリと避ける。そして、生まれた隙を見逃す程、相手は甘くなかった。避けた勢いのまま、斬撃が飛び、Tkー11の右腕が切断された。カッターを露出させたままの肘から先が、空中を舞う。

「しまった……!」

 悔やんでも遅い。そのまま続けて胸部に向かって突き出された一撃を、機体を捻ることで強引に回避。更に背中の一対の羽根からも刺突が来る。それを心視が辛うじて防ごうとして、しかし崩れた体勢では完全い受け流すことが出来ずに失敗した。一本は弾けたが、もう一本の刺突が、胴体に突き刺さるのを、比乃は超人的な反応速度で残った左腕で防ぐ。

 切断音を立てて、突き刺さったカッターが左腕をズタズタに破壊する。両腕を失い、バランスも崩れた機体に黒い機体の蹴りが入り、Tkー11は無様に吹っ飛び、転倒した。ビルにもたれ掛かった状態で動きを止めた白い機体に、黒機体の砲門が向けられた。



「少し、残念な最後でしたわね」

 Tkー10のコクピットの中、息を切らしながら、ラミアーは呟いた。先程まで心を焦がしていた興奮が、急速に熱を失って冷めて行く。もう少し、粘ってくれればもっと楽しめた物を……非常に残念である。

 しかし、ラミアーも機体は無傷ながらも、その心身は疲労感に染まっていた。通常の人間には無い、副腕という機構を、一人で思考制御して格闘戦を行なったのである。気を抜くと、脱力してしまいそうな程に、思考を酷使していた。

「これでは、欠陥機扱いされるのも納得ですわね……」

 人知れずそう呟いて、ラミアーは背中の砲門をTkー11に向けた。これ以上遊べないというのなら、いっそ壊してしまおう──受けていた命令は機士と機体の鹵獲だったが、そんなことなど、彼女の脳の片隅にも残っていなかった。あるのはただ、遊べなくなった玩具の後始末についてだけ。

 こういう時の後始末というのは決まっている。使えない玩具はゴミ箱に、それが基本だ。

「さようなら日比野さん、少しは楽しめましたよ」

 少し名残惜しそうに言って、操縦桿のトリガーを引き絞る。二門の砲口から、大口径の弾丸が発射された。



 打撃を受けて歪んだコクピットの中、HMD越しに外景を見る比乃の目には、それがスローモーションのように映った。向けられた砲身から発射された弾丸、こちらに向かってくるそれに、目が釘付けになる。後ろの席の心視から声はない。小さく呻く声が聞こえた。気絶しているらしい。

 ここで死ぬのか?  心視と共に?  こんなところで?

 その事実に対し、集中力が極限まで引き出される。刹那の時間が伸びる。頭に流れていたいつもの異音が、綺麗さっぱり消え去った。AIが《受信指数 限界突破》とアラームを鳴らす。迫る弾丸。

 そんなの──ごめんだ!

 比乃が念じる。コンマの反応で機体がそれに応じた。背中のフォトンウィングが瞬時に前に迫り出し、念じられた通りに、最大出力で前方の空間、砲弾が迫るその場所を“叩いた”。そして生まれた光の障壁が、大口径の弾丸を真正面から捻り潰した。

「う、おおおおお!!」

 比乃が咆哮をあげる。背中に戻ったフォトンウィングが閃光を上げて、背面のビルを叩く。超加速したTkー11が、驚愕に身を固めたTkー10に激突した。



「そんな、まさか?!」

 ラミアーはここに来て、初めて驚きの声をあげた。そして衝突。体当たりを受けた衝撃に身を揺らす中、起こった現実を冷静に分析しようとする。そこにあるのは単純な事実だけ。
 相手が神業のようなタイミングで、フォトンウィングによる障壁を展開させることで弾丸を弾いた。そうとしか言い表せない。

 相手のTkー11の情報はある程度目にしていたが、そんなことが出来るポテンシャルを秘めているなど、信じられなかった。

 集中を乱したラミアーの乗るTkー10が、Tkー11の大破した左腕による拳が立て続けに叩き付けられて装甲を歪める。ここまで、伏木港の時の再現とは、ラミアーは何発目かの拳を受け止めて、そのまま捻じ上げようとした。捻じ上げて動きを封じた所に、とどめの刺突を食らわせようと構える。

 だが、それより早く、相手は驚くべき行動に出た。背中のウィングに内蔵されている光分子カッターで、掴まれた腕を寸断したのだ。心視というサブパイロットを失ったこの土壇場で、単座による背中のウィングを操作してみせたのだ。

「なっ!?」

 すっぽ抜けた腕を引っ張ってバランスを崩して、致命的な隙を作った漆黒の機体に、白磁の機体が蹴りを繰り出す。比乃の嘆願で取り付けられた機構。足の裏から鉄杭を吐き出したそれによる蹴りが、黒い胴体装甲へと走る。

 それが胴体に直撃する直前、ラミアーはふっと笑った。

「それなりに楽しめましたし、良しとしますか──」

 鉄杭が、装甲の薄い漆黒の胴体を深く深く抉り抜いた。人喰いの女蛇は、もう狩りに出ることはない。

 蹴りを受けた機体が、操縦者を失い、背中から地面に崩れ落ちる。そして潰れたコクピットの中、そこから電子音が鳴り響いたかと思うと、次の瞬間、胴体を中心にTkー10は大爆発を起こした。余波に巻き込まれたTkー11が吹っ飛び、四肢を欠損させ、遂に比乃も意識を手放した。
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