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第二十五話「動き出す闇と新型の優劣について」
責任の在処
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比乃が目を覚ますと、清潔感のある白い天井が目に映った。自分の身体にシーツが掛けられていることから、ここはどこぞの医務室であることを察した。
なんだかこのパターンも久しぶりだな。と身を起こして左右を見ると、志度と心視が、隣に並べられた簡易ベッドの上で、静かに寝息を立てていた。
首を巡らせて、壁に掛かっていた時計を見るに、事の発生から一時間前後経った所だった。三人揃ってこうして医務室に横になっているということは、テロ騒ぎは一先ず解決したと見て良いだろう。それを認識すると、どっと疲労感が沸いてきて、比乃は再びベッドに倒れこんだ。
Tkー10、機体もそうだが、それに乗っていた操縦者はとんでもない強さであった。あそこで機転が利いて、尚且つ、それを実行するだけの性能がTkー11になければ、自分と心視は死んでいただろう。本当に、ぎりぎりの戦いだった。
しばらく横になって、先ほどの戦闘のことを思い返していると、医務室の扉が開いた。初老の顔に白衣。楠木博士だった。博士は比乃が目を覚ましていることに気付くと、神妙そうな顔でベッドの脇まで歩いてきた。
(やばい、Tkー11壊したことかな)
叱責を受けると思い、慌てて身を起こす比乃の目の前まで、博士が歩いて来る。それに対し、どう声をかけたら良いか迷っている比乃の前で、
「日比野三曹、本当に、本当に申し訳なかった……!」
と、博士は謝罪の言葉を口にして頭を下げた。「え?」と固まる比乃に、頭を下げた姿勢のまま話し続ける。
「Tkー10とネメスィの模擬戦を許可、許可したのはこの私だ。PMCを、PMCを呼んだのも私だ。今回の件、全て私の失態だ。それに巻き込んでしまったこと、いくら、いくら謝罪しても足りん……すまない、すまない!」
その勢いで、土下座でもしそうな程に頭を下げ続ける博士に、比乃は「いやいやいや、頭を上げてください」と慌てた様子で言った。
「確かにPMCを呼んだのは博士ですけど、上が審査諸々を通したPMCがテロリストだったなんて、現場からは予想できませんよ。それに、Tkー10に関しては向こうのチームの裏切りがそもそもの原因じゃないですか、博士のせいだけではありませんって」
そう、PMCを呼んだのは博士ではあるが、それを通し、その素性まで調べたはずなのは、もっと上の組織。防衛省やそこら辺のはずである。更に言えば、Tkー10に関して言えば、開発チームがテロリストと繋がっていたなど、楠木博士に予見できるはずがない。
全く責任がないとは言えないかもしれないが、楠木博士が全責任を負うなど、比乃からすればとんでもない話だと思ったのだ。
比乃にそう言われた博士であったが、しかしそれでも、と年甲斐も無く今にも泣きそう表情で頭を上げる。
「それでも、それでも君達に危険を冒す真似をさせてしまったのは、事実、事実だ……私は、責任を、責任を取って、この開発チームの主任を降りる、降りることにする……!」
「ちょ、ちょっと待ってください。博士が開発から降りたら、Tkー11の開発はどうなるんですか、量産化計画だってあるんでしょう?!」
博士の驚きの宣言に、比乃は更に慌てて止めに入る。
「それは、それはチームのスタッフ連中でもなんとか、なんとかなる。私が、私がのうのうと主任を続けるわけには、わけにはいかんだろう……!」
それでも博士の意思は固いようだった。どうやって説得したものだろう、と比乃が頭を抱えそうになった所に、医務室にまた一人、スーツ姿の人物が入ってきた。体格の良い身体に、肩で風を切るような厳つい風格を持った男性。越前議員だった。
「楠木主任。辞めることだけが責任の取り方ではないぞ」
突然やってきた議員に、テレビでその人物を知っている比乃は驚き、博士も「越前議員、何故ここに」と戸惑いの声をあげた。
「何、今回の件で優秀な開発主任が、自らその職から離れようとしていると聞いたものでな。それはいかんと止めにきたのだ……楠木博士。今回の件、悪いのは貴方ではないのだ。そこを勘違いして、ネメスィの開発を止められては、私としては大変困るのだがな」
越前議員が博士の肩に手を置いて、
「それに、大破したネメスィの修復作業、これは博士がいないとどうにもならないと、職員連中から聞いたぞ」
Tkー11、ネメスィは両手足を欠損。なんとか残っているフォトンウィングも大破寸前と、もはや原型を留めているのは、コクピットブロックだけである。大破と言える程の損傷の仕方をしていた。これを元通りにするのには、楠木博士の力無しでは不可能だということが、スタッフ全会一致の意見だった。
心視も奥に大きい怪我は無く、脳震盪を起こしていただけで、今は疲労で寝ているだけであった。というか、実はすでに起きているのだが、細目を開けて三人のやり取りを聞くに止まっていた。疲れているのだ。
また、敵機の自爆に巻き込まれたTkー7改二も、原型を留めない程に損傷しており、志度が生き残ったのは奇跡に近かった。もう少しコクピットブロックに損傷を受けていたら、歪みから生じた隙間から侵入した高熱ガスで身体を焼かれていただろう。
それに乗っていた本人は今もまだ、三人の横で熟睡しているのだが、こちらは起きる気配がない。
「……機体を大破させたのは自分の技量不足です。むしろそれを謝らせてください」
今度は比乃が頭を下げる。博士は「いや、いや」と首を振ってそれを否定した。
「機体などいくらでも、いくらでも直すことができるが、機士は死んだら二度と戻らない、戻らないのだ。それを考えれば、君たちテストパイロットが生存してくれたことが、何よりも、何よりもの収穫だ」
「そうだぞ日比野三曹。優秀なテストパイロットが生き残った。この事実は何よりも換え難い事だ。胸を張りたまえ」
厳つい顔を少し綻ばせ、越前議員が比乃の肩にも手を置く。そして両手に力を入れて、決して逃さんぞ、という意思を込めて、
「二人にはこれからもネメスィ開発の為に尽力して貰わなければならん。でなければ、議員人生をかけた私が困るのでな」
言って、はっはっはと快活に笑って見せた。博士と比乃は顔を見合わせる。
「これは、辞める訳にはいかなくなりましたね。楠木博士」
「……まったく、まったく、支援者の人生を持ち出されては、易々と降りるわけにはいかない、いかないではないか」
博士はそう言って、ぎこちなく笑ったのだった。
なんだかこのパターンも久しぶりだな。と身を起こして左右を見ると、志度と心視が、隣に並べられた簡易ベッドの上で、静かに寝息を立てていた。
首を巡らせて、壁に掛かっていた時計を見るに、事の発生から一時間前後経った所だった。三人揃ってこうして医務室に横になっているということは、テロ騒ぎは一先ず解決したと見て良いだろう。それを認識すると、どっと疲労感が沸いてきて、比乃は再びベッドに倒れこんだ。
Tkー10、機体もそうだが、それに乗っていた操縦者はとんでもない強さであった。あそこで機転が利いて、尚且つ、それを実行するだけの性能がTkー11になければ、自分と心視は死んでいただろう。本当に、ぎりぎりの戦いだった。
しばらく横になって、先ほどの戦闘のことを思い返していると、医務室の扉が開いた。初老の顔に白衣。楠木博士だった。博士は比乃が目を覚ましていることに気付くと、神妙そうな顔でベッドの脇まで歩いてきた。
(やばい、Tkー11壊したことかな)
叱責を受けると思い、慌てて身を起こす比乃の目の前まで、博士が歩いて来る。それに対し、どう声をかけたら良いか迷っている比乃の前で、
「日比野三曹、本当に、本当に申し訳なかった……!」
と、博士は謝罪の言葉を口にして頭を下げた。「え?」と固まる比乃に、頭を下げた姿勢のまま話し続ける。
「Tkー10とネメスィの模擬戦を許可、許可したのはこの私だ。PMCを、PMCを呼んだのも私だ。今回の件、全て私の失態だ。それに巻き込んでしまったこと、いくら、いくら謝罪しても足りん……すまない、すまない!」
その勢いで、土下座でもしそうな程に頭を下げ続ける博士に、比乃は「いやいやいや、頭を上げてください」と慌てた様子で言った。
「確かにPMCを呼んだのは博士ですけど、上が審査諸々を通したPMCがテロリストだったなんて、現場からは予想できませんよ。それに、Tkー10に関しては向こうのチームの裏切りがそもそもの原因じゃないですか、博士のせいだけではありませんって」
そう、PMCを呼んだのは博士ではあるが、それを通し、その素性まで調べたはずなのは、もっと上の組織。防衛省やそこら辺のはずである。更に言えば、Tkー10に関して言えば、開発チームがテロリストと繋がっていたなど、楠木博士に予見できるはずがない。
全く責任がないとは言えないかもしれないが、楠木博士が全責任を負うなど、比乃からすればとんでもない話だと思ったのだ。
比乃にそう言われた博士であったが、しかしそれでも、と年甲斐も無く今にも泣きそう表情で頭を上げる。
「それでも、それでも君達に危険を冒す真似をさせてしまったのは、事実、事実だ……私は、責任を、責任を取って、この開発チームの主任を降りる、降りることにする……!」
「ちょ、ちょっと待ってください。博士が開発から降りたら、Tkー11の開発はどうなるんですか、量産化計画だってあるんでしょう?!」
博士の驚きの宣言に、比乃は更に慌てて止めに入る。
「それは、それはチームのスタッフ連中でもなんとか、なんとかなる。私が、私がのうのうと主任を続けるわけには、わけにはいかんだろう……!」
それでも博士の意思は固いようだった。どうやって説得したものだろう、と比乃が頭を抱えそうになった所に、医務室にまた一人、スーツ姿の人物が入ってきた。体格の良い身体に、肩で風を切るような厳つい風格を持った男性。越前議員だった。
「楠木主任。辞めることだけが責任の取り方ではないぞ」
突然やってきた議員に、テレビでその人物を知っている比乃は驚き、博士も「越前議員、何故ここに」と戸惑いの声をあげた。
「何、今回の件で優秀な開発主任が、自らその職から離れようとしていると聞いたものでな。それはいかんと止めにきたのだ……楠木博士。今回の件、悪いのは貴方ではないのだ。そこを勘違いして、ネメスィの開発を止められては、私としては大変困るのだがな」
越前議員が博士の肩に手を置いて、
「それに、大破したネメスィの修復作業、これは博士がいないとどうにもならないと、職員連中から聞いたぞ」
Tkー11、ネメスィは両手足を欠損。なんとか残っているフォトンウィングも大破寸前と、もはや原型を留めているのは、コクピットブロックだけである。大破と言える程の損傷の仕方をしていた。これを元通りにするのには、楠木博士の力無しでは不可能だということが、スタッフ全会一致の意見だった。
心視も奥に大きい怪我は無く、脳震盪を起こしていただけで、今は疲労で寝ているだけであった。というか、実はすでに起きているのだが、細目を開けて三人のやり取りを聞くに止まっていた。疲れているのだ。
また、敵機の自爆に巻き込まれたTkー7改二も、原型を留めない程に損傷しており、志度が生き残ったのは奇跡に近かった。もう少しコクピットブロックに損傷を受けていたら、歪みから生じた隙間から侵入した高熱ガスで身体を焼かれていただろう。
それに乗っていた本人は今もまだ、三人の横で熟睡しているのだが、こちらは起きる気配がない。
「……機体を大破させたのは自分の技量不足です。むしろそれを謝らせてください」
今度は比乃が頭を下げる。博士は「いや、いや」と首を振ってそれを否定した。
「機体などいくらでも、いくらでも直すことができるが、機士は死んだら二度と戻らない、戻らないのだ。それを考えれば、君たちテストパイロットが生存してくれたことが、何よりも、何よりもの収穫だ」
「そうだぞ日比野三曹。優秀なテストパイロットが生き残った。この事実は何よりも換え難い事だ。胸を張りたまえ」
厳つい顔を少し綻ばせ、越前議員が比乃の肩にも手を置く。そして両手に力を入れて、決して逃さんぞ、という意思を込めて、
「二人にはこれからもネメスィ開発の為に尽力して貰わなければならん。でなければ、議員人生をかけた私が困るのでな」
言って、はっはっはと快活に笑って見せた。博士と比乃は顔を見合わせる。
「これは、辞める訳にはいかなくなりましたね。楠木博士」
「……まったく、まったく、支援者の人生を持ち出されては、易々と降りるわけにはいかない、いかないではないか」
博士はそう言って、ぎこちなく笑ったのだった。
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