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第二十五話「動き出す闇と新型の優劣について」

次期主力機への期待

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 事の顛末。

 Tkー11の修復は、なんと一週間という短期スケジュールで執り行われた。スタッフたちは死んだ目で作業をこなしていたが、徹夜続き筆頭のはずの楠木博士は「名誉挽回、名誉挽回だ!」と叫びながら走り回っていて、比乃達を驚愕させた。

 Tkー10の方は、完全に基部を爆破されて木っ端微塵になってしまい、完全な修復は難しいだろうということだった。
 元々、Tkー10は不遇な機体であった。Tkー11より先に開発されながらも、特段革新的な技術も与えられず、基本性能とコストばかり高くなってしまい、開発チームは焦りから、後発のTkー11からサブマニピュレータとフォトンバッテリーを強引に移植した機体だったらしい。

 その操作性と整備性は劣悪。稼働時間も短く、自分たちで開発チームから追い出した楠木博士が設計したTkー11に全面的に敗れてしまった。それにより、次期主力機体選定を通ることが絶望的となったところを、例のPMCを偽ったテロリスト、グロリオーサに唆された。というのが、空港で身柄を拘束されたTkー10開発主任の弁明であった。

 あわよくば、Tkー10がTkー11を撃破して、その有用性を改めて示すことが出来るかもしれないと考えたこともあったのだが、その結果は、自分が軽視していた革新的技術の差によって、Tkー10が敗れ去ってしまうという結末であった。顛末を聞いた“元“設計主任は、がくりと肩を落として落胆したという。

 テロリスト、グロリオーサを名乗った人員は事の発生時に全員逃亡。今も警察がその足取りを探っているが、身元も国籍も不明のテロリスト全員の確保が難しいということが、警察の正直な見解であった。

 持ち込まれていた正体不明の赤いAMWも、残っているのは僅かな装甲の破片と、破損した大型の槍くらいなもので、機体の調査は進まなかった。

 ただ、機体の正体と乗り手があの名高いテロリスト、アレースであったことは、後日、爆発に巻き込まれて大破していた物の、辛うじて残っていたTkー7改二の記録データと、過去にそのAMWが現れた国外でのテロの情報を照らし合わせて明らかになった。

 それを聞いた志度は「やったぜ大金星!」と大喜びだったが、事が大きくなることを避けられた結果、今回の件も伏木港の時と同様、非公式な戦闘ということになってしまった。志度には、表立っての称賛などは特に与えられなかった。
 後日、部隊長から直接「ご褒美」としてこっそり賞与が与えられたので、それで志度のご機嫌はなんとか損なわれなかった。

 Tkー10に乗っていたのが誰であったのかは、その素性が女性であったということ以外、一切不明のままであった。機体に仕掛けらていた爆薬によって遺体が吹き飛んでしまっては、検分などできようも無く、それまでの目撃証言も殆ど見つからない。結局、その人物像は謎に包まれてしまった。

 しかし、非公式とは言えど、伏木港での戦闘の件も含めて、あれだけの技量を持つ無名のテロリストが未だに数多く存在している。そして、敵対的な組織に属している可能性が高いという事実は、防衛省を大いに揺さぶったのだが、それについては割愛させていただく。

 何はともあれ、テスト機、Tkー11の修繕は事前に組まれた無茶なスケジュールに沿って期日通り完了し、その後に、残っていたテスト改めて行われた。

 試験は順調に進み、最後に残った模擬戦は、試験的に生産されたTkー7改を複数相手取った物になった。もはや見慣れた廃墟群の中、Tkー11が辺りを睥睨するように見渡す。

『それでは、それでは最終テストに入る。二人共、存分に、存分に力を発揮してくれたまえ』

 通信機から聞こえる男性にしては高めの声。楠木博士からの激励を受けて、Tkー11のコクピットに収まっている比乃と心視の二人は「了解」と短く返した。それと同時に、機体のAIが索敵結果を述べる。

 《敵機補足 十一時方向 距離八〇〇 AMW三機 Tkー7改と断定》

「来たね」

「来た……」

 ビルの上に素早く跳躍し、迫ってくる敵機を目視で確認する。腰に小型化したフォトンスラスターを備え、腕や脚部が従来の物よりも逞しくなったTkー7改良型の正式量産型。Tkー7改が、腰から光の粒子を撒き散らしながらこちらに接近して来たいた。

 今回の模擬戦でTkー11の相手を務めているのは、先日、警備任務を行ない、見事にペーチルを殲滅してみせた第八師団の機士達だ。全員技能は優秀。機体性能差はあっても、油断できる相手ではない。

 Tkー11は素早くビルの屋上を蹴って前方へ跳躍。ビルの屋上から屋上を移動して、相手との距離を詰める。正面から迫って来ていた三機のTkー7改が、三方向に別れてビルの影へとそれぞれ身を隠した。真正面から挑んでくる機体を囮にし、挟撃を仕掛けようと言うのだ。

 一世代差があるとは言え、相手は三.五世代とも呼べる機体。かつ三対一という戦力差。通常のテストであれば、全滅を狙うというよりも、どれだけの時間粘ることが出来るかが見られる所だっただろう。

 だが、比乃と心視は──

「何分でやれると思う?」

「……三分」

「一機辺り一分か……やってやれないことはないかな!」

 比乃が念じ、機体が力強く、更に前進する。心視が念じ、背中の一対の羽根が稼動して砲身を展開する。この機体のポテンシャルであれば、相手が手練れの準最新鋭機でも、勝てなくはない。一度は命を預けて戦い抜いた“愛機”の性能を信じ、二人は真正面から迫る矢代機に挑みかかった。

 三分後、二人はそのことをしっかりと証明してみせ、その結果に楠木博士は情報集積所で狂喜乱舞した。

 このTkー11が正式に生産ラインに乗るのはまだ先であろうが、この機体があれば、陸上自衛隊がテロリストの好きにさせることはなくなる。比乃はそう確信し、HMDの下で小さく微笑んだ。
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