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第二十六話「上官二人と休暇について」

集結、危ない人々

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 夏真っ盛りに入ったそんな時期。学生にとっては、夏休みも直前でワクワクし始めるそんな季節。そのとある土曜日。東京都内に位置する喫茶店の前。

 首都圏内と言っても、場所によってはビルもほとんどない、下町と呼べる場所だ。そんな所に、いつもの三人。比乃、志度、心視と、更に大人二人。安久 剛と宇佐美 友を合わせた、計五人が集まっていた。

 この戦闘能力高めの集団が、何のために、ここ東京に集結したかと問われれば、答えは至極単純――これから、遊びに行くためである。
 泣く子も逃げ出す第三師団、通称“狂ってる師団”の第一小隊の面々、久し振りに顔を揃えたこの面子で、休暇を謳歌しようとしているところであった。

「さぁ、楽しんで行くわよ!  えい、えい、おー!」

 スポーティーな赤い半袖に、ジーンズ、動きやすい運動靴。シンプルな衣装だが、それでも彼女にかかればファッション雑誌のワンシーンに早変わりである。そんな私服姿の宇佐美が、往来の少ない道のど真ん中で、右腕を振り上げて叫ぶ。

「おー!」

「……おー」

「おー」

「お、おぅ……」

 それに対し、各々私服を来た皆は三者三様の返事をした。カジュアルな夏服に身を包んだ、元気が良い志度に、同じく涼し気な服装をしている、いつも通りの心視。とりあえず合わせている、地味めな格好をした比乃に、いまいちノリに付いていけていない、全体的に黒っぽい服装でまとめた安久。

 そんな統一感がない返しに、宇佐美は不満気に「なによー」とぶうたれた。

「みんなテンション低いわねぇ、志度はいつも通り元気だけど」

「おう! 久々に揃ったんだし、どでかいことやりてぇ!」

「そうそう、久しぶりに小隊のメンバーで集まれたっていうのに、この志度みたいにもっとこう、やってやるぜ!  ってテンションにならないの?  最近の若者は草食系ばっかりって奴なのかしら……これだから最近の若いもんは……」

「いや、何をやってやろうって言うんですか。というか宇佐美さんだって十分若いじゃないですか、自分を棚に上げないでくださいよ」

「宇佐美……暑苦しい」

 よくわからないノリと勢いだけで発言している宇佐美に、もっともなツッコミを入れる比乃と、率直な感想を述べる心視。

「俺はやるぜ俺はやるぜ!」

「志度は少しは落ち着け……市民の方々が見ている……!」

 宇佐美に感化されたのか、ハイテンションになってその場でぐるぐる回り始めた志度と、悪目立ちしているそれを、なんとか諌めようとする安久。
 第一小隊の休暇は、開幕からカオスな状況にあった。

「というか、どうして宇佐美さんはそんなにテンション高いんですか」

 比乃がもっともな疑問をぶつけると、宇佐美は芝居かかった動きで両手を広げて叫ぶ。

「可愛い可愛い部下と、久々に交流が出来ることを嬉しがって何が悪いの?!  若気の至りってやつなのよ!」

「いえ、悪くはないですけど、もうちょっと落ち着いた方が良いかと……それと、若いと言ってもいい大人なんですから、ちょっとは自重しましょうよ」

 更にツッコミを入れられた宇佐美は、無言で比乃に詰め寄った。そのモデル顔負けの端正な顔を、十五センチ下にある比乃の眼前に突き付ける。

「特に鋭くもないツッコミを入れて来た、テンション低い筆頭その一の日比野ちゃん。私たちとのお出かけ、楽しみじゃないっていうの?」

「いえ、どちらかと言われれば、それは勿論楽しみですけど……」

「ならいいじゃないの!」

「宇佐美……近い、離れて……」

「テンション低い筆頭その二は黙ってらっしゃい!」

 たじろぐ比乃と、間に割って入ろうとした所を、がっちり頭を掴まれて静止させられた心視。このテンション爆高の女を止められる者は、もはやこの中にはいないのか――

 確かに、忙しい中でもこのメンバーで集まって、休暇を楽しむことができると言うのは、比乃としても楽しみではあった。そうなるようにスケジュール調整に骨を折ってくれた、部隊長への感謝も尽きない。今度また、東京バナナでも郵送しよう、と比乃は安上がりな礼をすることを決めた。

 なお、実際の所は、宇佐美がここ数ヶ月ほぼ休暇無しで連日出動という、人権侵害にも近い扱いを受けて遂に堪忍袋の尾が切れた結果。部隊長が物理的な脅し(首元にいつもの日本刀を押し付けられて、以下省略)を受けて、割と強引に東京行きと短期休暇を与えたのだが、比乃がその事実を知る由は無かった。

 ついでに、他の小隊にその分の激務が回されて第三師団は今現在、ぷち修羅場を迎えていたりするが、宇佐美は知ったこっちゃなかった。

 閑話休題。

 ただ単に、比乃は宇佐美のやたら高いテンションについていけないだけなのだ。対応に困っている比乃に、意外なところから助け舟が出た。

「まぁ、とにかくだ。折角の休暇なのだから、楽しもうではないか、宇佐美。今回の幹事はお前なのだから、しっかりエスコートを頼むぞ」

 片手で暴れていた志度の頭を掴んだ安久が、二人の間に割って入って宇佐美に言った。流石は宇佐美の相方、扱い方がよく分かっている。と比乃が羨望の眼差しを安久に向ける。
 押し退けられた宇佐美は「勿論、ばっちりコースは決めてあるわよ!」とジーンズのポケットから手帳を取り出してパラパラと捲る。

「折角の一泊二日だからねー、色々考えてきたわよー。泊まるのは経費削減のために日比野ちゃんたちのアパートだとして、暗くなるまでの間に、色々するわよぉ」

「まず、二人が僕らの家に泊まるってことが初耳なんですが……いえ、来客用の布団は用意してありますけど」

 何かあっても良いようにと、備えは万全である。主に、王女や令嬢が連れ付きで転がり込んで来ても良いようにと、お泊まりセットはしっかり準備していたのだ。比乃はここら辺の用意を怠らないタイプである。
 その隣で安久も「むぅ……」と唸っていた。どうやら、宇佐美が立てた計画はここに来て初めて聞いたらしい。

「俺もそれは初耳だ。近くのビジネスホテルで部屋でも取るのかと思っていたが……すまん、比乃」

「いや、大丈夫だけど……なんだか嫌な予感がするんだよなぁ……」

 そんな二人の目の前で、メモを捲りながら「むふ、むふふ……」と不気味な笑みを浮かべている上司の様子に、比乃は一抹の不安を覚えずにはいられないのだった。
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