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第二十九話「乱入者の迎撃と作戦の成否について」

作戦の成果

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 OFMの集団との戦闘が終わった。動ける米軍機、自衛隊機が滑走路上に転がる残骸を撤去して、それから十分もしない内に、サンディエゴ基地からの輸送機が多数飛来した。

 輸送機は次々と滑走路に降り立ち、カーゴハッチを開いて、中からシュワルツコフを吐き出して行く。

 撤去作業中、滑走路の片隅で比乃が聞いた話では、あの後、メイヴィスたちは逃走したテロリストを追った物の、追い付くには至らず、追撃は出来なかったらしい。その代わり、占領されていた基地の駐留場に並べられていた、大量の戦闘機の破壊、あるいは鹵獲に成功したとのことだった。

 けれども、それらの機体はすでに無人で、防衛のための人員すらいなかったという。捕虜に出来たのは、戦闘機から脱出したテロリストのパイロットが三名。他の空戦をしていた生き残りの戦闘機は、OFMが来襲した途端、ミッドウェイ島方向へと撤退してしまった。米空海軍の戦力損耗率も高く、こちらの追撃も困難だった。

 どうやら、OFMという横槍が入った時点で、空港と基地の防衛を放棄し、何らかの手段で脱出したようだった。まだハワイ島に潜伏している可能性も大いにあったので、この後、現地に残っていた警察と陸軍で、捜査していくことになる。

 作戦の成果としては、基地並びに国際空港の奪還。敵勢力の戦闘機の鹵獲、三名の捕虜、そして大量のOFMの残骸が挙げられる。

 これにより、アメリカは国際便と物資輸出入の復興。自国主力戦闘に劣らない性能を見せた、敵戦闘機の解析。捕虜を尋問することによって得られるであろう、テロ組織の情報。OFMという未知の兵器の研究が進むなど、得るべきものは多かったと言える。

 しかし、米陸海空軍の損害も馬鹿にならなかった。精鋭のAMW、戦闘機パイロットを多数失い、船舶の被害も小さくなかった。護衛の駆逐艦は二隻が撃沈には至らなかったが、ミサイル攻撃を受けて大破、虎の子の空母も小破していた。クルーの怪我人、死者も少なくはない。

 あくまで作戦そのものは成功したが、その代償は大きかったと言えよう。作戦参加者に、明るい表情をした者は、誰一人としていなかった。


 その暗い表情をしている一人、比乃は、降車姿勢を取らせた自機、両腕と武装を完全に無くしたTkー11の横で、体育座りをしていた。その視線の先には、周辺警戒や、OFMの残骸を運搬しているシュワルツコフの姿が見えた。

「どうしてこう、完璧に仕事をこなせないかなぁ、僕は……」

 呟いて、溜息を漏らす。またしても、自分の機体を大きく損傷させてしまった。その上、敵を殲滅することも出来なかった。作戦全体で見れば成功と言えても、比乃の胸中では、自分の出した結果は成功とは程遠かった。

 最新鋭機を任されたということで、どこか浮かれていたのだろうか、慢心していたのだろうか、油断していたのだろうか……後悔先に立たずと言う言葉の通り、比乃の心中は今、後悔でいっぱいだった。

 もっと上手く戦えれば、あの白いOFMも撃破できた筈だし、Tkー11をここまで損傷させることもなかったはずだ。

 それも、自分一人が乗っていたのならまだしも、後ろに心視を乗せていたのである。大事な同僚がいたと言うのに、危うく撃破されかけたという事実は、比乃の心にずしりと重くのし掛かった。

 最後、心視が咄嗟に防御してくれてなければ、そして自分の操縦に合わせて攻撃を繰り出してくれなければ、今頃、二人仲良くあの世に行っていたかもしれないのだ。

 その心視は、傷心の比乃に変わって、安久や宇佐美へと状況報告を行なっているため、この場にはいない。落ち込んでいる比乃を一人にするために、脳震盪を起こしているなど適当なことを言ってくれているのである。心遣いができる女子であった。

「機士、向いてないのかなぁ……」

 完全にナイーヴになってしまっていて、そんな独り言を言い始めた。もしも第八師団の教育隊の連中や第三師団の自衛官がこれを聞いたら、仰天するか爆笑して否定するだろう。しかし、比乃はまた一つ、溜息を吐いて自身の膝に顔を埋めたのであった。



「それで、捕らえたテロリストはなんて?」

 降り立った輸送機のすぐ側、片腕を失った乗機の中、メイヴィスは通信先の人物に、確保したテロリストについて聞いていた。
 通信先は駆逐艦の一隻で、そこにいる顔なじみの士官であった。陸と海、所属は違えど、個人的な付き合いのある女性である。

『詳しいことまでは聞かされてないけど、口は相当硬いみたいよ』

「もう尋問したの?  手が早いわね」

『うちの艦長が情報を欲しがって簡単にね。本格的な尋問は基地に移送してからになるだろうけど……でもあれば易々と口を割るタイプじゃないわね。よくもまぁ、テロリストがって思うけど』

「それに関しては同感ね」

 そう言いながらも、メイヴィスは全く逆の考えを持っていた。あのオーケアノスの部下だからこそ、その忠誠心は相当な物だろう。恐らく、非人道的な方法か、自白剤でも用いなければ情報は引き出せない。

 それに、あの男のことだ。さして重要な情報は部下に持たせていないだろう。折角の捕虜だが、得られる情報は、そう多くないと思われた。あくまで、メイヴィス一個人としての想像だが。

『何はともあれ、お互い生き残って良かった。そろそろ切るわね、あんまりプライベート回線を使ってると、目をつけられちゃうから』

「ええ、それじゃあまた陸で、今度、飲みにでも行きましょう」

 そう言って通信を切ったメイヴィスはふと、シュワルツコフによって輸送機に運び込まれて行く、玉虫色に鈍く光るOFMの残骸が目に付いた。

 結局、彼らの目的はなんだったのだろうか?  逃げたテロリストを追わずにこちらを攻撃してきたことから、自分達、米軍と自衛隊が攻撃目標だったのは間違いない。だが、最初はテロリストにも攻撃は加えていた。テロリスト側の味方とも思えない。

 これまでの行動パターンからするならば、武力を持って場を制しに来た。とでも言うのだろうか、しかし、それをして彼らに何の利益があるというのか。もしかすると、テロリストに代わってハワイ島を占領するつもりだったのかもしれない。

 少し考えてみてが、あの集団の目的ははっきりしなかった。ただ、場を引っ掻き回しに来たとしか思えない。作戦行動も引き際も稚拙な物だった。

 それに対して、オーケアノスの引き際は見事の一言だった。予想通りならば、奴はきっと、こちらが攻撃を開始する前に、必要最低限の戦力と人員をすでに退避させていたのだろう。その結果が、捕縛したテロリストの人数がたった三人という答えだ。

 最後の最後まで、本当に厄介な相手だった。今回出した損害の殆どが、彼の部隊によるものだ。損傷したM6の片腕を見やって、メイヴィスは暗い思いに沈んだ。

 こちらの部隊の死者は十五名。いずれも、陸軍の精鋭と言っても過言ではない技量を持った。立派な兵士だった。それを死なせてしまった。この積は重い。自分の作戦指揮と想定の甘さが招いてしまった結果だ。悔やんでも悔やみきれない、彼らの遺族に向ける手紙に、なんと書けば良いか、メイヴィスはしばらく、悩み続けることになるだろう。

 思わず潤んだ瞳を伏せて、けれどその目には熱い物を滾らせて、一人、狭いコクピットの中で誓う。

 オーケアノス、いつかまた相対するだろう。その時は必ず、必ず。私自身の手で、部下の仇を取ってみせる。覚悟していろ――
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