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第二十九話「乱入者の迎撃と作戦の成否について」

少女の決意

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 空母の格納庫。破損した戦闘機やAMWが並ぶ中、端っこに設けられた自衛隊用の駐機スペースで比乃は一人、自分の機体の側でぼけっとしていた。まだ、ナイーヴな心理状態から抜け出せずにいて、悶々とした後悔に苛まれていた。

 打ち拉がれた気分ですらあった。自惚れだと分かっていても、もう少し自分が強ければ、ステュクスやドーリスなど歯牙にもかけない程の力があれば、安久や宇佐美、メイヴィス程の力があれば、もっと味方を救えたのではないか、被害を最小限に止めることができたのではないか──そんな考えが頭に浮かんで、比乃は乗機の白磁のように白い装甲に、頭を軽く打ち付けた。

「何を……馬鹿なことを」

 自分に出来る精一杯の仕事をしたではないか、あの難敵二人を足止めして見せて、その上OFM戦では生き残った米軍を救い、多数のOFMを撃破し、隊長機格の脚の仇を相手に善戦したではないか──今度は自尊心を慰める為の、言い訳が浮かんできた。比乃は自己嫌悪から、もう一度、先ほどより強く、装甲に頭を打ち付けた。

「僕は、いったい、何の役に立ったって言うんだ」

「そりゃあ、私たちの手助けになったでしょ」

 突然、きっぱりとそう言い切った声が隣からして、驚いてそちらを振り向く。そこには、腕組みをして怪訝そうな顔をした、リアの姿があった。

 そういえば、戦場で彼女は妙に静かだった。撃破されただとか、負傷したという報告は聞いていなかったので、心配こそしていなかったのだが、そんな彼女が、何しにここに来たのだろう、比乃は疑問符を浮かべた。そんな様子の彼を見て、リアが呆れた表情になった。

「先輩が落ち込んでるって、あのちっちゃいのが言ってたから来たの。先輩、もしかしてノイローゼって奴になっちゃった?  それともPTSDって奴?」

「いや、どちらでもないと思うけど……ちょっと、自己嫌悪気味かも」

「ふーん……先輩もそういうことあるんだ。私よりずっと経験豊富なのに……もしかして、戦闘でちょっと失敗する度に、そんな感じになってるの?  いや、今回は先輩、失敗なんかしてないじゃない。それなのにどうして、そんな風になっちゃってるわけ?」

 何時ぞやの様に捲したてるリアに、比乃が戸惑い、視線を泳がせる。確かに、ここの所、少しでも失敗したり自機を破損させたら、こんな感じに毎回自己嫌悪に陥っていた気がする。最近の自分を振り返って、その情けなさに今頃気付いてがくりとしょげて、俯いて溜息を吐く。

「それにしても先輩凄かったね。OFMとか何機撃破した?  私はね、キャンサーを二機やったよ、レールガンの使用許可が下りた時にぶっ放して、風穴開けてやったの、凄い?  凄いでしょ」

「あの状況でそれは、凄いね。よく射線が通ったもんだ」

「そうでしょそうでしょ、訓練通りにちゃんと射線確保して、味方の位置を確認して、それで照準して、撃って、当てたの。初めて、生まれて初めて、人を殺したの」

 そこまで聞いて、少しリアの様子がおかしいことに気付いた比乃は、彼女の顔を見てはっとした。笑顔で話し続ける彼女は、頬を濡らしていた。泣いている彼女は「凄い、凄い怖くて、声も殆ど出なかったの」と泣き笑いをしながら続ける。

「それでね。乱戦で私がやられそうになった時、ルーカス軍曹が横から飛び込んで来て助けてくれたの。彼の乗ったM6は、敵の爪に串刺しにされて、動かなくなった。あの人、大柄で角刈りで正にマッチョって人だったのに、オムライスとかオムレツが大好きで、基地でそれが出た時は小躍りして喜んでた」

 笑顔のまま、涙を流しながら彼女は話し続ける。

「背中を預けてたけど、いつのまにかやられちゃってたフォレリー曹長は眼鏡のノッポで、勉強が得意だった。授業を休みがちだった私に数学とか理科を教えてくれた人。被弾した私を庇ったケニー少尉は、偉ぶってるけど凄い部下思いのいい人で、レールガンで敵と相討ちになったキャメロン伍長は、時々宿題を手伝ってくれる世話好きな人だった」

 今回の作戦で死亡した、M6のパイロットたちの事を、初めて参加した本格的な実戦で、初めて失った仲間の事を、嗚咽混じりに、比乃に向けて吐き出すように、最後の方は呟きのような小さい声になっていた。

「みんなみんな、すっごい良い人達だった。テロリストなんかに、殺されていい人なんかじゃなかった。なのに、なのに……」

 そこから先は言葉にならず、リアは、自分とほぼ同じ身長の比乃に抱きついた。比乃はそれを避けずに受け止め、思わず抱きしめ返した。こんな華奢な、ついこの間まで普通の女子高生をしていた、今にも心が折れてしまいそうな少女を、拒否することなどできなかった。

 自分よりもパニックになっていたり、落ち込んでいる人を見ると、人とは不思議な物で、逆に落ち着いてしまうのだという。そんな言葉を、比乃は思い出していた。そうしてしばらく、彼女が泣き止むまで、その状態でいると、その姿勢のまま、リアがぽつぽつと、また話し始めた。

「メイ少佐に、謝られちゃった。こんな作戦に参加させてごめんなさいって、それで言われたの。軍を辞めたいなら、辞めてもいいって、ここが貴女の逃げ時だって」

 聞いて、比乃は確かに、と思った。自分のことを棚に上げるようだが、こんな普通の少女が、命のやり取りをする戦場にいるべきではない。今回の作戦で心が折れてしまったのなら、無理をせずに普通の道へ戻った方が、絶対に良い。

 彼女は、この生き方しか知らない自分と違って、まだ手遅れではないのだ。

 しかし、比乃から身を離した彼女の瞳は、涙で腫らしながらも、強い決意を宿していた。比乃は少し驚いた。心が折れてしまったかと思われていた少女は、その逆に、強い決心をしていたのだ。

「でも私、言ったの、ここで逃げるくらいだったら、最初から陸軍になんか入ってないって。それに、もっともっと強くなって、みんなを守れるような凄いパイロットになりたいって、今回の作戦が終わってから、そう思ったの。もう、今日みたいな人死には出さないように頑張るんだって」

「……それは立派な心がけだけど、戦場は甘くないよ。ちょっとしたことで人は死ぬ。戦場では尚更。簡単に死ぬ。味方の誰も犠牲にしないっていうのは理想だけど、それは理想でしかないよ」

 先程まで、自分も同じようなことを考えていたというのに、彼女の決意を否定する言葉は、すぐに口から出た。比乃自身もわかっているのだ。味方に犠牲を出さずに戦うことなど、それも、あのような難敵を相手にして、それをやり遂げるなど、到底不可能だということを。
 けれど、それでも彼女は言う。そんなことは百も承知と言わんばかりに、

「それでも、私は頑張るよ。少しでも一人でも犠牲が減らせるように、いっぱい訓練して、いっぱい戦って、いっぱい経験を積んで……先輩はどうなの?  一人でも多く救いたかったのに、それが出来なかったから自己嫌悪になってるんじゃないの?」

「それは……」

「だったらさ、やっぱり強くなるしかないよ。もっと努力するしかない。そう思うよ、私。とりあえず、目指すのは先輩くらいかな」

「僕?」

「そ、先輩くらい強くなれば、きっと隣にいる仲間くらいは助けられるようになるから、そうなりたい。だから先輩」

 涙を制服の裾で拭って、彼女は満面の笑みで言った。

「そんなに自分を卑下しないでよね。私の大事な目標なんだから」

 その笑顔と彼女の言葉に、なんだか救われたような気がして、比乃は笑い返した。

「わかった。僕も負けないように頑張るよ。そう簡単に追いつかれないようにね」
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