216 / 344
第三十話「英国の危機と自衛隊の出番について」
作戦の前触れ
しおりを挟む
その日の放課後。人通りも疎らな通学路を、二人の男女が歩いていた。
「はぁ、機士用の操縦服を人数分用意してくれだって?」
「そう、そうなのだ。それこそが私の秘策……名付けて“ぴちぴちパイスー喫茶”の全貌なのだ!」
帰り道。紫蘭に絡まれた比乃は一応の護衛と言う事も兼ねて、彼女と帰路を共にしていた。その最中に出た話というのが、スタイルが良い男子と女子に機士用の操縦服を着せて接客させると言う物だった。
それを聞いた比乃は「呆れた」と肩をすくめる。全貌も何も、ただパイロットスーツを着せて仮装させるだけだったのだ。
「そもそも、機士の操縦服ってけっこーな機密の塊なんだけど?」
比乃たち、陸上自衛隊機士科のパイロット達が常日頃から身につけている操縦服は、かなりの高性能高級品である。防弾、防刃、耐G機能に止血機能まで付いた、かなりハイテクな最新技術の塊とも言える代物なのだ。決して、子供の遊びで使って良い物ではない。
しかし、紫蘭も諦め悪く、両手をぶんぶん振りながら必死に比乃に訴えかける。
「ただ学生に着せるだけならそんなに問題ないだろう! ちょっと催しで使うくらいだぞ!」
「いや、持ち出すだけでも結構リスキーなんだけど、下手しなくても始末書物なんだけど」
「そこはほれ、ひびのんの保護者の力でちょちょいのちょいとな?」
「ちょちょいのちょい……ねぇ、というか、似せた物くらいなら森羅の家で用意できるでしょ。それじゃ駄目なの?」
「駄目だ! こういうのは本物を使うのが肝心なんだ! だから頼む!」
両手を擦り合わせながら熱く語る紫蘭を前に、比乃は少し考える。あのお祭り好きの部隊長と言えど、たかが文化祭の為に操縦服の持ち出しを許可するだろうか? いや、流石にあり得ない。そこまでハメを外すような人物ではない……はずだ。そう思いたい。
「流石に、うちの部隊長もこればっかりは協力してくれないと思うけどなぁ」
「そこを、そこをなんとかお願いする! 我々の勝利の為に、欠かせない一手なんだ!」
「うーん……」
そこまで言われても、そう易々と協力するわけにも行かず、困り顔で頬を掻く比乃。すると、紫蘭はもはや手段は選んでいられないとばかりに、路上で土下座をし始め「何卒、何卒!」と叫び始める。側から見ると、かなり悪目立ちする状況だった。勘弁してほしかった。
「わかった、わかったから土下座やめて……じゃあ今から部隊長に連絡取って、それで許可が取れたらいいよ。駄目だったら素直に諦めてね」
「おお、感謝するぞひびのん!」
検討するだけと言っているような物なのだが、すでに協力が決まったかのように「やった、やった!」と小躍りして喜ぶ彼女を尻目に、比乃は懐から携帯端末を取り出す。そして、沖縄の第三師団の長、日野部一等陸佐の元へと直通の電話を掛けた。
待つことスリーコール。通話に出た部隊長は『どうした、緊急事態か?』と少し声を潜めて言った。普段ははんなり荘にある固定電話でしかやり取りをしないので、携帯端末から直に電話を掛けてきた事に、少しばかり驚いているようだった。
実際には緊急事態でもなんでもないのだが、比乃は「いえ、そういうわけではないんですが、ちょっとご相談が……」と事情を話し始めた。今度の文化祭の出し物が決まった経緯から、それに何故か機士の操縦服が必要になったことなどを簡潔に説明する。
話を聞いた部隊長は『ほぉ、文化祭か、それは楽しみだな』と、声を弾ませた。
『お前もそういう学校行事に出られるようになったか……ところで、開催はいつなんだ?』
「来月の半ばです。もしかして、来ます? 準備期間的にそんな大規模な祭りじゃないんですけど」
『行きたい気は山々なんだが、ちょっと仕事が忙しくてな……しかし、一ヶ月後か……』
部隊長は電話越しに『うーむ』と唸り声をあげる。何か言い淀んでいるような感じだった。
「やっぱり操縦服の持ち出しなんて駄目ですよね」
『いや、その件ではなくてだな……よし、そこに件の森羅嬢はいるか?』
「ええ、いますよ」
『すまんが、ちょっと電話代わってくれ』
比乃は怪訝そうな顔をしながらも、横で話を盗み聞きしようと聞き耳を立てていた紫蘭に「部隊長が話しあるって」と言って携帯端末を差し出した。紫蘭は差し出された携帯端末を受け取ると、むふーと鼻息を荒げて、
「直接交渉だな、よろしい! 私の類い希なる交渉術を見せてやろう!」
「いや、多分別件だと思うけど」
しかし、紫蘭は比乃の言葉には耳を貸さず、紫蘭は意気揚々と電話に出る。
「もしもし、そう、私が森羅 紫蘭だ。ひびのん……比乃には日頃から世話になっている……うん、うん? それは本当なのか?!」
相手が第三師団の師団長であるにも関わらず、いつも通りの口調で通話をしていた紫蘭が、電話で何を言われたのか、驚いた様子で声を荒げた。それから、通話口に手をやって、周囲に声を漏らさないようにして通話を続ける。
「しかし、それが本当だとして、あいつらの安全は……なるほど、その為の比乃か……ふむふむ、わかった。それではそういうことで」
何事か話が纏まったのか、満足げな表情で携帯端末を比乃に返す紫蘭。
「喜べひびのん! 交渉成立だ!」
「いったい何を話してたの……もしもし、電話代わりました。それで操縦服の件なんですけど、交渉成立って事はまさか」
『ああ、操縦服の件は任せておけ、第八師団に都合着くように話しておく。ただ取り扱いと管理はしっかりするようにな』
「……いいんですか部隊長。問題になりません?」
まさか部隊長が協力するとは思っていなかったが、決まってしまった物はしょうがない。出来る限り、厳重に管理して、問題にならないように努力しよう。比乃は気苦労の種が一つ増えたことに、後ろでまた小躍りして喜んでいる紫蘭をじと目で睨みながら、比乃は溜め息を吐いた。
『なぁに、しっかり管理さえしてくれればこのくらいどうとでもなる。それに、可愛い息子の晴れ舞台に必要とあれば、協力せんわけにはいかんだろ』
「はぁ……それはどうも、ありがとうございます」
できれば別の形で協力して欲しかった、という言葉は飲み込んで、一応は礼を言う比乃。用件も済んだので通話を切ろうと思った所に、部隊長が『それで交換条件なんだが』と話を続けたので、また言葉を飲み込んだ。部隊長は会話のトーンを落として、真剣な口調になっていた。
『申し訳ないんだが、お前達には文化祭の準備をサボって貰わなくてはならんのだ』
「と、言いますと」
『お前と心視、志度には、特殊任務に就いてもらう事になってな。一ヶ月前のアメリカと言い、多忙にさせて申し訳ないんだが』
「いえ、任務とあらば問題ありません。それで、次はどこで何をするんですか?」
また遠くに飛ばされるのだろうな、と予感めいた物を感じながら、比乃は聞いた。出来れば日本国内が良いなという淡い希望は、しかし、部隊長の返答で打ち砕かれた。
『次の行き場所はイギリス。そこでクーデター首謀者とテロリストの幹部を抹殺してもらう』
「はぁ、機士用の操縦服を人数分用意してくれだって?」
「そう、そうなのだ。それこそが私の秘策……名付けて“ぴちぴちパイスー喫茶”の全貌なのだ!」
帰り道。紫蘭に絡まれた比乃は一応の護衛と言う事も兼ねて、彼女と帰路を共にしていた。その最中に出た話というのが、スタイルが良い男子と女子に機士用の操縦服を着せて接客させると言う物だった。
それを聞いた比乃は「呆れた」と肩をすくめる。全貌も何も、ただパイロットスーツを着せて仮装させるだけだったのだ。
「そもそも、機士の操縦服ってけっこーな機密の塊なんだけど?」
比乃たち、陸上自衛隊機士科のパイロット達が常日頃から身につけている操縦服は、かなりの高性能高級品である。防弾、防刃、耐G機能に止血機能まで付いた、かなりハイテクな最新技術の塊とも言える代物なのだ。決して、子供の遊びで使って良い物ではない。
しかし、紫蘭も諦め悪く、両手をぶんぶん振りながら必死に比乃に訴えかける。
「ただ学生に着せるだけならそんなに問題ないだろう! ちょっと催しで使うくらいだぞ!」
「いや、持ち出すだけでも結構リスキーなんだけど、下手しなくても始末書物なんだけど」
「そこはほれ、ひびのんの保護者の力でちょちょいのちょいとな?」
「ちょちょいのちょい……ねぇ、というか、似せた物くらいなら森羅の家で用意できるでしょ。それじゃ駄目なの?」
「駄目だ! こういうのは本物を使うのが肝心なんだ! だから頼む!」
両手を擦り合わせながら熱く語る紫蘭を前に、比乃は少し考える。あのお祭り好きの部隊長と言えど、たかが文化祭の為に操縦服の持ち出しを許可するだろうか? いや、流石にあり得ない。そこまでハメを外すような人物ではない……はずだ。そう思いたい。
「流石に、うちの部隊長もこればっかりは協力してくれないと思うけどなぁ」
「そこを、そこをなんとかお願いする! 我々の勝利の為に、欠かせない一手なんだ!」
「うーん……」
そこまで言われても、そう易々と協力するわけにも行かず、困り顔で頬を掻く比乃。すると、紫蘭はもはや手段は選んでいられないとばかりに、路上で土下座をし始め「何卒、何卒!」と叫び始める。側から見ると、かなり悪目立ちする状況だった。勘弁してほしかった。
「わかった、わかったから土下座やめて……じゃあ今から部隊長に連絡取って、それで許可が取れたらいいよ。駄目だったら素直に諦めてね」
「おお、感謝するぞひびのん!」
検討するだけと言っているような物なのだが、すでに協力が決まったかのように「やった、やった!」と小躍りして喜ぶ彼女を尻目に、比乃は懐から携帯端末を取り出す。そして、沖縄の第三師団の長、日野部一等陸佐の元へと直通の電話を掛けた。
待つことスリーコール。通話に出た部隊長は『どうした、緊急事態か?』と少し声を潜めて言った。普段ははんなり荘にある固定電話でしかやり取りをしないので、携帯端末から直に電話を掛けてきた事に、少しばかり驚いているようだった。
実際には緊急事態でもなんでもないのだが、比乃は「いえ、そういうわけではないんですが、ちょっとご相談が……」と事情を話し始めた。今度の文化祭の出し物が決まった経緯から、それに何故か機士の操縦服が必要になったことなどを簡潔に説明する。
話を聞いた部隊長は『ほぉ、文化祭か、それは楽しみだな』と、声を弾ませた。
『お前もそういう学校行事に出られるようになったか……ところで、開催はいつなんだ?』
「来月の半ばです。もしかして、来ます? 準備期間的にそんな大規模な祭りじゃないんですけど」
『行きたい気は山々なんだが、ちょっと仕事が忙しくてな……しかし、一ヶ月後か……』
部隊長は電話越しに『うーむ』と唸り声をあげる。何か言い淀んでいるような感じだった。
「やっぱり操縦服の持ち出しなんて駄目ですよね」
『いや、その件ではなくてだな……よし、そこに件の森羅嬢はいるか?』
「ええ、いますよ」
『すまんが、ちょっと電話代わってくれ』
比乃は怪訝そうな顔をしながらも、横で話を盗み聞きしようと聞き耳を立てていた紫蘭に「部隊長が話しあるって」と言って携帯端末を差し出した。紫蘭は差し出された携帯端末を受け取ると、むふーと鼻息を荒げて、
「直接交渉だな、よろしい! 私の類い希なる交渉術を見せてやろう!」
「いや、多分別件だと思うけど」
しかし、紫蘭は比乃の言葉には耳を貸さず、紫蘭は意気揚々と電話に出る。
「もしもし、そう、私が森羅 紫蘭だ。ひびのん……比乃には日頃から世話になっている……うん、うん? それは本当なのか?!」
相手が第三師団の師団長であるにも関わらず、いつも通りの口調で通話をしていた紫蘭が、電話で何を言われたのか、驚いた様子で声を荒げた。それから、通話口に手をやって、周囲に声を漏らさないようにして通話を続ける。
「しかし、それが本当だとして、あいつらの安全は……なるほど、その為の比乃か……ふむふむ、わかった。それではそういうことで」
何事か話が纏まったのか、満足げな表情で携帯端末を比乃に返す紫蘭。
「喜べひびのん! 交渉成立だ!」
「いったい何を話してたの……もしもし、電話代わりました。それで操縦服の件なんですけど、交渉成立って事はまさか」
『ああ、操縦服の件は任せておけ、第八師団に都合着くように話しておく。ただ取り扱いと管理はしっかりするようにな』
「……いいんですか部隊長。問題になりません?」
まさか部隊長が協力するとは思っていなかったが、決まってしまった物はしょうがない。出来る限り、厳重に管理して、問題にならないように努力しよう。比乃は気苦労の種が一つ増えたことに、後ろでまた小躍りして喜んでいる紫蘭をじと目で睨みながら、比乃は溜め息を吐いた。
『なぁに、しっかり管理さえしてくれればこのくらいどうとでもなる。それに、可愛い息子の晴れ舞台に必要とあれば、協力せんわけにはいかんだろ』
「はぁ……それはどうも、ありがとうございます」
できれば別の形で協力して欲しかった、という言葉は飲み込んで、一応は礼を言う比乃。用件も済んだので通話を切ろうと思った所に、部隊長が『それで交換条件なんだが』と話を続けたので、また言葉を飲み込んだ。部隊長は会話のトーンを落として、真剣な口調になっていた。
『申し訳ないんだが、お前達には文化祭の準備をサボって貰わなくてはならんのだ』
「と、言いますと」
『お前と心視、志度には、特殊任務に就いてもらう事になってな。一ヶ月前のアメリカと言い、多忙にさせて申し訳ないんだが』
「いえ、任務とあらば問題ありません。それで、次はどこで何をするんですか?」
また遠くに飛ばされるのだろうな、と予感めいた物を感じながら、比乃は聞いた。出来れば日本国内が良いなという淡い希望は、しかし、部隊長の返答で打ち砕かれた。
『次の行き場所はイギリス。そこでクーデター首謀者とテロリストの幹部を抹殺してもらう』
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
76
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる