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第三十話「英国の危機と自衛隊の出番について」
同行人
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それから比乃は真っ直ぐ帰宅して、はんなり荘の二〇三号室。紫蘭と別れて帰ってくるなり、見計らっていたかのように部屋にやってきたイギリス組の三人、即ち、メアリ、アイヴィー、ジャックにお茶を出した所だった。志度と心視は第八師団の方へと出払っており、四人は机に車座で座っていた。
「それで今回の件、どこまで知ってるの?」
お茶を出し終えた比乃が唐突に聞くと、メアリはお椀を持って、笑みをこぼした。
「あら、日比野さんたらどこまでだなんて、そんなの“全部“に決まってるじゃないですか」
「流石は世界有数の諜報機関を持つ国か……」
比乃は冷や汗をかいた。英国なら、たとえ国外でも、何らかのルートを使って、自衛隊や政府の持つ機密情報を仕入れる事は可能かもしれない。それこそ、日本にやって来ている護衛の兵の中に、そういう事を専門に行える人間が居ても、不思議ではないのだ。
「と、言ったけど、ネタばらしすると、私たちも日野部大佐って人から連絡を受けたからなんだけどね」
アイヴィーがそう言って、出されたお茶を一口啜る。種を明かされたメアリは、涼しげな表情で同じくお茶を啜っていた。先ほどのやり取りが全て、メアリの冗談だったことがわかって、比乃はほっとした表情を浮かべる。
「日本の防諜ってそこまで貧弱だったかって心配しちゃったよ……それで、知ってるってことはつまり」
「無論。私は君たちと一緒にイギリスへ戻るぞ。カーテナの修復も、いい加減行いたいしな」
家主に代わって、メアリのお椀におかわりの緑茶を注ぎながら、ジャックが答える。彼の乗機である金色のAMW、カーテナは、数ヶ月前に使用された時から部品の都合が付かず、修復の目処が立っていなかった。今の今まで、破損した状態のまま、廃工場の中で埃を被っている。
今回、英国に戻って機体の修理を行い、それが終わり次第、比乃たち第三師団第一小隊の面子と共に、水先案内人として作戦に参加することになっている。
「カーテナの運び出しの方も、日野部大佐殿が伝手を使って用意してくれるらしいし、本当に頼りになる方だ……それにしても、ようやく本国へ戻って、あの不埒どもを国から叩き出せると思うと、腕がなる」
「あ、それだけど、私も一緒にいくからね。AMWのパイロットは一人でも多い方が良いでしょ」
一人盛り上がっていた近衛騎士に、アイヴィーが髪をかきあげながらそんなことを言うので、比乃とジャックはぎょっとした。AMWを操縦できるとは言え、一般人である彼女を作戦に連れて行くなど、とてもではないが出来ない。
「い、いけませんアイヴィー嬢。貴方を危険な戦場に連れて行くことなど、とてもできません!」
「そうだよアイヴィー、今回の作戦の趣旨も知ってるでしょ? 前の時とは比べ物にならないくらい危険なんだよ?」
比乃が言う通り、今回の作戦は危険極まる困難な物だった。下手をすれば、作戦への参加がそのままあの世への片道切符にもなり兼ねないのだ。しかし、彼女は二人の制止を聞き入れるつもりはまったくないようで、胸を張って言ってのける。
「危険なんて百も承知だよ。自分の国のことは、自分でけりを付けたいし、あれからカーテナを使ってAMWの操縦訓練だって続けてやってたんだよ? 足手纏いにはならない自信はあるよ」
「そんなことしてたの……」
民間人に何をさせてるんだ、と言わんばかりに比乃がカーテナの持ち主であるジャックを責めるように見るが、彼は目を逸らした。どうせ、頼み込まれて、嫌とも言えずに渋々了承していたか、あるいはジャックが絶対に逆らえない相手、メアリの口添えがあったのだろう。
「あら、いいではありませんか二人共、アイヴィーだけ仲間外れというのは良くありませんわ」
そう言ってくすくす笑うメアリの発言に、二人はさらに狼狽えた。この王女、もしかしなくても付いてくる気満々である。クーデター軍とテロリストが蔓延る祖国へと、これには流石に比乃も絶句する。
「め、メアリー! 流石にそれは許容できないぞ、いくらなんでも危険過ぎる!」
先程までとは打って変わって、ジャックが声を荒げた。だがメアリは笑みを崩さないまま、憤りすら見せる自分の護衛の顔を見据え、ゆっくりとした口調で話す。
「あら、私はAMWに乗って前線へ、なんて言いませんよ? ただ、王宮の方と父上がどうなさっているのか気になるものだから、その確認をしに行くだけ、あとはちょっと兵の慰労をするくらいかしら」
「しかし!」
それでも反対するジャックだが、メアリは「この話は決定事項よ」と言ってお茶を再び啜る。取り付く島がない状態に、彼は憤りから一転、泣きそうな顔で比乃の方を見た。助け舟を要求されて、比乃は深く溜息を吐いてから、確認するようにメアリに聞いた。
「メアリ、聞いておくけど、王宮から外には出ないんだね?」
「ええ、兵の顔を見に行くのも、敷地の中に配備されている者だけにします。外は危険でしょうから、それでも駄目と言うのかしら、日比野さん?」
「……本当は僕も駄目って言いたいし、日本に残ってて貰いたいけど、どうせ言っても聞かないでしょ」
「ひ、日比野少年!」
諦めた口調で言う比乃の様子に、ジャックが目を剥く。
「だってしょうがないでしょ、天下のメアリ王女殿下が行くと言って聞かないんだからさ……その代わり、二人に約束してほしい事があるんだけど」
「あら、何でしょう」
「何、比乃」
「アイヴィー、作戦に付いてくるって言うなら、予備戦力扱いにはするけど、絶対に前には出ないで、守り切れるか解らないから……メアリ、アイヴィーだけは必ず生きて帰すように努力するけど、もし万が一、僕たちが戻らなかったら、変な考えを起こさずに王宮から日本に戻って、お願い」
そう真剣な表情で言う比乃の顔を、王女は数秒見つめて、ふっと吹き出した。比乃は決まりが悪そうな表情になって、頰を掻く。
「……何か変なこと言ったかな、僕」
「いいえ、ただ、日比野さんこそ、私が日本に来た時にした約束、忘れないでくださいね?」
「忘れはしないよ、善処もする。きっと生きて帰るって約束する」
「ならばよし、です」
そうしてお茶を飲み終えたメアリは席を立つと「アイヴィー、ジャック、急いで荷物をまとめましょう」と言って、二人を連れて部屋から出て行った。それと入れ替わりで、志度と心視が「ただいまー」と玄関を開けた。
「今そこでメアリ達に会ったけど、どうかしたのか?」
「……何か、あった?」
買い物袋を片付けながら聞いた二人に、比乃は先程ファックスで送られて来た指示書を机の上に置くと、事の次第と部隊長からの作戦指示について、資料を交えて説明し始めたのだった。
「それで今回の件、どこまで知ってるの?」
お茶を出し終えた比乃が唐突に聞くと、メアリはお椀を持って、笑みをこぼした。
「あら、日比野さんたらどこまでだなんて、そんなの“全部“に決まってるじゃないですか」
「流石は世界有数の諜報機関を持つ国か……」
比乃は冷や汗をかいた。英国なら、たとえ国外でも、何らかのルートを使って、自衛隊や政府の持つ機密情報を仕入れる事は可能かもしれない。それこそ、日本にやって来ている護衛の兵の中に、そういう事を専門に行える人間が居ても、不思議ではないのだ。
「と、言ったけど、ネタばらしすると、私たちも日野部大佐って人から連絡を受けたからなんだけどね」
アイヴィーがそう言って、出されたお茶を一口啜る。種を明かされたメアリは、涼しげな表情で同じくお茶を啜っていた。先ほどのやり取りが全て、メアリの冗談だったことがわかって、比乃はほっとした表情を浮かべる。
「日本の防諜ってそこまで貧弱だったかって心配しちゃったよ……それで、知ってるってことはつまり」
「無論。私は君たちと一緒にイギリスへ戻るぞ。カーテナの修復も、いい加減行いたいしな」
家主に代わって、メアリのお椀におかわりの緑茶を注ぎながら、ジャックが答える。彼の乗機である金色のAMW、カーテナは、数ヶ月前に使用された時から部品の都合が付かず、修復の目処が立っていなかった。今の今まで、破損した状態のまま、廃工場の中で埃を被っている。
今回、英国に戻って機体の修理を行い、それが終わり次第、比乃たち第三師団第一小隊の面子と共に、水先案内人として作戦に参加することになっている。
「カーテナの運び出しの方も、日野部大佐殿が伝手を使って用意してくれるらしいし、本当に頼りになる方だ……それにしても、ようやく本国へ戻って、あの不埒どもを国から叩き出せると思うと、腕がなる」
「あ、それだけど、私も一緒にいくからね。AMWのパイロットは一人でも多い方が良いでしょ」
一人盛り上がっていた近衛騎士に、アイヴィーが髪をかきあげながらそんなことを言うので、比乃とジャックはぎょっとした。AMWを操縦できるとは言え、一般人である彼女を作戦に連れて行くなど、とてもではないが出来ない。
「い、いけませんアイヴィー嬢。貴方を危険な戦場に連れて行くことなど、とてもできません!」
「そうだよアイヴィー、今回の作戦の趣旨も知ってるでしょ? 前の時とは比べ物にならないくらい危険なんだよ?」
比乃が言う通り、今回の作戦は危険極まる困難な物だった。下手をすれば、作戦への参加がそのままあの世への片道切符にもなり兼ねないのだ。しかし、彼女は二人の制止を聞き入れるつもりはまったくないようで、胸を張って言ってのける。
「危険なんて百も承知だよ。自分の国のことは、自分でけりを付けたいし、あれからカーテナを使ってAMWの操縦訓練だって続けてやってたんだよ? 足手纏いにはならない自信はあるよ」
「そんなことしてたの……」
民間人に何をさせてるんだ、と言わんばかりに比乃がカーテナの持ち主であるジャックを責めるように見るが、彼は目を逸らした。どうせ、頼み込まれて、嫌とも言えずに渋々了承していたか、あるいはジャックが絶対に逆らえない相手、メアリの口添えがあったのだろう。
「あら、いいではありませんか二人共、アイヴィーだけ仲間外れというのは良くありませんわ」
そう言ってくすくす笑うメアリの発言に、二人はさらに狼狽えた。この王女、もしかしなくても付いてくる気満々である。クーデター軍とテロリストが蔓延る祖国へと、これには流石に比乃も絶句する。
「め、メアリー! 流石にそれは許容できないぞ、いくらなんでも危険過ぎる!」
先程までとは打って変わって、ジャックが声を荒げた。だがメアリは笑みを崩さないまま、憤りすら見せる自分の護衛の顔を見据え、ゆっくりとした口調で話す。
「あら、私はAMWに乗って前線へ、なんて言いませんよ? ただ、王宮の方と父上がどうなさっているのか気になるものだから、その確認をしに行くだけ、あとはちょっと兵の慰労をするくらいかしら」
「しかし!」
それでも反対するジャックだが、メアリは「この話は決定事項よ」と言ってお茶を再び啜る。取り付く島がない状態に、彼は憤りから一転、泣きそうな顔で比乃の方を見た。助け舟を要求されて、比乃は深く溜息を吐いてから、確認するようにメアリに聞いた。
「メアリ、聞いておくけど、王宮から外には出ないんだね?」
「ええ、兵の顔を見に行くのも、敷地の中に配備されている者だけにします。外は危険でしょうから、それでも駄目と言うのかしら、日比野さん?」
「……本当は僕も駄目って言いたいし、日本に残ってて貰いたいけど、どうせ言っても聞かないでしょ」
「ひ、日比野少年!」
諦めた口調で言う比乃の様子に、ジャックが目を剥く。
「だってしょうがないでしょ、天下のメアリ王女殿下が行くと言って聞かないんだからさ……その代わり、二人に約束してほしい事があるんだけど」
「あら、何でしょう」
「何、比乃」
「アイヴィー、作戦に付いてくるって言うなら、予備戦力扱いにはするけど、絶対に前には出ないで、守り切れるか解らないから……メアリ、アイヴィーだけは必ず生きて帰すように努力するけど、もし万が一、僕たちが戻らなかったら、変な考えを起こさずに王宮から日本に戻って、お願い」
そう真剣な表情で言う比乃の顔を、王女は数秒見つめて、ふっと吹き出した。比乃は決まりが悪そうな表情になって、頰を掻く。
「……何か変なこと言ったかな、僕」
「いいえ、ただ、日比野さんこそ、私が日本に来た時にした約束、忘れないでくださいね?」
「忘れはしないよ、善処もする。きっと生きて帰るって約束する」
「ならばよし、です」
そうしてお茶を飲み終えたメアリは席を立つと「アイヴィー、ジャック、急いで荷物をまとめましょう」と言って、二人を連れて部屋から出て行った。それと入れ替わりで、志度と心視が「ただいまー」と玄関を開けた。
「今そこでメアリ達に会ったけど、どうかしたのか?」
「……何か、あった?」
買い物袋を片付けながら聞いた二人に、比乃は先程ファックスで送られて来た指示書を机の上に置くと、事の次第と部隊長からの作戦指示について、資料を交えて説明し始めたのだった。
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