上 下
218 / 344
第三十話「英国の危機と自衛隊の出番について」

英国のテロリスト

しおりを挟む
 イギリスの都市、バーミンガムより数キロ離れた地点に、一つの野営陣地があった。
 簡易的に建てられたプレハブ小屋が並ぶその周囲には、駐機姿勢の状態で待機している大柄な鋼鉄の巨人、AMW“コンカラーⅡ”と、主翼を折りたたんだ状態で駐機されている攻撃ヘリが数機、並んでいる。

 そことは少し離れた所に、イギリスで見かけることは滅多にないはずの機種、ペーチルSが居た。こちらは立ち上がった状態で頭部カメラを巡らせて、周辺を油断なく警戒していた。

 ここはクーデター軍、そしてそれに与するテロリストたちが居座る、言わば小規模な前線基地と呼ぶべき代物だった。
 AMWを重機として扱うことで、すぐに展開できて、同時に即座に撤収することも転居させることも容易にできる、柔軟性の高いシステムである。もっとも、クーデターを始めてから快進撃を続けているクーデター軍が、撤収を理由にこの基地を移動させたことはなかったが。

 その基地、建ち並ぶプレハブ小屋の中の一つに、数人の男たちが居た。将兵用のプレハブ小屋は、他よりも内装が整っており、床にはカーペットが敷き詰められて居た。中央に置かれた机には、イギリス全土を書き示した地図が乗っており、これまで進撃を続け、攻略した都市や政府軍の防衛陣地の上に、バッテン印が書き込まれていた。

 その内の一人、丸メガネを掛けた金髪を短髪にした男が、葉巻に火をつけてそれを咥える。そして夢心地の表情で深く息を吸い込み、至福と言わんばかりに煙を吐き、ぼやく。

「いやはや、都市防衛の部隊も粘りますねぇ、彼我戦力比の差は圧倒的だというのに、何が彼らを必死にさせるのでしょう」

 誰かに向けてかの問いかけのような呟きに、同じプレハブに居た男性ら、ダークグリーンの制服に身を包んだ元イギリス軍将兵の一人が、淡々と答えた。

「分かり切ったことを、ここが落ちれば後は首都だ。向こうも必死になるだろう」

「なるほど……国王陛下の在わすロンドンを守る為ですか」

 丸メガネの男は葉巻をもう一度深く吸うと、煙を吐きながら「古臭いですねぇ」と言葉を漏らした。

「国王陛下の為に……いやはや、私には理解しかねる考えですな、前時代的で古過ぎる考え方だ……おっと、貴方方も少し前まではその言葉を胸に軍人をしていたのでしたな。いや、これは失敬」

 全く失礼そうに思っていない口調でそう言って、葉巻を加えたまま戯けたように頭を下げる丸メガネの男。そのおり、口元からぽとりと灰が落ちて、床を汚す。男の発言とその態度に、ダークグリーンの制服に身を包んだ周りの将兵たちは、不快そうに顔を歪める。

 しかし、クーデターを企てた将兵たちには、この男に余計な口出しは出来なかった。何せ、このクーデターにおける“スポンサー”は、この男が所属している組織なのだから。
 もし、この男が臍を曲げて部隊ごと手を引いてしまえば、自分たちは三日と持たずして政府軍に制圧されてしまうだろう。それ程までに、この男が率いている戦力は強大だった。

 その要因の一つが、プレハブ小屋の上を、低空飛行で編隊を組んで飛んで行った。風圧を受けて窓ガラスがガタガタと音を立てる。

 かの組織がどこからか調達し、運用している“ミグもどき”だ。政府側に付いている空軍の持つ航空機よりも優秀で、数も多い。この謎多き航空戦力と、外で周辺を警戒しているペーチルSという圧倒的戦力がなければ、このクーデターも、ここまで続かなかっただろう。
 そもそも、戦力を与えると扇動されて起こしたのが、このクーデターである。でなければ、この国を変える手段に、クーデターなどという、無茶で無謀な手段など選ばなかった。

 将兵たちには、この男の所属する組織が、自分たちに求める対価が何であるかの説明を受けていない。それ故に、精々、政権を取ってからの資金巡りにでも口を出すつもりなのだろうと、勝手な想像をしていた。

「やれやれ、こんなに煩くされては、ゆっくり葉巻も吸えやしない……」

 揺れる窓から外を眺めて居た男は静かに、不快そうに呟くと、喫いかけの葉巻を机上の灰皿に放り込んで、プレハブ小屋の出口へと歩き始めた。

「ミスタ、どちらへ行く気か?」

 道を譲りながらも怪訝そうに尋ねる将兵に、ミスタと呼ばれた丸メガネの男は、扉を開けようとした所で立ち止まり、振り向きもせずに答えた。

「いやね、前線の部隊があんまり鈍間だから、ちょっとテコ入れをしようと思いましてね。まぁ具体的に言うと、私も出撃してこようかと」

 まるで散歩にでも行くような気軽な口調で言ってのける男に、将兵たちは顔を見合わせた。

「しかし、指揮官直々に前線に出ずとも……これだけの戦力差、放っておけばその内、占領できる」

 将兵の一人がそう言うと、男の声が少し低くなった。

「その内、では遅いんですよ。‘客人“も来るようですしね」

「客人?」

 その威圧的な言い方にたじろぎながら、もの問いたげな将兵たちだったが、男はそれ以上答えるつもりはないようで、将兵たちを無視して扉を開けると、足早に駐機場へと向かって行った。



 男の向かった先には、一機のAMWが跪いていた。見る者に尖った印象を与える、全体に黄色の塗装を施した、派手な見た目をした機体。
 機体の周辺で作業をして居た黒ずくめの男たち、テロリストの整備チームが、やって来た丸メガネの男に敬礼し、男は軽く手を挙げて返す。

「出撃ですか」

「ええ、機体の状態は?」

「万全です。例のシステムも、問題なく使用可能です。長時間の運用はご遠慮いただきたいですが」

「結構……ああ、操縦服はいいです。どうせすぐ済みますから」

 黒ずくめの一人が差し出したパイロットスーツを持つ手をやんわりと押し返すと、男は着の身のまま、そのAMWに乗り込んだ。

 コクピットのレイアウトは、通常の機体と変わりない。男は律儀にシートベルトを締め、思考制御用のヘッドギアを頭に嵌めると、にんまりと笑みを浮かべた。まるで、これから楽しい遊びをしに行くかのように、嬉しそうな、そんな表情だ。

「さて、古いゴミは綺麗さっぱり掃除しないといけませんね」

 男が呟くのと同時、その刺々しいAMWが身を起こし、戦場へ向けて高々と跳躍した。その手には、一振りの高振動ナイフと小型の拳銃しか持っていなかった。

 それから一時間後、バーミンガム在留の防衛部隊は、完膚無きまでに殲滅された。
しおりを挟む

処理中です...