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第三十話「英国の危機と自衛隊の出番について」

移動中の出来事

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 数日後、日本の某空港。比乃は大型輸送機の貨物室から、操縦服姿で滑走路に降り立った。今し方、乗機であるTkー7改二を、米国からこの作戦の為にやってきた輸送機、C-17グローブマスターに搬入した所だった。
 この輸送機は例によって、部隊長のコネを用いて用意された物だった。これに乗って、米国経由で英国を目指すことになる。

 一仕事終えて、うんと伸びをした比乃に続いて、同じように機体を積み込み終えた志度と心視がやってくる。
 今回、比乃は虎の子であるTkー11ではなく、乗り馴れたTkー7改二で出撃することになっている。理由としては、やはり前回の国外でも出撃で、機体を損傷させたのが不味かった。

 開発主任である楠博士は「致し方ないことだ、兵器は、兵器は使っていれば壊れるものだ」とコメントしていたが、それでも、まだ機密に近い新型試作機をこれ以上国外にほいほい持ち出して壊すのはいかんと、かなり上の方からストップがかかったのだ。

 そも、比乃と心視もTkー11には、あれから数えるほどしか乗っていない。それも実際の出撃ではなく、運用試験でのみだ。まだ正式配備されていない物を、現場で使うわけにはいかないからだ。なので今回、Tkー7改二を使うことに、比乃は何ら不満を抱いたりはしていなかった。むしろ、重要な任務には、乗り馴れた機種で挑みたいと考えていた程だった。実戦データを欲しがって居た楠博士には申し訳なかったが、現場としての正直な意見である。

「二人ともお疲れ、作業は順調だね」

「ああ、しっかり予定通りだな」

 やってきた志度が首を鳴らしながら言った。予定していた、荷物の積み込みから輸送機の準備まで、今のところは順風満帆だった。ここ数日は、目立ったテロもトラブルも無く、準備は万端。

「嵐の前の静けさじゃなければいいけど」

「おいおい、フラグって奴だろそれ、やめろよなー縁起悪い」

「……弱気は、良くない」

「とは言っても、今回は任務が任務だしなぁ。剛や宇佐美さん、ジャックがいると言っても」

 比乃達が機体を搬入した輸送機から離れた所に、もう一機の輸送機が見えた。そちらには安久と宇佐美が、すでに自分たちの機体を乗せて、出発のために機内で待機しているはずだった。

 ジャックのカーテナは民間人に目撃されると不味いので、隠蔽用のカバーを被せられた状態で、すでに搬入済み。その持ち主は今頃、この輸送機の乗務員室で、自分の主人とその友人の相手をしているだろう。

「それより、搬入機材のチェックしなくちゃ、二人とも、端末出して」

 比乃が手に持って居た大型の携帯端末を二人に向ける。二人は向けられた端末に、小型の液晶が付いた端末を近付けると、ぴっと小気味良い音がする。これで、比乃の大型端末に情報が送られた。三人が輸送機に搬入したAMWの情報や、それに付属する各種装備類、弾薬、予備バッテリーなどの備品が個数まで詳しく表示され、比乃はそれにざっと目を通す。

「……うん、全部揃ってるね。これにて搬入作業終わり!」

 比乃がそう告げると、二人は「ようやくかぁ」と、少しくたびれた様子で言った。何せ、大型の装備類などは、Tkー7を操縦して一個一個輸送機に運び込んだのである、これだけでも一仕事だった。

「僕はこれを提出してくるから、二人は先に乗務員室行って着替えてきなよ」

「じゃ、後は任せた」

「……お先に」

 輸送機脇のタラップに向かって歩き出した二人を見送り、比乃はふと空を見上げた。日差しが眩しい、快晴の青空である。正にフライト日和と言えよう。しかし、比乃の心中は穏やかではなかった。それが、作戦前の緊張から来るものか、それとも直感とも呼ぶべきものなのか、自身にも判断は付かない。

「……嵐の前の静けさ、か」

 比乃は先程自分が言った言葉をもう一度呟く。嫌な予感を振り切るように頭を振って、端末を提出するために輸送機から離れて行った。滑走路を吹き抜ける風が、汗をかいた身体を冷やした。

 ***

 日本列島から、直線距離で約九千六百キロ離れた英国、ロンドンまでは、移動に特化した旅客機でも十二時間以上の長旅となる。軍用の輸送機で米国を経由するとなると、更に時間が掛かる。
 ひとまずは、米国までの長旅へと飛び立った二機の輸送機の内の片方、比乃たち六人が乗る機の乗務員室で、比乃が暇潰しに持ち込んだUNOが行われていた。安久と宇佐美は、もう片方の輸送機に乗っているので、ここにはいない。

「ドローツー!  さぁジャック、その数少なくなった手札を補充させてあげようじゃないか!」

 比乃が意気揚々とドローツー、次の手番の人にカードを二枚引かせるカードを輪の中央に送る。

「甘いな少年。私もドローツーだ」

 しかし、ジャックはそれを鼻で笑い、同じ種類のカードを出すことで避けて見せた。

「……ドローツー」

 それを、心視はいつもの無表情で次に回し、

「俺もあるぞ!  ドローツーだ!」

 志度が嬉しそうに同じカードをメンコのように盤上に出し、

「実は私もあるんだよね、ドローツー」

 アイヴィーがさらりと追加のカードを置いた。

 比乃が把握している限り、これで使用されたドローツーの枚数は八枚。ルールの仕様上、次の手番でこの溜まりに溜まったドローを避ける手段は、一つしか残されて居ない。皆の視線が次の手番。にこにこと笑顔を浮かべているメアリへと注がれる。王女様、まさかの大ピンチかと思われたが、

「ワイルドドローフォーです。そしてウノ」

 彼女は笑みを浮かべたまま、悪魔のカードを札の山に置いた。そして爽やかにリーチ宣言。一巡して自分の手番になった比乃が、頰を痙攣らせながら十四枚のカードを山札から取る。

「ごめんなさい日比野さん。私、こう見えてカードゲーム強いんです」

「いや、見た目通りだと思うよ……」

 そうして、白熱した戦い(比乃がぶっちぎりのビリだった。無情)が終わる。しばらくして、今回の任務についてに話題が移ると、主にアイヴィーとメアリに聞かせるように、比乃が話し始めた。

「今回の作戦は、敵のクーデター軍の首謀者と、クーデター軍に協力しているテロ組織の幹部を抹殺、あるいは捕縛して事態の収拾を図る。一発逆転を狙った作戦だね。現地で敵が諦めるまで、もしくは米国などの同盟国が増援を送ってくれるまで抵抗するって作戦も考えられたみたいだけど、それじゃあ何ヶ月戦わないといけないかわからないし、そもそも増援が来るまで持ち堪えられる保証がない。だからこその作戦だね」

 語りながら、比乃が大型端末に指を這わせて、英国本土の地図を表示する。地図上に様々な情報が表示され、赤線が引かれた。比乃が英国本土の北側を指差す。

「こっち側がクーデター軍に取られちゃった場所」

 続いて南側、地図にして三分の一程下へ指を動かす。

「こっち側が呼応しなかった軍、政府軍と近衛隊が支えてる場所ね。バーミンガムまでは何とか支えてるみたいだけど、それもいつまで保つかどうか……」

「こうして地図で見てみると、ほとんど取られちゃってるね……うちの会社、首都の近くだから大丈夫だと思うけど……パパたち、大丈夫かな」

 不安そうに呟くアイヴィーの手に、メアリが手を重ねた。

「大丈夫、まだ抵抗できているということは、BMSが正常に稼働している証拠、そうでしょう、日比野さん」

「その通り、聞いた話になるけど、BMSが未だに近衛隊と政府軍に装備を供給し続けてるから、戦線は保たれてるみたい。主要な港も空港も首都近郊、南に集中してたのが幸いだったね。物量で押し切られない限り、政府側が干上がることはないと思う。ただ、逆に不可解なのが……」

「何故、相手側が干上がらないか、だね」

 アイヴィーの問いに「そうだね」と頷く。

「推論だけど、多分、クーデターに加担してるテロリストが、北側から空輸で物資と人員を送り込んでるんだと思う。はっきり言って、奴らが居なければこんなにクーデターは長続きしなかったはずだよ」

「それじゃあ、その輸送機を攻撃すれば」

「それが、相手は航空戦力もかなりの数保有してて、こっちが制空権を確保されないようにするだけで手一杯の状態みたい。だから輸送経路を潰すって手は使えない。となると、どうしても頭を潰すしか手が無いってことになった訳」

「……淡々と説明を聞いてると、我が国は窮地に立たされているということが、よりはっきりわかりますね」

 いつもの笑みを消して、メアリが呟く。しかし、その表情に悲観の相は見えない。何故ならば、

「窮地をひっくり返すのは、いつだって切り札だって決まってます。私たちにとってのワイルドドローフォーカード、日比野さんたちを信じてます」

 そうして向けられた、英国王女の期待の眼差しに、比乃、志度、心視の三人は、答えるように頷いて見せた。
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