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第三十話「英国の危機と自衛隊の出番について」

作戦の前準備

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 一行を乗せた輸送機は、アメリカのアラスカにあるエルメンドルフ空軍基地に立ち寄り、そこで一度、補給を受けてから、再び空の旅。今度は同じアメリカの東海岸基地である、アンドリューズ空軍基地に向かった。

 ここで、ロンドンから脱出してきた歩兵部隊と、カーテナを整備するための人員と合流。アイヴィー用のカーテナや、ジャックの機体用の装備などを受け取り次第、英国、バーミンガム北部へと向かうのだ。

 なお、直接作戦空域まで空輸される比乃たちとは違い、旅客機に乗り換えて王宮へ向かうメアリとは、ここで一旦お別れとなる。再会できるかどうかは、作戦の塩梅次第だろう。

 北半球で日本と同じく夏真っ盛りのここでも空は晴天、雲ひとつ無く、太陽がぎらぎらと光を地上へと降り注いでいる。その下で、優雅に日傘を差しているメアリと、着慣れない野戦服姿のアイヴィーが、別れを言い合っていた。

「それではアイヴィー、ジャックと日比野さんたちにあまり迷惑をかけないように、それと、ちゃんと生きて帰ってくること、どっちも守らなかったら、後で酷いですからね?」

「後でって、帰ってこないと後も何もないじゃない。ま、ジャックたちの足は引っ張らないようにそして無事五体満足で帰れるように、精一杯頑張るよ」

「よろしいです……それでは、また後で」

「また後で、ね」

 乙女二人が再会を誓い合っている一方で、駐機場の片隅、輸送機の貨物室から降ろされたジャックのカーテナに、英国からやってきた整備士たちが群がっていた。彼らは手慣れた動きで、修復、部品交換、点検などを同時に行なっている。

 それらの作業を、比乃と志度、心視は遠巻きに眺めていた。その隣にはジャックも居て、突貫作業で修理されて行く自身の機体を見て感嘆の声を漏らしていた。

「流石は我が国の整備班、彼らの手にかかればAMWの一機や二機、軽く修復してみせるか」

「ジャックの機体の損傷具合が軽度だったって言うのもあるんだろうけど、それでも早いね。これなら出発にも間に合いそうだ。装備の方は?」

「ああ、光学迷彩マントを、全機分持ってきて貰った。戦闘中に紛失しても、まぁ、私がなんとか言い包めるから、安心して使い潰してくれて良い」

「あら、整備班としちゃ、大事な装備を使い潰して欲しくないんだけどねぇ」

 二人が話していると、その会話に割り込むように、若干訛りのある英国英語が聞こえた。全員がそちらを振り向くと、ツナギを着た小柄な女性が立っていた。

 二十代後半くらいだろうか、美人と言うほどでもないが愛嬌のある顔立ちに、茶髪を後ろで一纏めにしている。服装も相まって、一目で、英国の整備関係者だと分かった。その証拠に、ジャックが「クラーラ!  無事だったか!」と彼女に駆け寄って熱い抱擁を交わした。

「ジャック、そちらの人はもしかしなくてもお知り合い?」

「ああ、彼女はクラーラ・ウェストン。若いが優秀な技術者であり、私の機体専属の整備主任でもある。クラーラ、こちらは日本から来てくれた心強い援軍の三人だ。以前から世話になっている恩人だぞ」

「へぇ、あの堅物のジャックに恩人ねぇ。ま、よろしくね、おチビちゃんたち」

 彼女はおちゃらけた様子でそう言うと、比乃たちにウインクしてみせる。対して、比乃は生真面目にビシッと敬礼した。

「日比野三等陸曹です、こっちは同僚の白間、浅野同陸曹です。装備の貸し出しの件、心より感謝します」

「ああ、いいっていいって、あたしはそう言う堅苦しいの苦手なんだよ」

 敬礼されたクラーラは心底嫌そうに手をひらひら振ってから、それでも差し出された手をしっかり握って握手した。

「むしろ人材派遣してくれた日本に感謝するよ。うちの部隊だけじゃ防衛で手一杯で、反撃なんてとてもできなかったからね」

「となると、やはり戦線は厳しいのか」

 長らく日本にいて、英国の近状を知らないジャックが聞くと、クラーラは「そうだねぇ」と腕組みをして話し始めた。

「かなり厳しいねぇ、整備班連中も全力で機体回してるけど、パイロットが帰ってこないんじゃいくら機体を整備しても仕方ないからね……それに」

 続けて話す彼女の顔が険しくなる。

「最近、前線で妙な装備を使うAMWが出てきたとか噂になってる。真偽はよくわからないけど、それ相手に前線部隊のカーテナが大損害を受けてるよ。交戦して何とか帰って来た機体を見たけど、はっきり言って、相手は化け物の類だね」

「どんな損傷だったんです?」

「右半身がごっそり、消し飛ばされてたのさ」

 こんな風にね、と謎のジェスチャーして見せるクラーラに、比乃たち自衛隊組三人は顔を見合わせた。

「どんな兵器を使えばああなるのか、技術屋としては悔しいけど、さっぱりわからないね……資料で見たOFMとか言うやつの攻撃に似てると言えば似てるけど、それらしい機影は発見されてないから、多分別物なんだけど……」

「OFMの攻撃に近いですか……」

 比乃も顎に手をやって考える。OFMの攻撃方法と言えば、フォトン粒子を用いたものがほとんどである。それを模した、フォトン粒子を攻撃に転用した技術をテロリストが持っているとしても、なんら不思議ではなかった。
 何せ、相転移装甲や高レベルの無人機運用、高性能の戦闘機を独自に所持している組織である。技術力がそこまで至っていても、可笑しくない。

「OFMと同じ……つまりフォトン粒子を応用した攻撃だとすると、今回持ってきた装備が刺さるかもしれませんね」

「日比野少年らが持ってきた装備というと、あの防楯か?  あれがどうかしたのか」

「防楯もそうだけど武器も、今回は特別製を持ってきてあるんだ。な、心視、志度」

 比乃がそう言うと、これまで沈黙を通してきた心視と志度が、むふーっと鼻息を荒くして答える。

「そう……私専用の、試作兵器。効果の程は、実戦で披露する」

「別に心視専用じゃないけどな。ま、俺用の武器も合わせて、期待してくれちゃっていいぜ?」

「まぁこの二人専用とかじゃなくて、試作品を先行配備させて貰っただけなんですけど……どうして効果的かと言えば、防楯も武器も、フォトン粒子を応用した代物だからですね」

 そう、今回の作戦を行うにあたって、部隊長からの選別として、技研が開発中の新型装備をいくつか拝借して来ているのだ。そのいずもが、フォトン粒子関連の技術を応用されて造られた物で、その効果はカタログスペック上であれば、既存の兵器群を凌駕すると言われていた。
 勿論、今回の件で実戦データを取ってくるというのも、この三人の大事な仕事であるのだが。

「なるほどね、化け物退治はお任せってわけかい」

「そういうことですね」

 自信満々とばかりに胸を張る小さい軍曹たちを見て、クラーラは苦笑してジャックの肩を叩いた。

「おいおいジャック、これは頑張らないと、出番ないかもしれないよぉあんた」

「それは困るな、怪物退治は古来より騎士の役目と相場が決まっている」

 そう言い返した彼は、修繕されて行く自機を見やり、強く頷く。

「そうとも、英国の、女王陛下の脅威を排除するのは、私の務めだ。此度の作戦。カーテナの剣に誓って、必ず成し遂げなければならない。その為に、力を貸してくれ」

「……なーにかっこつけてんだい、この堅物。普通に頼めばいいだろう」

 一人黄昏れながら、きりりとした表情を三人に向けた近衛騎士の後頭部を、整備主任がこつりと叩いた。
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