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第三十八話「唐突に訪れた非日常について」

対テロ行動、開始

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 叩きのめされた男は、水をぶっかけられて目を覚ました。気付けば、自分は洋式便所に座らされており、目の前には黒髪、白髪、金髪の背が低い、制服姿からしてこの学校の生徒と思わしき少年少女が立っている。

「な、なんだお前ら!」

 男が若干怯えた様子で、それでも強気を示そうと言葉を吐いたが、左右の二人、片方はニヤニヤと、もう片方は無表情で、こちらを見るだけである。
 中央に立っていた黒髪の少年……比乃が、バケツを床に置くと口元に人差し指を持ってきて「しーっ」とジェスチャーした。

「あまり大声を出すと、貴方をお仕置きしないといけなくなります。なので、お静かにお願いしますね」

「何言ってやがるこのガキ!」

 そう言って喉元に装着していたマイクに向けて口を開こうとして、そこで男はようやく気付いた。
 自分が装備していた通信機や、手に持っていた銃が無くなっているのだ。見れば、通信機は白髪、志度が、銃は金髪、心視が持っていた。

 男が思わず「返せ!」と怒鳴って立とうとしたが、ゴムホースで器用に縛られた両手が、後ろのパイプに繋がれているらしく、それに引っ張られる形で身体を仰け反らせた。その様子を見て、比乃がくっくっと挑発するように笑う。

「お仲間を呼ぶ前に、ご自身の立場をよく考えることですね」

「ガキ共……こんなことして、タダで済むと思うなよ……」

「貴方方こそ、こんなことをして、警察や自衛隊が素直に要求に応じると思っているんですか?  ま、それは今はどうでもいいですね。貴方には、ちょっと喋って貰いたいことがあります」

「言うと思うか、馬鹿が!  子供が調子に乗ってるんじゃねぇ!」

 そう口汚く罵る男を無視して、比乃は「志度」と短く告げた。合図を受けた志度が、片手に持っていた通信機を、次の瞬間、めしゃりと握り潰した。

 まるで空き缶のように容易く潰れた通信機を前にして、驚愕に目を見開いた男の足元に、砕け散った破片がぱらぱらと床に落ちる。比乃がそれをいくつか拾い上げて、男に見せつけるようにもう一度床に蒔いた。

「彼の握力は優に百キロを超えています。腕力も同等です。さて、素直にお話ししてくださらない場合などには、彼の手が貴方の……そうですね。まずは指を掴むことになります。この意味、お分かりですね?」

 和かに、しかし物騒なことを言い出した比乃に、男は顔面蒼白となる。がくがくと震え始めた彼に、比乃は冷酷に問いを投げかける。

「それではまず一つ。この“玩具の鉄砲”はいったいどういうことです?」

 いきなり確信的な事を聞かれた男は、恐怖に震えながらも、必死に口を紡んだ。すると、笑顔を浮かべていた比乃の表情がすっと抜けて無表情になる。

「志度、まず利き手、右手かな。そっちの小指を……何なら引き千切ってもいいよ」

「ほい来た」

 先ほどまでとは打って変わって淡々とした、低い声で恐ろしい事を指示し始めた。それに白髪の少年が即座に頷いて近付いて来たのを見て、男はやっと、この三人がただの学生ではないことに気付いた。志度の手が、男が必死に指を握り込んで抵抗していたそれを容赦なく引っぺがし、小指を握り締め、ぐっと異様な程に強い力を込めたところで、

「わ、わかった!  言う!  言うからやめてくれ!」

 男は必死の形相で、脂汗まで流して叫んだ。その言葉を聞いて、比乃は先程までの柔和な表情に戻る。

「最初からmそう言ってくれれば良いのに。で、この玩具は何ですか?」

「そ、それは本物を揃える資金が用意できなくて、仕方なく用意した偽物だ。モデルガンだよモデルガン!」

 モデルガンと聞いて、比乃は表情には出さずに内心で納得した。この男を昏倒させて、銃器を没収した際に、余りにもそれが軽いので違和感を覚えたのだ。一応、念のために、銃のプロである心視にも見せてみたが、一言「偽物」と告げていた。

「全員がこれなんですか?  本物が混じってたりしません?」

「そ、それは……」

 男が再び口篭ろうとすると、比乃の視線が指を掴んだままの志度の方へ向く。

「言う、言うよ!  本物は一丁もない!  ただ何人かはゴム弾が出る奴持ってるよ!」

 男はもう、保身しか考えられていなかった。過激な市民団体に属し、今回のようなテロに加担していたとしても元は訓練を受けたこともない素人である。そこまで見抜いた比乃は、更に情報を引き出さんと口を開く。

「それは誰が持ってるんです?」

「リーダーの取り巻きだよ、放送室を占拠してる!」

「取り巻きは全員そこですか?」

「そうだよ、計画ではそうなってる!」

 そこまで聞いて、比乃の脳裏に一つの案が浮かんだ。しかし、それを実行するためには、まだまだ情報不足だ。少し思案してから、比乃は笑みを崩さずに尋問の続きを再開した。



 聞きたい事を聞き終えたので、男を再び気絶させてから、比乃達はトイレの出口付近で作戦会議を再開。する前に、比乃が自分の携帯端末を取り出して、とある場所に連絡を入れる。

「もしもし、日比野です」

『どうした比乃、今度こそ緊急事態か』

 電話に出たのは、自分が所属する第三師団の長、部隊長こと日野部一佐であった。比乃は「ええ、まぁ緊急事態なんですけど」と告げると、部隊長は声色を変えて、

『よし、今すぐ安久と宇佐美を送る。それまでなんとしてでも耐えろ』

 などと言い始めた。通話を切られる前に比乃は慌てて止めた。

「いや、そこまで切羽詰まってないですから、その二人が来るとオーバーキル案件ですし、そもそも来るまでに解決しちゃいますから」

『そうなのか?  それじゃあ、なんで俺に連絡を寄越した』

「実はですね……」

 そこから比乃は、学校で起きていること、それから、捕まえたテロリストから聞き出した情報から考えた作戦を伝え、最後に一つ“お願い”をした。それを聞いた部隊長は『なるほど、わかった』と了承した。

『お前のお願いはこっちで何とかしておこう。警察にも友達は沢山いるからな』

「有難うございます。それでは、こちらは作戦を開始しようと思います」

『うむ、健闘を祈る』

 そして通信を終えた比乃が懐に通信端末をしまうと、志度と心視が首を傾げた。この二人には、まだ作戦内容を説明していないのだ。

「作戦ってなんだよ比乃、やっぱりゲリラ戦か?」

「一人ずつ……始末、する?」

「うーん……まぁ似たようなもんかな」

 そう言って、二人に作戦内容を告げる。それを聞いた志度と心視は、心得たとばかりに頷く。

「ちょっと危ないけど名案かもな!」

「流石は……比乃」

「よせやい、褒めても夕飯のおかずが一品増えるだけだよ」

 冗談ぽく言ってから、比乃は扉に耳を近付けて、外の様子を窺う。ちょうど、数人の足音がこちらに近付いて来ているようだった。先程尋問した男が戻ってこないので、様子を見に来たのかもしれない。

 好都合だな。比乃は口に出さずにそう思いながら、後ろの二人に手で、誰かが集団で近づいて来る事と、おおよその予想人数を告げた。

 二人が頷いて構える。比乃も内開きの扉の取っ手を握って準備した。集団の足音が、聞き耳を立てなくても聞こえる距離まで来て、ドアの前で止まった。直後、比乃が合図と共に扉を開け放った。
 開けようとした扉が突然開いた事に驚いて固まっている黒尽くめの男が三人。手にはモデルガン。

 制圧するのに、十秒もかからなかった。
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