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第三十八話「唐突に訪れた非日常について」

困惑する各陣営

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「なに、第六小隊からの連絡が途絶えた?  通信機の故障とかではなくてか?」

 それなりに広く、様々な放送機材が並んでいる、学校設備にしては豪華な放送室の中。今はテロリストの本部となっているそこで、部下の一人から報告を受けた、髭が濃いむさい男。この集団のリーダーである彼が、訝しげに聞き返した。

「はぁ、その可能性もあり得ると思えますが、安物ですし……それか、まさか隠れてた学生に返り討ちにされたとか」

「お前は想像力が豊かだな、そんな漫画やアニメみたいなこと、あるわけないだろ。どうせ定時連絡をサボってるか、本当に通信機が壊れたりしたんだろう」

 それよりもだ、とリーダーは別の部下、通信機でやり取りをしている男の肩を叩いた。

「さっきの報告、本当なんだろうな」

「はい、あの森羅財閥の令嬢がいるとの報告が今来ました。ついでに、高貴そうな外国人の少女も同じ教室にいるとのことです」

 それを聞いたリーダーは、愉快そうに笑った。

「それは結構なことだ。逃走中の人質にするには最適の逸材ではないか、早速、ここに連れて来るように伝えろ」

「了解しました」

 男が通信機に向き直って、その旨を別働隊、二年A組を占領している男達に伝える。さて、連れてきた女生徒をどう見せしめにしてやろうか――リーダーの男が、これからの計画と行動に付いて考えていると、ドアが開いてまた別の目出し帽の男が入って来た。

「リーダー、外に警察車両が集まってきているようですが……どうしますか?」

 それを聞いて、部屋にいた他の部下達が少し動揺する。遂に治安維持組織が動き出したという現実に、若干怯えている様子の部下だったが、リーダーはそれがどうしたと言わんばかりにふんっと鼻で笑う。

「たかが警察に何ができる。それより、交渉を開始しなければならんな……よし、俺が直接交渉を行う。外部スピーカーの準備、急げよ」

 指示を受けて、慌てて外部放送ようのスピーカーの用意をし始めた部下達を見て、リーダーの男は、事は自分の思った通りに動いている、と謎の自信と、政府に対する優越感を抱いていた。

 ***

 歓天喜地高校の外周の塀をぐるりと取り囲むようにして、パトカーが車上のランプを赤々と光らせながら並んでいた。
 その現場指揮官である、大柄の少し小太りな体格をした警部は、学校の外部スピーカーから流されてくる要求を、歯噛みしながら聞いていた。

『――であるからして、我々の要求が受け入れられない場合は、非常に遺憾ではあるが、この学校の学徒を見せしめにしなければならくなるだろう。以上、良い返答を期待する』

 交渉、というよりも、一方的な要求を突きつけて放送を切った相手に、警部は額に青筋を立てる。その顔に、憤りを露わにしていた。

「何が良い返答だ、市民団体崩れのテロリストが……!」

 その折、駆け寄ってきた警官が、敬礼しながら、最後に対テロ戦闘の要である部隊の配備状況について伝える。

「SAT全部隊の配置が完了しました。全方位から、いつでも突入できます」

 警部は思わず「突入せよ」と口走りそうになったのが、理性がそれを抑えた。
 そしてその警官に短く「現状維持のまま待機だ」と、苦虫を噛み潰したように言う。

「しかし、相手は油断しきっている様子ですが……」

 具申する警官に、警部は苦々しい表情を浮かべたまま、落ち着くために懐から煙草を一本取り出して、ライターで火を点けた。一息に煙草を吸い切ると、携帯灰皿に吸い殻を押し込んだ。それらの行為によって、少し冷静さを取り戻した警部は、警官に向かって唐突に話を始めた。

「お前、ベスラン学校占拠事件という物を知っているか」

「……確か、ロシアで起きた事件でしたよね、それくらいしか知りませんが、それと今回の件に何の関係が?」

 まるでピンと来ていない様子の警官の返事に、警部は深く息を吐いて、

「無学なお前に教えてやると、その事件は治安維持部隊による強行突入によって、死傷者数百人を出すという大惨事を引き起こした事件だ……俺にその再現をしろと言うのか」

 そこまで話して、ようやく意味を理解した警官が気不味く視線を逸らしたのを尻目に、不機嫌顔で、警部は目前、テロリストが占拠している学校を睨む。
 とにかく、何かしらの突破口が見えない限り、強行突入は危険を孕んでいるとしか言いようがない。何しろ、相手はほぼ全員が、どこから調達したのか、銃火器で武装しており、テロリストの人数も件のベスラン事件とは比較にならない程に多い。

 無理にテロリストを確保しようとすれば、人質を巻き込んで盛大な銃撃戦になること、そしてそれによってどのような被害が及ぶかは、想像するに容易かった。

「何か、解決の糸口があれば……」

 現場の一存では決められない程の大事件を前に、警部は悔しげに拳を握り込んだ。そこへ、

「警部、本部から緊急の連絡です」

 パトカーに乗っていた別の警官が、警部にそう声をかけて「こちらへ」と手招きした。警部は上からの事件解決への催促か、それとも何らかの叱責のお言葉か、と話の内容を勝手に想像して更に不機嫌になりながら、ずんずんとパトカーの方へ歩いて行って、車内無線を手渡された。

「はい、大山です……はい…………なんですと?  いやですがそれは……警視総監からの指示?!  わ、わかりました。それではそのように……はい、失礼します」

 無線越しに上司から話を聞かされた警部は、自分の予想から外れた、想定外の命令にたじろぎながらも、何とか冷静さを保って、無線を置いた。

「警部、上からはなんと……?」

 警官二人が、警部の口から出た警視総監という言葉に反応して、思わず質問する。警部は、首を左右に振って、

「……上からの指示だ。内部で動きがあるまで包囲しつつ待機を続行せよ。とのことだ」

「それは、学校内でなんらかの事態の進展がある、ということでしょうか。それはまるでわかっているかのようですね」

「お前、案外察しが良いな。つまり、我々の仕事は内部にいる“何者か”が事態を好転させるまで、包囲を続けることになったわけだ」

 警部は不機嫌さをもはや隠そうともせずに、そのままパトカーの後部座席に入ると、腕組みをして、訝しがるように呟く。

「しかし、何故、ここで自衛隊の名前が出てきたんだ……」

 だが、今はその解決の糸筋とやらを信じるしかないのが、警察の現状であった。
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