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第三十八話「唐突に訪れた非日常について」

制圧戦

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 目指していた階に来たところで、比乃達は今までの連中からの練度では、考えられない程に強固な防御にぶち当たった。
 階段を登り切る手前で、三人は足を止めた。複数のけたたましい足音が聞こえたのだ。慌てて、階下まで降りて戻ったおかげで、見つかることはなかった。だが、階段の上にまで見張りが来てしまった。

 こうして、階段の踊り場の、上から見て影になっている所に身を隠した三人は、立ち往生してしまったのである。

「どうする、比乃」

「ちょっと待って、様子見する」

 志度の問いに答えながら、比乃は懐から小さい手鏡を取り出すと、それを使って物陰から上の階の様子を観察した。

 階段の上にいる見張りの数は三人。しかし、さっき叩きのめした奴らとは違うタイプの銃を持っている。あれが、例のゴム銃という奴だろう。

(取り巻きを警戒に当たらせた……?  暴れすぎたかな)

 暴れた。と言っても、二個小隊規模の人数を倒しただけであるのだが、それだけでも、相手はこうして警戒を強めて来た。テロリストの主犯格は思い切りがいいのか、それとも余程に慎重なのか、あるいは、臆病なのか。それはさて置いて、比乃は思案する。

「閃光弾……持って来てれば、よかった。教室に、置いて来ちゃった」

「また学校にそんな物持って来てたの……駄目って前に言ったでしょ」

 肩を落とす心視を咎めながらも、比乃の思案は続く。足音からして、出て来たのは十人前後。そこに三人が一塊りになっているので、それが恐らく三セットの九人はいると見るべきだろう。

 資金不足でモデルガンなんて使う連中が、それなりに高価であろうゴム銃を、多数所持しているとは考え難いと、比乃は考えた。更に言えば、校門ゲートを破壊した爆薬は本物であった。爆薬だって調達したらそれなりの金額になる、奴らの準備資金は相当にかつかつなはずだと、その考えを裏付けさせた。

 であれば、恐らく危険な武装をしているのは、最低九人、多くても十二人。まだ放送室内に何人か残っていたとしても、三人程度と言った所だろう。それらの考えを元に、比乃は作戦を練り上げる。十秒考えて、口を開いた。

「ごめん志度、心視、ちょっと無茶なお願いするけど、良い?」

「おう、お前の作戦なら、死んだって悔いはないぜ」

「比乃の言うことなら、信じる」

「大袈裟だなぁ……でもありがと、それじゃあ説明するね」

 二人の了承を得た比乃は、作戦を小声で説明する。それを聞いた二人は「了解」としっかりと頷いた。

「それじゃあ、作戦開始」

 比乃の小声の号令を受けて、まず、志度が動き出した。階段を音を立てて堂々と駆け上がった彼は、階段を上がった所にいる見張り三人に、即座に見つかる。

 隠れる気も一切無しに飛び出してきた、白髪赤目の男子生徒に、黒尽くめ達は一瞬、反応が遅れた。それを見逃す志度ではない。即座に拳一発が一番近くに居た男の顎を打ち抜いた。続いて、残り二人も殴り飛ばした。

 放送室の入り口を固めていた七人の黒尽くめが、ぎょっとしてそちらを見る。対象はすでに廊下を駆け出しているところだった。放送室とは反対側へと走っていく。

「やーいへなちょこテロリスト!  悔しかったらここまでおいでー!」

 そんな安い挑発の言葉を吐きながら、時折、振り返ってはおちょくるようにスキップしてみせる。これに六人が釣られた。「待てガキ!」と口々に叫びながら、ゴム銃を重そうに抱えて志度を追いかけて行く。

 走りながら志度を狙い撃とうとする男も何人かいたが、それらが撃ったゴム弾は、出鱈目な方向へと飛んで行く。

「下手くそ!  のろま!  大の大人が情けねぇぞぉ!」

 それを更に煽りながら、志度は廊下の先、先程上がって来たのとは別の階段がある方まで来ると、そのまま階下に降りて行く。黒尽くめ達も冷静さを失って、それに続いて階段の方へと走り去って行った。

「それじゃあ行くよ、心視」

「わかった……」

 駆けて行く一団を見送ってから、次に比乃と心視が階段を上がり始めた。志度とは違い、出来るだけ気配を消して、ゆっくりと、曲がり角になっているところで一度止まって、鏡で様子を窺う。志度を追いかけずに残った二人の男が、放送室のドアを開けて、中にいる何者かに何か口頭で報告しているようだった。

 つまり、こちらを見ていない。

「心視、ゴー」

 小声で告げると、心視は豹のようなしなやかさで素早く、気絶して倒れている男達の足元に落ちているゴム銃まで駆け寄りる。それを拾い上げ、安全装置を確認、照準。

 男の片割れが心視に気付いて、銃を向けたが遅い。心視の射撃が腹に一発入り、呻き声を上げて床に崩れ落ちる。それに気付いたもう一人は、振り返ると同時に顔面にゴム弾を食らって、白目を剥いて倒れた。

 最後に、周囲のクリアリングを手早く済ませ、残敵がいない事を確認した比乃が出てきた。心視の頭にぽんと手をやると、一撫でする。

「流石は天才狙撃手、初めて触る銃でも正確なショットだったね」

「……これくらい、余裕……」

 想い人からの賛辞に、無表情のまま、照れたように頬を赤く染めた心視を連れ添って、比乃は床に転がるゴム銃を拾い上げると、放送室の入り口へ駆け寄った。



「なんだ、今の銃声と騒ぎの音は?」

「外で何かあったんですかね」

 呑気にそんな事を話しているリーダーと手下達の前で、扉が勢いよく開いた。そこから出て来たのは、自分達が見慣れた黒尽くめの男ではなく、黒髪と金髪の背が低い学生だった。

 それだけでも、彼らにとっては奇妙だった。その上、学生の手には、自分達が使っていたゴム銃を構えている。それも、素人がよくやるような腰だめの構えではなく、まるで軍人のようなしっかりとした構えだった。

「動くな!  そっちの戦力はもう殆ど残っていない!  大人しく投降しろ!」

 油断なくゴム銃を構えた比乃の言葉に、リーダーは目を白黒させた。どうして、こんな子供が、自分達から銃を奪って投降を呼びかけて来ている?

「ば、馬鹿な、なぜここが本部だとわかった?!」

 手下の一人が喚くと、比乃はそちらに銃口を向けて、躊躇なく発砲した。ゴム弾を胴体に受けた男が呻き声を上げて倒れる。

「貴方方のお友達に聞いたんですよ。それより、こちらが聞きたいのは降伏の言葉だけです」

「ば、馬鹿な事を言うな小僧!  こっちには人質がいるんだぞ!」

 叫び、リーダーは懐からナイフを取り出すと、すぐ側に居た紫蘭の腕を掴んで、盾にするように前に出した。そして、その顔にナイフを突き付ける。リーダーは嫌らしい笑みを浮かべて、勝ち誇ったように下衆い笑い声をあげる。

「これで形勢逆転だ!  さぁ、銃を捨てて大人しく――」

 しろ、とリーダーは最後まで言うことはできなかった。心視の性格無慈悲な射撃が、額にゴム弾を直撃させたのである。優秀なスナイパーの前には、人質など意味を成さない。対テロ戦の基本である。

「これ生きてるよね?  死んでない?」

「多分……大丈夫」

 プロボクサーのパンチ並の威力を持つ弾丸によるデコピンを受けたリーダーは、白目を剥いてぶくぶく泡を吹いて完全に伸びていた。側に居た残りの手下二人は、すでに両手を上に上げて降参のポーズを取っている。

「助かったぞひびのん、それに心視……して、これからどうするのだ?」

「一クラス毎に解放していくのは、手間ですし危険では?」

 リーダーが落としたナイフを拾った心視によって、拘束を解かれた紫蘭とメアリが問う。すると、比乃はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「大丈夫、いい考えがあるんだ。心視、携帯端末貸して」

 銃口を黒尽くめ達に向けたまま、片手で放送機器を操作し終えた比乃が、心視から携帯端末を受け取ると、作戦の最終工程を決行した。
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