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第四十話「腕試しと動き出す者達について」

監視する者

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 駐屯地へと繋がる道路沿い、木々が生い茂るその中に、二つの人影が潜んでいた。
 その人物の片方は、手にしていた双眼鏡を覗きながらもう一人に何事かを伝え、聞いた方は手にした通信機器に内容を伝えていた。

「こちら偵察班、施設に入ってから目標に動きなし……いや、今、車の音が聞こえてきた」

 言うなり、男二人は草木に隠れるように身を低くした。その十メートル程前を、タクシーが二台、通り過ぎて行き、駐屯地のゲート前で止まる。その様子を見守ること数分、タクシーは駐屯地の敷地内へと入って行った。

「迎えの車か……となると、目標はそろそろ出てくるな」

 双眼鏡を持った監視役が呟いて、手にしている道具を覗き込んでフェンスの向こう側を注意深く観察する。
 その先では、到着したタクシーの前で話し込む学生の姿があった。

「居た。顔写真と一致する。目標B、C、D……一人を除いて揃ってる。それと奇妙な頭髪の子供が二人、一般人が一人。見送りの自衛官が二人か。一人は手洗いでも行っているのか?」

 監視役が言った内容を、簡潔に訳して通信機に向けて話す通信役。
 この二人は、現地で反政府活動を行なっている市民団体、それもジュエリーボックスから資金や物資の援助を受けている大きい組織の一員であった。今回、そのスポンサーからの指示を受けて、こうして密偵の真似事をしているのだ。

「流石に気付かれた様子はないな。呑気なもんだ……ん?」

「どうした?」

「いや、目標Aと思わしき子供を見つけたが……何故か担架で運ばれている。施設内で何かあったのか?  そのような様子はなかったが……」

 そうしている間に、担架で運ばれてきた目標A――件のドリンクを飲んで昏倒した比乃がタクシーに押し込められ、他の全員も自衛官二人、宇佐美と安久に見送られて乗り込み、車は発進した。

 そのタクシーが二人の隠れている場所の前を通る時、監視役の男が目視で車内を見た。
 通信機を一旦オフにした通信役が、通り過ぎるタクシーを見送ってから聞いた。

「……何か見えたか」

「俺の視力は両目とも二.〇だ。一瞬だがしっかりと見えた」

 自信ありげに答える男。

「目標の様子は」

「一台目にB、C、D。二台目にAが乗っていた。しかし、Aの様子が……」

 そこまで言って、何かを言い淀む監視役に、通信役の男が「どうしたんだ。言えよ」と催促する。

「いや、こう、まるで劇物でも飲まされたような顔色と表情で気絶しているようだった……施設内で何があったんだ……?」

「なんだそれは、見間違いじゃないのか?   ともかく、目標全員が宿泊先に向かったのは確かだ。報告する」

 不可解そうに首を捻る監視役の隣で、通信役が再び通信機のスイッチをオンにして、報告を始めた。

「こちら偵察班。目標全員の施設外への移動を確認。事前情報から、このまま宿泊先のホテルに戻ると思われる。どうぞ」

『こちら本部了解。速やかに撤収せよ。くれぐれも見つからないようにな』

「偵察班了解、交信終了」

 通信機の電源を切ると、通信役は手早く機材を後ろに隠してあったバッグにしまい込む。数十秒で自身の撤収準備を整えた男は、まだタクシーが去った方向を見る監視役の手から、双眼鏡を奪い取ってバッグに放り込んだ。

「呆けてないでさっさといくぞ」

「あ、ああ……」

 そうして、二人の男は森林の奥へと姿を消した。

 ***

「……ということがあったようでして」

「ほお、興味深いな」

 第三師団駐屯地、部隊長の執務室。そこで部隊長は副官から今さっき駐屯地近くに居た“不審者”について報告を受けていた。

「しかし、まさか自分達が逆監視されているとは思いもよらなかっただろうな、それも、こちらは集音器まで使っていて、会話内容も大体把握されているとはな」

 例の駐屯地を探っていた男達の動向だが、実を言えば、最初に施設周辺に来た時点で自衛隊側に筒抜けであった。
 周囲の森林には、これは一般人には知る由のないことだが、センサーや隠しカメラ。集音器などが設置されており、狼藉を働こうとすれば一目瞭然となってしまうのだ。

「隊員曰く、自分の読唇術があれば、そのような物必要なかった。とのことでしたが」

「ほんとかよ……というかうちの隊員はどうしてこうも変なのばかりなんだ?」

 思わず口に出そうになった「トップが変人だからではないでしょうか」という言葉を飲み込んで、副官は話を戻した。

「……それよりも、目標というのが誰か、ということが問題です。大凡の見当はつきますが」

「ああ、神羅嬢にメアリー殿下、ヴィッカース嬢の三人は確定だろうな。こんな豪華なラインナップの中、一般人である有明君を狙うというのも不自然だし、志度と心視に関しては狙われる理由がそもそもないだろう。あの二人の出生辺りは上の極一部と、俺とお前しか知らんはずだしな」

「もしくは、二人の“製造元”くらいでしょうか、ありえるとすれば」

 製造元、という単語を聞いて、部隊長が少し不機嫌そうな顔になった。

「製造元とか言うな、以前、比乃から聞いた報告書によれば、件の組織にとって二人は確保するに値しない存在らしいし、やはりあの二人の線はないだろう」

「では、最後のもう一人は」

「消去法で行けば、比乃だろうな」

 部隊長が腕を組んで一つ息を漏らす。その顔には、ウンザリと言った表情が張り付いていた。

「どうしてあいつはこう、いつも拐われ役のヒロインになりたがるんだ」

「なりたくてなっているわけではないと思いますが……では、日比野三曹らが相手の狙いだとして、その目的は……三人はわかりやすいですが」

「身代金狙いでも恐喝目的でも何でも使えるからな。そういうのが欲しい連中からすれば喉から手が出る程欲しい存在だ。ただ解せないのは、何故そこに比乃が混ざるかだ」

 現状、考えらえるのは二つ。
 一つは、以前比乃を拉致した組織が再度、比乃を狙っている可能性。
 もう一つは、全く別の、何らかの目的を持った組織が比乃を拉致しようと企てている可能性。

 部隊長がそう告げると、副官は「前者では」と即答した。

「普通に考えればそうなる。だが、テロ組織がそんな動きをしようとしていれば、流石にこっちにも何らかの情報が来る。二度の失態を繰り返す程、こっちも甘くはない」

 部隊長の言う通り、本人は知らないことだが、比乃の周辺には密かに監視がつけられていたり、部隊長の個人的なコネで、周辺で何かしらの動きがあればすぐに報告が来るようになっていた。

 しかし、今のところ、比乃の周辺での動きといえば先ほど出た市民団体による監視程度の物しか動きは見られなかった。

 不審船が沖縄近辺に出没しているという情報もない。AMWの密輸も、つい先月、第三師団の部隊が取り押さえたばかりだった。

「あいつらが動けば解る。だが今回はそれがない……なんだか、嫌な予感がする」

「私達にできるのは、いざという時の為に備えることくらい。ということでしょうか」

「そうなるな……何人か暇そうな隊員がいたら、市街地の方へ私服で見回りさせておけ」

「了解しました。では失礼します」

 頭を下げて執務室から出て行った副官の背中を見送った部隊長は、机の引き出しから煙草とライターを取り出して、手慣れた動きで箱から煙草を取り出して火をつけた。

 そして一服。

「こういう時ばかり、嫌な予感は的中するんだよなぁ」
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