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第四十話「腕試しと動き出す者達について」

姉貴分の実力

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 次の瞬間、宇佐美のTkー7改は突風となった。
 ぐんっと互いの距離が近付いていく。先程まで、どこかノリと勢いで動いていたものとは違い、完全に武士としての足運びだった。

「速っ……!」

 それ故に、一瞬、比乃は反応が遅れた。
 速度をそのままに機体全体を使った鋭い突きが、直前で動いた比乃機の左腕を叩く。防御していなければ、胴体に被弾判定を受けて、勝負が付いていただろう。いや、訓練用の長刀でなければ、左腕毎胴体を串刺しにされていた。そんな攻撃だった。
 その意味から、比乃は宇佐美が手加減することを辞めたことを理解した。

 突きを受け止められた宇佐美は、一瞬の間もなく回し蹴りを放ち、比乃機はそれをもろにくらった。転倒する機体、片腕での姿勢制御は困難を極めたが、比乃は素早く機体を起こして身を引いた。今さっきまで転がっていた所に、容赦無く長刀が叩きつけられる。

「どんだけジュースを飲ませたいんだ宇佐美さんは……!」

 言いながら、比乃は破壊されたと判定されて動かなくなった左腕を見ながら、短筒を持った右腕を腰に回す。すると、腰に装着された予備マガジンが空になっている弾倉に押し込まれ、装填が成された。
 Tkー7改は、片腕が使用不能になっても銃火器のリロードができるようになっている。

 片手間のリロードを終えた比乃機が腰を落として短筒を構える。その頃には、宇佐美機はすでに眼前まで迫ってきていた。

「だから」

 速いって――そう悪態をつく間も無く、反射的に発砲、流石に至近距離では大きく動かなければ避けられなかったTkー7改が、上体を大きく横に反らした。だが、そこから先が常軌を逸していた。
 横に可動域限界まで反れた上半身が、そのまま水平方向を向いた振り子のように、回転して比乃に襲いかかってきたのだ。

「うわっ」

 思わず悲鳴をあげた。これには比乃も咄嗟に対応し切れない。が、それでも、横薙ぎが機体に直撃しなかったのは、攻撃が強引過ぎたからだろうか――その一撃はブレードアンテナを掠めて空を切った。

 しかし、それだけでは攻撃は終わらない、それが通り過ぎた直後、今度は右足を軸にして左足の足刀が飛んでくる。そちらは寸分違わずTkー7改の右腕を強打し、その手から短筒を弾き飛ばした。

「くっそ……!」

 相手よりリーチが長い武器を一つ失ってしまった。拾いに行く暇など与えてくれないだろう。短く悪態をつき、腰から最後の一本となったナイフを引き抜く。せめて左腕のスラッシャーが使えれば良かったのだが、同じ腕に武器が二つとなると、同時に使うことができないので不便だ。
 あの時、反応が遅れなければなんとかなったかもしれないが……けれども、それを今更悔やんでも仕方がない。

 比乃が思考している間にも斬撃が舞う。
 吹き荒れる嵐のように振るわれる刀は、どれも模擬刀であることを忘れさせるような鋭さを持って襲ってくる。
 右へ左へ、必至に相手の剣筋を見極めてその軌道から機体を動かす。これが出来るだけで比乃が一般的なパイロットとは桁違いの技量を持っている証明になるのだが、相手をしている宇佐美はそれだけでは満足しない。

 後ろにワンステップ下がった所に、宇佐美機が片手で長刀を保持して、大振りの一撃を繰り出した。比乃は最小限の動きでそれを回避する。一瞬生まれる小さい隙。それを好機と見て踏み込む。それがいけなかった。

 大きく振り切った姿勢で踏み込んでナイフを突き刺さんとした直前、ハッとした比乃が動作を鈍らせた。致命傷だった。

『躊躇ったわね日比野ちゃん!』

 ナイフが相手の胴体に届くかどうかのところ、それより早く、宇佐美機の左手が比乃機の胴体へと向けられた。その先端には、射出態勢のスラッシャー。

(しまった……!)

 比乃は攻撃を躊躇したことを後悔した。同時に、スラッシャーが放たれ、Tkー7改乃胴体に甲高い音を立ててヒットする。

 胴体に直撃を受けた比乃機が、がくんと動きを止めた。撃破判定を受けたのだ。

「…………負けた」

 モニターに自機が撃破されたことを伝えることを表示するデータを呆然と見て、比乃は機体同様、がくりと肩を落とした。

『躊躇ったら突っ込むな、突っ込んだら躊躇うな。忘れちゃったのかしら、日比野ちゃん?  せっかく楽しかったのに、もう終わっちゃった』

 宇佐美のどこか楽しげな、そして少し残念そうな声が、追い打ちのようにコクピット中に響いた。

 ***

「というわけでぇ、負けた日比野ちゃんにはこれを飲んでもらいまーす!」

 機体を戻した格納庫。そこでは宇佐美による恐怖の罰ゲームが始まろうとしていた。

「あの……本当にこれ、飲むんですか……?」

 宇佐美が手にしている小さい紙コップ、そこに注がれているどす黒い液体から放たれる異臭に、比乃は鼻を抑えて涙目になっていた。

「勿論!  ちょっと原材料の関係でジョッキ一杯とはいかなかったけど、そこは量より質ということで我慢してちょうだいね!」

 作った本人はそんな匂いなど意に返さず、紙コップを持って比乃に押し付ける。

「ちょっと離れててもやばい臭いがするんだけど……」

「う、うむ……これは流石の私でも……きつい……」

「あ、私なんだか気分が……」

「これが、東洋の神秘ってやつなのかな……」

 その様子を見ていた晃達も、そのあまりにあんまりな香りに後ずさっていた。
 安久は、未だに紅茶を取りに行ってから戻ってきていない。もしかしたら、また比乃の代わりに飲むことになるのを恐れているのかもしれない。

「これを飲めば比乃もパワーアップするのか、すげぇ」

「良薬……口に苦し……比乃、ファイト」

 同僚二人も鼻を抑えて、けれども比乃にサムズアップ。
 もう逃げ場はどこにも無くなっていたことを察した比乃は、泣きそうになりながら、紙コップを持たされた手を口元に運び、

「う、うぐぐ……それでは、いただきます……」

「どうぞどうぞ!  一気にグイッと行っちゃって!」

 一気に、味を極力感じないように飲み干した。そして、

「………………まじゅい」

 そう言い残して、ばたりと倒れた。白目を剥いていた。

「比乃が倒れた!  メディック!  メディーック!」

「それより……人口呼吸、するべき」

 慌てて駆け寄る一同、それから待機していたかのようにすぐ現れた担架部隊によって、比乃は格納庫から運び出された。

 結局、帰りのタクシーに押し込まれてホテルに戻るまで、比乃は目を覚まさなかった。
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