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第四十二話「自衛官の反撃について」

機士らの底力

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 その命令を受けて、余所からは冷酷無慈悲だと謳われている機士たちは一瞬、戸惑ってしまった。

 テロリストの要求に従わないのは国際常識だ。しかし、それは正規軍がテロリストを実力で排除できるのが当然だからだ。普通であれば、要求など蹴って制圧すれば済むのである。

 故に、今の自分たちの装備では対処できないこの敵を相手に、人質をとられているこの状況下で「犠牲を出さずに殲滅しろ」というのは、かなり無理な命令だった。それに、ここで戦闘になったら、近隣住民を巻き込んで犠牲者を出すかもしれない。

 こちらの主兵装で、どうやって倒せば良い。各機がその答えを導き出そうと、刹那の内に思考する。
 頼りの綱である打開策が入った宅急便は、すでに到着しているだろう。だが、それの宛先はここから離れた廃墟群だ。取りに戻る間に、被害が拡大してしまう。

 やはり無茶だ。どうシミュレートしても、被害は免れない。

「……くそっ」

 だがそれでも、命令とあればやるしかない。自分たちに他の選択肢はないのだ。己の役目を思いだし、機士は葛藤を押さえ込んだ。隊長機が「了解」と命令を受諾する。

 そして、Tk-7各機が覚悟を決めて短筒を構えようとした。その時、

『Rallidea4了解!』

 通信機から聞こえたのは、撃破されたはずのTk-7のコールサイン。全員が一瞬、自分の耳を疑うが、それが幻聴でもなんでもないという証明を、一筋の火線が示した。
 薄緑色の軌跡が、ホテルに銃剣を構えていたOFMの胴体を貫いたのだ。

『良い腕だ。流石は心視の指導役だな』

 通信機から、こうなることをわかっていたかのような、部隊長の満足そうな声。

 撃たれた側、油断なく障壁を張っていたはずの他二体は、背後で倒れた仲間を見て硬直する。何が起きたのか、理解が追いついていない様子だった。
 それは機士たちも同じだった。撃破されたはずの狙撃手が、敵を難なく撃破してみせたのだ。
 だが、それでもすぐに全員が理解する。Rallidea4が撃破された場所には、無傷の機体と、OFMを撃破できる装備、更に敵に気付かれない距離。つまり、最強の組み合わせで切り札が揃ったのだ。

「各機! 接近戦で押さえ込め!」

 瞬時の判断で、隊長機のTk-7がハンドガンを武装ラックにマウントして、高振動ナイフを引き抜いた。その意図を理解した他の機体も、ナイフを構え、獲物に群がる肉食獣の如く飛びかかった。

 OFM側も、なんとか体勢を整えて反撃しようと銃剣を構える。光線を発射。だがその煌めきは、身を低くして突進してくるTk-7の頭上を越えて闇夜へ消えた。

 まず、片腕と武装を無くしている西洋鎧が、あっという間に鎮圧された。間接の出力、腕力は確かにAMWよりも上だが、それでも関節構造は人体を模している。それはつまり、体術が有効だということに他ならない。
 一瞬で背後に回ってきたTk-7に残っている左腕を獲られる。上から背中にのしかかるようになったTk-7が足を払うと、西洋鎧は抵抗する暇もなくうつ伏せに地面に倒れた。

 なんとか抜けだそうと脚をじたばたとさせていた。だが思考制御による操縦の機体同士で素人が軍人に敵うわけがなかった。押さえ込んでいるのとは別のTk-7が、暴れる膝に高振動ナイフを突き刺さすと、その抵抗も止まった。

 残ったもう一機は、銃剣を出鱈目に振り回し、包囲されない内に上空へ逃げた。そのまま逃走を図ろうとしたが、

『悪いな、逃げる背中を撃つのに躊躇がない狙撃手で』

 次の瞬間、また閃光が走った。西洋鎧は腰の接続部を貫かれ、上半身と下半身が泣き別れした状態で、地面に落下した。
 轟音を立てて道路に落ちた上半身が、それでも逃げようともがくが、即座に自衛隊機に取り押さえられる。

「――敵機無力化完了!」

『状況終了。よくやった。完璧な手際だったな』

 部隊長が、通信機の向こうで、にやりと笑みを浮かべた。


 それから一時間後、近辺を捜索していた大関たちから、テロリストの残党も発見されなかったという報告を受け、部隊長は撤収を指示した。
 遺体や血痕、銃痕などの処理をしていた後始末部隊が慌ただしく片付けを始める中、部隊長は古い友人と話に耽っていた。

「いやはや、どうなることかと思いましたが、お客様に被害が及ばなくて助かりました。感謝しますよ、日野部さん」

 そう言うのは、痩せっぽい高身長にホテルマンの制服を纏っている、眼鏡をかけた男性だった。このホテルのオーナーで、部隊長が貸しを作っている人物の一人である。

「いや、ホテルの顔とも言えるフロントをボロボロにしちまった。謝らせてくれ」

 そう言って頭を下げようとする友人を、オーナーは慌てて制止する。

「いえいえ! やめてくださいよそういうのは、そんなこと、テロリストから我々を救ってくれたことに比べれば些細なことですので」

「しかしだな……」

 それでもなお謝ろうとする部隊長に、オーナーは「それでは、こういうのはどうでしょうか」と提案した。

「我がホテルでは、食堂や飲食スペースを、利用者以外の方にも解放しております。そこを、非番の部下の方に利用していただけるように、駐屯地で宣伝していただくというのは?」

「そんなことでいいのか? もっとこう、直接修繕費を出すとか、そういうのでもいいんだぞ」

 部隊長の案に、オーナーはやんわりと頭を振って、

「いいのです。我々は新しいお客様を得られて、その上、自衛官がいるという抑止力を得られることで得をします。それに、今回の件で動いてくださった方々に、我々なりのお礼をしたいのです」

「そうか……そこまで言うなら、そうさせてもらおう。だがな」

 部隊長は、にっと頬を吊り上げる。

「うちの隊員はグルメな上に大食いだ。後悔するなよ?」

「ええ、望むところです」

 オーナーも柔らかい笑みを浮かべる。そして、二人は握手をして別れた。
 この一連のやりとりをホテルの外。テロリストの遺体処理の手伝い終えて、ロータリーから二人を眺めていた安久と宇佐美は、それぞれ、

「うむ、やはり人脈というのは重要だな。特に地元住民から理解を得るというのは、大切なことだ。改めてそれを実感させられる」

「そうねぇ、私たちが好き勝手暴れられるのも、部隊長が民間人の好感度を稼いでくれてるおかげだものね」

「いや、そこは部隊長に頼らず自重するべきだと思うが……」

「自重して平和が守れたら苦労しないわよ」

「だがな……」

「おーい、何やってるんだそんなところで、俺たちも帰るぞー」

 気付けば、部隊長はすでに車の前にいた。口論を中断して、こちらに手を振っている上官の方へ、二人は小走りで向かう。

 こうして、比乃を狙った一連のテロ事件は、幕を閉じたのであった。
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