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第四十三話「迫る終末について」

各国の動向

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 秘密裏に米国から要請された協力願いへの反応は様々だった。これがもし、根回しもなしで行われていれば、参加を表明する国はほとんど無かっただろう。だが、今回は、強力なパイプで繋がれた事前取引が行われていた。

 ***

 英国、宮殿内で、国王であるジョージ七世は、非公式で招集した首相と議員に、事情を説明していた。彼に直接、軍を動かす権限はないので、“首相に助言する権利”を行使する形だ。数ヶ月前、娘らを亡命させたのも、最終決定以外は議会が取り仕切っている。

「というわけなんどが、なんとかならないだろうか」

 国王の説明を受けて、集まった彼ら彼女らは、どうしたものかと難しい顔をした。
 今、英国はようやくクーデター軍の残党を駆逐し始めた所だった。この件で失うことになった戦力が多すぎたので、国防に裂くソリースもぎりぎりである。
 いくら、クーデターの原因となった敵組織の本拠地を叩くためとは言え、国防戦力から攻略部隊を用意する余力は無い。

 普通であれば、失礼を承知で、即座にノーと突き返すところだった。だったのだが、国王に入れ知恵をした人物の影が、首相たちの頭にちらつく。

 ここで断りなどしたら、裏でどんな仕返しをされるかわかったものではない。実際、数年前に少し“おいた”をして、その人物から手痛いしっぺ返しを食らっている首相は、特に苦い顔をしている。

 そんな国の中枢を司る人間たちに、国の象徴である王は、ダメ押しで告げる。

「我が友からもたらされた情報によれば、このまま手をこまねいていると、取り返しの付かないことになる可能性が高い。それに、我が国も巻き込まれるやもしれんのだ。自分たちの利益だけを追っている場合ではなくなったと、私は考えている」

 その情報は首相らも聞かされている。何らかの方法で、この世界が終わるかもしれない。にわかには信じられない話だったが、情報を持ってきた人物のことを鑑みると、冗談とも取れない。

 数分、押し黙っていた首相は「わかりました」と国王の顔を見据えて言った。

「私に一つ、策があります。BMGに協力してもらう必要がありますが」

「わかった。私から直接、手を回そう」

 こうして、英国はある手段を用いて、連合に協力することを決定した。

 ***

 一方。ロシア連邦の議会では、議員たちが苛立ち気な顔を突き合わせていた。

 彼らが招集された理由は、西側からの軍事行動の協力要請である。前代未聞の事態に、その場に居た全員が、どうするべきか考え倦ねていた。

「西側と今更協力する必要などありますでしょうか? 我が国のエージェントが、奴らの控えている情報を持ち帰るのを待って、独自に行動すべきでは」

 一人、頭部が真っさらな議員が、額に皺を寄せながら発言する。その意見に賛同する声が多数出た。
 協力を要請してきた米国は、未だに潜在的な敵国である。共通の敵を叩くためとは言え、力を貸すなど論外だ。という声が、議員席から聞こえる。しかし、それに反対の意見を出す者もいた。

「だが、テロリストをこれ以上野放しにもできない。我が国のミサイル基地が一つ、奴らに占領されかけたのは、そう遠い昔の話でもないのだぞ。もしあそこを盗られて、首都に攻撃されていたら、どうなっていたことか……」

 顎髭を蓄えた議員が、嫌なことを思い出したという表情で告げた。昔どころかつい先週発生したテロを引き合いに出されて、声をあげていた議員たちは沈黙する。
 少し前から、テロの撲滅に向けて舵を切ったロシア政府だったが、自分たちのコントロール下にあると思っていたテロリストは、想定よりも、根深く国内に巣くっていたのだ。

「その件は各基地の防衛戦力を増やすことで解決しただろう」

 と、また別の議員が言うが、今度は誰もそれに賛同しなかった。この国を攻撃しているテロリストの規模が、こちらの予想を大きく上回っているという事実を前にすると、多少防備を厚くしたところで、確実に安全とは言えないからだ。

「しかし、あの国と手を組むなど……」

 議員の中でも歳の行った男性が、こめかみを悩ましげに抑えながら、ここにいる全員の意見を代弁するように呟いた。
 中々まとまらない議会を、そこにいる者の中で一番、不機嫌そうに見ていたロシア連邦の大統領が、いったんの解散を宣言しようかと思ったその時、彼のポケットが震えた。

 携帯端末の着信だった。それを取り出した大統領は、苛立ちを隠さない表情で、即座に着信を切ろうとした。だが、画面に映った名前を見ると、大きく舌打ちして電話に出た。

「何の用件だ……それは、貴様には関係ないはずだが……何年前の話をしている。あれは貴様が……わかった、わかったからそれ以上、口を開くな……」

 議会の最中に突然、通話を始めた大統領に視線が集まった。議員らがざわつく前で、携帯端末を懐にしまった大統領は、忌々しげに言った。

「あいつめ……何年も前のことを蒸し返しやがって」

 この後、大統領の鶴の一声で、非公式での連合参加が決定した。
 誰から何の連絡が来たのか問われたが、大統領はついぞ口を割らなかった。

 ***

 日本、首相官邸。
 ここでも、防衛大臣ら、国防に関する議員たちが集められていた。議題は、米国から要請された事案を、どう対処するかである。
 同盟関係を解消してしまってはいるが、それでも米国は友好国である。その相手の頼みを無碍にするわけにはいかなかった。のだが、

「自衛隊の派遣と、新兵器の提供……ですか」

 事前に電話で話を聞いていた防衛大臣が、改めて相手の要求を口にした。

 どちらも、難しい案件だった。自国を守るだけで精一杯なのは、日本も同じなのである。最近は小康状態になったが、だから外国に戦力を送るなど、国民には絶対に受け入れられない。後者も論外だ。国防の要である国産兵器を、他国に譲渡するなど、絶対にできない。

 もし、未だに日米同盟が健在で、日本政府が条件を飲まざるを得ないようなことをされたとしても、議員生命を引き換えにでも、即座に拒否しただろう。

 だが、それを簡単に断れない事情も、日本政府にはあった。先ほど、総理に向けて送られてきた情報が、ここにいる全員に、米国に協力せざるを得ないという現実を突きつけていた。

「……今回の件では、関係する各国が、自分のパイを多く得るために動く余裕はないと、私は見ています」

 眼鏡をかけた細面の議員が、恐縮そうに意見を述べた。

「して、その根拠は?」

 総理が訪ねると、その議員は続けた。

「パイの取り分を話し合っている間に、パイどころか、自分たちの存在そのものが無くなってしまうという前提が、全員の共通認識だからです。この中で足を引っ張り合うのは、余程の馬鹿者しかしません」

「その馬鹿者が、今回協力を要請された国にいないという保証はあるのかね」

「それは……」

 議員が、そこまでは確約できないと言うように口を閉じた。
 総理は防衛大臣、自分にとっては懐刀とも言えるべき人物に、意見を求めるように視線を向けた。

「……そうですな。馬鹿がいるかどうかを確認する時間も、我々にはないでしょうな。そうなると、できることはあまりに少ない」

「そうなりますか……致し方ありませんね」

 半分、諦めたような口調で、総理は頭を振って、指示を出した。

「自衛隊の派遣は最小限、精鋭だけを出しましょう。部隊は言い出しっぺの人に出してもらいます。兵器の提供も最低限にします。技本など関係する機関に、何の技術ならば他国に露見しても痛くないか、確認をとってください。無論、どちらも非公開で行います。マスコミの動向に注意してください」

「わかりました。しかし、これが世に知られたら、私たちの辞任だけでは済みませんな」

 大臣の言葉に、総理はふっと、笑みを浮かべて答えた。

「世界を救うための代償と考えれば、私たちの政治家生命など、安いものでしょう」

「違いない」

 そこにいた全員が、思いは同じだとばかりに、総理に笑い返した。
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