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第四十四話「終末に向かう前の出来事について」

嗤い、嘲る者

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 戦闘が始まった島の近海、その海底にも、戦いの準備を済ませた者たちがいた。
 ジュエリーボックス。潜水艦、いや、この世界の潜水艦を模して造られた、その巨大建造物の格納庫には、OFM、その名が着く前まではそれぞれの固有名詞とか、番号で呼ばれていた人型機動兵器が、ずらりと並んでいた。

 彼らは、今、壇上に上がったジェリーボックスの主にして、この組織の最高指揮官である水守、フルネームは誰も知らない、そんな彼女を儀仗兵のように出迎えた。
 その総数は四十と少し。通常兵器を持たない、現状のジュエリーボックスが用意できる最高戦力であった。

 その足下には、それらのパイロット。繰り手たちが勢揃いしていた。水守からすれば、誰も彼も、数字と記号でしか知らない存在だったが、彼ら彼女らは、全員、真剣な表情で自分たちの指揮官を見上げていた。

 並ぶ操縦者の中には、大人もいる。子供もいる。どれもこれも、スカウトされる前までは、普通のサラリーマンだったり、学生だったり、またはどちらでもない立場の人々だった。唯一の共通点は、大なり小なり、それなりに崇高な理由か、あるいはあまりにもしょうもない理由で、今の世界に不満を抱いているということくらいか。

 それが今や、機動兵器を操り、世界に刃を向け、正義を執行することを信条にした軍隊の一員である。

 水守が力を与えなければ、それを表現することも、世界に知らしめることもできなかった人間たち。そんな自分の手駒が勢揃いしているのを見て、彼女は、隣の秘書にも聞こえないほど小さく、口の中で転がすように呟いた。

「滑稽ですね」

「総員! 艦長に敬礼!」

 秘書にして副官が怒鳴ると、居並ぶ全員が不器用に、この世界の軍隊風に敬礼してみせた。所詮は猿真似だが、それでも、少しは形になっているように思えた。

 秘書に促され、壇上の中央に立った水守は、神妙な面持ちで、スタンドにセットされていたマイクを手に取った。

「皆さん。今、近くの島では、世界各国から集められた軍隊と、世界を混乱に導いた組織が、最後の決戦に臨もうとしています。詳細については、事前にお渡しした資料の通りです」

 資料に記載されていたのは、この組織のシンパ……資金やら、その他色々な方法で協力を取り付けた人物から得た機密情報だった。全てがそっくりそのまま載っているわけではなく、内容は水守が“精査”した上で書かれたもの。つまり、自分たちに不利な情報は一切、知らされていない。

「ここに私たちが攻撃を仕掛け、両陣営を殲滅します」

 それ故に、自分たちの指導者が、普通に考えれば無理難題だと思えることを口にしても、誰も疑問に思わない。疑問に思える者はここにはいない。
 それでも、中には何人か懐疑的な考えを持った人間もいたが、彼らは数時間前から、恍惚とした表情を浮かべるだけになっている。

「理由は簡単です。テロ組織を撲滅できれば、この世界の歪みを一つ、取り除くことができます。そして、各国の軍隊の精鋭という“過ぎた力”をここで排除することで、力を持て余して争いを続ける人々の目を、覚まさせることができるからです」

 彼女の演説は続く。並ぶ戦士たちは、それが神からの教示かのように、黙って聞いている。

「日本には一石二鳥という言葉があります。今こそが、その言葉通りの利益を、世界に与えることができるチャンスなのです。それができるのは、正義を執行できるのは、私たちだけなのです。故に、戦わなければなりません」

 水守は、深々と頭を下げた。これから死ぬであろう人々へ、自分の目的のために自ら試金石になってくれる。馬鹿で愚かで考えなしのどうしようもないくだらない人間たちに、思わず笑みが零れそうなのを隠すために、

「どうかお願いします。皆の力を、私に貸してください」

 最後の言葉に、歓声が湧いた。集められた人員が、一斉に声をあげる。世界のために、平和のために、悪を倒すために、そう口々に叫びながら、自分たちを鼓舞している。この場にいる全員が、戦う決意を固めた。一丸になって、争いの源を打ち倒すのだと、自分たちがそれを成すのだと、興奮している。

 それを見た水守は、もう耐えられないとばかりに、後ろで演説を見守っていた秘書に「後をお願いします」と告げる。そして顔を両手で隠すように抑えて、壇上から降り、そのまま格納庫から出て行った。

 きっと、これから死地に仲間を向かわせなければならない重圧に耐えかねたのだろう。秘書は、自分の上司も案外、人間らしいところがあるなと、そう思ったのだった。

 ***

「あっはははははははははははは!」

 艦長室、防音になっている個室のベッドの上で、水守は枕を抱えて大声で笑っていた。

 もう我慢の限界だった。顔を隠していなければ、笑いを堪えることはできなかっただろう。

「ははは、ひー、ひひひひっ!」

 まるで面白い道化芝居を見た後のような、そんな気分だった。しかも、それを興したのは自分で、演技者は何も知らないとくれば、これほど笑えることは他にあるだろうか?

「――はーっ、はーっ……お腹が千切れるかと思いました」

 一生分笑ったのではないか、というくらい笑い転げて、水守はようやく落ち着いた。しかし、先ほどの壇上から見えた人たちの顔を思い出して、また吹き出しそうになったのを、なんとか我慢する。彼女は仰向けに寝転がった。

 この世界には、あんなに笑える人間が大量にいる。なんとも面白おかしい世界だ。攻め滅ぼした後には、こちらの人間を道化師として飼うのもいいかもしれない。それができるかどうかを計るためにも、今回の作戦が最重要だった。

「……わかっていますよ、侮れない人間も多いことくらい……でなければ、斥候なんて必要なかったのですから……はいはい、小言は帰ってから聞きます」

 明確に、ここではないどこか、そこにいる誰かと会話している彼女の妖艶に輝く目が、すっと細まった。その視線の先には、壁に備え付けられたモニター。そこには、これから起きる戦いを観測した、戦場の情報が映ることになっている。

 さてはて、第二のプランとして、情報と技術、それに伝手を渡してあげた彼女らは、その目的を完遂することができるだろうか? それとも、この世界の正規軍に阻止されてしまうのか? もしかしたら、横入りした愚者に、どちらも滅ぼされてしまうかもしれない。

「ポップコーンとジュースを用意しなかったのは、失敗でしたね」

 寝転んだ彼女は、これから気になる映画が始まるような口振りで、そう呟いたのだった。
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