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第四十五話「敵地での激闘について」

待ち伏せ

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 道中、不気味なほどに何もないことに怪訝さを覚えながら、米英混合小隊は地下へ続く斜めの円錐のような縦穴、資材運搬用の傾斜シャフトを降りていた。

 地図も何もない地下、しかもセンサーの類いは先ほどからジャミングがかかっているかのように調子が悪い。おかげで、所々にある横穴の側を通る度に、注意深く警戒しなければならなかった。しかし、そこから奇襲を仕掛けられることもなかった。

 それでも、慎重に前方の安全確認を行いながら降りていくこと十分ほど、四機はこの通路の最下層と思わしき場所に辿り着いた。

 そこは大型のコンテナがそこかしこに、規則性もなく置かれている。床も壁も打ちっぱなしのコンクリートで、資材用の倉庫のように思える場所だった。ただ、かなり広い。この島自体、それなりに大きいが、その地下だということを考えても、異様な空間だった。
 AMWが数機、戦闘機動を取っても、それでも余裕がありそうだ。

 この倉庫をいったい何年、いや、何十年かけて建造したのだろうか。それだけ長い期間、テロ組織は下準備を続けていたことを、この空間は証明していた。

 メイヴィスは考える。どの国にも、誰にも察知されることもなく、これだけの拠点を用意する。そんなことが可能か、答えはノーだ。間違いなく、各国にテロ組織に協力している者たちがいる。それも、自分の祖国にもいるかもしれない。

 現実的に考えれば、そんなことはわかり切っていたことだが、目の前にこうして証拠が突き付けられてしまっては嫌でも自国に裏切り者がいるという事実を認識せざるを得なくなってしまう。

 メイヴィスはげんなりしそうになった気分を切り替える。そういった裏切り者を捕まえるのは自分の仕事ではないし、今考えることではない。

『わー、広いねー』

 特にそういったことを一切考えていないらしいリアが、暢気に感想を言って、頭部のセンサーを巡らせる。口振りに緊張感はないが、しっかり周辺を警戒している辺り、成長している証拠だろう。

「リア、遮蔽物に隠れて索敵しなさい、先に見つかったらやられるわよ」

『はーい』

 指示を受けて、リア機はコンテナの一つの影に身を隠す。メイヴィスもセンサーをアクティブにする。コンテナに身を隠しながら周囲を索敵。だが、スクリーンに映るのはノイズばかりで、禄に情報を得られない。

 先ほど、シャフトを降りていた時点で少し不具合は生じていたが、それは無視できる程度のものだった。それが、この空間に降りてから酷くなったようだった。

(ジャミングがかけられている……それも、M6のパッシブセンサーを無力化する程に強力なものが)

 米国の最新鋭機であるM6は、そのアビオニクスも世界最先端だ。敵機の足音、身じろぎで生じた音、熱反応、動態反応、赤外線。その全てを手に取るように察知できる超高性能のセンサーを持ってしても、何の反応も拾えないのは異常だ。

 これでは、自分たちよりもアビオニクスで劣る英国機は、まともに索敵できないだろう。そう思い自分たちの後方に降りた二機の様子を見る。
 英国機は、コンテナの影から頭部だけを出して、周囲を目視で警戒している。流石は英国の精鋭だ。こういった状況での動き方がわかっている。

「Knight1、どう思う?」

『ここまで待ち伏せも何もないとは、外れを引いたかもしれません』

「私もそう思うわ。敵にとっては大した施設ではないということなのでしょう」

 引き返しましょう。と言いかけたそのとき、メイヴィスはぞわりと、確かな殺気を感じた。攻撃はこないが、何かがいる。それを味方に伝えようとした。が、それよりも早く、アラートが鳴った。照準警報だ。その反応があった方を、一斉に振り返る。

『これは大物が釣れたものだ。アメリカの精鋭と、イギリスの精鋭が来るとはな』

 メイヴィスたちがいる地点から離れたコンテナの上、いつからそこに居たのか、一機のキャンサーが仁王立ちして、外部音声で感情のこもっていない男の声を出していた。オーケアノスだ。前線に出ず、こんなところにいたとは、それよりも、

(気付けなかった)

 目視での索敵もしていたのに、どういう手品だ。メイヴィスが困惑している間に、別の方向からも機影が、空間に滲む出すように現れた。

『光学迷彩?! 馬鹿な、他国で実用化されているなど……!』

 見つけられなかった理由が示され、ジャックが驚愕の声をあげる。そうして出現した敵、細身でしなやかな印象の、所々が刺々しいシルエットの機体が、手にしたライフルを肩に担いで、首を横柄に傾げている。

『えー、こんなのが精鋭なの? ずっと隠れてた私たちにも気付かなかったのに? これなら日比野軍曹が相手の方がずっと面白かったよ』

 若い少女の、リアと同じくらいに思える声。ライフルを向けようとしたが、更に別の方向から、別の敵機に照準されたことを機体が警告音で知らせていた。囲まれている。これでは、迂闊に動くと蜂の巣にされてしまう。

 周囲に注意深く視線を巡らせて、敵機の所在を確認しようとしながらも、メイヴィスは疑問を抱かずにはいられなかった。

「日比野軍曹……?」

 何故、恩人の息子の名前が、ここで敵の口から出てくる? メイヴィスは思わず外部スピーカーをオンにしようとした。それよりも先に、自分の部下と、ここまでだんまりだった英国の二番機が声を上げた。

『ちょっと、先輩のこと知ってるの? あんた、先輩の知り合い?』

『比乃の知り合いにしては、ちょっと物騒すぎない?』

 英国機の片割れも少女だったことに、メイヴィスが一瞬呆気に取られ、金色の機体を見た。目を逸らされた。事情があるらしい。
 そんなやり取りの間にも、テロリストの少女、ステュクスは緊張感もなく話を続ける。

『あら、貴方たち、あのへっぽこ軍曹知ってるんだ。あれはね、私たちの、私の玩具だよ。ペットって言ってもいいかな。奴隷って表現してもいいよ』

『おもちゃ? ペット? あんた何を言って』

『そうする予定なの、だから捕まえようと思って待ってたんだけど……雑魚が釣れちゃった。だけど、貴方たち、軍曹の知り合いの女の子なんだ……気に入らないなぁ。こういう気持ち、なんて表現するんだろうね』

 言って、ステュクスの機体、コキュートスがライフルをリアたちに向けた。

『ここで貴方たちを殺したら、あの軍曹は絶対怒るよね。それって凄い、面白そう』

 そのライフルの引き金が引かれる。その前に、メイヴィスが周辺に展開している敵機の居場所を把握し終えた。こちらを包囲しているのは大半がペーチルだった。これならなんとかできる。

「Knight1!」

『わかっています!』

 M6の膝から、カーテナの腰から、円筒の物体が真下へ向けて高速で吐き出され、床に激突した。同時に、その筒が煙を振りまき、一瞬で一帯を覆った。素早くメイヴィス機とジャック機が移動し、遅れてもう二機も移動する。

『……あれ?』

 ステュクスが小さく困惑の声を漏らした。こちらをロストしたのだろう。今噴出したのは、探知妨害用のチャフが混ざったスモークディスチャージャーだ。しばらくの間、空気中に停留して、敵のセンサー機能を著しくダウンさせる。これで状況はイーブンに戻った。

「各機へ、追撃されたらあの上り坂のシャフトじゃ逃げ切れない。ここで殲滅するわよ!」

『Knight1了解です。私はGuest1と共に雑魚を――』

『Guest1はあの女を相手します!』

『Alpha3も同じく! あいつは私がなんとかする!』

「ちょ、ちょっと二人とも?!」

 止める間も無く、リアとアイヴィーは、先ほどの少女の機体が居た方角へと跳躍していってしまった。
 どうしたものかと考える間に、ジャックが『では私が雑魚を蹴散らします。大勝首はお任せします!』と勝手なことを言って、声をかけるよりも早く走り去ってしまう。

「あー、もう! みんな勝手なんだから!」

 メイヴィスは機体をジャンプさせ、自身の敵を倒しに向かう。煙から突き抜けたM6の眼前、コンテナの上から動かずにいたキャンサー、オーケアノス機と目が合う。

 味方が私情で動いてしまったなら仕方が無い。実を言えば、自分もこの男を倒して、部下の仇を討ちたいのだ。

 広大な地下空間で、各々の戦闘が始まった。
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