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第一章「異世界の機士」
1.3.3 哀愁の背
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その日、御堂はことあるごとにファルベスに声を掛けて、会話を試みていた。しかし、その反応は素っ気ない。避けられている気もした。
(こちらの監視なのだから、馴れ合う気はないということなのか)
夕暮れ時、もう作業も終わって、あとは城に戻るだけとなった。ここまで、魔道鎧についてくらいしか、まともに会話ができていない。それでも、御堂は自分の目論見を達成するために、また従騎士に声をかけた。
「ファルベス! ちょっと良いか?」
これを逃したら、もう話を聞ける機会は来ないかもしれない。そう思った御堂は、勢い勇んで一歩余計に距離を詰めた。自分より頭一つか二つ高い男に詰め寄られ、少女は少し慌てた。これが醜男だったならば、拳を振るったかもしれない。しかし、相手は美男だ。男嫌いの彼女でも、少し頬を染める。
「な、何か用?」
流石に走り出して逃げたりはしないが、相手の距離の詰め方が急だったので、声が少し上ずっていた。そんなファルベスに、御堂は本題を切り出した。
「授け人の伝説について、何か知らないか……できれば、ブルーロやラジュリィさんが知らないようなことだと良いのだが」
城の主だった人物は、御堂をこの地に縛り付けようとしている節がある。しかし、監視と言っても自分と面識が薄く、またよく思っていない彼女ならば、疑わずに何か教えてくれると踏んだのだ。だが、それは少々甘い考えだった。
「何故、それを私に聞くの?」
「俺の目的のために必要なことなんだ。力を貸してくれないか」
「……貴方が何を企んでいるのか知らないけど、部外者に対して簡単に情報を渡すようでは、騎士は務まらないの」
突き放すように言って、ファルベスは顔を背けた。自身の想定の甘さに、御堂は少し悩み顔になった。そして、すぐに答えた。
「俺は一刻も早く、元の世界に帰りたいんだ。その方法を探してる」
「なら、私のような者じゃなくて、ブルーロ様のような学士に話を聞くべきだと思うわ」
ファルベスは、御堂の帰りたいという言葉が信じられなかった。自分のような従騎士に頼ること事態が、筋違いだからだ。少女の瞳に、疑いを意があることを悟った御堂は、少し考えるように視線を泳がせた。
「貴族の娘が自分から、貴方を騎士に任命すると言っているのに、それを蹴ってまで帰りたいだなんて、信じられないわよ。本当は何が目的なの?」
「……俺は、騎士の地位を得たいわけじゃない。ラジュリィさんが勝手に言っているだけだ」
「本当に騎士になりたくないって言うの?」
御堂の発言に、ファルベスは信じられないとばかりに驚いた。この帝国において、貴族から騎士に認められるということは、大変に名誉なことなのだ。それも、幼少期から見習いとして従事しているわけでもない人物が選ばれるのは、凄まじいことだ。
だが、この授け人は、それをいらないと言う。ファルベスは自分の価値観が否定された気がして、苛つきを覚えた。
「戦士にとって、騎士になるよりも名誉なことはないわよ! それを拒否するなんて、不敬に取られて処されてもおかしくないのよ!」
「そのようになりそうだったら、俺は黙って出て行くだけだ。元々、この地に縛られる気はない。帰るための手段を余所で探す」
「そこまでして、どうして貴方は帰りたいの? 名誉を捨ててまで……」
ファルベスは御堂を睨み付けようと顔を見た。そのときになって、初めて気付いた。会話をしていた御堂が、思い詰めたような、苦渋を浮かべていることに。少女はそれで、授け人と自分たちの間にある、決定的な価値観の違いに気付きかけた。
「あ、その……」
今までの発言が、この授け人にとっては煩わしいことだったことを理解した。ファルベスはそれについて詫びようとしたが、それより先に、下唇を噛んでいた御堂の口が開いた。
「……こんなわけのわからない世界で、どんな地位を築いたって、俺からすれば何にもならない。元の世界に帰って、大事な人たちに会いたい。彼らと共に国を守るために戦いたい。それだけなんだ。なのに、ここの人間は、俺をここに閉じ込めて、利用して使い潰すことしか考えていない……!」
その瞳に、強い怒りの念があった。その対象は、ラジュリィやムカラドに対するものかも知れないし、もしかしたら、自分を含めたこの世界全てかも知れない。少女は、授け人という得体の知れない存在の持つ憤りに恐怖心を覚えて一歩、足を引いた。
その仕草に目敏く気付いた御堂が、深く息を吐いた。思わず、自分の感情を吐露してしまった。これは失態である。なので、すぐに取り繕うことにした。御堂は平常心そのままのような、微笑みを浮かべて見せる。建前の顔だ。
ファルベスは、それが逆に恐ろしかった。この授け人は、自分の感情をすぐに仮面の下にしまえるのだ。端正な顔立ちをした微笑みの裏に、酷くどろりとしたものを感じた彼女の感性は、若い少女特有の鋭さがあった。
「すまない……君にぶつけても仕方のないことを言った。だが、俺の目的が、ラジュリィさんや領主に害をなすことではないということは、わかってくれ」
「……そうね、そこは理解したわ」
「その上で聞きたい。元の世界に帰ろうとした授け人の話を、知らないか」
少し言い淀んでから、ファルベスは自分の知っていることを素直に話すことにした。
「……昔、授け人についてブルーロ様から勉強として聞いたことがあるの。その中に、元の世界へ帰ろうとした者が、何人かいて、その最後も記録されていたわ」
「それで、どうなったんだ?」
帰還を志した者たちの最後、それは有益な情報に成り得る。御堂は期待して続きを促した。しかし――
「そのいずれも、命を落としているわ。放浪の旅の末に力尽きた者、権力者から逃げようとして殺された者、用済みとして処刑された者……その全てが記録として残っている……彼らの死さえも利用しようとした人々によってね」
それは、御堂の期待していたものではなかった。むしろ、そうであって欲しくないと思っていた真実であった。御堂の心中に、壁があれば、拳を打ち付けるほどの感情が渦巻いている。
その全ての感情を押し殺し、御堂は無言で、ファルベスから離れるように身をひるがえした。
「……私が知っているのはこれくらいよ。力になれなくて、ごめんなさい」
「いや、いい。話を聞かせてくれてありがとう」
ファルベスに背を向けたまま礼を言って、白い鎧に向かって歩いて行く御堂の後ろ姿が、儚く、悲しいものに見えた。少女はそこに、故郷へと帰れなくなった迷い人の、悲壮の思いを垣間見た気がした。
同時に、少女の中で一種の庇護欲とも呼べるものが芽生えつつあった。哀憐と呼んでも良いかもしれない。そんな感情が沸々と湧いて、ファルベスは頬に手を当てて、小さく困惑の表情を浮かべたのだった。
***
この会話を、離れたところから聞いていた者がいる。ラジュリィだ。魔術師見習いである彼女は、簡単な魔術によって、遠くの会話を耳元まで引き寄せることができた。風や空気に作用する技術だ。
その結果、ラジュリィは大層なショックを受けた。
「ミドールが、そんなに思い詰めていたなんて……」
思わず呟く。人間不信になるほどまでに、何が彼を追い詰めたかと考える。すぐにその答えは出た。
(私や父上が、彼を手に入れようと欲するから、彼をこの世界に縛り付けようとするから……?)
ラジュリィは思わず、顔を両手で覆った。自分の恋心が、想い人にあそこまで重くのしかかっている。負担になっている。それが酷く悲しくて、涙が出そうになった。その手の隙間から、呻くような呟きが漏れる。
「ああ、ミドール……異世界の騎士、強く美しい戦士……」
自分を救ってくれた強さ、見惚れるほどの容姿、誠実で真摯な性質。そのどれもが、ラジュリィの心を掴んで離さない要素となっていた。だが、想いを抱けば抱くほど、彼が遠くに行ってしまうように思えた。まだ十六の少女には、このようなとき、どうすれば良いのかわからない。
「どうすれば、どうすれば……」
指の隙間から遠く、ネメスィに乗り込む御堂の姿を見据えて、恋する少女は呟く。
「どうすれば、貴方を私のものにできるのですか……?」
その瞳は、彼女の心情を表すように、煮詰められた毒液のように濁っていた。それに気付く者はいなかった。本人さえも、気付いていなかった。
(こちらの監視なのだから、馴れ合う気はないということなのか)
夕暮れ時、もう作業も終わって、あとは城に戻るだけとなった。ここまで、魔道鎧についてくらいしか、まともに会話ができていない。それでも、御堂は自分の目論見を達成するために、また従騎士に声をかけた。
「ファルベス! ちょっと良いか?」
これを逃したら、もう話を聞ける機会は来ないかもしれない。そう思った御堂は、勢い勇んで一歩余計に距離を詰めた。自分より頭一つか二つ高い男に詰め寄られ、少女は少し慌てた。これが醜男だったならば、拳を振るったかもしれない。しかし、相手は美男だ。男嫌いの彼女でも、少し頬を染める。
「な、何か用?」
流石に走り出して逃げたりはしないが、相手の距離の詰め方が急だったので、声が少し上ずっていた。そんなファルベスに、御堂は本題を切り出した。
「授け人の伝説について、何か知らないか……できれば、ブルーロやラジュリィさんが知らないようなことだと良いのだが」
城の主だった人物は、御堂をこの地に縛り付けようとしている節がある。しかし、監視と言っても自分と面識が薄く、またよく思っていない彼女ならば、疑わずに何か教えてくれると踏んだのだ。だが、それは少々甘い考えだった。
「何故、それを私に聞くの?」
「俺の目的のために必要なことなんだ。力を貸してくれないか」
「……貴方が何を企んでいるのか知らないけど、部外者に対して簡単に情報を渡すようでは、騎士は務まらないの」
突き放すように言って、ファルベスは顔を背けた。自身の想定の甘さに、御堂は少し悩み顔になった。そして、すぐに答えた。
「俺は一刻も早く、元の世界に帰りたいんだ。その方法を探してる」
「なら、私のような者じゃなくて、ブルーロ様のような学士に話を聞くべきだと思うわ」
ファルベスは、御堂の帰りたいという言葉が信じられなかった。自分のような従騎士に頼ること事態が、筋違いだからだ。少女の瞳に、疑いを意があることを悟った御堂は、少し考えるように視線を泳がせた。
「貴族の娘が自分から、貴方を騎士に任命すると言っているのに、それを蹴ってまで帰りたいだなんて、信じられないわよ。本当は何が目的なの?」
「……俺は、騎士の地位を得たいわけじゃない。ラジュリィさんが勝手に言っているだけだ」
「本当に騎士になりたくないって言うの?」
御堂の発言に、ファルベスは信じられないとばかりに驚いた。この帝国において、貴族から騎士に認められるということは、大変に名誉なことなのだ。それも、幼少期から見習いとして従事しているわけでもない人物が選ばれるのは、凄まじいことだ。
だが、この授け人は、それをいらないと言う。ファルベスは自分の価値観が否定された気がして、苛つきを覚えた。
「戦士にとって、騎士になるよりも名誉なことはないわよ! それを拒否するなんて、不敬に取られて処されてもおかしくないのよ!」
「そのようになりそうだったら、俺は黙って出て行くだけだ。元々、この地に縛られる気はない。帰るための手段を余所で探す」
「そこまでして、どうして貴方は帰りたいの? 名誉を捨ててまで……」
ファルベスは御堂を睨み付けようと顔を見た。そのときになって、初めて気付いた。会話をしていた御堂が、思い詰めたような、苦渋を浮かべていることに。少女はそれで、授け人と自分たちの間にある、決定的な価値観の違いに気付きかけた。
「あ、その……」
今までの発言が、この授け人にとっては煩わしいことだったことを理解した。ファルベスはそれについて詫びようとしたが、それより先に、下唇を噛んでいた御堂の口が開いた。
「……こんなわけのわからない世界で、どんな地位を築いたって、俺からすれば何にもならない。元の世界に帰って、大事な人たちに会いたい。彼らと共に国を守るために戦いたい。それだけなんだ。なのに、ここの人間は、俺をここに閉じ込めて、利用して使い潰すことしか考えていない……!」
その瞳に、強い怒りの念があった。その対象は、ラジュリィやムカラドに対するものかも知れないし、もしかしたら、自分を含めたこの世界全てかも知れない。少女は、授け人という得体の知れない存在の持つ憤りに恐怖心を覚えて一歩、足を引いた。
その仕草に目敏く気付いた御堂が、深く息を吐いた。思わず、自分の感情を吐露してしまった。これは失態である。なので、すぐに取り繕うことにした。御堂は平常心そのままのような、微笑みを浮かべて見せる。建前の顔だ。
ファルベスは、それが逆に恐ろしかった。この授け人は、自分の感情をすぐに仮面の下にしまえるのだ。端正な顔立ちをした微笑みの裏に、酷くどろりとしたものを感じた彼女の感性は、若い少女特有の鋭さがあった。
「すまない……君にぶつけても仕方のないことを言った。だが、俺の目的が、ラジュリィさんや領主に害をなすことではないということは、わかってくれ」
「……そうね、そこは理解したわ」
「その上で聞きたい。元の世界に帰ろうとした授け人の話を、知らないか」
少し言い淀んでから、ファルベスは自分の知っていることを素直に話すことにした。
「……昔、授け人についてブルーロ様から勉強として聞いたことがあるの。その中に、元の世界へ帰ろうとした者が、何人かいて、その最後も記録されていたわ」
「それで、どうなったんだ?」
帰還を志した者たちの最後、それは有益な情報に成り得る。御堂は期待して続きを促した。しかし――
「そのいずれも、命を落としているわ。放浪の旅の末に力尽きた者、権力者から逃げようとして殺された者、用済みとして処刑された者……その全てが記録として残っている……彼らの死さえも利用しようとした人々によってね」
それは、御堂の期待していたものではなかった。むしろ、そうであって欲しくないと思っていた真実であった。御堂の心中に、壁があれば、拳を打ち付けるほどの感情が渦巻いている。
その全ての感情を押し殺し、御堂は無言で、ファルベスから離れるように身をひるがえした。
「……私が知っているのはこれくらいよ。力になれなくて、ごめんなさい」
「いや、いい。話を聞かせてくれてありがとう」
ファルベスに背を向けたまま礼を言って、白い鎧に向かって歩いて行く御堂の後ろ姿が、儚く、悲しいものに見えた。少女はそこに、故郷へと帰れなくなった迷い人の、悲壮の思いを垣間見た気がした。
同時に、少女の中で一種の庇護欲とも呼べるものが芽生えつつあった。哀憐と呼んでも良いかもしれない。そんな感情が沸々と湧いて、ファルベスは頬に手を当てて、小さく困惑の表情を浮かべたのだった。
***
この会話を、離れたところから聞いていた者がいる。ラジュリィだ。魔術師見習いである彼女は、簡単な魔術によって、遠くの会話を耳元まで引き寄せることができた。風や空気に作用する技術だ。
その結果、ラジュリィは大層なショックを受けた。
「ミドールが、そんなに思い詰めていたなんて……」
思わず呟く。人間不信になるほどまでに、何が彼を追い詰めたかと考える。すぐにその答えは出た。
(私や父上が、彼を手に入れようと欲するから、彼をこの世界に縛り付けようとするから……?)
ラジュリィは思わず、顔を両手で覆った。自分の恋心が、想い人にあそこまで重くのしかかっている。負担になっている。それが酷く悲しくて、涙が出そうになった。その手の隙間から、呻くような呟きが漏れる。
「ああ、ミドール……異世界の騎士、強く美しい戦士……」
自分を救ってくれた強さ、見惚れるほどの容姿、誠実で真摯な性質。そのどれもが、ラジュリィの心を掴んで離さない要素となっていた。だが、想いを抱けば抱くほど、彼が遠くに行ってしまうように思えた。まだ十六の少女には、このようなとき、どうすれば良いのかわからない。
「どうすれば、どうすれば……」
指の隙間から遠く、ネメスィに乗り込む御堂の姿を見据えて、恋する少女は呟く。
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