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第一章「異世界の機士」
1.3.4 計略
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城に戻ったラジュリィは、待っていた従者のローネと、御堂と話をしていた従騎士のファルベスを連れて、いの一番に父親であるムカラドの部屋へと向かった。
「ラジュリィ様、いったいどうしたのです?」
用件も何も聞いていないローネは、早歩きで前を行く主に少しの戸惑いを含んだ声をかけた。その横にいるファルベスも、何故自分も連れられているのかわかっておらず、怪訝そうである。
「騎士ミドールのことです。彼は自分の世界に帰るために、手段を選ばなくなるかもしれません。それを防ぐよう、父に言うのです」
その意味を、ローネは、あの授け人が無茶なことをしないよう、事前に釘を刺すことだと理解した。ファルベスは少し驚いた。あの会話を聞かれていたとは思わなかったのである。
「私と授け人殿の話を聞いていらっしゃったのですか?」
「ファルが騎士ミドールに何か失礼を働かないかと思ったら、聞き耳も立てたくなるものです」
実際には、ラジュリィと年の差が一つの少女であるファルベスが、御堂と距離を詰めて会話を始めたのを見つけ、どうしても気になったので魔術を行使したのである。だが、ラジュリィは少し強い口調でそう言い繕った。ファルベスは、自分がその点で信用されていなかったことに、少なからずショックを受けたようにしょげる。
「しかし、ファルもそこは弁えていたはずです。でなければ、ムカラド様の元に向かう理由が違うものになるのでは?」
ローネが冷静に返す。ラジュリィはそれを無視した。それが答えだった。
「ファル、ラジュリィ様はミドール様と仲良くしていた貴女に嫉妬しているだけのようだから、そんなに気を落とすことはないわよ」
「なっ、仲良くなどしていません!」
「それにしては、距離が近かったのではなくて、ファル?」
「それは授け人殿から近づいてきただけで……!」
弁明すればするほど、前を歩くラジュリィの瞳に嫉妬の念が強くなるのだが、後ろにいるファルベスは気付かなかった。ローネは雰囲気からそれを察したので、話題を止めに入る。
「それで、ミドール様はなんと?」
「私たちに怒りを覚えているようでした。知らない場所に連れてこられ、その上で帰るなと言われれば、そうなるのは必然だったでしょう。私も盲目していました」
「では、ミドール様が帰るために力添えを?」
ローネが言うと、ラジュリィは足を遅めて、立ち止まった。それに合わせて足を止めた従者と従騎士に、領主の娘は振り返った。その顔を見て、二人は思わず後ずさりしそうになった。
「……何故、私が騎士ミドールを手放すようなことをしなければならないのです?」
表情から喜怒哀楽が抜け落ちた、端正故に人形のように思える顔。瞳だけが、自分の従者がした発言に対する怒りを表現していた。静かな剣幕に、ローネは言葉を選んで弁明する。
「いえ……ミドール様を無理に引き留めてしまっては、後々に厄介になるのではと思った次第です」
「厄介とは?」
「その、あの魔道鎧を用い、領地から強引に抜け出すなどをしないか、ということです」
ローネの上げた懸念を聞いて、ラジュリィの表情に笑みが戻った。だがその目は一切笑っていない。こんな主は初めて見る。長年付き添ってきた幼馴染みの豹変に、ローネとファルベスは頬を引きつらせた。あの男は、どれだけ自分の主である少女の心境に影響を及ぼしている。それが怖くなった。
「そのようなこと、騎士ミドールはしないでしょう。穏便に出て行こうとするはずです」
「その根拠をお聞かせ願っても良いですか?」
「だって、あの方は優しいから」
聞いたファルベスは呆れた。根拠でもなんでもない。それは恋する少女の思い込みに近い。しかし、当の本人はそう信じて疑っていない様子だった。
「騎士ミドールは、父に懇願するはずです。帰る手段を教えてくれと、できないなら、探すために領から出ることを認めてくれと……父は良き領主ですが、優しすぎる面もあります。渋々でも、それを認めてしまうかもしれません」
「……だから、ムカラド様にそれをしないようにと忠言をしに?」
「そうです。領主からの許可が下りなければ騎士ミドールは、力尽くで逃げるしかなくなります。ですが、それはあの方の信条からできない。ここに居続けるしかないのです。そうなれば、あとはゆっくりと、私の正式な騎士になるように説得すればよいだけです」
騎士にする、という発言の辺りでファルベスの表情が曇ったが、ラジュリィはそんなことに気をかけない。己の発想が現実になると信じて疑っていない、うっとりとすらしている顔で、そう語った。
「……もし、信条を曲げてでも、この地から去ろうとしたら、どうするのですか?」
ローネの問いに、ラジュリィはすっと笑みを消した。そして、愚かしいことを言った従者の瞳を真っ直ぐに見据えた。その口から発せられた声音は、酷く無感情だった。
「……やめてください。私は、騎士ミドールが傷つかなければならない場面など、想像したくもないのです。考えたくもありません」
遠回しに、彼を手に入れるためならば、害することも厭わないと言っている主に、ローネは頭痛がした気がして、頭を抑えたくなった。愛らしい幼馴染みをこのように変えてしまった、もしくは本性を現させてしまった授け人を、少しだけ恨んだ。
***
領主ムカラドは、突然にやってきた娘と従者、従騎士の自室への入室を許可した。やってきた三人の少女の顔を見比べる。
「どうした、何か深刻なことでも起きたか」
「ある意味では、そうかもしれません。父上。ファルから話をさせてもよろしいでしょうか」
「うむ、聞こうか。従騎士ファルベス。発言を許す。何があったか申してみよ」
領主の許可を得て、ファルベスは辿々しくもことの発端である、夕方の御堂との会話について話し始めた。それを黙って聞いた領主は、眉を顰めて瞑目した。領主の発言を待たずに、ラジュリィが続ける。
「父上、騎士ミドールは得がたい貴重な人材であり、授け人です。そんな彼を逃すようなことがあってはありません。なんとか、策を講じる必要があるかと」
「……私が、ミドールを手放すかもしれないと、お前はそう思ったのか?」
「申し訳ありませんが、父上が騎士ミドールに本気で懇願されて、それを断れると確信が持てませんでした」
ラジュリィの率直な言い方に、ローネとファルベスがぎょっとした。こんなこと、領主の実の娘でも危うい発言だ。思わず口を出しそうになって口を開けたローネに、ムカラドは掌を向けて制止を促した。
「良い、娘に私がそう思われていることは、重々に自覚しておる。だがな、ラジュリィ、お前は一つ勘違いをしている」
「なにをでしょう?」
「私とて、あの授け人を逃がそうとは思っていない。例え、帰らなければならない場所があると言われてもだ。必ず、私に従えさせる」
先日、御堂にああ言った領主だったが、その実、御堂を放す気は一切なかった。手中に収めるために策を考えなければならないと思っていたのは、娘と同じなのだ。
もしも御堂を情から出て行かせても、帰る手段など見つかるはずがない。そのまま余所の領地で良いように雇われでもしたら、それも、国境越しに睨み合っている聖国などに行かれた日には、大変なことになる。それだけ、領主は御堂の力を評価していたし、恐れてもいた。手の届かないところに強力な戦力が行ってしまうことは、領地を持ち、帝国を守護する立場にあるムカラドにとっては、絶対に許容できないことだった。
「そのためならば、多少は手荒いこともするつもりだ。お前にとっては、嫌かもしれないがな」
「……騎士ミドールに、酷いことをなさるのですか?」
娘の表情に陰りが出たのを見て、ムカラドはふっと厳かにしていた表情を緩めた。
「心配するな。何も指や耳鼻を削ごうというわけではない。あくまで話し合いをする。ミドールにこの地にいる利点を説き伏せてやるつもりだ。そのための手段が、少し手荒いという意味だ」
「そうだったのですね……よかった」
「しかしだ。私だけではミドールを説得することは難しいかもしれん。あの授け人の決意は相当のものだ。故に、お前からも手を打ってくれまいか」
「承知しました。私にできることでしたら……」
「うむ、頼んだ」
こうして、御堂の知らない場所で、計略が動き始めたのだった。
「ラジュリィ様、いったいどうしたのです?」
用件も何も聞いていないローネは、早歩きで前を行く主に少しの戸惑いを含んだ声をかけた。その横にいるファルベスも、何故自分も連れられているのかわかっておらず、怪訝そうである。
「騎士ミドールのことです。彼は自分の世界に帰るために、手段を選ばなくなるかもしれません。それを防ぐよう、父に言うのです」
その意味を、ローネは、あの授け人が無茶なことをしないよう、事前に釘を刺すことだと理解した。ファルベスは少し驚いた。あの会話を聞かれていたとは思わなかったのである。
「私と授け人殿の話を聞いていらっしゃったのですか?」
「ファルが騎士ミドールに何か失礼を働かないかと思ったら、聞き耳も立てたくなるものです」
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「しかし、ファルもそこは弁えていたはずです。でなければ、ムカラド様の元に向かう理由が違うものになるのでは?」
ローネが冷静に返す。ラジュリィはそれを無視した。それが答えだった。
「ファル、ラジュリィ様はミドール様と仲良くしていた貴女に嫉妬しているだけのようだから、そんなに気を落とすことはないわよ」
「なっ、仲良くなどしていません!」
「それにしては、距離が近かったのではなくて、ファル?」
「それは授け人殿から近づいてきただけで……!」
弁明すればするほど、前を歩くラジュリィの瞳に嫉妬の念が強くなるのだが、後ろにいるファルベスは気付かなかった。ローネは雰囲気からそれを察したので、話題を止めに入る。
「それで、ミドール様はなんと?」
「私たちに怒りを覚えているようでした。知らない場所に連れてこられ、その上で帰るなと言われれば、そうなるのは必然だったでしょう。私も盲目していました」
「では、ミドール様が帰るために力添えを?」
ローネが言うと、ラジュリィは足を遅めて、立ち止まった。それに合わせて足を止めた従者と従騎士に、領主の娘は振り返った。その顔を見て、二人は思わず後ずさりしそうになった。
「……何故、私が騎士ミドールを手放すようなことをしなければならないのです?」
表情から喜怒哀楽が抜け落ちた、端正故に人形のように思える顔。瞳だけが、自分の従者がした発言に対する怒りを表現していた。静かな剣幕に、ローネは言葉を選んで弁明する。
「いえ……ミドール様を無理に引き留めてしまっては、後々に厄介になるのではと思った次第です」
「厄介とは?」
「その、あの魔道鎧を用い、領地から強引に抜け出すなどをしないか、ということです」
ローネの上げた懸念を聞いて、ラジュリィの表情に笑みが戻った。だがその目は一切笑っていない。こんな主は初めて見る。長年付き添ってきた幼馴染みの豹変に、ローネとファルベスは頬を引きつらせた。あの男は、どれだけ自分の主である少女の心境に影響を及ぼしている。それが怖くなった。
「そのようなこと、騎士ミドールはしないでしょう。穏便に出て行こうとするはずです」
「その根拠をお聞かせ願っても良いですか?」
「だって、あの方は優しいから」
聞いたファルベスは呆れた。根拠でもなんでもない。それは恋する少女の思い込みに近い。しかし、当の本人はそう信じて疑っていない様子だった。
「騎士ミドールは、父に懇願するはずです。帰る手段を教えてくれと、できないなら、探すために領から出ることを認めてくれと……父は良き領主ですが、優しすぎる面もあります。渋々でも、それを認めてしまうかもしれません」
「……だから、ムカラド様にそれをしないようにと忠言をしに?」
「そうです。領主からの許可が下りなければ騎士ミドールは、力尽くで逃げるしかなくなります。ですが、それはあの方の信条からできない。ここに居続けるしかないのです。そうなれば、あとはゆっくりと、私の正式な騎士になるように説得すればよいだけです」
騎士にする、という発言の辺りでファルベスの表情が曇ったが、ラジュリィはそんなことに気をかけない。己の発想が現実になると信じて疑っていない、うっとりとすらしている顔で、そう語った。
「……もし、信条を曲げてでも、この地から去ろうとしたら、どうするのですか?」
ローネの問いに、ラジュリィはすっと笑みを消した。そして、愚かしいことを言った従者の瞳を真っ直ぐに見据えた。その口から発せられた声音は、酷く無感情だった。
「……やめてください。私は、騎士ミドールが傷つかなければならない場面など、想像したくもないのです。考えたくもありません」
遠回しに、彼を手に入れるためならば、害することも厭わないと言っている主に、ローネは頭痛がした気がして、頭を抑えたくなった。愛らしい幼馴染みをこのように変えてしまった、もしくは本性を現させてしまった授け人を、少しだけ恨んだ。
***
領主ムカラドは、突然にやってきた娘と従者、従騎士の自室への入室を許可した。やってきた三人の少女の顔を見比べる。
「どうした、何か深刻なことでも起きたか」
「ある意味では、そうかもしれません。父上。ファルから話をさせてもよろしいでしょうか」
「うむ、聞こうか。従騎士ファルベス。発言を許す。何があったか申してみよ」
領主の許可を得て、ファルベスは辿々しくもことの発端である、夕方の御堂との会話について話し始めた。それを黙って聞いた領主は、眉を顰めて瞑目した。領主の発言を待たずに、ラジュリィが続ける。
「父上、騎士ミドールは得がたい貴重な人材であり、授け人です。そんな彼を逃すようなことがあってはありません。なんとか、策を講じる必要があるかと」
「……私が、ミドールを手放すかもしれないと、お前はそう思ったのか?」
「申し訳ありませんが、父上が騎士ミドールに本気で懇願されて、それを断れると確信が持てませんでした」
ラジュリィの率直な言い方に、ローネとファルベスがぎょっとした。こんなこと、領主の実の娘でも危うい発言だ。思わず口を出しそうになって口を開けたローネに、ムカラドは掌を向けて制止を促した。
「良い、娘に私がそう思われていることは、重々に自覚しておる。だがな、ラジュリィ、お前は一つ勘違いをしている」
「なにをでしょう?」
「私とて、あの授け人を逃がそうとは思っていない。例え、帰らなければならない場所があると言われてもだ。必ず、私に従えさせる」
先日、御堂にああ言った領主だったが、その実、御堂を放す気は一切なかった。手中に収めるために策を考えなければならないと思っていたのは、娘と同じなのだ。
もしも御堂を情から出て行かせても、帰る手段など見つかるはずがない。そのまま余所の領地で良いように雇われでもしたら、それも、国境越しに睨み合っている聖国などに行かれた日には、大変なことになる。それだけ、領主は御堂の力を評価していたし、恐れてもいた。手の届かないところに強力な戦力が行ってしまうことは、領地を持ち、帝国を守護する立場にあるムカラドにとっては、絶対に許容できないことだった。
「そのためならば、多少は手荒いこともするつもりだ。お前にとっては、嫌かもしれないがな」
「……騎士ミドールに、酷いことをなさるのですか?」
娘の表情に陰りが出たのを見て、ムカラドはふっと厳かにしていた表情を緩めた。
「心配するな。何も指や耳鼻を削ごうというわけではない。あくまで話し合いをする。ミドールにこの地にいる利点を説き伏せてやるつもりだ。そのための手段が、少し手荒いという意味だ」
「そうだったのですね……よかった」
「しかしだ。私だけではミドールを説得することは難しいかもしれん。あの授け人の決意は相当のものだ。故に、お前からも手を打ってくれまいか」
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