種の期限

ながい としゆき

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二日目

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 どんよりと曇った空が国中を覆い、大粒の雹が人々の生活圏を痛めつけている様子が首相官邸の総理執務室に設置された大画面に映されていた。大粒の雹は首相官邸にも容赦なく打ち付けている。官邸のガラスは防弾仕様になっているため、雹が突き破ることはないが、ビルや家屋のガラスが砕けて飛び散り、街のあちこちで怪我人が相次いで出ているとの報告が後を絶たない。
「しばらく一人にしてくれないか」
総理大臣の言葉に一緒に画面を見ていた副総理と官房長官は席を立ち、執務室を出て行った。誰もいなくなった部屋で、総理は椅子に身体を預けて天を仰いだ。静まり返った室内にため息の音が空しく響いている。
 先代、先々代からの志を受け継ぎ、国のトップとして各国と渡り合ってきたが、気候変動についてはなすすべがない。最近の自然災害は政府が想定する以上の破壊力を容赦なく発揮しており、対策がいつも後手後手になってしまう。
「人間は自然の前では本当に無力だ・・・」
 総理のため息がより大きくなった。
「いいや、まだ間に合うぞ」
誰もいなくなった部屋の中でいきなり声をかけられ、総理は声のした方を振り返った。
「だ、誰だ!」
そこには白い筒袖・細袴を纏い、髪を角髪(みずら)に結い、鼻の下と顎の髭を伸ばした色黒でがっちりとした体形の男性が立っていた。まるで古代からタイムトラベルをしてきたような服装だ。どうやって入ってきたのか、かなり目立つ服装だし、セキュリティをどう潜り抜けてきたのか、総理は言葉がなかった。
「余は彦火火出見(ひこほほでみ)。そなた達には神武と名乗った方がわかり良いかもしれぬな」
「じ、神武?・・・神武天皇?」
総理の額から大粒の汗が流れ、口がうまく閉じることができず声が裏返ってしまい、それだけ言うのが精いっぱいだった。椅子から立ち上がった総理は、机や壁を支えにしながら半歩ずつ後ずさった。もうすでに背中からも汗がにじみ出している。
「ま、まさか・・・。そ、そんなことがあるはずない。そうだ・・・これは疲れのせいだ。ま、幻だ。私は幻を見ているに違いない。ここは五階だし、万全のセキュリティーをくぐって簡単に来られるところではない。だから幻だ、そうに決まっている・・・」
混乱を声に出しながら、警備室につながるセキュリティーボタンを手で探しているが、神武と名乗る男から目を離せずにいるため、なかなか探し当てることができない。
「余を幻だと言うのか」
神武と名乗る男が総理の側に近づき、肩に手を置いた。
「どうだ。これでも余を幻だと言うのか?」
肩から体温が伝わってくる。男が吐く息のぬくもりも頬にかかる。
『確かに彼は生きている』
総理の脳はそう判断した。
「な、なぜ・・・?」
生身の人間であると判断した脳細胞が頭の中で活発に動き始めている。疑問が次々に湧き上がってくるが、言葉としてそれを捉えることができない。ようやく二文字の言葉が出てきただけであった。
「そなたがそうなるのも無理はなかろうな。実は余も少しばかりの戸惑いはあるのだから。何せ人間の世には久しく戻っておらぬのでな。余が治めていた御世とは住いだけでなく、何もかもが大きく違っておる」
 男は顔に笑みを浮かべると、総理を応接セットに座るよう促し、自分もテーブルをはさんで向かい側に腰を下ろした。
「か、官房長官を呼んでも良いだろうか」
男の指示に従いながらそう答えるのが精いっぱいだった。
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