媛神様の結ぶ町

ながい としゆき

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 「先輩、本当にこの道であってるんすか?俺、何かだんだん心細くなってきてるんっすけど・・・」
辺りをキョロキョロと見回しながら、皓太が運転する四駆の軽自動車は土ぼこりをあげながら峠を登っている。
「地図のとおりだと、ここら辺のはずなんだけど・・・」
 助手席に座って地図を見ている私は加藤れいこ。幽玄社という出版社で、オカルトやスピリチュアルなど、不思議でミステリアスな出来事や事件等を専門に扱っている月刊誌『エトランジュ』の記者をしている。
 父親世代のセクシータレントと同じ名前らしいが、私にはそんな魅力は欠片もないので、三十歳を過ぎても浮いた話にはトンと縁がない。実際に父が彼女の大ファンだったらしく、彼女のように容姿端麗で魅力的な女性になってほしいとの願いから付けると言い出したそうで、母も女の子は可愛い方がみんなに好かれるからと、無責任にも賛成してしまったようだ。百歩譲ったとしても、「麗子」とか「禮子」だと気品があるし、仕事柄「霊子」とか「玲子」でも良かったのだが、ひらがなの「れいこ」までグラビアアイドルと一緒ではあまりにも芸がなさ過ぎる(涙)。
 そんな名前を付けられた私にとっては、まったくもって大迷惑な話ではあるが、父の願いも虚しく、ごくごく平凡な容貌になってしまった後ろめたさもちょっとはあるが、これは父と母の娘であるという絶対的な証拠でもあるので、オアイコにしてもらいたい。
 まぁ、バストの大きさは本家を引き継いでいるとはいえなくもないけれど、相手に異性を感じさせない最大の要因は、本家に比べるとかなり見劣りのする容姿と、女性らしくない性格がフェロモンの分泌を邪魔しているのではないかと推測される。よく『おっぱい大きいクセに、ちっとも色っぽくねぇな』と、今ならセクハラで訴えることができるようなセリフを昔から何度言われ続けてきたことか。
 しかし、この名前で辛いのは電話だ。正直これが一番キツイ。名前で容姿を期待させておいて、実際に会って落とす。いつものパターンだ。相手はその場の落胆で済むが、そのガッカリ感を目の前で毎回見させられている私がどれだけ傷ついているかなんて相手は到底知る由もないだろう・・・。
 元々『女らしさ』を売りにするタイプの記者ではないので、それはそれで別に気にもしていないのだが、人見知り&口下手という記者としてはほぼ致命的な二大欠点を抱える私としては、『女性』を武器として使えないとなると、ひたすら誠実さ&足と根性で稼ぐしかない。今回もその例に漏れず、地道に取材現場に向かっているところだ。
 運転している神林皓太は私の大学時代のサークル(その名もミステリーサークル!小麦畑などにUFOが作ったアレと奇しくも同じ名前だが、活動はいたって平凡で幽霊や超常現象の研究を真面目にしているちょっとカルト気味のオタク集団っていう感じ)の後輩。
 彼は人懐っこくて誰とでも仲良くなれる性格をしている。周りに頼りない印象を与えるタイプなうえにイヤといえない性格もあって、二回生の時からサークルの部長をしていたというか、押し付けられていたというか・・・。まぁ、どんな立場であっても楽しめてしまう能天気さは長所と言えなくもない。そこそこのイケメンだとは思うし、女子にも結構人気があったのだが、なぜか私は学生時代から彼を異性としてみたことは一度もない。でも、恋愛感情の湧かない相手って結構いるよね。それが皓太であり、私にとっては放っておけない弟のような存在だ。
 奇しくも私が幽玄社に入社した一年後に皓太も入社してきてからは、カメラマンとして私とチームを組むことが多い。出身校とサークルが一緒ということもあって、イキが合って何でも言いやすい相手ではあるけれど、周りから『夫婦漫才』などと囃し立てられたり誤解されたりすることが多く、私としては非常に迷惑しているのだが、皓太もその気はないようなので、気楽に行動できて本当に助かっている。
 皓太も今年で二十九歳になるので、そろそろ良い女性と出会って身を固めてほしいと勝手に思っているのだが、本人にはその気は全然ないようだ。時々、皓太はバイセクシャルなんじゃないかって疑ってしまうこともあるくらい、異性に対しては無頓着だ。本人は、
「理想の彼女に出会っていないだけっす」
と言っているが、本当にそれだけだろうか?

 「周り、木ばっかっすよ。ホントに人住んでるんっすかねぇ。まさかキツネに化かされてるんじゃないっすよね・・・」
「案外それ、マジかも・・・」
「そのジョーク、笑えないっす」
 初めて通る道は実際の距離よりも遠く感じるとは言うけれど、人の住んでいる気配が全く感じられない鬱蒼と木々が繁る山の中を、クネクネとした道路が延々と続いている様子は、これから待っている不思議なことに立ち向かおうという記者魂を充分に萎えさせてくれる。
「あぁ~、ナビ着けてくるの忘れてなかったら、もうちょっと気ぃ楽なんっすけどね」
現在地を確認しようとスマホを見ると、会社を出てからまだ一時間しか経っていない。ということは、あと三十分はこのまま走り続けなければならない計算だ。
「大丈夫。この道で合ってるみたいだから、とりあえず進もう」
私は大きな溜め息をつきながら、スマホをバックに戻して周りの景色を改めて眺めた。
 この地域に住んで十年近く経つのに、こんなに自然が近くにあったなんて今まで感じたことがなかった。
「こんな道路があったなんてねぇ・・・」
新緑の濃い香りがする空気を胸いっぱいに吸い込みながら、視線を前に戻すと、道路が右方向に大きくカーブを描いている。その先を目線で辿っていくと道路の先に何かが横たわっているのを発見。『横たわっている』と言ったのは、色といい形といい明らかに人工物ではないと瞬時に確信したからだ。
「ひゃ~!」
思わず頭の上から声が漏れてしまった。
「うわっ、ビックリした!急に変な声出さないでくださいよ」
皓太が急ブレーキをかけて車を止めた。
「いっつもそうなんっすから。何があったかちゃんと日本語で言ってくださいって!」
 私が指さす方を目で追い、彼も私が何に声をあげたのか気付いたようだ。そして道端に横たわっている何かを確認するために車を降りていく。さすが元ミステリーサークルの部長だけあって、こういう時は頼もしい。皓太の冷静な行動に勇気付けられて、私もその後を追った。
「先輩、これってタヌキっすか?それともアライグマ?ハクビシンって言うヤツかな?」
皓太の後ろから私も恐る恐る覗き込む。
「たぶんタヌキだと思うけど・・・。死んでる?生きてる?」
そこには一匹のタヌキがお腹を上にして大の字になって横たわっていた。皓太がしゃがんで恐る恐る手を伸ばし、様子を確認する。
「あっ、息してますよ。微かだけどお腹動いてますって」
「熱中症かな。ちょっと見てて、水持ってくるわ」
 確かに、今は梅雨時期だというのに、ここ数週間は雨が一滴も降っておらず、まるで真夏のように連日三〇度越えの日が続いていて、ダムや川の水も少なくなっている。私も暑さに強い方じゃないけれど、この連日の猛暑は山の動物達にとっても、きっと辛いことだろう。
 水が欲しいところには雨が降らず、日光が足らないところには陽が射さない。最近の世の中は天気をはじめ、上手く回らないことが本当に多い。まぁ、私一人が行いを正したところで、世の中は一向に変わりはしないだろうから、グチのひとつも言いたくなってしまうのは当然だよね。
 車から水の入ったペットボトルを持ってきた私は、横たわっているタヌキを抱きかかえ、キャップに溜めた水を少しずつ口に数回含ませた。しばらく見つめていると、目をクリクリと動かしたと思ったら、私の腕から慌てて飛び降りて二~三メートル離れたところで振り返り、じっとこちらを見ている。まだ子供だろう。よく見ると小さくて、短い尻尾がちょっとカワイイ。
「大丈夫、捕まえたりしないから。元気になったんなら、仲間の所へ帰りなさい」
タヌキは、しばらく私達を見つめていたが、後ろ足で立って二度頭を下げる仕草をして林の中に駆けて行った。
「礼儀正しいヤツっすね」
皓太が呟いた。彼は何とも思っていないようだけど、ふつうタヌキって二本足で立ってお辞儀する・・・?

 山を越えて下りに入ると次第に視界が開けてきて、民家や畑がポツリポツリと見られるようになってきた。
 人間の感覚というのはいい加減なもので、つい十分ほど前に山の中をさまよっていた時に心を覆っていた不安と恐怖が跡形もなく消え去り、のどかな農村の景色が視界に広がってきただけで、ぬくもりと安心感が心を満たしている。そのいい加減さが、心と身体のバランスをとっているのかもしれないと自問自答しつつ、これから取材する『不思議』への期待も大きく膨らんできた。
 過疎の地域だけあって、もうすでに町の中心街に差し掛かろうとしているけれど、昼日中でも通りには人っ子ひとりいない。っていうか、生き物の気配がまるでしない。ゴーストタウンと呼ぶには建物がそんなに古くはないようなので、その表現はふさわしくはないとは思うが、そんなイメージが頭をよぎる。
「この町なんっすかねぇ?」
周りを見渡しながら皓太が呟いた。
「たぶんね・・・。何の変哲もない町のようだけど、不思議なことって・・・、一体何が起こっているのかしら。まぁ、さっきのタヌキの仕草も不思議っちゃぁ不思議だったけどねぇ・・・」
「町の人に聞いてみるっていっても、誰もいないっすね」
 私達は、車の速度をゆるめながら人影を探してグルグルと街中を走らせてみたが、畑にも人はいなかったし、外に出ている人は誰一人としていないようだ。おまけに人間だけでなく、犬猫の姿すらも見当たらなかった。風も吹いていないから砂埃すら立たない。町役場ならと向かってみたけれど、今日はあいにく日曜日なので庁舎は閉まっているし、交番も『ただいま巡回中』との札が机の上に立てかけられていて不在。ホントお手上げ状態。
 町の中央にある公園に面した通りに比較的大きなスーパーがあったので中を覗いてみると、照明を点けっぱなしにしたままの状態で入り口はしっかりと施錠されていた。
「お店にも人影なかったよね、店員さんもいなかったし・・・。町ごと神隠しにあったって感じ・・・」
「ホント、どうしちゃったんっすかね」
 仕方がないので、私達は小高い丘の上にある神社まで車を走らせ、鳥居の前にある駐車場の木陰のところに車を止めた。ここからなら町を一望することができたからだ。
 神社には、町の規模の割には立派な赤い大鳥居があり、境内も落ち葉などはなく、綺麗に整備されている。本殿の右側にある社務所にも人がいる様子はなく、動くものといえば手水舎の龍の口からチョロチョロと音を立てて水が流れているくらいだ。
 車中からしばらく町の様子を伺ったが、不思議なくらい動くものがない。まるでこの町に流れている時間が、世の中から切り取られてしまい、町全体が忘れ去られてしまったみたいだ。
 私達は、いくらなんでも夜になるまでには誰か一人くらいは家に帰ってくるだろうと見当をつけ、町に動きがあるまで待ってみることにした。
「こんなことなら途中のコンビニとかでおやつや飲み物を買ってくるんだった」
心細くなったペットボトルの水を揺らしながら呟く。
 夏至前のこの時期、陽が沈むまでにはまだまだ優に三時間以上はあるだろう。先の見えない不安がより一層時間の速度を遅らせている。
「待つのも取材のうち」
と自分自身に言い聞かせてはいるけれど、この時間が永遠に続くような錯覚と全力で戦わなければ心が折れてしまいそうになる。一分一秒が異様なほど長い。そう考えれば考えるほど妙にお腹が空いてきたり尿意をもよおしてきたりといった感覚になるから不思議だ。我慢できないほど切羽詰ってはいないけれど、『したい』時に『できない』というストレスからくるマイナス思考は消化器官を活発にし、老廃物を体外に出そうと張り切ってしまうらしい。
 「先輩、この町にどんな不思議なことがあるんっすか?」
皓太が無理に明るく話してきたが、あいにく私にはその答えを持ち合わせていない。
「さぁね」
「さぁねって、先輩、編集長から何も聞いてないんっすかぁ?」
今度はあきれた表情で私の答えをうかがっている。
「不思議なことがある町だから取材して来いって言われただけ。何日かかってもいいからって・・・」
「なんだそりゃぁ~、どんなことかもわからないで引き受けたんっすかぁ?」
頭をかかえる皓太に向かって、私は引きつった笑いを返すことくらいしかできなかった。

 あれは昨日の午後、編集長に呼び止められ、一通の封筒を渡された。
「何ですか、これ?」
それは何の変哲もない封筒で、中には便箋が二枚入っていた。一枚目には、流れるような綺麗な文字(達筆過ぎて理解するのにしばらく時間がかかったが)で『不思議なことが起こる町があります。ぜひ来てください』と書かれており、二枚目にアバウトな手書きの地図が添えられていた。もちろん差出人の名前はなかった。
 オカルト系を扱う雑誌の編集室には、このような手紙は週に三~四通は届くので、日常茶飯事のこととして片付けてしまうのは簡単だけれど、文字の達筆さが妙に興味を惹きつける。どうやら編集長もそうらしい。私の顔を見てニヤニヤ笑いながら、
「ちょっと面白そうじゃないか?」
と、薄くなった頭頂部を隠そうと伸ばしている前髪(周りは気付かない振りをしているけれど、五十歳を過ぎた上司の涙ぐましい努力に対する部下としての最大級の礼儀だ・・・と思う)をかき上げながら、挑発的な口調で取材を持ちかけてきた。これが記者に対する編集長のいつもの手口だ。相手の好奇心をくすぐりながら、記者魂に語りかけてくる。
「でも、詳しいことは何も書いていませんよ。興味だけ惹いておいてガセっていうパターンなんじゃないですか?」
素っ気ない返事を一応はしてみるものの、手紙の文字に惹き付けられて私の心はすでに内側からムクムクと興味が湧いてきているのを押さえきれそうもないというのも事実だ。
「確かに。そういうパターンは少なくはないけど、この字を見てみろよ。こういう達筆の字を書く人がガセネタを提供すると思うか?俺には、この人は信用しても言いと文字が言っているように思う。・・・そうだな・・・きっとこの人は何かとんでもない情報をつかんでいるんだよ。つかんでいるんだけど、何か手紙では詳しく書けない事情があるんだよ。他人に見られたくないとか知られたくない事情がな」
「たとえガセでも出張費はきちんと請求させてもらいますからね」
「これは俺の長年培ってきた記者としての感だが、この手紙には絶対何かある。何なら賭けたって良いぞ。何日かかっても良いから、とにかくここに書かれている不思議なこととは何かを捜して取材してこい」
「皓太も連れて行って良いですか?」
「そうしろ。でも、これは取材だからな。くれぐれもデートじゃないってことを肝に銘じて行動しろよ」
「そんな関係じゃないですから!」
背を向けた私のお尻付近に伸びてきた編集長の手(この編集長の行為は私が女性として見られているための行為ではなく、男女に関係なく行なわれる編集長独特のスキンシップらしい。古参社員は『いつものこと』として無視しているが、新しい社員にはセクハラやパワハラに当たると散々注意しているのだが、なかなか止められないらしい)を、わざと軽く音を立てて払って席に戻った私は、手紙をもう一度読み返してみたけれど、まるで魔法にかけられたように興味に魅せられてしまった自分を再認識するだけだった。一応取材の事前準備としてネットでその町について色々と調べてもみたけれど、特別変わった情報もなく、他の市町村と変わりのない、ごく普通の平凡な町でしかなかった。
「不思議なことねぇ・・・」
そう呟きながら、私は取材用グッズと共に手紙を自分のバッグに入れた。

 確かにこの話を受けた時、私も現地に行けば何が不思議なのかすぐに解かるだろうと安易に考えていた。編集長に比べて経験値は少ないけれど、私の記者魂も手紙が単なるガセではないと反応していたからだ。それが、こんな無人状態の町に来るなんて想定外だ!定年まで秒読み段階に入ったクソじじいの挑発に乗ってしまった私がバカだった!
「ヴぁ~!」
声にならない声をあげて頭をかきむしってみても後の祭りである。
「でも、今更、何にもありませんでしたって帰って報告するのも癪に障るし・・・」
 二人して車中で溜め息をつきながら呆然と景色を眺めていたその時、写真のような景色の中で、ついに動くモノを発見!
「タ、ヌ、キ?」
 町の右側を濃い緑の葉で覆っている森の中から一匹のタヌキが出てきた。タヌキは、辺りを警戒しながらキョロキョロと二~三度見回した後、田んぼの畦をつたって町に向かって歩き出した。
「あっ・・・、あのタヌキ、さっきの子じゃない?」
短くて小さめの尻尾には確かに見覚えがあった。おそらく間違いないだろう。さっき私達が助けたあの子ダヌキだ。
子ダヌキは、日照り続きで元気のなくなってきた畦道の草を掻き分けながら四つ這いで歩きながら・・・あれれ?後ろ足だけで歩き出した。あれ?・・・だんだん背が伸びていくよ・・・あれれ?・・・身体の毛が服に変わっていく・・・?あれ?あれれ??
 何回も目を擦って確かめてみたが、間違いない。今、確かにさっきの子ダヌキが二本足で歩き出し、そして五歳くらいの男の子に変わった。
「これが不思議・・・?」
皓太もハンドルを力いっぱい握りしめ、目と口を大きく開いたままで、ジッとタヌキだった男の子を見つめている。まるでメドゥーサに石にされてしまったみたいにカッチカチに固まっている。本当に驚いた時って、叫び声すら喉を通らないんだよ。
 そんな皓太を車に残し、私は男の子の方に大声を上げながら、もつれる足で必死にバランスを取りながら町に続く斜面を駆け下りて行った。

 「ちょっとぉ、ボク、待ってくんない?」
叫びながら丘を駆け下りる私の形相が、きっと物凄かったんだと思う。男の子は、声に気づいて私の方を見たとたん、妖怪か幽霊でも見たような怯えた表情になり、二~三歩後ずさりながら、周りをキョロキョロと逃げ道を探すように眼だけを動かしている。
「待って。何もしないから、ちょっと話し聞かせてよぉ!」
 息をゼーゼーさせながら、やっとのことで私は男の子に近づいた。最近走るという機会がなかったせいか、一〇〇メートルくらいの距離がある斜面を全力で駆け下りた(転ばなかっただけでも凄いと思うが)くらいで息が上がってしまい、なかなか喋ることができない。そんな私を、男の子は不思議そうにジッと見つめていた。
「三十路過ぎると、走るの辛そうっすね。後ろから見ると山姥が子供を襲うの図だったっすから、正面で見ていたこの子にしてみれば恐怖の極みだったんじゃないっすか。顔引きつってたっすもん」
「う、うるさい!」
かろうじて二十代の皓太が、笑いをこらえながらも余裕の表情で後から追いついてきた。
「あのさぁ、ボク、あの山姥さんはしばらくほっといて、お兄さんに一枚写真撮らせてもらってもイイかな?」
ニッコリと人懐っこい微笑みを見せて、皓太が男の子に向かってカメラを指差しながら話しかける。
 皓太の必殺技が出た!
 初対面で警戒気味の相手に対して無防備な笑顔を見せながらの『写真撮らせて』攻撃!皓太のこの攻撃はなかなかのモノで、今までコンビを組んでいろんな所を取材してきたが、私が見る限り成功率は一〇〇%。何でそうなってしまうのか、本人も解かっていないようであるが、この仕事には欠かせないワザである。人見知り&口下手の私には到底真似できないワザだ。ホント、羨ましい。
「イイヨ」
男の子もニッコリと微笑んで返事をした。皓太の必殺ワザは動物にも通用するらしい。それにしても男の子の笑顔は、タヌキが化けているとは思えないくらいカワイラシイ笑顔だ。その笑顔を見せられて、思わず抱きしめたくなる衝動に駆られてしまうのは、おそらく私だけではないだろう。
 息が整って喋ることができるようになり、自己紹介が終わった時には、男の子の私に対する警戒心も解かれたようで、私にもカワイラシイ笑顔を向けてくれるようになった。
「キミ、さっき道路で倒れてなかった?熱中症だったようだけど、大丈夫?」
男の子はニッコリうなずいた。
「あのね、ちょっと、とっても聞きにくいんだけどね、さっき、ちょっと変わるトコ見ちゃったんだけど、ひょっとして、ひょっとして、キミ、タヌキ?」
男の子はニッコリとうなずく。
「ほ、ホントに?」
男の子は当然というような表情でうなずいた。
「あのね、まだ上手にできない時もあるけど、もう少しで一歳になるから、普通に変身できるようになったよ」
「ふーん、そうなんだぁ。お姉さんも変身するトコ見てなかったら、キミのこと普通に人間の子供だと思っちゃうよ」
平生を装ってみたが、笑顔が引きつっているのが自分でもわかる。皓太の前で動揺を面に出してはいけない。
 皓太は、私の『お姉さん』にウケていたので、ひとつ脇腹に肘を突きつけてから、私は男の子に向き直った。
「あのね、町の人はどうしちゃったのかな?町の中をちょっと見て回ってみたけど、誰もいないみたいなんだよねぇ」
男の子は、空を見上げて鼻をクンクンとさせるような仕草をしてから、私の方を見て
「もう少ししたらみんな帰ってくるよ」
と答えた。
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