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男の子の言ったとおり、午後四時を少し回った頃、神社の前を通る道に五台のワゴン車が現れた。どれもシルバーグレーの色をして、側面にはキツネとタヌキ、犬と猫が図案化されたイラストと、『理想の郷』というロゴが入っている。
「神社の裏側に大きな温泉があるの。みんなそこから帰って来るんだよ」
男の子が言い終わらないうちに、ワゴン車の集団は町中の公園広場の前に次々に止まった。そして、ドアが開いて中から職員が降り、その後から数人のお年寄りが降りてきた。
「足元、気をつけてくださいね」
「ありがとさん。いつも優しいねぇ。嬉しいよ」
笑い声と共に元気な声が聞こえだした。急に町の時間が流れ出し、町全体が活気を取り戻したようだ。
その中の一人が、私達を見つけて笑顔で近寄ってきた。
「やぁやぁ、見かけないお顔の方がいらっしゃるが、ひょっとして出版社の記者さん達ではないですか?」
背丈はだいたい百七十センチくらいのがっちりとした体格をしている男性だ。オールバックにした髪の色がグレーでなかったら、四十代後半にしか見えず、とてもお年寄りとは言えないくらい若々しい。
「はい。社の方に、この町の方からお手紙を戴いたものですから・・・。あっ、私、加藤れいこと申します。そしてカメラマンの神林皓太です。どんな不思議なことがこの町にあるのか、取材させてもらいに来ました」
「元祖グラビアアイドルと同姓同名ですか。我々世代には、たまらなく懐かしい名前ですね。いや、これは失礼しました」
「覚えやすくて、なかなか忘れない名前だとよく言ってもらえます。こういう仕事をしていると、それもインパクトになりますから」
笑って返すが、耳にタコができるほどのやり取り。ずっと好きになれない名前だが、この言葉を繰り返すたびに、『そうか』と受け入れている自分に気付く。
「いやいや、魅力的なのは名前だけじゃないですよ」
優しい笑顔ではあるが、眼力のある眼差しでまっすぐに見つめられると、人見知り&口下手の私は、つい目を反らせてしまい、声も途切れがちになる。お世辞でも嬉しい。
「よく来てくださいました。私、字がヘタクソでね。手紙、読みづらかったでしょう。どうしても取材しに来てもらいたかったので、差出人の名前を書かないで出すと、ちょっとミステリーっぽくなって、好奇心をそそるかなと思いましてね。幼稚臭いことをしてしまって、申し訳ありませんでした。本当にお恥ずかしい限りで・・・」
編集長と私は、まんまとこの人の手に乗ってしまったようだ。その手が幼稚臭いのなら、乗ってしまった私と編集長は・・・。イヤ、自己嫌悪にしばらく陥ってしまいそうなので、深く考えるのはよそう。
「あの手紙はあなたが書いたんですか」
「そうそう。そういえば自己紹介がまだでしたね。私はこの町の町長をしている佐藤という者です」
差し出された手を握り返すと、その手はすごく大きくて暖かかった。
出会う前から私達の特性を見抜いていたとは、首長の器を持っている人はさすがにスゴイ!と思う反面、タヌキの変身を見た後だったので、山や森を表す名前を期待したのだが、普通の苗字だったので、ちょっと拍子抜けした。
「あのぉ、それじゃぁ、とってもお聞きしにくいんですけど、あなたも、いえ、町長も変身なさっているんですか?」
「いえいえ。私は正真正銘、本物の人間ですよ。でも、そのことを知っておられるとは、さすが記者さんですな。手紙には一言も書いていなかったのに、情報をつかむのが早い」
大きく手を振ってリアクションするところなど、さすが人前で話をすることに慣れている人だ。人を惹きつけるオーラが強い。私は町長が人間であることに、何となくホッとしながら、
「いえ、この男の子が変身するところを偶然見かけたんです・・・」
と、男の子の肩に手を置いた。
「あぁ、奈々也か。お前、町外の人の前で変身したらビックリされるから、変身してはいけないって学校で教わらんかったか?」
「教わったけど、見られてるの知らんかったし」
奈々也と呼ばれた男の子は、プイッと横を向いた。
「い、いえ・・・。神社の駐車場に車を止めて町を見ていたら、たまたまこの子が森から出てきたんです。私達に気づいていたら、変身しなかったと思います。どうか叱らないであげてください」
私も慌てて弁解するが、町長は
「叱りはしません。むしろ説明する手間が省けてちょうど良かったと思っています。でも、それを見ても普通に受け入れる記者さん達が私は凄いと思いますよ。私は初めて知った時、腰が抜けて上手く喋れなかったですから。受け入れるのにも、しばらく時間がかかりましたしね」
と言って、大きな声で笑った。
町長と話している間に、ワゴン車に乗っていたお年寄り達は、それぞれの家に向かって歩き出しており、周りにはほとんど人がいなくなっていた。ワゴン車もお年寄りを家に送ってきた職員を待っている一台を除いて、施設に向かって坂道を戻って行った。
「まぁ、いろいろとゆっくり見てもらいたいモノがあるんで、どうぞ泊まっていってください。夕食の時に、また寄らせてもらいます。ご一緒しましょう」
町長はそう言うと、広場の向かい側にある旅館を指差し、私達を促した。
「神社の裏側に大きな温泉があるの。みんなそこから帰って来るんだよ」
男の子が言い終わらないうちに、ワゴン車の集団は町中の公園広場の前に次々に止まった。そして、ドアが開いて中から職員が降り、その後から数人のお年寄りが降りてきた。
「足元、気をつけてくださいね」
「ありがとさん。いつも優しいねぇ。嬉しいよ」
笑い声と共に元気な声が聞こえだした。急に町の時間が流れ出し、町全体が活気を取り戻したようだ。
その中の一人が、私達を見つけて笑顔で近寄ってきた。
「やぁやぁ、見かけないお顔の方がいらっしゃるが、ひょっとして出版社の記者さん達ではないですか?」
背丈はだいたい百七十センチくらいのがっちりとした体格をしている男性だ。オールバックにした髪の色がグレーでなかったら、四十代後半にしか見えず、とてもお年寄りとは言えないくらい若々しい。
「はい。社の方に、この町の方からお手紙を戴いたものですから・・・。あっ、私、加藤れいこと申します。そしてカメラマンの神林皓太です。どんな不思議なことがこの町にあるのか、取材させてもらいに来ました」
「元祖グラビアアイドルと同姓同名ですか。我々世代には、たまらなく懐かしい名前ですね。いや、これは失礼しました」
「覚えやすくて、なかなか忘れない名前だとよく言ってもらえます。こういう仕事をしていると、それもインパクトになりますから」
笑って返すが、耳にタコができるほどのやり取り。ずっと好きになれない名前だが、この言葉を繰り返すたびに、『そうか』と受け入れている自分に気付く。
「いやいや、魅力的なのは名前だけじゃないですよ」
優しい笑顔ではあるが、眼力のある眼差しでまっすぐに見つめられると、人見知り&口下手の私は、つい目を反らせてしまい、声も途切れがちになる。お世辞でも嬉しい。
「よく来てくださいました。私、字がヘタクソでね。手紙、読みづらかったでしょう。どうしても取材しに来てもらいたかったので、差出人の名前を書かないで出すと、ちょっとミステリーっぽくなって、好奇心をそそるかなと思いましてね。幼稚臭いことをしてしまって、申し訳ありませんでした。本当にお恥ずかしい限りで・・・」
編集長と私は、まんまとこの人の手に乗ってしまったようだ。その手が幼稚臭いのなら、乗ってしまった私と編集長は・・・。イヤ、自己嫌悪にしばらく陥ってしまいそうなので、深く考えるのはよそう。
「あの手紙はあなたが書いたんですか」
「そうそう。そういえば自己紹介がまだでしたね。私はこの町の町長をしている佐藤という者です」
差し出された手を握り返すと、その手はすごく大きくて暖かかった。
出会う前から私達の特性を見抜いていたとは、首長の器を持っている人はさすがにスゴイ!と思う反面、タヌキの変身を見た後だったので、山や森を表す名前を期待したのだが、普通の苗字だったので、ちょっと拍子抜けした。
「あのぉ、それじゃぁ、とってもお聞きしにくいんですけど、あなたも、いえ、町長も変身なさっているんですか?」
「いえいえ。私は正真正銘、本物の人間ですよ。でも、そのことを知っておられるとは、さすが記者さんですな。手紙には一言も書いていなかったのに、情報をつかむのが早い」
大きく手を振ってリアクションするところなど、さすが人前で話をすることに慣れている人だ。人を惹きつけるオーラが強い。私は町長が人間であることに、何となくホッとしながら、
「いえ、この男の子が変身するところを偶然見かけたんです・・・」
と、男の子の肩に手を置いた。
「あぁ、奈々也か。お前、町外の人の前で変身したらビックリされるから、変身してはいけないって学校で教わらんかったか?」
「教わったけど、見られてるの知らんかったし」
奈々也と呼ばれた男の子は、プイッと横を向いた。
「い、いえ・・・。神社の駐車場に車を止めて町を見ていたら、たまたまこの子が森から出てきたんです。私達に気づいていたら、変身しなかったと思います。どうか叱らないであげてください」
私も慌てて弁解するが、町長は
「叱りはしません。むしろ説明する手間が省けてちょうど良かったと思っています。でも、それを見ても普通に受け入れる記者さん達が私は凄いと思いますよ。私は初めて知った時、腰が抜けて上手く喋れなかったですから。受け入れるのにも、しばらく時間がかかりましたしね」
と言って、大きな声で笑った。
町長と話している間に、ワゴン車に乗っていたお年寄り達は、それぞれの家に向かって歩き出しており、周りにはほとんど人がいなくなっていた。ワゴン車もお年寄りを家に送ってきた職員を待っている一台を除いて、施設に向かって坂道を戻って行った。
「まぁ、いろいろとゆっくり見てもらいたいモノがあるんで、どうぞ泊まっていってください。夕食の時に、また寄らせてもらいます。ご一緒しましょう」
町長はそう言うと、広場の向かい側にある旅館を指差し、私達を促した。
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