乙女ゲームやったことないのに悪役令嬢だそうでスルーした所

宝子

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9 たまにシリアスぶると全てがお笑いになる

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 学院の廊下を、リヴィとメルが連れ立って歩いて行く。



 二人が着ているのは、黒っぽい紫色のセーラーのワンピース。襟は真っ白で、かなり幅広い。

 左胸の心臓の上に、王室の印章として星を先端につけた十字架の印。さらに、リヴィは、グランドン公爵家として王室を支えているという意味で、その右側に赤いピンをつけていた。

 メルの方は、「赤」ほど階級は上ではない。しかしちゃっかりと貴族ではあるわけなので、紫がかった赤いピンをつけていた。

 どちらも、星の模様がついている。



 二人が廊下を歩いて行くと、自然と他の生徒が道をあける。

 それは、二人とも、押しも押されぬ王室に継ぐ地位を持つグランドンの令嬢だからだ--というだけではない。



 ゲーム補正。

 リヴィは本来なら、オリヴィア・グランドンという悪役令嬢なのである。

 国中の地雷を踏みまくったあげくに、王太子妃を苛めたという咎で、ラストではギロチン送りに行くような十代なのだ。

 そしてアメリアはそのおとりまき(血縁)。



 このケースでは、アメリアがたまたま、悪役令嬢マニアの小説家志望であったため、ストーリーの正規ルートの回避手段をたくさん持っていたため、オリヴィアの悪評が、最悪レベルになる事はなんとか避けていた。



 むしろ、アメリアは、オリヴィアの鉄拳制裁を与えるレベルで彼女を鍛え上げ、自分もステータスアップに血道を上げたおかげで、二人とも、学院を引っ張っていける程度の実力はある。

 それでもかかってくるのがゲーム補正だ。



 二人の事、特にお水のようにケバイ顔のオリヴィアをひそひそ言いながらこちらを見てくる男子もいれば、その男子に対してイケスカナイという表情を見せる女子もいて、なかなか混迷を呈した評判を持っているのがグランドン姉妹なのである。



 しかし、リヴィにしろ、メルにしろ、今更そんなことをいちいち気にするような性格でもなかった。そんなことより、二人の話題は、目下、フロリーストームとその解決手段である。



「大聖堂をぶっ飛ばす勢いじゃあ、放置する訳にもいかないよね」

 そう言って、リヴィもようやく重い腰を上げたのであった。はっきり言って、農作業に関しては滅茶苦茶フットワークが軽いのだが、他の事に興味を示すなど、彼女に限ってはありえないレベルである。



「そうよね。かといって、私達に本当に出来る事、あると思う?」

 メルも、リヴィと一緒に、フロリーストームを止めようという意見に関しては完全に同意している。しかし、まだ学生の自分達が、王室の事にくちばしを挟んでいいのかという事を危惧していた。



「そこは、この間、聞いた話でさ……」

「え、何よ?」

「ピート先生に、話を聞きに行かない?」

「うん、分かる。それはいいけど、ちょっと……」



 リヴィが、最近、訪問したピートの事に関して思い出したのは当然の流れだった。何しろ、それこそフロリーストームから逃げたところで、避難先に利用したピートの研究室。そこでフロリーの魔力漏れの秘密を聞いたばかりだったのだ。

 近い日程で行われた、あっちとそっちが、単純にリヴィの頭の中でつながったのは、自然の成り行きであった。



「少し、黙りなさいよ」

「はい?」

 メルの目配せに対して、リヴィは、目をぱちくりさせた。



 そのとき、リヴィと同様に、赤いピンをつけた少女が、ぶつかりそうな勢いで突っ込んで来た。

 リヴィが農作業で鍛えた足で自然と避けるが、すれちがいざまに、彼女が言った。



「また変な輩がわいていますわよ。お気をつけになって」

 ふわりといい匂いをさせながら、彼女はそう告げ、まるで威嚇するように足音高く去っていた。

 グランドン家に対抗するカーライル伯爵家の令嬢、ミネルヴァ・カーライルである。



 そのミネルヴァの剥き出しに敵意に対して、見ていた令嬢達が肩を竦めて、別の意味でのひそひそを始めた。まあた公爵家と伯爵家が争ってますわよ……。妬みって怖いですわね……。



(ゲームがゲームになってないんだよねえ……)

 メルが苦笑いしながらそう言った。

 そうなのだ。

 ミネルヴァ・カーライルは、むしろ、王太子妃フローレンスの参謀クラスの令嬢なのだが、グランドン姉妹が一生懸命、ステータスageをしていたら目に止まってしまったらしく、高等部に入ったぐらいから、こうして、威嚇するふりをしながら敵に塩を渡すように情報を渡すようになってきた。



 周辺の普通の少年少女から見れば、王太子陣営の幹部が、リヴィに威嚇行動を行ったようにしか見えないのだが、内情はこんな感じである。



(やらせ試合というのも違うし、これどうすりゃいいの?)

 メルがリヴィにささやいた。

(私、乙女ゲームやらないから分からない。そんなことより鯖缶喰いたい。そして農園やりたいわ)

 リヴィは、遠い目になりながらそう言った。



(ところで、妙な輩って、なんだろう?)

 リヴィが小首を傾げてそう言った。

 お水顔が小首を傾げると、まあ危険ないやらしさが満ちるのだが、メルに対しては何の威力もなかった。



(だからあ……)

 メルは軽い目眩を感じて額を抑えながら、言った。

(何回も説明したじゃない! ゲームのオリヴィアの基礎設定! そのお前が、色気のある吸血鬼教員の話題をしたから、みんなヤバイと思ったんだよ!)

(はい? なんで?)

 リヴィは相変わらず、ズレた反応を返しながら、メルに真顔で言った。



「フロリーストームがおさまればいいって話で、なんで私のケバイ顔が関係してくるの。私のケバイ顔を整形したら、フロリーストームが綺麗に解決されるわけ? それなら別に整形したっていいけどさ、そうすると今度は公爵家の令嬢が整形なんてって、うるさい奴は言う訳でしょ?」

「そ、そりゃ……」

「何をしたって言う奴は言うんだから、放置でいいよ。そんなことより、フロリーストームなんとかしよう」



「……お前って本当にかわいいわあ……」

 メルがつくづくとそう言った。

「?」

 リヴィは全く訳が分からなかった。







 そういう訳で、二人は、昼休みの間に大急ぎで、研究棟を訪問した。



 このときばかりは、リヴィの方も、眉間に小さな皺を刻んだ状態で、変態は七難隠すとか訳の分からない事を言ったりはしなかった。流石に同じ間違いを二度やったら、今度は定規で叩かれるじゃすまないだろう。



 メルはメルで、ミネルヴァからの密告の事を気にして、眉間に物凄い縦皺を作りながら歩いていた。

(自覚がないから反省しないのか、反省しないのか自覚がないのか、本当微妙)

 メルは幼い頃から、近くで見ているので、リヴィがどういう娘なのかはある程度把握しているつもりだ。



 リヴィは、ピートの事を恐がってるし、それは見ていれば良く判る話である。

 ついでに言うなら、そんなに恐いなら、なんでそこでそれを言う、みたいな行動が異常に多い。

(懐いてるんだわ)

 簡単に言うと、そういうことだ。



 リヴィは、叩かれるとすぐに涙目になって、ぐずつくが、そのわりに、あっけらかんとしているので、好きな事に関しては全く譲らないところがある。変なところで頑固なのである。

 そして、その、一回頑固モードになったら、動かせる人物は本当にごく僅かで、酷い時には公爵である親の言う事に逆らってもビニールハウスを維持しようとするような変な子どもなのだ。



 そのリヴィを「動かせる」のが、メルをのぞいてはブライアンと、残るはピートだけと周囲には認識されている。

 血縁で常に密着しているメルとブライアンが、リヴィの頑固を解く事が出来るのは、自然に理解された。だが、周りが思うのは、「なんでそこでピート先生? 魔族でしょ?」という難題である。

 親や校長の言う事に従わなくても、ピートの言う事は素直にきくというのが、凄く変に見え、そこで、「ゲーム補正」が入ったのだ。お水だケバイだ淫婦だ言われていたゲームの酷い設定と、「なんでか懐いたピート先生」の設定がくっついて、現在、そりゃもう無理難題としか言えないのがこの一件なのである。



 メルはよく知っているのだが、そんなゲームの設定と、現実のリヴィは関係がない。

 はっきり言って、異性問題に関するリヴィの評価はメルの中ではこの一言につきる。



 チ キ ン 。







(お前の頭は兄貴と先生で止まってる。それ以上は百年早いわ)

 捕捉するなら ↑ でしかなかった。

 メルは腕を組んで首を傾げた。

(いやあ、百年早いんだか、十年遅いんだか、どっちだろうなあ。どっちにしろ、8歳児がお兄ちゃんに懐いてまとわりついたり、学校の恐い(そして見た目若い)先生に憧れて懐いたりするのと、どう違うんだかよくわかんない。消防厨房だったら甘甘ジレジレにモダモダするかもしれないが、工房以上になったらちょっと無理あるだろ)



 さらにメルは小説家志望として分析した。

(いや、私も悪かったんだけどね。……リヴィが農園に夢中になっていることをいいことに、そんな浮ついた話がPOPしたが最後、リヴィの方を鉄拳制裁でシバキ倒して、野郎に目が向かないように仕向けてきたから。だから、こいつ、農園作り始めた段階で、そっち方面が消防のまんま止まっているんだよね……そこは私も失敗したわ……だけど、このケバイ顔で、まだゲーム補正を転覆しきれていないまんま、色気づかれちゃ困るしさあ。本当にどうしたらいいんだろう……)



 ちなみに、メルのそのへんの評価はこうである。

 何しろステータスageの鬼。



「男ですか……? ハッ!」

 鼻で笑い飛ばす。そういう意味では悪役令嬢だ。

 何しろ、既にステータスageの快感に開眼しているため、むしろ、自分よりも高レベルの異性をステータスageで追い抜く事に発奮し、そういう対象として見る事が出来ない。

 その結果、ついた評価が「サービス精神のあるドS」。そういう意味で、メルの方に隠れ萌えマニアが一部ついているぐらいなのであった。



 ついでにいうなら、人の見ていないところでは、アメリアとミネルヴァは、「メル」「ミファ」と呼び合う程度の距離感である。リヴィの方は、フロリーに懐かれているということがあって、状況が混迷しているため、それほどではないが。



 そしてリヴィ本人、どうやら、自分が、ピートにはよく懐いているという自覚がほとんどないようであった。本人は、ぶっちゃけ、ピートを恐がっていると思い込んでいるようなのだ。自分のことなのに。



(いやあ、もう、背中かいーわぁ……)

 本当に背中かきたくて仕方ないアメリアであった。



 一度、言った事がある。

「だってお前、めっっっっっちゃ、ピート先生の事好きじゃない!」



 そのときのリヴィの返しを、メルは未だに忘れていない。



「だって鯖缶は食べ物だもの!」

「……は?」

「鯖缶の事が凄く好きなのと、鯖缶のためなら死ねるっていうのは違うでしょ!!」



 そこでメルもひかなかった。



「じゃあ、お前、鯖缶のために死ねよ!」

「それじゃあ、メルも、スコーンのために死になさいよね!!!」



 そのまま論理が脱線し、最終的に、深夜の二時半を過ぎた頃になって、「メルはレーズンと胡桃の入ったスコーンのためなら死ねる」という話になって、そこで力つき、二人とも同じベッドで寝た。変な意味ではない。







 そんな事をミファのおかげでつくづくと思い出してしまったメルは、刻印のように眉間に縦皺を刻みつけ、研究室を訪れたのであった。

 そこで、リヴィの方を振り返ると、リヴィは常の、実にぼんやーりとした、気の抜けた表情で、いつ横にすっころんでもいいような足取りで、ふわふわ歩いているのであった。

 一瞬、足を引っかけてやろうかと思ったが、後が面倒臭いのでやめた。





「ピート先生、先日聞いた、フロリーストームの事でおうかがいしたいことが……」

 珍しく、メルがいるのに、リヴィの方が先に口を開いたのだった。



 それぐらい、フロリーの事が気にかかっているのかと、メルは驚いた。



「フロリー?」

 ちょうど、書見台を広げて分厚い本を読んでいたピートは、振り返るのもおっくうそうにしながら、そう言った。



「あ……お聞きしていませんか、大聖堂での事件を。そういうぐらいに、フロリーストームが成長してしまって……」



 遠慮がちなリヴィを、メルがそう捕捉したので、ピートは嫌そうに、それでもしっかりと振り返ったのだった。



 そこでほっとしたのか、リヴィが言い出した。



「フロリーストームの騒動は、これ以上は、長引かせる事は出来ないでしょう。私、公爵家の一員として、メルやおにいちゃ……兄と一緒に、ストームの原因をもっとよく知りたくて」



 それに対してピートはにべもなかった。



「王族の問題に、学生が口出しをしていいことはない。ブライアンでさえ、しりぞいているところで、妹や従妹が勝手に動くな。黙ってなさい」



 きっぱりと言われてしまい、思わずメルの方がたじろいだ。



 実際問題、誰に言われた訳でもなく、リヴィとメルがほぼ独断で動き出したのである。



 公爵夫婦が言い出して、舵を取っているのならともかく、確かに、しがない学生の二人が勝手な行動をして、もしものことがあったらどうなるか、分からないのだ。



「でも!」



 そこで、珍しく、恐がりのリヴィが反論した。



「こんな状態じゃ、フロリーが可哀想です! フロリーに巻き込まれる周囲だって大変だけど、一番、悩んでいるのは本人なんですよ!」







「根拠は?」

 ぱたんと本を閉じて、ピートがそう尋ねて来た。

 リヴィは一瞬、怯んだが、なんとか唇をこじあけた。



「……大聖堂で、おなかが痛いって言っていて……」

 そのときのことを、リヴィは思い返しながら言った。

 具合が悪そうだと思った時に、聞かなかった自分が悪いとも感じていた。



 顔色が悪いフロリーに気を遣って、屋台から色々買い物をして準備して、勇気づけた時、彼女はとても嬉しそうだった。

 そのあと、珍しく、長い時間フロリーの話を聞いてみたら、自然とストームはおさまった。

 その因果関係は、リヴィにもさっぱり分からない。



 だが、そのあと、ノアに、おなかが痛かったと打ち明けたのを聞いて,一番仰天したのはリヴィである。おなかがいたいのに、お姫様が屋台のサンドイッチなんてものを食べて……とも思った。







 おなかが痛くなるほど悩むのも、それでもリヴィが気遣って準備してくれたらサンドイッチでも食べちゃうのも、それがフロリーの性格なのだろう。





 そういうフロリーが、フロリーストームのために騒動を起こしたり、それで周囲に被害を出してしまうのは、いくらなんでも可哀想だと思ったし、なんとかしてあげたいと本当に考えたのだ。







「ストームが起こったら、おなかがいたくなるほど、苦しんで悩んでるんですよ、フロリーは」

(サンドイッチもなんでも食っちゃうけどな)

 脇でメルが囁いた。そういうことかと、合点がいったのだ。





 そのメルの話し声が地獄耳に聞こえたのだろうか。



「何様だ!」

 ピートは怒ったらしかった。



「学生で、単位を落とすようなうっかりモノのお前が、魔力漏れなんて、秘密事項に対して何が出来ると思っているんだ! でしゃばるのもいいいかげんにしなさい!」



 パンっと定規を自分の掌で打ち鳴らして、ピートは怒鳴った。



「それも相手は王族! 王族の機密に、公爵家とはいえ、頭に草がはえているようなうっかり学生が何が出来るのか!? 結局は、何も出来なかったら隣にいるおとりまきに尻ぬぐいでもさせるのか!? 自分の身の程を弁えなさい! フロリーストームに対して、お前が出来る事は何もない、家に引っ込んで、宿題の予習復習をしていなさい!」



「せ、先生。何もそこまで怒らなくても」



 思わずメルが止めに入った。

 ピートがドSな事は知っているが、そこまで言われたらリヴィだって形無しだ。



「それで今、王家は何をしているんですか?」

 きっとなって、なんとリヴィが反論した。



「王族が、何もしないなら、そこをぶっ殺されても踏み込んで、サポートするために公爵家があるんです!!」



 ピートは一瞬、黙りこくった。

 そこで間合いを読んだかのように、リヴィが畳みかけた。

 無論、本人、天然である。ただ言いたい事を言っているだけにすぎない。



「この間の大聖堂の時に、ノアもブライアンも、大聖堂の修復はしたけれど、フロリーの事はほったらかしだったんですよ! もしかして何か気遣いがあったのかもしれないけど……私の見ている限りでは、フロリーは真っ青になって震えていた!」



 リヴィは、そのときまで、フロリーがいつも笑っているので気がつかなかったのだ。

 本人が、フロリーストームの事で、どれだけ悩んでいるのかを。素直にふんわりと振る舞っているようで、本当は、辛くて仕方なかったのだろう。



「……私はフロリーに何もしてあげられなかったし、何かしてあげたいって思うから。そしてそれが、一番いいことだと思う……けど……」

 次第に、語尾が濁ってしまうのは、彼女の若さであった。



「……お前、ふざけるなよ?」

 低く押し殺している声で、ピートはそう言った。

 そう言いながら、立ち上がる。



 びくううううっっと身を竦めたのは女学生二人である。



(ち、ち、血を吸われる……たりしたら、どうするっ、どうするっ!?)

(せ、先生、マジギレした!?)

 二人して身を寄せ合い手を取り合い、思いっきりドアの方に飛びすさって、当然、ドアに頭をぶつけてよろめいた。



 その様子をじろりと見やるピートであった。



 虚ろに笑うリヴィと、あからさまな作り笑いで「敵意ないですよ」をアピるメル。



 その二人をさらに冷ややかに横目でみやり、ピートは本棚の方に向かって行った。



(あ、あれ?)



 くれてやったのは、「放置」であった。







 そのまま、本棚から、メルにもわかんなそうな本を、選ぶかのように一冊一冊手に取るピート。

 何しろ、「吸血鬼っていったら血の話題でもしていれば」的な安直な発想のメルとは格が違うのである。



 時折、軽くページに息を吹きかけて埃を払いながら、ピートは入念に書籍を選び始めた。



 リヴィは、そんな様子にさえ明らかにびくびくして、ドアに張り付きそうになっている。



(リヴィ、さっきの強気さはなんだったのよ)



(だってそう思ったから!)



(思ったから言っちゃったの?)



(だってそう思ったから!)



(大事な事だから二度言ったの?)



(そんなのわかんない!)



 メルは、どうしたもんだかと、従姉、これでも一つ年上の娘を見やっていた。



(こいつ、好きな相手が何かにびびっているように見えたり、間違った判断していると思ったら、許せないタイプだな。好きな相手は、癒やしてやりたいもんだけど、同じぐらい、かっこよくしていて欲しいっていう、なんかアレなのがあるんだろ)



 内心そんなことは思う訳だが、それをいちいち口に出すのは控えた。何しろ、ピート本人の前で、従妹とはいえ他人であるメルが、口を挟むのはよくない。



 一方、リヴィの方はリヴィの方で全く違う事を考えていた。



(いつまでも、お兄ちゃんや先生の言う事を聞いてばかりいられないっ、こうと思ったら、ちゃんと言う事は言わなきゃ!)



 要するに、本人の自立の問題である。

 基本的には、「好きな事に関しては譲らない」のだが、「どうでもいいと思ったら、投げやり」、「他人のことまで考えてられない」という、公爵家としては非常に悪い頭の癖があり、その傾向が強かったのだ。それを本人も、大聖堂の事件でさすがに自覚したのだろう。



(周りがやりたいようにすればいいじゃない)

 ではなくて、多少なりと、自分から動いて、言うべきを言おうとしたのであった。



 そういうリヴィの内心の真実は、いかな、親友のメルであったとしても、簡単にうかがい知れるものではない。だからこそ、メルに対してもそういうことは言ってなかった。



「俺の予測だがな……」





 そこで、数冊の厳選された参考書を持って来て、ピートが机の上に置いたので、リヴィとメルは恐る恐る机の隣に近寄っていった。



「魔力漏れの原理は分かるか?」



 ピートが冷静に確認を取った。

 リヴィもメルも、そうしたことに関しては、ただの学生である。

 ふるふると首をふるしかないのであった。



「人間の体には、霊素という霊的コーティングがされていて、個体の魔力はその中に封じられる。例外なくな。だが、フローレンス姫は、その例外なんだ」



「例外……?」



「魔力が、本来、黄金律や因果律といった、この世の法則を動かしてしまうほどの、危険なエネルギーであることは、論を待たない。それを、霊素が受け止めて、体の内部に中和しながら封印する形になっている。お前たちが、そうしてごく普通に生きてられていて、通常の生活が送れるのも、”霊素が体の中にある魔力を漏らさない”。そういう根本的な原理があるからだ」



 二人は黙って耳を澄まして話を聞いていた。



「本来なら、大学部からの授業で教わる事だから、お前達が知らないのは無理もない。それを気に病む必要はないからな」



 ちなみに、クインドルガでの義務教育は高等部までだ。つまり、貴族階級以上の必須とされる大学部の講義で教わるということは……、普通は知る必要がないことと、政治が決めているということだ。



「ドラモンド王家は、恐らく、魔力が高いという他に、遺伝的にこの霊素が通常よりも体に多く閉じ込められる体質なのだろう。それを突出するほど、フローレンス姫は、持って生まれた魔力が高いんだ。魔力を削るか、あるいは、霊素という、人知を越えた元素を作り上げて、補填するか、そのどちらかしかないと、俺は判断している」



「そんなの絶対、無理に決まっているじゃないですか!」



 思わず、メルは叫んでいた。



 本人が持って生まれた魔力を削り落とすなんて話は聞いた事がない。



 ましてや、霊素などと、今日初めて聞いた元素の事で、学生の身分のリヴィやメルが開発する、あるいはどこかから持ってくるなどと、出来るはずがない。



「そうだ。だから、俺は、関わるなと言ったんだ」



 ピートは冷ややかであった。



「そして、俺は本来魔族だからな。人間の王族の話など、知らんのよ」



 吸血鬼でありながら、冷血とも言える表情を見せつけられて、リヴィは、背筋が寒くなるのを覚えた。



「それでも、やりたいと言うんなら、やってみればいいだろう。お前の純粋さや、ひたむきな決意だけで、何か結果を出せるというんなら」







 リヴィは涙をこらえて、ピートの無表情を見上げた。

 一度言い出した事は換えられないと思った。だが今更、泣いている場合でもないだろう。



「俺は王族とは無関係だぞ」



 黙っているリヴィに対して、ピートは念を押した。



「私がやるって言いました」

 それに対して、リヴィはそう答えた。



「一人でやる必要は、ないでしょ」

 メルが淡く笑いながらそう言った。



「みんな、いるよ」

 優しく声をかけてみるが、反応は、悪かった。

「……」



 リヴィはそれ以上は何も言わなかった。



 この先、フローレンス姫の真実にたどり着ける人間が、何人いるのだろうか?

 この状態のフローレンスについて、オリヴィアが関われば、きっと、ろくなことにはならないのだろう。それを、分かっているから、「大人」のピートは関わらないと決めたのだ。



 リヴィには農園をやりたい、カフェをやりたいという夢がある。

 そのために、ルールを犯しても、ひたむきに頑張って来た。

 その夢のために、ノアやブライアンや、メルだって、陰ひなたなく力を貸してくれたのだ。



 それでもやりたいのか、と言われたら、リヴィだって分からない。



(一人でやった方がいいんだろうな)

 リヴィはそう思うが、それとは別に、色々な事を考えていた。

 ピートが関わろうとしないという時点で、色々な事が分かったのだった。



 きっと、今、世界中から突き放されたように感じたこの言葉が、この一場面が、実に甘くて美しい夢のように、思い出される日が来るだろう。



 そういうことが分かったから、メルにも何も言わなかった。





「何考えてるのよ……」

 メルが、肘を肘で突いてそう言った。



「ううん」

「私は分かってるんだから、あんたのことが」



 リヴィは、笑っていた。

 相手を子どもだと思って、そういう事をしてしまう時点で、メルも決して大人じゃないんだろうと、そう感じた。
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