乙女ゲームやったことないのに悪役令嬢だそうでスルーした所

宝子

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「俺の世界一の生徒」

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 グランドン姉妹と言ったところで、オリヴィア・グランドンとアメリア・グランドンは、母親が姉妹同士という従姉妹の関係である。

 しかし、母親同士が仲の良い姉妹だったせいだろう(魔族達はゲームの事など何も知らない)、リヴィとメルは非常に緊密な関係で、実際の姉妹以上に濃い関係のようにピートには見えていた。



 大ボケで天然属性のリヴィに対して、しっかり者で能力の高いメルが、年下ながらもリードしているような関係は、長年教員をやっているピートにとってはそれほど珍しい事でもなかった。

 そのへんの女性心理の深いところまでは理解出来ないが、なんだかんだでワンセットであることぐらいは承知の上である。



「……グランドンのリヴィ、……失礼、オリヴィアの方が、珍しく、自分から行動を起こしたので驚きですよ。普段は、アメリアの方が行動派で発言力も高いんですがね」



 老マティアスは黙って顎を引き、ピートの話の続きを促した。



「オリヴィアは公爵家の令嬢でありながら、魔族と交流を持つ事を恐れもしないし差別心もありません。どうも生まれつき、価値観がクインドルガ貴族としてズレているようなんですが、本人そのことに気がついていながら直しもしない。当然、俺に対しても、変になれなれしいというか、他の学生と違って、無理解の視線を向けてこないんですね」

「うむ」

 それはピートの口から何度か説明を受けた事であった。

 確かに珍しい令嬢だと老マティアスも思う。



 グランドン公爵家は、先に語った神話の時代に、光ライエルに付き従った五組の技能者集団の筆頭である。

 具体的に言うと、技能者集団には地・水・火・風・空の五つの象徴とそれに応じた因子が振り分けられている。その中でグランドンはground--地--足下を固める大地、事実の根拠、中心基盤、そういうものを表していた。故に筆頭なのである。



 他の水・火・風・空もまた、公爵家の名と地位は持っているものの、グランドン家が筆頭である事は神代から変わらない。

 当然ながら、王室に継ぐ地位にあり、兄がいるとは言え長女が、何の警戒心もなく魔族に近づくというのは、ありえないことであった。

 そのため、老マティアスも特別、興味を惹かれたのである。



 彼は、神話が語り継がれる間、長きに渡って魔族の顔役(半神)として、王室と政治的に渡り合ってきた人物である。

(このオリヴィアという令嬢が、我々の願う恒久平和に興味を持ち、話だけでも聞いてくれればな……)

 そんな想いがよぎったところで、何の不自然があろうか。

 聞けば、相当に頭がキレて、強気でレベルの高い妹分もいるという。機会さえあれば実際に会ってどんな少女か鑑定してみたいぐらいだった。



「まあ、そのせいなんでしょうが、この間の大聖堂の事件があった後に、俺に突撃してきまして……」

「突撃?」

 老マティアスはぴくりと馬の耳を動かした。

 老マティアスは神話の時代の常識がまだ身に染みついている。彼にとっては、女性の適齢期は16~20歳頃。そして日頃から、役割上、人間関係に非常に敏感な性質であった。



 ピートは少々、戸惑いを明らかにした。

 その後、むっとしたように顔を強張らせた。

「寝込みを襲われた訳ではありません。大聖堂の事件があったから、寝込みを襲うというのは文法的におかしいでしょう」

「いや……」

「大聖堂の事件を気にして、フローレンス姫のフロリーストームを自分達で何とかしたいと言い出したんですよ。全く、あのじゃじゃ馬が」



「ほう……」

 老マティアスは目に愛すべき光を宿した。

 彼にとっては、全く面白い話であった。



「無論、リヴィが来るからにはワンセットのメルも一緒です。二人で俺にたてつくようにして」

「たてつく?」

「たてつくというのは語弊があるか……俺が、いくら筆頭グランドン家といえども、せいぜいが高等部学生の分際で、王室の機密情報に関わるようなことをすれば、どうなるか分からないのかと叱っても、全くひかないんです。リヴィは涙目になってましたがね」



「魔族で教員のピエトロに叱られてるのに、一歩もひかなかったのか?」

 流石にそれは意外で、老マティアスは目を瞬いた。



 ピートは意外な話でも何でもないので頷いた。

 彼にしては機嫌の悪そうな、いわばふてくされたような表情であった。



「まあ、高等部の女学生だ。魔族のピエトロに本気で叱られたら、そりゃ、泣くだろう。涙ながらにフロリーストームを何とかしたいと言ったんだな」

「王室が間違いを犯さないためにグランドン家があるのだと。偉そうに胸を張ってそう言ってましたよ」

「泣きながら?」

「泣きながら」



 そのあと、魔族二人は、顔を見合わせて、思わず噴き出した。

 魔族からしてみれば、公爵令嬢とはいえ、人間の小娘など、小指の先で潰せるような存在である。それが、怒りを買ってしまって怖いものだから、泣く泣く、それでも楯突いてくる様子は、おかしいに決まっていた。



「協力してやればいいじゃないか」

 しばらくくすくす笑った後に、老マティアスはそうすすめた。



「嫌ですよ。俺は、王室の雇い人なんですから」

 すげなくピートは断った。



「うん。ピエトロの立場は分かるけどね……」

 老マティアスは軽く咳払いをした。

 腹の内では色々考えていたが、本人を前に話せるような事ではなかった。



「しかしまあ、グダグダ言うのはやめておきますが、俺も、今度の収穫祭の儀礼に参加する以上は、フロリーストームの事が気になるんです。祭の最中に暴走されたら、俺にまで被害が及ぶ」

「まあ、そりゃそうだろう。フロリーストームは、本人に制御出来ないからストームな訳で……」

「俺は自分の身ぐらい自分で何とか出来ますが、面倒に関わるのはごめんです。その上、儀礼の最中に参加者に被害が出たら、俺が責任追及されてしまうかもしれない。そのへんは、雇い人なんて、ご想像の通りなんですよ……」

 ピートは弱ったと言うように、軽く頭を振った。



「だろうなあ」

 老マティアスはよく分かったというように、相づちを打った。



「そういう訳で、先程、軽く触れていた、霊素の事でちょっと……話を聞きたいんですが」「んー……」

 そういう段取りで切り出してきたピートに対して、大ピエトロの縁故は、歯切れの悪い反応を返した。



「オリヴィア姫達の方には、霊素の事で何か伝えたのか?」

 老マティアスは、まずそれを確認した。

「大学部で教えるような霊素の基礎については、書籍などの資料を渡しましたが、それが何か?」

「収穫祭には公爵家も当然来るだろう。元々暴走しがちの姫達だ。妙な事をしなけりゃいいと思って」



「姫……」

 ピートは、一瞬、気が遠くなったような表情をして、天井を仰いだ。

 そうなのだ。

 よくよくよくよく考えてみると、神話の時代から国王家に仕えてきた由緒ある公爵家の娘二人。姫と言えば姫に決まっているのである。

 しかし、オリヴィアにしろ、アメリアにしろ、万人が思い描くような”姫”のイメージからは程遠い。今までの被害の事を考えれば、ピートが気が遠くなるのも無理はなかった。



「ピエトロの話を聞いただけでも、能力は高いだろうし、気も強い。特に妹分の方ははっきりしたところがあるようだし、収穫祭の時にも、上ずった行動を取らないように見ていてやらないといけないかもな」

「……」

 ピートは何も言わなかったが、両腕を組んでまた天井を仰いでしまった。



「そうですね。霊素の問題は、人間のキャパシティを考えれば、簡単にいじったり手術したりというわけにはいかない。そう思って、あえて少し難しめのテキストを渡しましたが、あの二人の事だから……」

「レベルが高めの問題を渡されると、逆に燃え上がる可能性もあるぞ」

「……全く、その通りです」

 ピートは難渋の表情を見せた。リヴィとメルが苦労しているのは、「初級者」ではなく、「やや難易度高め」のテキストをいきなり読み込む羽目になったからである。

 さすが、ドSのピート。リヴィ達を止めようとしたものだから、容赦の無い仕打ちである。



 そして、ドS耐性がついているリヴィ達の方は、それでも挫けず、猛スピードで読み込み追撃を開始しているところであった。そこまではピートも知らないのだが。



「王室の方も、フロリーストームの方に何の対応もせずに収穫祭に出すとは考えづらい。しかし、人間の浅知恵で、霊素異常の人間を下手に触ると、どんな事件が起こるか分からない。霊素異常の人間にも色々あるが、フローレンス姫の異常性は、霊素と魔力のかみ合いというだけではなく……確かに突出して、魔力が高すぎるようだしな」

「霊素を介さずに、直接、魔力や生命力の高エネルギーに触れると、一体どんな爆発事故が起こるか分からない、そのことは、研究課題で知っています」

 昔、実際に事故に遭遇した事があるのだろうか、ピートは真剣な面持ちであった。



「高い魔力を中和するには高質の霊素というのが一般常識だが、その霊素をどうするつもりなんだろうな。人工的に生み出す事は魔族の技術でも難しい。人類の手段となると……我々魔族のやり方だと、どうしても、霊素を変質させる事になる。霊素変質は我々魔族でも滅多に使い手のいない高等技術だし、……うん。ドラモンド王家にツテがあるとは聞いた事がないが」

「しかし、逆に考えると、ドラモンド王家ぐらいの高魔力の血統でなければ、霊素変質の魔道は使えない。つまり、groundのグランドン家であるとしても、リヴィ達には現時点で手出しのしようがないと言う事です」



 ピートがスッパリと切り捨ててしまった。

 老マティアスはしぶしぶというように頷いた。

 何やら、リヴィに期待している様子でもあった。



「だが……オリヴィア姫は、どうやら、おかしな事に魔族と相性がいいらしい。誰か、勝手に教えているかもしれないな」

「はい!?」

 ピートが声を裏返した。

 そして、すかさず気がついた。

 リヴィが学院の幼等部の時代から、一緒に農作業をして勝手に畑作っていた魔族がいることを。

 雇い人ではない魔族の通称で名無しと名乗っていたが、そいつがなにか変なちょっかいを出してくるかもしれない。



「ありうる話だろう。オリヴィア姫もアメリア姫も、常識にとらわれず差別心がないという時点で、我々魔族には好相性だ。まして公爵家の人間となれば、血筋もよければ育ちもよく、見てくれも決して悪くない。ピエトロが思っているほど無理難題ではないぞ」



「……言われてみれば、そうですね」

 今度はピートが渋々認めるしかなかった。



 ピートと名無しは、個人主義の魔族の中ではまだしも交流があるし、お互いに好感は持っていた。だが、名無しが身分を隠している上に、ピートが魔族でありながら王室の手から食べているという関係性では、なかなか微妙な空気が漂ってしまい、今のところ、腹を割って話し合うような事はない。単純に、リヴィを通じて「公爵令嬢を健全に育てる共同戦線」みたいなものを張っているだけである。



(名無し……奴がどう動いているか、後で確認してみないとな……)

 ピートは自分の見落としに軽く唇を噛んでいた。



「そういえば、収穫祭の恩寵リードオブの姫ミディアムは、”天の花嫁”の伝統に沿っていると思うんだが、フローレンス姫は恐らく花嫁衣装を着るんだろうな。ノア王子の前で。うん」

 魔族でありながら、老マティアスは、”若い二人はめでたいのう”とでも言いそうな表情になって、実に好々爺といった風情である。



「花嫁衣装。言われてみれば。舞姫の衣装を着るんですが、確かに、真っ白で花冠をつけて、長いベールを垂らして、”天の花嫁””六月女王”にそっくりですね。花嫁衣装が、舞を踊りやすいように変形したというか……手足が動きやすいように改造されたウェディングドレスみたいな感じです」

「なるほど。俺は、森に引っ込んで長いからな。最後に恩寵リードオブの姫ミディアムを直接見たのは、もう三百年も昔だ。今はそういう形になっているのか」

 老マティアスは、話の流れからいっても、フローレンス姫の情報には敏感のようであった。



「恩寵の姫のリードは、葦リードで、昔は湿地帯、延々と広がる葦の原の豊饒、美しい命の水と、土地の恵みを顕しているんだ。その頃から、比べると、花嫁衣装もだいぶ変わってきているようだが、純白と花冠は変わらないようだな」



「リードオブミディアムは、葦の巫女、という意味ですからね。豊かな大地の恵みの巫女と言う訳で、収穫祭には本当に相応しい。マリーベルの薔薇が、神代には葦で顕されていたということか……」

 老マティアスの昔話に対して、ピートは相づちを打ちながら聞いた。



「そうだな。この三千年で、土地の性質も変わってきている。かつての沼地は埋め立てられて、人の浸食が続いた。畑も改良されてきている。それでも、変わらないものはある。人間が生きているように、土地も生きている。生きていれば変わっていくものだ」

「生きるという事は変化を続けるということ、結局、そうなりますね」

 しみじみと言う老マティアスに、ピートは共感した。



「そういえば、葦の(リードオブ)巫女ミディアムは、”天の花嫁”と同様に、三人一組で行動するものだが、フローレンス姫の他二人は、どうなった。イザベラ姫は、縁談で交代する事になったと聞いたが」

「……それが」



 ピートは、不機嫌と躊躇を程よくいれまぜ、フォークの先で山盛りレタスをつつき回しながら言った。



「例の、オリヴィアとアメリアですよ。今話題の中心になっていた」

「……なんと」

 これには、老マティアスも絶句した。

 トラブルメーカーと名高いグランドン姉妹が、それも、フローレンス姫のフロリーストームを自力で直そうという無謀さを見せる姉妹が、恩寵リードオブの姫ミディアムに決定。



「前に話しました通り、ブライアン・グランドンも、グランドン家と妹に関してはくせ者ですから……。ノアの一番の親友のブライアンですが、幼少期に初対面で、リヴィを挟んでやらかしてますからね」

「ああ、風の魔法でノアを押し出ししようとした、あれか」

「そういう事情もありまして、グランドン公爵家としては、痛くもない腹を探られないために、フローレンス姫の縁談を歓迎しているというパフォーマンスを打たなければならない。要するに、今回の収穫祭では失策などしていられないんです。貴族は体面が商売と言う部分もあるし」



「そりゃ、そうだ」

 老マティアスは、笑っていいのか怒っていいのか分からない状態でそう言った。

「なんと、まあ……」

 それから、そのまま、言葉を失った。



「子どもの頃はいざ知らず、ブライアンは、バランス感覚が優れた保守主義者で、グランドン家命ですから、誤った判断はそうそうしない。しかし、妹可愛さに目が眩む部分は否めない。そしてその、肝心の妹が、大貴族令嬢としては変わり種過ぎる……」

「今回の収穫祭は、全く、見物になりそうだな」

「その通りです」

 深々としたため息交じりにピートはそう言い切った。



「よりにもよって俺の受け持ちのトラブルメーカーが勢揃いして、恩寵リードオブの姫ミディアム。そりゃもう、見物過ぎて、気絶しそうなぐらい嬉しいですね」

 マスタードのようにピリっとしたイヤミを込めてピートはそう言った。



「あの三人に、そんな大役が勤まるのかどうか。いや、勤めようとすれば出来ない事はないだろう、しかし、今度は一体、何をやらかしてくれるかと……」

 酒も入っていたのだ。

 頬を上気させながら、ピートは弱音らしきものを吐いた。



「不安なんだな」

 そんな大ピエトロの可愛い甥を、なだめすかすような声で、老マティアスは一言で表した。



 ピートはこっくりと頷いた。



「まあ、飲みなさい」

 老マティアスは、ジョッキによく冷えたビールをそそいでやった。

 ピートは礼を言い、勢いよくそれを飲み干した。



「トラブルメーカー。全く、上等ですよ。ブライアン、リヴィ、メル……グランドン一族の問題児が粒ぞろい。そして王太子ノア、その婚約者フローレンス姫……どいつもこいつも」

 酔いが回った勢いで、ピートは絶妙な何とも言えない表情になった。

 目元を赤く染めながら、まるで偉大な魔神に挑戦するような挑発的な顔で、視力では捉えられない何かに向かって言葉をぶつけた。



「俺の、世界一の生徒だ」



 だからどんなに面倒臭くても、俺が最後まで面倒を見てやるんだ……。



 魔族だけの酒場の喧噪と闇の中に、その声は色気を含んで溶け込んでいった。



 老賢者マティアスは、素面では言えない事を白状した、”自分の生徒”に向かって、黙って微笑んでいた。微笑む事で、受け止めていた。

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