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しおりを挟む「寄ってくか?」とミツヒロは俺を店の裏手にある戸建ての家に誘った。母親と二人で暮らしているというその家は、古民家をリフォームしたものらしい。
「おばちゃん、元気?」
なんだか急に照れ臭くなって、他にも聞きたいことはたくさんあるのに、俺はそんな質問をミツヒロに投げた。
「元気だよ。つーか、年々元気になってる気ぃする」
微笑みながらミツヒロが答えたので、過去のことを詮索するのはやめておこうと思い直す。きっと俺には想像もできない苦労があって、それを母子二人で乗り越えてきたんだ。
「店、すげぇお洒落だな。あれもおばちゃんの趣味?」
「そうそう。海外なんか行ったことないのにさ、『フランスの田舎町にありそうなお店にしたい!』って聞かなくて」
「はは、おばちゃんかわいいな」
家の中の家具もすべてフランス好きのおばちゃんが揃えたのだろう、カラフルでかわいらしい。こだわりの強い母親に振り回されるミツヒロを想像して、また笑ってしまった。
そんな俺のすぐ隣にミツヒロが腰かける。男二人が並ぶにはやや狭い小ぶりなソファのせいで変に緊張してしまい、笑顔が急速に引っ込んだ。
「さっきから母さんのことばっか。俺のことは聞かねぇの?」
片膝を抱えたミツヒロが拗ねたように言う。ハーフパンツでその姿勢をとるのはやめてほしい。他よりもう一段白い太ももの内側につい視線がいってしまい、気まずくなって俺は視線を逸らした。
そんな俺をミツヒロは見逃さず、「ん~?」と顔を近づけてきた。自分でも赤いんだろうなと想像がつくくらい顔面が熱い。
「何、お前」とからかうような調子でミツヒロが言う。
「相変わらずウブっていうか……まさか童貞?」
「うるせぇなっ! 誰のせいだと思ってんだよ!」
やけくそになって、俺は手元にあったクッションをミツヒロに押しつけた。恥ずかしいやら情けないやらで、俺の脳内は軽くパニック状態だ。
一方で、何故かミツヒロもほんのり頬を染めている。「ふぅん、へぇ、そう」とどことなく嬉しそうな感じではあるのだが、俺に真意はわからない。
しばらくして、クッションを抱きしめたミツヒロが何か決心したように深呼吸をした。それから、「悪いけど」と切り出す。
「俺は経験がないわけじゃない。それなりに……遊んでた時期もある」
ぐさりっと言葉のとげが俺の体を貫通する。いや、別に俺が童貞だからといってミツヒロもそうであれと願っていたわけではないのだが。好いた相手に知らない奴の影があるのが、やっぱり面白くないだけで。
「さっきも言ったけど、タケルが本当に俺を忘れてないなんて思いもしなかったんだ。どっかで普通に結婚して、普通にしあわせに暮らしていると思ってた。なのに、実際はくたびれおじさん半歩手前みたいな風貌になってるし……」
ぐさぐさっと二本目のとげが刺さる。『くたびれおじさん半歩手前』……? そんな風に見えてんの、俺。
「だからさ……おい。聞いてんの、タケル」
項垂れた俺の肩をミツヒロが揺する。
「聞いてる、聞いてる……」
「ほんとかよ。……いっぺんしか言わんからな。顔上げろ」
強引に上を向かせられたと思ったら、至近距離にミツヒロの顔があった。目をつぶる隙もなく、唇が重ねられる。閉じられたミツヒロの瞼には、ひとつほくろがあった。「瞼になんかつけてんのはお前の方じゃん」と、過去の俺が笑う。
ややして顔を離したミツヒロは、瞼を伏せたまま言った。
「お前の初めてもらっちまったから、責任取って俺の最後をやってやってもいい……けど」
ミツヒロのやつ、自分でくさいセリフ言っといて照れてやんの。
「昔っからそういうとこ変わんないな」
「あ? 文句あんのかよ」
「ないに決まってんだろ」
またミツヒロの軽い体を引き寄せて、包み込むように抱きしめる。もう二度とどこかへ行ってしまわないように。もう二度と、探し回ることのないように。
「とりあえず、一緒に住もうぜ」
「いきなり? 重くね? まあ、いいけど」
決して冷たいとは言えない夜風といくぶん静かになった虫の鳴き声が、開けた窓から入ってきている。
止まっていた中二の夏が、動き出したようだった。
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返事が遅くなり、大変申し訳ないです。しばらくここを離れていたため、先日気づきました。
喜びのあまり飛び上がり、その勢いでタケルとミツヒロのお話の続きが生まれました。本当に嬉しいです。ありがとうございます!