召喚された聖女の兄は、どうやら只者ではないらしい

荷稲 まこと

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番外編 小話・裏話

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 少年──レオナルドは、十七歳で王国騎士団に入団した。背がかなり伸び、痩せていた体も標準的な体型になっていた。赤い髪は長いままだったが、もう少女と見間違うことはない。
 第二隊の隊長になっていた私は、スカウトも兼ねて彼に会いに行った。

「よく来たな」

 声をかけると、彼は以前と変わらぬ笑顔を見せた。しかし、微かに目に光が宿っているように思えた。

「……はい、ようやく」
「どの隊を希望してるんだ? 特に拘りがないなら、第二隊うちはどうだ」
「ありがたいお話ですが……俺は第三隊に入ろうかと」
「そうか……。まあ、お前ならどこでも活躍するだろうよ」
「そんな、買い被りすぎですよ」

 彼はそれだけ言って会釈をし、去っていった。

 あれから十一年。レオナルドが第三隊を選んだのは生き急いでいるからでは……と当初は危惧もした。だが、彼の実力がそうさせたのか、あるいは運命が許さなかったのか……彼は生き残り、今や隊長にまでなった。彼の人となりに引き寄せられたのだろう、いい仲間に恵まれ、徐々にその表情は自然な物へと変わっていった。
 しかし、自分を一番に切り捨てる……そんな危うさは消えなかった。彼よりも強く、彼を守り、彼を"生"に引き戻す存在……そういう人物が必要だと思った。
 そんな時、奇妙な雰囲気を纏う異世界人が現れた。軟弱そうな見た目をしているくせに、妹を守り、自分も死ぬ気はないと言い切る無謀な男。彼なら、一度地獄に堕ちたかつての少年すらも救えるのではないか、と賭けてみたくなった。
 結果、それは大成功に終わった。国ごと救う力を持っていた男は、その全てを惜しみなくレオナルドのために使う。まあ……力だけでなく愛まで与えるのは、予想外ではあったが。かわいい我が子をどこぞの馬の骨が掻っ攫っていったような、面白くない気分になったものだ。
 我が子……そう、レオナルドのことを我が子のように思っていたとはっきり気づいたのは、彼の養親を探そうと議会で決まった時だった。思い返せば、彼の様子を定期的にチェックしたり、裏であれこれ手を回したりと、上官と部下(しかも、直属ですらない)の関係を逸脱していたことは、明々白々だったのに。
 彼の養父になれる可能性を提示されて、胸が高鳴った。しかし、私はまた躊躇った。エジリオが前を向けたのは、レオナルドと聖女のおかげで、私は何もしていない。騎士を辞めて初めて素を見せたカインに、私は何をしてやれた。そう思うと、私がレオナルドの父になりたいなど、願ってはいけないことだと感じた。
 そんな私の背を押したのは、他でもない我が息子、エジリオだった。

「レオナルド隊長を伯爵以上の家で養子に迎える話……父上が受けてはくださいませんか」

 もう私の顔色を窺うことをやめたエジリオが、真っ直ぐに目を据えて言った。情けない父親の私は、うっかり弱音ほんねを漏らしてしまった。

「私は……いい父親ではないだろう」
「そうですね」

 間髪容れず返された容赦ない言葉に、思わず目を瞠る。すると、エジリオは叱りつけるような厳しい顔をした。初めて見る顔なのに何故か見覚えがあって、鏡で見る自分の顔だと遅れて気がついた。

「父上のことを、騎士としては尊敬しています。しかし、父親としてはまったく。そもそも、父らしいことをしてくださったこと自体、数えるほどしかありませんよね」
「う……うむ」
「忙しいことも理解していましたし、恨むほどではありませんが……父上は、後悔していらっしゃるので?」
「……ああ」

 おかしいと思うかもしれないが、責められているのに私は嬉しくてたまらなかった。こいつはいい上官になるな、だなんて考えたりして。知らぬ内に大人になっていたことに対する切なさも一緒に感じていた。
 やはり自分は不適格だ。そう告げようとした時、エジリオは幼い頃のような……私がずっと焦がれていた、無邪気な笑顔を作った。

「でしたら、やり直しを要求します。時間が合う時は家族みんなで一緒に食事を摂り、話をしましょう。仕事の話ではなく、もっと細やかでくだらないことですよ? 他にはチェスをしたり……そうだ、久々に稽古をつけてください」

 鼻が熱くなり、目に膜が張った。罪の償い方を教えてもらえるだなんて、自分はなんと果報者か。

「そんなことで……いや、そんなこともできていなかったな、私は」
「ええ。そこに隊長が……兄上がいたら素敵だと思うのです。あと単純に、悔しくないですか? シローくんばかりが、隊長をしあわせにできること」

 私たちは顔を合わせ、同じようににやりと笑う。

「それもそうだな。どうせすぐには結婚できないだろうから、婚約中はうちで囲ってしまおうか」
「いいですね。どんな風に暮らしているか、シローくんに自慢してやりましょう」
「……カインは賛成してくれるだろうか?」
「してくれますよ。私の弟ですから」

 それに父上の息子ですしね、とエジリオは悪戯っぽく続けて言った。

 カインは、優秀な兄がもう一人増えんのかよ、と嫌そうな顔をしながらも賛同してくれた。妻だけが反対をした。レオナルドと私、息子たち全員分の罵詈雑言を並べ立てて。元々離縁を考えていたから、すぐに別れることを決めた。できる執事が彼女の息子たちに対する心的虐待の証拠を保管してくれていたため、手続きはあっさりと終わった。

 

「だ……ち、父上、食事の準備ができたそうなので、迎えに参りました」

 私の自室の扉から顔だけ覗かせて、恥ずかしそうにレオナルドは言った。
 我が家に迎え入れた彼は、戸惑いつつも私たちと暮らす生活に慣れ始めている。それでも「父上」と呼ぶのにはなかなか慣れないのか、よく口ごもる。それが幼い子供みたいで、かわいらしい。

「わざわざお前が迎えに来てくれたのか。ありがとう」
「私が行こうって言ったんです。カインも帰ってますよ。ほら」
「引っ張んな……いでくださいよ。ただいま帰りました、父上」

 レオナルドの後ろからひょこり、ひょこりと顔を出したエジリオとカイン。彼らに近づき、順番に頭を撫でる。

「私の息子たちがこんなにもかわいい」

 思っていたことがそのまま口に出て、恥ずかしくなって先に廊下を進んだ。後をついてくる三つの足音。

「……元々家ではああいう性格だったのか?」
「いえ、ここ最近のことですよ。面白いでしょう?」
「あれを面白いっつー兄上の神経を疑うわ。……でもまあ、前の仏頂面よりはいいよな」

 兄弟のひそひそ話が聞こえてきて、崩れるように顔が緩んだ。ああ、本当に……

「私の方がしあわせにされてしまった」

 親孝行な息子たちに報いるには、私も心が赴くままに"父親"をしないとな。
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