召喚された聖女の兄は、どうやら只者ではないらしい

荷稲 まこと

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番外編 小話・裏話

コケモモのジャム

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レオナルドの幼少期のお話


「おっはよー! レオ! 朝よーーーーっ!」

 元気な母さんの声がきーん、と耳に突き刺ささった。ちょっとだけ目を開けて窓の外を見れば、真っ暗だ。まだ朝じゃない。そう思って、布団の中に頭まですっぽり潜る。

「レオー! レオレオレオー! 私のかわいいふわふわちゃん! 起きてー!」

 布団の上から母さんが俺をぐわんぐわん揺する。母さんの腕は八歳の俺でも掴めるほど細いのに、びっくりするくらい力が強い。俺たち『一族』はみんなそうなのだとか。だから、俺たちは普通の人をむやみに攻撃しちゃいけないんだって。意味わかんないけど、母さんがどうしてもって言うから従っている。
 ぐちゃぐちゃと布団の中で転がされる。いっぱい雨が降った後の川の中にいるみたい。その川でも俺は泳げるから、平気なんだけど。
 そのままじっとしていたら、母さんは諦めたのか、手を離した。

「起きてくれないの? 母さん、今日はお休みなのに。……久しぶりに森に行こうかと思ってたけど、レオが起きないならやーめたっ」
「起きるっ!」

 勢いよく布団を跳ねのけて、体を起こした。先にそれを言ってくれたらすぐに起きたのに。

「行こう! 早く!」

 パジャマのまま部屋を飛び出そうとした俺を、母さんが抱き上げてベッドに座った。そして、後ろから俺を強く抱きしめる。ちょっと苦しいけど、ぽかぽかするから我慢。

「森に行くって言った途端に起きるなんて。母さんちょっと悲しいわ」

 俺のつむじに鼻を寄せて、母さんはそう言った。

「だ、だって……」
「うんうん。レオは木の実や果物が大好きだものね。母さんよりも好き?」
「ち、違う!」

 無理やり体を捻って正面から母さんと向き合い、ぎゅっと抱きつく。

「母さんと一緒にいられるのが嬉しいんだもん……」

 母さんのブラウスに額を押しつける。古いブラウスはごわごわしてて、ちょっと痛い。でも、平気。
 母さんは朝早くから夜遅くまで働きに出ている。休みの日はひと月に一度あるかないか。それが俺のためだってことはわかっている。わがままを言ったら母さんを困らせることも。だけど、見送りをしたら寂しいが我慢できなくなっちゃいそうで、寝たふりをするのをやめられない。
 母さんが休みなら、話は別だ。もちろん森に行くのは嬉しいけど、母さんと一日一緒にいられる方がうんと嬉しい。

「レオ……寂しくさせてごめんね」
「ううん! 俺、平気だよ。だって俺、母さんと同じで強いもん」
「ふふっ、そうね。レオは強いものね」

 自慢の子、と続けて言って、母さんは俺の髪を撫でてくれた。短くなっちゃった母さんの代わりに伸ばし始めた髪は、もう肩につく。昔の母さんくらい長くなったら、結い方を教えてもらうんだ。

「よぉし、じゃあ森に行こっか! 強いレオくんは、お着替えも自分でできるでしょ?」
「そんなに子供じゃないもん! できるよ!」
 
 母さんの膝から飛び降りて、クローゼットから着崩したシャツとズボンを取り出し、手早く着替える。つぎはぎだらけの服はカラフルでかわいいから、俺と母さんのお気に入り。
 少し大きいブーツに足を突っ込み、自分たちで編んだ不細工なカゴを背負って、母さんと手を繋いで家を出た。

 森の中はキケンがいっぱい、らしい。森の入り口に立ててある看板にそう書いてあるって、母さんが教えてくれた。普通の人は魔物を倒せないからかな。俺たちは危ない目に遭ったことは一度もない。
 森に入る時は、母さんは棒(短くて使えないカクザイだって言ってた)を、俺は石を詰めた小袋を持っていく。魔物に出会ったら俺が石を投げて気を引き、その間に母さんが倒すのだ。
 今日も、森に少し入った辺りで魔物が出た。母さんより大きくて重そうな、クマに似た魔物。
 俺が先に魔物の目を狙って石を投げる。片目には当たったけど、もう一方は少しずれてしまった。悔しい。
 だけど、それで十分だったみたい。母さんは潰れた目の方向から棒を振りかぶり、膝に一打。次に、バランスを失ってくずおれた魔物の頭をめがけて棒を振り下ろす。カボチャが割れるような音がして、魔物は消えた。
 母さんはどんな魔物も必ず一回か二回の攻撃で倒す。『きゅーしょを狙って短期決戦』がざゆーのめいってやつらしい。

「ふう。レオ、的に当てるの上手になったね」
「次は両方当てるよ!」

 母さんとハイタッチをして笑い合う。俺たち二人に敵はないのだ!
 さっきの魔物がオヤブンだったのか、他に魔物がいる気配はない。今日はいつもより楽に木の実狩りができそうだ。
 それなのに、母さんは唇を尖らせて、魔物が残した黒い霧を蹴散らした。

「魔物ってなんで消えちゃうのかしら。体が残ってたら、今夜はお肉パーティーだったのに。ぷんすこだわ」

 さっきの真っ黒いクマみたいな魔物の姿を思い返す。普通のクマならいいけど……

「魔物のお肉は嫌だなぁ」
「意外と美味しいかもしれないじゃない。ヘビだって美味しかったでしょ? カエルも」
「うーん。だったら、ヘビやカエルでいいよ」
「そっかー……それもそうね。帰りに池にも行ってみよっか」

 新しい目標を見つけたおかげで、母さんは笑顔に戻った。母さんの唯一困ったところは、お肉ならなんでも食べようとすること。お肉が好きなのはわかるけど、体に悪そうな物にまで手を出すから、俺が止めなきゃいけないんだ。
 気を取り直して、木の実がたくさんある場所に向かう。魔物は木の実を食べないから、森にある木の実は俺たちだけの物。今年は暑すぎず、雨も適度に降ったおかげか、コケモモの実が豊作だった。
 木のそばにカゴを下ろした母さんは、腰に手を当てて高らかに宣言した。

「よし、レオ! どっちがたくさん採れるか、母さんと勝負よ! 実を潰しちゃったら、減点ね」
「へへ、俺が勝つよ!」
 
 よーい、どん、を合図に、二人してコケモモの木に飛びつく。この勝負、絶対に俺が勝つ。だって、母さんは雑だから。
 予想通り、母さんの指はべたべたになっていた。勝負に負けた母さんはそれでも、満面の笑みを浮かべた。

「籠がいっぱいになっちゃったね。今日は池は諦めて、帰ってジャム作りしよっか」
「うん!」

 水の魔法で綺麗になった母さんの手を握って、木もれ陽のトンネルを抜けた。

 家に帰って手を洗ったら、ジャム作りの準備だ。顔も知らない父さんが建ててくれたこの家には立派な魔導コンロがあるから、料理には困らない。
 鍋に洗ったコケモモを入れていると、母さんが自慢げな顔で後ろ手に隠していた物を俺の目前に差し出した。 

「じゃじゃじゃ~ん! これ、なんでしょ~?」

 母さんの手にすっぽり収まる小さな瓶の中には、薄茶色のきらきらした粉が入っている。

「もしかして……お砂糖⁉︎」

 びっくりして、コケモモを落としそうになった。お砂糖を最後に見たのはいつだっけ。それくらい、珍しい物だ。

「高いのに……どうして?」
「だって、今日は特別な日でしょ?」

 母さんの言葉の意味がわからず、んー、と頭を捻る。しゅーかく祭はもう少し先だし、何か他に行事があったっけ。
 わかんない、と正直に言うと、母さんは俺の鼻を指先でつついた。

「もう、忘れちゃったの? 今日はレオのお誕生日じゃない」

 はっとして、壁に貼られた手作りのカレンダーを見る。今日は赤丸に囲まれた、俺の誕生日だ。

「レオ、母さんのもとに生まれてきてくれてありがとう。大好きよ。あなたは私の宝物」

 床に膝をつけてしゃがんだ母さんは、優しく包み込むように抱きしめてくれた。その背に手を回し、頬を擦り合わせる。

「俺も、母さんが俺の母さんで嬉しい。俺の宝物!」

 そう伝えると、はにかみ顔の母さんがおでこ同士をくっつけた。多分、俺も同じ顔をしていると思う。
 父さんがいなくったって、街の人に嫌われてたって、へっちゃらだ。母さんがいれば、それでいい。
 踏み台に乗って、母さんと一緒にぐつぐつと煮立つコケモモを混ぜる。あちち、と言いながら、スプーンでひとさじ味見をして。
 ほんのり甘いコケモモのジャムは、しあわせの味がした。


ーーーーーーーー

レオナルドが時々かわいらしい擬音を使うのは、母親譲り

キャラクターの誕生月をなんとなくぽいな~で考えていた裏設定(?)を折角なのでここで供養しておきます……

レオナルド:9月 シロー:1月
ヨーコ:4月 エジリオ:12月
ソロン:6月 レプレ:8月
ラチェレ:5月 マクオル、ベルナルド:10月




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