国を割る姫  避けていた宿命が向こうから飛び込んで来るなんて想定外!

枝豆

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後悔があるのだとすれば

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父は縁側で座って庭を眺めていた。
私の気配を感じると、ポンポンっと自分の横を叩く。
「ここへ座れ。」
私は黙って父の隣に座った。

父は何も言わずにただ庭を睨む様に見ている。私も黙って庭を眺めた。
どこからか虫の鳴く声が聞こえてくるのをただ聞いた。
しばらくの沈黙のあと、
「私が行きます。」
と告げる。

父は黙って一度目を閉じて、頷いて、ひとつ溜息を吐いて…。
ゆっくりと瞼を開いた。

「わかった、しかしただのリーエンでは意味がないのだよ。」
「はい、わかっています。」
「殿下は?」
「自分が行くと。…今夜にでも、と。」

そうか、父はそれだけを吐き出す。
何かを決めたようだ。

「…ひと月、抗ってみるか?」
そう聞かれて、
「はい。」
とだけ答えた。

部屋にいろ、と父は立ち上がった。
「殿下を説得しなければならない。」
「…宜しくお願い致します。」

ふむ、と首を振って父は食堂へ戻った。


長い長い時間が経った。
部屋にやってきたのは…殿下だった。


「私の想いを聞いてくれるか?」
「…はい。」

ジンシは私の前に座り込んだ。
「私は皇子として崇められながらも臣下となるように育てられた。
それを私はそのまま受け入れてきた。その方が楽だったからだ。
臣下となれという母には是と答え、いつか上に立てという臣下達には、兄がいるからと答えてきた。

なすがまま、されるがまま、全てを受け入れようと努めた。」

「父は私と兄を等しく育てた。歳も同じだしな。だからこそ国を割らぬように母は私を下げたのだと思う。

上げられた兄は色々な物を私から奪っていった。
コハクという馬を覚えているか?」

…あの安楽死させてしまった可哀想な馬の事だろう、と頷いた。

「ある時、父が私と兄に馬を与えてくれた。
どちらも国一番の駿馬と言われた馬だった。国一番が2頭並んでいるのは滑稽だった。」
その時のことを思い出したのか、ジンシはクックッと笑う。

「父は初めは兄にコハクを与え、私にはシオンという馬を与えようとしていた。私の方が乗馬は得意でシオンの方が癖がある馬だったから。
しかし兄はシオンが良いと言い張った。だから私はシオンを譲り、コハクを受け取った。

兄はシオンを乗りこなせなかった。皇子を落馬させたシオンは臣下の手で処分されてしまったと聞いた。

…いつも兄はそうだった。
私から何かを奪い、それを大切に出来ない。
なんでも父から与えられるのに、気付けばあっさりとそれを手放す。

母の形見の笛を寄越せと言われた事もあった。これだけは諦められなかったから、父に相談したんだ。
さすがに父は私から母の形見を奪わせるような事は止めてくれた。
…もしあのまま笛が兄に渡っていたら、きっとあの笛はもうこの世にはなかった。

皇太子という立場も同じだ。
ただ大切に守り抜けば良かったのに、それを無駄にする。

子を為せぬのならばそう私に言えば良かった。
兄がわたしを頼ってくれるのであれば、きっと喜んで誰かと契り、喜んでその子を未来の帝にと育てただろう。
そう教えられて育てられてきたからな。」

哀しい。そう思ってしまった。
輝くような皇子だったのに、武の才能も知の才能も、人の心を動かし掴み取る術も、王としての資質を全て持ち合わせたような人なのに…。
諦めの中でずっと生きてきた、そう言うのだ。

「ここで目覚めた時、私から全てを、友も腹心の忠臣も、暮らした日々も、地位も、全てを奪った兄の事を一瞬だけ恨んだ。そして諦めてそれを受け入れた。
兄がそれを望むなら他人となって生きようと。

ここの暮らしは穏やかで楽しかった。このままホンとなり生きて行きたかった。
そして願う事が許されるならば、リーエンと共にいたいと。」

「兄はまた私から大切なものを奪おうとしている。奪われたものは決して大切にはされない。
リーエンだけは奪われたくはないのだ。どうかわかって欲しい。」

ただ黙って話を聞いていた。

「…まだひと月の猶予があります。
父は抗うと言ってくれました。」

「リーエンを巻き込めない。」
「もう巻き込まれております。16年も前に。」

ここで負けたらいけない。怯んでしまっては取り返しがつかなくなる。
何があっても、自分がどうなろうと、このお方から最後の尊厳を奪わせてはいけない。
そのために生きろと言われるなら、そうするのだ。

「ジンシ様は私を望んでは下さらない、そう言われるのでしょうか。」
「…私が望んだらリーエンは私に与えてくれる、というのか?」
「はい。…何もかも、私が持つものなら全てを。」

ジンシの右手が肩に、左手は腰に廻される。
そのまま私の頬はジンシの脈打つ胸にそっと引き寄せられて、囲まれる。
私は両手をジンシ殿下の広い背中に回した。

「ひとつ悔いがあるとするならば…。
リーエンの心が自然に動くのを待ってやりたかった。」
耳に吹き込まれる言葉がなんともこそばゆい。

全てを奪われたジンシ殿下が「リーエンと共に生きたい。」という願いを持ってくれた。
初めて言葉にして聞かされたたジンシ殿下の願いを断れる訳はない。

迷ってはいなかった、心は既に定まっていたと思う。あの抜け殻のジンシの瞳に光が戻った時に。あの時答えを言う前に話は切られただけ。あとほんの僅か時間がもらえていたら、答えを告げる覚悟が出来ていたはずで。

でももう十分だ。欲を持たない人が私を欲しいと言ってくれるだけで、それだけで。

「…もう何も言わないで良いから…。」

張り付いていた身体が優しく引き離された。
ジンシの瞳に自分が映っている。

瞳はゆっくりと私に近づいてきて、たまらなくなって瞼を閉じた。
唇に乗せられる温かく柔らかな感触。
離されてまた乗せられる。

こめかみからカッと熱くなる。

幾度も幾度も繰り返される。
角度を変えて、薄く唇をこじ開けられて。

開けられていた縁側への扉をジンシが後ろ手で閉めた。

優しく横たえられて、顔の脇にジンシが腕を突いた。ジンシが脚を開いて、私の上に覆い被さると、もう視界にはジンシしか見えなくなった。

「…後悔しないか?」
「…しません。」
「たったひと月だ。」
「そのひと月が私の全てです。そのために生きてきた、そう思えるんです。」

「…約束する。絶対諦めない。俺はあなたを諦めない。」

後悔があるのだとすれば、迷わなければ良かった。
リーエンと分かち合いたいと言われた日にそのまま答えを伝えていたら良かったのに…。

覚悟を示したくて、今度は私から殿下に口付けた。
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