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自己嫌悪

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ユキが俺の知り合いに会うのを避けたいと思っているのはわかっていた。
何を遠慮して何を気にしているのか全くわからなかった。

「野上先輩、俺だめでした。来年度は違うところで頑張ります。」
可愛がっていた後輩のひとり磯田からの連絡を受けて、飲みにでも行こうと誘いをかけた。
だから、後先考えないで、俺と磯田の予定だけを擦り合わせて日にちを決めた。
俺はオフシーズンだから曜日はあってないようなものだし、まだ学生の磯田の希望で金曜の夜になった。2人じゃあれだったから、小梨を捕まえて…。

…小梨来るなら…いけるかも。
頑なに俺の知り合いに会いたがらないユキも、小梨が来るって知ったら、応じてくれるんじゃないか?って考えた。

俺はすっかり忘れてた。ユキに、いいや世の人の全てに誕生日があるという事を、すっかり忘れていた。

俺たちの間で誕生日の話題は全く上がらなくて。
誕生日とか星座とか血液型…そういうの、女の子は大概好きなのに、ユキはそうじゃなかった。
だから思い出すこともなく、気付くこともなく。

小梨が会食会場が俺の自宅だということに少しビックリしてて、そのことに俺の方がびっくりした。
「どこが?ユキ、外は行きたがらないんだ。」
っていうと、あー、優希らしいって小梨は納得してたから。
そうかユキらしいのか、いつもそんな感じなのかと思ってたんだ。

玄関を開けたとき、小梨が場違いな可愛い花束を持って立っていて。どうした?お前らしくないと笑った俺を小梨が訝しげに見つめて。

「花、被っちゃいました?先輩ならきっと指輪とかにしたんだと思ったんですけど…。ケーキの方が良かったっすかねぇ?」
と首を捻る。

ブワッっと記憶が蘇ってきた。
「あれ?先輩、知らなかった…んですか?」
「…もしかして誕生日?」

なんだ知ってるんじゃないですか、って安心しかけた小梨の顔はすぐに曇った。

「…先輩?」
「いつ?」

普段はあんまり合わない昔の友達だから、せめて数日前後しててくれ!と心の中で願ったのに。
「…今日…ですけど?」
小梨の言葉で目の前が真っ暗になった。

とりあえず渡さない方がいいか?とお伺いを立ててくる小梨に、気にしないで祝ってやってくれ、と頼んだ。
悪いのは小梨じゃなくて、不甲斐ないのは俺。
彼女の誕生日を全く失念していた俺のミス。

「先輩…俺。やっちゃったのは俺の方かもしれない…。コレどこかに隠して貰えたら…。」
って訳のわからない小梨の言い分をなんとか押し退けて、ちゃんと祝ってやってくれと頼んだ。
俺は知らなかったで通るけど、小梨は完全に忘れたになるだろう。
俺の体面のために小梨が遠慮する必要はないし、きっとその方がユキは喜ぶ。
後で謝り倒して、何か贈らせて貰おう。

ユキはやっぱり俺が知らないままだったことは少しも責めずに、何も知らない磯田のために話も後で良いと言ってくれた。

ユキはそつなくホスト役を勤め、小梨のフォローもあって会食は和やかに進んで行った。
ユキの料理はどれも美味しくて、土産に小梨や磯田は酒や肴を持ってきてくれて、それを囲んで楽しい時間だったのに。

ユキがスマホを持ったまま部屋を出て行ったきり戻って来ない。
やっと戻ってきたと思ったら、
「健太!電話出てくれる?」
と小梨を呼ぶ。

誰?と訝しがる小梨に、ユキは一番聞きたくなかった名前を口に出した。

「拓郎。」

肩に鉛の塊が乗っかって、俺は押し潰されそうになる。

俺は知らなかったのに、拓郎アイツはちゃんと覚えてる。

…変だよな。
小梨が祝ってやることは許せるのに、拓郎アイツは許さないだなんて。

気付いてるのか無意識なのか、黙って俺の隣に座り込んだユキを自分の身体に密着させるように引き寄せた。
…誰にも渡したくはなかった。
俺の懐が案外狭かったってことを、俺自身が初めて知った。
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