約束の地

羽吹めいこ

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第六章 彼の待つ場所

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翌日。
二人はアルがいるというラヴィーネ山へ向かった。
ラヴィーネ山は霊峰と呼ばれていて、その山の頂上に祀られている巨大な水晶に願い事をすると、その願いが叶うという言い伝えがあった。だが、山は一年中雪が降っていて足場も悪いため、登山中に命を落とす人が大勢いた。また、不思議なことに、山に登った者のほとんどが行方不明になっていた。
 
「っ、すごい吹雪……」
 
イオンは、凄まじい勢いで吹き付けてくる雪を、腕で防ぎながら前へと進む。
吹雪は山の頂上に近くなればなるほど強まっていく。
まるで吹雪が行く手を阻んでいるかのようだった。
 
「おい、大丈夫かイオン! こっちだこっち!」
 
前方を歩くジンが呼んだ。
見ると、吹雪のせいであまり視界が良くないが、わずかに洞窟の入り口がぽっかりと開いているのが見えた。
 
「あの洞窟に入るの?」
「ああ」
 
そして、ジンに案内されて入った洞窟は、入り口以上に中が広かった。
イオンは頭や服にかかった雪を払い落とし、洞窟の奥にある一面氷で覆われた部屋を見た。
 
「山の頂上にこんな場所が……」
 
氷の部屋は神秘的な雰囲気を漂わせており、思わず身を引き締めてしまいそうなほど厳かだった。
また、そこにはイオンの身長の倍以上ある巨大な水晶が祀られていた。おそらく、この水晶が噂の水晶だろう。
そして、その水晶の中には――
 
「アルっ」
 
今までずっと捜してきた彼の姿があった。
イオンが水晶へと駆け寄る。
彼は安らかな表情で水晶の中に閉じ込められていた。
 
「アル!」
 
イオンが水晶を叩きながら叫ぶ。
 
「どうして水晶の中なんかに……ねぇ、アル! 返事をして」
 
だが、いくら呼んでも彼は目を覚まさない。
 
「何で……どうしてこんなことに……?」
 
イオンはその場にへたり込んだ。
するとそこで、どこからともなく声が聞こえてきた。
 
「それは、そやつがわらわの大事な氷の結晶石を奪おうとしたからじゃ」
 
それは女の声だった。
 
「誰っ」
 
誰何すると、突然イオンの目の前に半透明の少女が現れた。
 
「わらわはネーヴェ。この山に祀られておる神じゃ」
 
ネーヴェと名乗った少女はイオンから、部屋の入り口にもたれ掛かっていたジンへと視線を移し、尋ねた。
 
「この者がそうなのか?」
「ああ」
 
ジンが頷く。話が呑み込めず、イオンは首を傾げた。
 
「ジン、どういうこと?」
「それが」
 
それにジンは口を開いた。
 
「アルは氷の結晶石を取ろうとして、その水晶に取り込まれたんだ」
「よく分からないんだけど」
 
首を傾げるイオンに、今度はネーヴェが答えた。
 
「氷の結晶石は、わらわが一番大切にしている石じゃ。何でも一瞬にして凍らせる力を持っておる」
 
それから、アルが入っている水晶に目を向けて、
 
「そして、その結晶石を守っているのがこの水晶でな。結晶石に触れると、その触れた者をのみ込んでしまうのじゃ」
 
困った奴でのう、わらわも困っているのじゃとネーヴェが付け足した。
 
「だったら、早く彼をここから出してください」
 
だが、ネーヴェは力なく首を振った。
 
「それが駄目なのじゃ」
「どうして あなた今自分で神だっていったじゃないですか。神様なら何とかしてください!」
 
イオンはネーヴェに詰め寄った。
 
「無理じゃ。この水晶はわらわの意志とは関係なく動いている」
「つまり、自分の意志を持っているってこと……?」
「うむ。だから、わらわにはどうすることもできぬのじゃ」
「そんな……何か、何か方法はないんですか」
「方法はある」
 
ネーヴェが衝撃の言葉を発した。
 
「そのためにジンにお前を連れてきてもらったのじゃからな」
「お願いです! その方法教えてください」
 
懇願するイオンに、ネーヴェはあっさりと言った。
 
「簡単なことじゃ。話によれば、お前はフェニックスの生まれ変わりなのじゃろ? ならばその水晶に触れればよい。その水晶は聖なる力を好む。後はお前の想いが通じれば、水晶はそやつを解放するじゃろうて」
 
その言葉に、イオンはすぐさま水晶に近寄った。
そこでいきなり低い声音で、
 
「ただし、お前の想いが本物でなければ、水晶に触れた途端にお前は呑み込まれてしまうぞ? それでもやるのか?」
 
試すような口調でネーヴェが言ってくる。
だが、イオンに迷いはなかった。
絶対にこんな水晶に呑み込まれたりなんかしない。
だって、私はアルを助けるんだから。
イオンは水晶にそっと手を当てた――
刹那、水晶が不気味に赤く光りだした。
 
「えっ」
 
それに一瞬ひやりとしたが、水晶の光は徐々に赤から橙色へと変わり、そして最後にはもとの薄い青色に戻った。
そして、水晶の中にいたアルの姿が消えたかと思うと、次の瞬間には彼は地面に横たわっていた。
 
「アル!」
 
水晶から解放された彼に駆け寄り、イオンはぎゅうっと抱き締めた。
アルは眠っているだけで、命に別状はなかった。
 
「ほんとによかった……」
 
こうして、イオンは長いこと捜してきた彼に、再び逢うことができたのだった。
 
 
◇◆◇
 
 
その様子を少し離れたところから見ていたジンは、安堵の息を吐いた。
 
「感動の再会だな」
「わらわも感動したぞ」
 
ネーヴェがわずかに目に涙を浮かべながら呟く。
それを横目で見ながら、
 
「あなたも感動なんてするんですね」
「何を言う。お主だって、わらわのこと言えるのか?」
「何のことだか分かりませんが」
 
あくまでもしらを切るジンに、ネーヴェが告げた。
 
「お主、この世界の守護神じゃろ?」
 
ジンは黙ったまま。
 
「わらわは聞いたことがあるのじゃ。世界が危機にさらされた時、金色の瞳をした神が現れて……」
 
と、そこでイオンが声を上げた。
 
「アル!」
「……どうやら、彼が目を覚ましたようだ。俺、ちょっと行ってきます」
 
そう言うと、ジンは早々に二人の所へ行った。
残されたネーヴェはそんな彼の背中に、
 
「まったく、働き者じゃのう」
 
そう呟いたのだった。

 
◇◆◇ 

 
「アル!」
 
イオンが声を上げた。
 
「ん……」
 
アルがうっすらと目を開けた。
 
「……イオン?」
 
それに一瞬イオンの体が震えた。
感極まって思わず涙がこぼれる。
 
「え、どうしたの、大丈夫?」
 
狼狽えるアルに、イオンは涙声で頷いた。
 
「……うん。っていうか、すごく心配したんだからね 約束した場所に来ないし、水晶に取り込まれてるし」
「ごめん」
 
アルはすまなそうに謝り、それから体を起こした。
 
「僕もイオンに心配かけるつもりはなかったんだ」
「なぁ、一体なんでおまえは氷の結晶石を取ろうとしたんだ?」
 
ネーヴェの所を離れてこちらに来た、ジンがアルに質問した。
 
「ああ、ジン。君には感謝してるよ。イオンをここまで守ってきてくれて」
「いいから答えろって。おまえは盗みなんか働くような奴じゃないだろ。なのにどうして?」
 
すると、アルは真剣な表情で話し始めた。
 
「実は――」


 
彼の話はこんな内容だった。
アルは、秘密組織のボスに氷の結晶石を取ってくるように命令された。取ってくれば、イオンの不死の能力を見逃す。だが、もし取ってこなければ、アルの命はおろか、アルの所属するバンザ皇国を滅ぼすという条件付きで。バンザ皇国にはイオンがいる。他にも大勢の人がいる。そこを滅ぼされては、多くの命が犠牲になってしまう。それだけは避けなければという思いから、アルは仕方なく結晶石を取りに行ったという。
 
「奴らが前からイオンのことを狙っていたのは知っていたんだ。だから……」
 
アルは苦悶の表情で呟いた。
 
「つまり、アルは組織に踊らされていたってことか」
「ひどい」イオンは呟いた。
「でも、あの組織は一体何だったのかしら? 私のことを狙ったり、アルを利用したり」
「確か、奴らはツォイク社っていう名前の組織だ。この大陸を裏で牛耳っている大きな組織だ。主に超硬合金を使用して、戦争のための兵器を作っているけど、最近では新しい技術を開発しようとしてるとか」
 
ジンはやれやれというように肩をすくめた。
 
「問題なのは、その超硬合金を生成するときに、大量のセラチレンがでてしまうことだよ」
 
アルが補足した。
 
「それって……」
 
イオンは消え入りそうな声で呟いた。
セラチレン。そもそも世界がこんな風になってしまったのはセラチレンの異常発生が原因だった。その無色無臭の気体は氷床を融かし、数々の大陸や島を水没させた。辛うじて残ったいくつかの大陸には、避難を余儀なくされた人達が急増し、そのせいで食糧や土地を巡る紛争が絶え間なく続いていたのだ。
だが、その原因を作っていたのは他でもない人間だった。自国を守るために使用した兵器が、実は自国を危機にさらすことになろうとは、一体誰が想像できただろう。
 
「じゃあ、その組織が兵器を作る度に、世界は崩壊の危機にさらされていくってこと?」
 
それにアルは頷いて、
 
「そういうことになるだろうね。まぁツォイク社だけじゃないかもしれないけど」
 
他の大陸にも同じようなことをしている組織はあるだろうし、と付け加えた。
 
「そんな! じゃあ、私たちは一体どうすればいいの? このまま崩壊していくこの大陸を、世界を見捨てることなんてできない!」
 
イオンは叫んだ。
 
「おまけにイオンだってずっと狙われ続けるかも」
 
アルも困った表情で言う。
悲観的になる二人を見て、ジンが頭を掻いた。
 
「いや、あの、その辺についてはもう手を打ってあるけど?」
『えっ?』
 
ジンの言っていることが分からなくて、二人は首を傾げた。
 
「ジン、どういうこと?」
「や、だからツォイク社のアジトでイオンを助ける前に、俺が爆弾を仕掛けておいたんだ。今頃、爆発して壊滅状態のはずだぞ」
 
呆気に取られているイオンに、更にジンは続けた。
 
「もっと言うとだな、俺はこの大陸にくる前、世界各地を巡っていたんだ。その時に、そういうヤラシイ組織は全部潰して来たんだよ。だから、もう必要以上のセラチレンは排出されない」
 
その言葉に。
 
「ほんと!?」
「ははっ、ジン、君には感服だよ。まさか、そこまでやっているとは」
 
二人は、脱帽するしかなかった。
 
「ああ、でもさすがに上がった水位は下げられないから、後はそこの神様に頼むわ」
 
ジンはネーヴェに目を向けた。いきなり指名され、ネーヴェは少し狼狽えながら、
 
「な、わらわか?」
「他に誰がいるんだよ。あんた確か氷と雪を司る神様だろ? 北の大陸に雪を降らせてほしいんだけど」
「む? なぜ雪を降らせるのじゃ?」
 
そこで、イオンがポンッと手を打った。
 
「そっか、海水を雲にして雪を降らせれば、その分海水が減るものね」
「でも、そんなこと出来るんですか?」
 
アルが尋ねると、ネーヴェはうーんと唸り、
 
「まぁ、出来なくはないと思うが、何せやったことないからどうなるかは分からんぞ?」
「まあまあ、やってみなきゃ分かんないし」
 
無理矢理勧めるジンに、ネーヴェは渋々頷いた。
 
「……わかった、やってみよう」
 
そして、ネーヴェは水晶の前の台座の上にある氷の結晶石に触れると、聞き覚えのない言葉を紡ぎだした。
その瞬間、結晶石から白く目映い閃光がほとばしり、イオン達はそのまま白い光に包まれたのだった―― 
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