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35. 愛の断絶と、闇より這い出す執着の影
床に這いつくばり、泥を啜るような無様さで私を見上げるエドワードの瞳は、絶望と、それを上書きしようとする醜悪な所有欲で濁りきっていた。
乱れた黄金の髪が額に張り付き、王族としての尊厳はどこにもない。
だが、彼はなおも現実を拒絶するように、ひしゃげた声を張り上げた。
「ば、馬鹿な……。あんな縦ロールの化け物が、これほどまでに清廉な美少女なはずが……。だが、そうか! 道理で私の心が一瞬で奪われたわけだ! ならば話は早い! 貴様との婚約解消は白紙だ! 私の元に戻ってこい、レティシア! 私こそが君の価値を一番に理解している唯一の男だ!」
広大な晩餐会場に響き渡る、あまりにも浅ましく、自己中心的な叫び。
シャンデリアの下で華やかに着飾った貴族たちが、その救いようのない傲慢さに息を呑む。
私は、目の前で吠える道化を、心の底からの蔑みを込めた冷笑で見下ろした。
胸の奥で、かつて彼のために費やした十数年の努力と、それを無惨に踏みにじられた夜の記憶が、氷のような怒りへと変わっていく。
「今更、もう遅いですわ、殿下。私は、ヴィンセント様を愛してしまったのです」
それは、復讐の作戦などではない。
泥沼の底から私を救い出し、前世も今世も私の光であり続けてくれた彼への、偽りのない私の魂の叫びだった。
私は漆黒の騎士服に包まれたヴィンセント様の腕をぎゅっと抱きしめた。
その瞬間、隙のない騎士として立っていた彼の体が、驚きと動揺で一瞬びくんと跳ねたのが伝わってくる。
「……っ、貴様……この、従者の分際でぇぇッ!」
嫉妬と屈辱に理性を焼き切られたエドワードが、野獣のような咆哮を上げて立ち上がった。
彼は宝石が散りばめられた拳を振り上げ、ヴィンセント様に向かって狂ったように殴りかかろうとした。
会場の空気が凍りついた、その刹那だった。
煌々と輝いていた魔法の明かりが、まるで断末魔を上げるように不自然に明滅した。
大理石の床から、音もなくドロリとした漆黒の闇が溢れ出し、それが蛇のような速さでエドワードの全身を絡め取った。
暴力的なまでに純粋な闇の奔流。 それは王子の動きを物理的に封じ、その場に縫い付けた。
「──田中君に殴りかかろうなんて、身の程知らずも甚だしいわね」
鼓膜を撫でる、氷の棘を思わせるほどに冷たい、けれど愛らしい少女の声。
闇の塊の中から、ゆっくりと影を纏って現れたのは、私の義妹、アイリスだった。
いつもの清楚な、鈴を転がすような笑みは完全に消え失せ、その大きな瞳には暗い狂気と執着の炎が宿っている。
「私の田中君に、その薄汚い手で触れないでくれるかしら。ねえ、殿下?」
アイリスが首を傾げると、彼女の周囲に立ち上る闇がさらに濃さを増し、晩餐会の華やかな装飾を侵食し始めた。
金糸のカーテンが黒く腐り、白い大理石に不気味なひび割れが走る。
断罪の華やかな舞台は、アイリスという転生者が持ち込んだ前世からの怨念と狂気が渦巻く、本物の地獄へとその姿を変えようとしていた。
私とヴィンセント様の間に走った安堵は一瞬で霧散し、私たちはかつてない絶望的な気配を前に、再び身を強張らせた。
乱れた黄金の髪が額に張り付き、王族としての尊厳はどこにもない。
だが、彼はなおも現実を拒絶するように、ひしゃげた声を張り上げた。
「ば、馬鹿な……。あんな縦ロールの化け物が、これほどまでに清廉な美少女なはずが……。だが、そうか! 道理で私の心が一瞬で奪われたわけだ! ならば話は早い! 貴様との婚約解消は白紙だ! 私の元に戻ってこい、レティシア! 私こそが君の価値を一番に理解している唯一の男だ!」
広大な晩餐会場に響き渡る、あまりにも浅ましく、自己中心的な叫び。
シャンデリアの下で華やかに着飾った貴族たちが、その救いようのない傲慢さに息を呑む。
私は、目の前で吠える道化を、心の底からの蔑みを込めた冷笑で見下ろした。
胸の奥で、かつて彼のために費やした十数年の努力と、それを無惨に踏みにじられた夜の記憶が、氷のような怒りへと変わっていく。
「今更、もう遅いですわ、殿下。私は、ヴィンセント様を愛してしまったのです」
それは、復讐の作戦などではない。
泥沼の底から私を救い出し、前世も今世も私の光であり続けてくれた彼への、偽りのない私の魂の叫びだった。
私は漆黒の騎士服に包まれたヴィンセント様の腕をぎゅっと抱きしめた。
その瞬間、隙のない騎士として立っていた彼の体が、驚きと動揺で一瞬びくんと跳ねたのが伝わってくる。
「……っ、貴様……この、従者の分際でぇぇッ!」
嫉妬と屈辱に理性を焼き切られたエドワードが、野獣のような咆哮を上げて立ち上がった。
彼は宝石が散りばめられた拳を振り上げ、ヴィンセント様に向かって狂ったように殴りかかろうとした。
会場の空気が凍りついた、その刹那だった。
煌々と輝いていた魔法の明かりが、まるで断末魔を上げるように不自然に明滅した。
大理石の床から、音もなくドロリとした漆黒の闇が溢れ出し、それが蛇のような速さでエドワードの全身を絡め取った。
暴力的なまでに純粋な闇の奔流。 それは王子の動きを物理的に封じ、その場に縫い付けた。
「──田中君に殴りかかろうなんて、身の程知らずも甚だしいわね」
鼓膜を撫でる、氷の棘を思わせるほどに冷たい、けれど愛らしい少女の声。
闇の塊の中から、ゆっくりと影を纏って現れたのは、私の義妹、アイリスだった。
いつもの清楚な、鈴を転がすような笑みは完全に消え失せ、その大きな瞳には暗い狂気と執着の炎が宿っている。
「私の田中君に、その薄汚い手で触れないでくれるかしら。ねえ、殿下?」
アイリスが首を傾げると、彼女の周囲に立ち上る闇がさらに濃さを増し、晩餐会の華やかな装飾を侵食し始めた。
金糸のカーテンが黒く腐り、白い大理石に不気味なひび割れが走る。
断罪の華やかな舞台は、アイリスという転生者が持ち込んだ前世からの怨念と狂気が渦巻く、本物の地獄へとその姿を変えようとしていた。
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