チヨとルーノと暗がり森の魔女

りきやん

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「明日はおじさんが来るの?!」

スプーンですくい上げた人参をそのままに、チヨが手を止める。
すかさずルーノがそれを口の中に放り込むが、母親からの厳しい叱責の視線に居心地悪そうに、こそこそとチヨの膝元に身体を隠した。
チヨは消えた人参に全く頓着せず、母親に詰め寄る。

「それなら、リンゴが欲しい!アップルパイが食べたいの!」
「そう言うと思ったわ。それに、靴下がいつもより上手く編み上がったから、きっとシナモンとも交換できるわよ」
「やった!シナモンアップルパイ大好き!」

おじさん、というのは月に数回やってくる行商人のことだ。
日に焼けた肌に、大柄な体躯の、チヨが唯一知っている家族以外の人間である。
父親と旧知の仲だったらしく、残されたチヨたちの面倒を甲斐甲斐しく見てくれる人物だった。

「ね、お母さん。明日はレイモンドに乗せてもらえるかな?」

真っ黒で、しなやかな身体つきの馬が瞼の裏に浮かぶ。
すぐに悪戯仕出かすチヨとルーノを、しっかりと見守りつつ、一緒になって遊んでくれる兄のような存在だ。
それこそ、四つん這いで床を歩き回ってた頃からレイモンドはチヨとルーノのお目付役だった。

「きっとお天気だから、おじさんも良いって言うと思うわよ」
「やった!ルーノ、楽しみだね」

食べ終わったお皿を台所へと運び、水へと浸す。
食器の片付けは、いつもチヨとルーノの仕事だった。
一つでも多く靴下を編もうと、暖炉の前のロッキングチェアで編み棒を動かしている母親を尻目に、チヨはごしごしと、毛糸で編んだスポンジでお皿を擦る。
さっと水に通して綺麗に磨かれた食器をルーノに手渡せば、尻尾に載せた布巾で器用に水分を拭きとってくれた。

「ね、レイモンドに頼んだら、草原の向こう側に連れて行ってくれないかな?」

こっそりと、ルーノにしか聞こえない声でチヨが呟く。
うさぎは真っ赤な目を瞬かせた。

「レイモンドなら、私達より走るのも早いし、遠くへ行っても、すぐに帰って来れると思わない?」

ばさ、とルーノの尻尾から布巾が落ちる。
興奮したように、ぴくぴくと耳を忙しなく動かして、全面的に同意を示しているルーノに、チヨは勇気づけられた。

「私は街に行ければいいわ。おじさんが言ってた、お城が見たいの。ルーノは?」

両手を広げて必死に自分の見たいものを伝え、ルーノは飛び跳ねる。
チヨは可笑しそうに笑った。

「海がいいの?でも、そうね。私も一度は泳いでみたいわ。じゃ、明日、レイモンドに頼んでみましょう」

最後のお皿を水に通す。
それをルーノに手渡し、チヨはこそっと耳元で呟いた。

「お母さんとおじさんには内緒で出掛けるのよ」

当たり前だ、とばかりにルーノは胸を反らし、尻尾に乗せ直した布巾でお皿の水気を払った。
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