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森の出口まで無事に辿り着いた時、空は夕焼け色に染まっていた。
きっと、数刻もしない内に、月が顔を出すだろう。
そうすれば、ユウの願いが叶うのだ。

「帰ろう、レイモンド」

お城を見る気分では無かった。
このまま、家に帰ってルーノと一緒にベッドに丸まって、消えてしまいたいと思った。
堪らなくなったチヨは、レイモンドのたてがみに顔を埋める。

その時、複数人の話し声が耳に飛び込んできた。
ルーノもレイモンドももちろん、それに気付く。
そして、森の中へと後退りし、姿が見えないように闇に隠れた。

「探し出して、殺せ!いいか、何としても魔女のところへ行かせてはならない!」
「しかし、陛下。この暗がり森の中へ入るのは…」
「いいか、あいつが魔女の元へ行ってみろ。我々は殺されるに決まっている!」
「だから言ったんです、小さいときに始末すれば良かったと」
「あの時の儲けを貰っておいて、何を今更」

チヨとルーノには、ピンと来なかったが、レイモンドには彼らが何者なのかはっきりと分かった。
音を立てないように森の中へと方向転換する黒馬に、チヨは訳が分からず眉を顰めるが、異様な雰囲気を感じ取り、沈黙を守り続ける。

「黒い馬に乗って逃げたのでしょう?小さい女の子とうさぎも一緒だったという話ですが」
「一部始終を見てた連中の話しじゃ、どっかの田舎娘らしいし、そのガキ捕まえて吐かせる方が楽かもしれないな」
「魔女に頼んで、居場所を見つけてもらうのはいかがでしょうか、陛下?」
「対価が小さいものなら、それでも構わん」

さすがのチヨにも、彼らの言いたいことが分かった。
ルーノも身体を震わせて、真っ赤な目を見開いている。
彼らは、ユウを探しているのだ。
そして、殺してしまえと言っている。

彼らがこのまま、魔女の元へ向かうのだとすれば、日没前には辿り着くだろう。
月が昇っていないなら、ユウの願いは叶えられない。

「教えてあげなきゃ」

戻ろう、とチヨはレイモンドの背中を叩く。
言うまでもなく、黒馬は身を翻し、駆け出した。
蹄が地面に落ちた小枝を踏み折り、森を駆け抜ける音が響き渡る。
話し声が途端に止み、焦ったような叫び声が上がった。

「そこにいるのは誰ですか!?」
「追いかけろ!早く!」

チヨはルーノを抱いて、必死にたてがみにしがみつく。
暗い森の中は、昼間に入った時よりも、一層暗かった。
カラスたちも昼間に騒ぎすぎて疲れたのか、随分と大人しく、蜘蛛や毛虫は暗すぎて姿を見ることが出来ない。

背後から、馬の走る音が聞こえてくる。
もちろん、レイモンドの足音ではない。
振り返れば、明かりを持った人間が馬で追いかけて来ていた。

「レイモンド!急いで!」

距離が詰められる。
圧倒的に、明かりを持っている方が早かった。
足元をまともに見ることの出来ない状況では、優秀なレイモンドと言えど、本領を発揮することは難しい。
ついには、横に並ばれてしまった。

「黒い馬に、うさぎに、ガキ!ビンゴだ!」

髭面の男の手が、にゅ、と伸ばされる。
首根っこを掴まれる、とチヨが身を竦めたとき、ルーノが腕から飛び出した。
うさぎは華麗にジャンプして、隣の馬に飛び移ると、思い切り男の腕に齧りつく。

「痛てぇ!」

ルーノは、悲鳴を上げた男の手から飛び上がり、顔面に強力な後ろ足キックを繰り出して、再びチヨの元に舞い戻った。
蹴られた男は悶絶し、鼻を抑えて無様に馬の上で顔を伏せて止まっている。

「ルーノ、かっこいい!」

腕に飛び込んできたうさぎを、ぎゅっと抱きしめて、チヨが歓声を上げる。
照れくさそうにルーノは、鼻面でチヨの頬にキスをした。
これで振り切れたかと思ったが、追いかけてきているのは一人だけでは無かった。

真っ青になったチヨは、レイモンドに状況を伝える。
間違いなく、追いつかれるのは時間の問題だった。
このままユウの元に向かえば、敵に居所を教えてしまうことになる。

「このまま森を抜けて、逃げよう」

レイモンドは、力強く声を上げて嘶いた。
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