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第4章
急行
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夕食を終え、これからの行動について話し合っていた時、ノーク山から爆発音とドラゴンの咆哮が聞こえ、その衝撃波の名残のような強い吹きおろしの風が届いた。
「まさか、こんな暗がりの中で会敵したのか!?」
ディランはすぐさま立ち上がり、タープから出てノーク山山頂を睨む。雪はまだ降っていないが、それでも暗闇の中で麓から山頂がうかがえるほど視界がいいわけでもなく、それほど標高が低いわけでもない。ただ、薄っすらと何かが動いたように見えた。
「今から応援に向かっても間に合わないと思うけど・・・どうする?」
リーノはディランの隣に立ち、同じく山頂を見上げながら問いかける。
ディランはすぐさまテントに向かいつつ指示を飛ばし始めた。
「ポート、周辺の罠の回収と並行して周辺の警戒。レナ、火を消した後リングルイと協力して野営地を片付けてくれ。ルーナ、ライム、二人は一緒に山に先行して索敵してくれ。ロープで道を示しておいてくれ。リングルイは野営地の撤収作業を全面的に頼みたい。」
「今から確認しに行くのか?いくらなんでも無茶過ぎるだろ。」
ランベルが指示を出すディランに難色を示したが、ディランは自分の荷物をまとめるのを止めることはない。
「ライムの探索能力をフルに活かしつつできるだけ最速の道のりを駆け抜ければ最悪撤退の手助けくらいはできるかもしれん。アスラなら何とか2時間くらいは持ちこたえられるだろう。確かに暗がりでは勝利することは難しくとも、魔術師に障壁を作らせ続けて遊撃隊が注意を散らしつつ本隊を後退させることはできるはず。想定しているドラゴンならばまず間違いなく防ぎきれるはずなんだ。」
「ですが、想定以上だとすれば、1時間と持たない可能性もありますよ。」
エラルダも抗議しているが、手は動かしてテントを畳み始めている。
「そこは運としか言いようがない。想定を下回れば倒しているかもしれない。ただ、俺は助けられるかもしれないという状況下において、あきらめたくないだけだ。」
「そんな希望に私たちも巻き込むの?」
メイリーンも片付けつつディランに言い募るが、それでもディランは止まらず動き続ける。
「俺は自分にできる最大限の行動を心掛けている。ゆえに行きたくなければご自由になどと言うつもりもない。自分を過小にも過大にも見ず、力を行使し続けるのみだ。」
ディランはそこまで言ってふと動きを止め、こちらを見る全員の顔を見回す。
「だから、これはディランとしてではなく、ディラン=フォン=ヴァインシュタット=レゼシアとして発言する。すぐにアスラ率いる混成部隊を援護に行く。そのための迅速な行動を願う。」
ディランがそう言ったことでリーノは跪き、顔を伏せた。
「私は王子のその姿に惹かれ、同じ冒険者の道を歩みました。その王子がご命令くださるのならば我らリングルイは王子の手足となって動きましょう。」
リーノはそう言った後、すぐに立ち上がり、ニット笑みを浮かべて見せた。
「まあ僕としても、助けられるなら助けたいからね。ディランも冷静に考えているみたいだし、そこまで無茶なことはしないだろ?」
「ああ。無理そうならすぐに撤退するし、安全第一で向かうさ。だからこそライムに先行してもらおうと考えている。」
そう言ってディランは私たちの方を向く。私たちはディランに笑顔を見せる。
「期待に応えて見せますよ。出来るだけ早く辿り着けるように、一度もモンスターに邪魔されない安全最速の道を。」
私たちはロープの先端をディランに手渡し、隠蔽の付与を行う。知恵あるモンスターなどに切られないための工作だ。
それからすぐにルーナとともに山頂を目指して進む。鬱蒼と茂る針葉樹の中を歩きながら触手で周りを確認し、安全を確保する。
私たちが視界を飛ばしている間はルーナが手を引いてくれるため、進みながら索敵することができるのである。
ルーナは障壁を張りつつ私たちの代わりに周囲を目視し、危険がない確認する。
(一応感覚も微弱ながらオンにしているから何かに踏まれたらわかるけど、やっぱり寒くてあまり広範囲に索敵できないのは痛いね。)
(どうにかして耐性の強化ができればいいんだろうけど、ゲームみたいに装飾品一つで上がるようなもんでもないし。難しいね。)
人間ならばヒータードリンクというクーラードリンクの真逆の性能を持つ薬品を使って体温を上げたりできるけれど、私たちには効果がない。
それは何も不思議なことはなく、その両方は魔法薬の類ではなく、汗腺や血管などに働きかけて体温を適正体温まで上げたり下げたりしているのである。スライムである私たちはそんな器官存在せず、発熱することもない。もともと温度を感じる必要もない私たちの体ではそんな薬が効果を示すはずもないのである。
(あ、なんか踏まれた気がする。ちょっと見てくる。)
(了解。)
(・・・お、モンスター発見。どうしようか。)
(魔法を使って遠くに行かせられないかな?)
(やってみる。えっと・・雪を丸めてと・・・お~向こういった。)
そうして私たちが小走りに山を登っていると野営地の片づけを終えたディラン達が駆け上ってくるのが見えた。
「ルーナ。ディラン達が来ます。」
「では、少し待ちましょうか。」
数十秒後にディラン達と合流し、そこからはスピードを上げて登り続けた。
さて、もうそろそろ中腹あたりだけど、このペースで間に合うのだろうか。
あたりの音はほとんど聞こえず、たまに微かに響く爆発音のようなものが聞こえるが、それ以上目立つ音が聞こえないのが何とも不安にさせる。
ほとんど休みなく走り続けて1時間位したとき、先頭を走っていたディランが手を挙げて歩を止める。そしてハンドサインで静かにしろと指示し、近づくように指示した。
「どうした?まだ頂上には遠いが。」
ポートが周りを警戒しながら問いかけるが、それに答えずディランが私たちの方を見た。
「ライム。前方に集中して索敵を行ってみてくれ。出来れば頂上の方向を良く見ておいてほしい。」
何かを察知したのかディランがただ一つの方に目を凝らす。
「わかりました。」
私はすぐに周囲に展開していた触手を回収し、前方に集中して索敵を始める。
少し太めにすることで先ほどよりも長めに触手を伸ばし、頂上付近をくまなく見ていく。
(何もないような気がするけど・・・)
(う~んこっちも・・あれ?)
(どうかした?)
(えっと、ちょっと待ってね。見間違いかもしれないし。)
美景が何か見つけたらしく、私は美景が見ている場所を見る。
(・・・山が、動いた?)
(そんなわけないでしょ。)
(これはやばいかも。あれドラゴンだよのーちゃん!)
美景が示す方をじっと見ていると、確かに動いている。山の頂上に見えた黒い塊が徐々に動き、私が知るシルエットが表れた。
ドラゴン。ドラゴンだ。かなり距離があるはずなのにきちんと認識できる程の巨体とその雄々しき姿はまさしく、私がファンタジー系ゲームでよく知るドラゴンの姿に酷似していた。
小さな感動、そして多大なる恐怖が身を包む。
あれがここにいるということは部隊が全滅したって事?それともうまく撤退できたって事?なんにしろ、このまま進めば間違いなくドラゴンに感づかれて襲われる。
私たちは余計な音を立てないように触手を戻し、小声で報告を始める。
「正面にドラゴンがいます。こちらに気づいている様子はなく、向こう側を見ているようでした。戦闘している様子はなく、すでに戦闘は終了しているとみて間違いないと思います。」
私たちの報告に全員の喉が鳴る。唯一想定していたのであろうディランは厳しい表情になり、考えるように顎をさする。
「やはりか。なら迂回するしかないが、ライム、どう行けばいい?」
「完全に迂回するには山を回るほかないでしょう。かなりの巨体ですし、あまりこれ以上近づかない方が無難です。今は気づいていませんが、もしモンスターと戦闘になったときに気づかれるかもしれません。極力遭遇しないようにしますが、絶対ということはないので。」
私たちの提案をディランは目を伏せて吟味し、数秒後、ゆっくりとうなずいた。
「それで行こう。戦闘が行われていないなら今から急いでも意味がない。ここからは出来るだけ慎重に動き、皇国側に回り込む。撤退できていると良いが。」
「あんまり楽観視はできないよね。」
レナの言葉に全員が心持暗い表情になる。ドラゴンと遭遇して無事に済むはずがない。特にこんな暗がりで遭遇したのなら人間側は圧倒的に不利だ。普段灯りに囲まれて過ごしている人間が暗闇の森の中で、それも雪山の中で善戦することは難しい。そして、おそらく今回はドラゴンが先に行軍する人間を見つけた可能性が高い。不利なうえに十分な準備もできなかった彼らが無事ですむはずがない。
それに、ディランが想定していた2時間よりも早く決着がついていることが気がかりだ。予定よりもうまく撤退できたのならいいが、恐らくそうではなく、考えていたよりもドラゴンが強大であった可能性の方が高い。ならば生存確率がガクッと下がってしまう。
「考えていてもしょうがないさ。まずは確かめに行こう。」
リーノの言葉にうなずき、私たちの先導で迂回し始める。
慎重に慎重を重ねて歩き続け、皇国側に回りこめたのはそれから1時間以上かかっての事だった。
「まさか、こんな暗がりの中で会敵したのか!?」
ディランはすぐさま立ち上がり、タープから出てノーク山山頂を睨む。雪はまだ降っていないが、それでも暗闇の中で麓から山頂がうかがえるほど視界がいいわけでもなく、それほど標高が低いわけでもない。ただ、薄っすらと何かが動いたように見えた。
「今から応援に向かっても間に合わないと思うけど・・・どうする?」
リーノはディランの隣に立ち、同じく山頂を見上げながら問いかける。
ディランはすぐさまテントに向かいつつ指示を飛ばし始めた。
「ポート、周辺の罠の回収と並行して周辺の警戒。レナ、火を消した後リングルイと協力して野営地を片付けてくれ。ルーナ、ライム、二人は一緒に山に先行して索敵してくれ。ロープで道を示しておいてくれ。リングルイは野営地の撤収作業を全面的に頼みたい。」
「今から確認しに行くのか?いくらなんでも無茶過ぎるだろ。」
ランベルが指示を出すディランに難色を示したが、ディランは自分の荷物をまとめるのを止めることはない。
「ライムの探索能力をフルに活かしつつできるだけ最速の道のりを駆け抜ければ最悪撤退の手助けくらいはできるかもしれん。アスラなら何とか2時間くらいは持ちこたえられるだろう。確かに暗がりでは勝利することは難しくとも、魔術師に障壁を作らせ続けて遊撃隊が注意を散らしつつ本隊を後退させることはできるはず。想定しているドラゴンならばまず間違いなく防ぎきれるはずなんだ。」
「ですが、想定以上だとすれば、1時間と持たない可能性もありますよ。」
エラルダも抗議しているが、手は動かしてテントを畳み始めている。
「そこは運としか言いようがない。想定を下回れば倒しているかもしれない。ただ、俺は助けられるかもしれないという状況下において、あきらめたくないだけだ。」
「そんな希望に私たちも巻き込むの?」
メイリーンも片付けつつディランに言い募るが、それでもディランは止まらず動き続ける。
「俺は自分にできる最大限の行動を心掛けている。ゆえに行きたくなければご自由になどと言うつもりもない。自分を過小にも過大にも見ず、力を行使し続けるのみだ。」
ディランはそこまで言ってふと動きを止め、こちらを見る全員の顔を見回す。
「だから、これはディランとしてではなく、ディラン=フォン=ヴァインシュタット=レゼシアとして発言する。すぐにアスラ率いる混成部隊を援護に行く。そのための迅速な行動を願う。」
ディランがそう言ったことでリーノは跪き、顔を伏せた。
「私は王子のその姿に惹かれ、同じ冒険者の道を歩みました。その王子がご命令くださるのならば我らリングルイは王子の手足となって動きましょう。」
リーノはそう言った後、すぐに立ち上がり、ニット笑みを浮かべて見せた。
「まあ僕としても、助けられるなら助けたいからね。ディランも冷静に考えているみたいだし、そこまで無茶なことはしないだろ?」
「ああ。無理そうならすぐに撤退するし、安全第一で向かうさ。だからこそライムに先行してもらおうと考えている。」
そう言ってディランは私たちの方を向く。私たちはディランに笑顔を見せる。
「期待に応えて見せますよ。出来るだけ早く辿り着けるように、一度もモンスターに邪魔されない安全最速の道を。」
私たちはロープの先端をディランに手渡し、隠蔽の付与を行う。知恵あるモンスターなどに切られないための工作だ。
それからすぐにルーナとともに山頂を目指して進む。鬱蒼と茂る針葉樹の中を歩きながら触手で周りを確認し、安全を確保する。
私たちが視界を飛ばしている間はルーナが手を引いてくれるため、進みながら索敵することができるのである。
ルーナは障壁を張りつつ私たちの代わりに周囲を目視し、危険がない確認する。
(一応感覚も微弱ながらオンにしているから何かに踏まれたらわかるけど、やっぱり寒くてあまり広範囲に索敵できないのは痛いね。)
(どうにかして耐性の強化ができればいいんだろうけど、ゲームみたいに装飾品一つで上がるようなもんでもないし。難しいね。)
人間ならばヒータードリンクというクーラードリンクの真逆の性能を持つ薬品を使って体温を上げたりできるけれど、私たちには効果がない。
それは何も不思議なことはなく、その両方は魔法薬の類ではなく、汗腺や血管などに働きかけて体温を適正体温まで上げたり下げたりしているのである。スライムである私たちはそんな器官存在せず、発熱することもない。もともと温度を感じる必要もない私たちの体ではそんな薬が効果を示すはずもないのである。
(あ、なんか踏まれた気がする。ちょっと見てくる。)
(了解。)
(・・・お、モンスター発見。どうしようか。)
(魔法を使って遠くに行かせられないかな?)
(やってみる。えっと・・雪を丸めてと・・・お~向こういった。)
そうして私たちが小走りに山を登っていると野営地の片づけを終えたディラン達が駆け上ってくるのが見えた。
「ルーナ。ディラン達が来ます。」
「では、少し待ちましょうか。」
数十秒後にディラン達と合流し、そこからはスピードを上げて登り続けた。
さて、もうそろそろ中腹あたりだけど、このペースで間に合うのだろうか。
あたりの音はほとんど聞こえず、たまに微かに響く爆発音のようなものが聞こえるが、それ以上目立つ音が聞こえないのが何とも不安にさせる。
ほとんど休みなく走り続けて1時間位したとき、先頭を走っていたディランが手を挙げて歩を止める。そしてハンドサインで静かにしろと指示し、近づくように指示した。
「どうした?まだ頂上には遠いが。」
ポートが周りを警戒しながら問いかけるが、それに答えずディランが私たちの方を見た。
「ライム。前方に集中して索敵を行ってみてくれ。出来れば頂上の方向を良く見ておいてほしい。」
何かを察知したのかディランがただ一つの方に目を凝らす。
「わかりました。」
私はすぐに周囲に展開していた触手を回収し、前方に集中して索敵を始める。
少し太めにすることで先ほどよりも長めに触手を伸ばし、頂上付近をくまなく見ていく。
(何もないような気がするけど・・・)
(う~んこっちも・・あれ?)
(どうかした?)
(えっと、ちょっと待ってね。見間違いかもしれないし。)
美景が何か見つけたらしく、私は美景が見ている場所を見る。
(・・・山が、動いた?)
(そんなわけないでしょ。)
(これはやばいかも。あれドラゴンだよのーちゃん!)
美景が示す方をじっと見ていると、確かに動いている。山の頂上に見えた黒い塊が徐々に動き、私が知るシルエットが表れた。
ドラゴン。ドラゴンだ。かなり距離があるはずなのにきちんと認識できる程の巨体とその雄々しき姿はまさしく、私がファンタジー系ゲームでよく知るドラゴンの姿に酷似していた。
小さな感動、そして多大なる恐怖が身を包む。
あれがここにいるということは部隊が全滅したって事?それともうまく撤退できたって事?なんにしろ、このまま進めば間違いなくドラゴンに感づかれて襲われる。
私たちは余計な音を立てないように触手を戻し、小声で報告を始める。
「正面にドラゴンがいます。こちらに気づいている様子はなく、向こう側を見ているようでした。戦闘している様子はなく、すでに戦闘は終了しているとみて間違いないと思います。」
私たちの報告に全員の喉が鳴る。唯一想定していたのであろうディランは厳しい表情になり、考えるように顎をさする。
「やはりか。なら迂回するしかないが、ライム、どう行けばいい?」
「完全に迂回するには山を回るほかないでしょう。かなりの巨体ですし、あまりこれ以上近づかない方が無難です。今は気づいていませんが、もしモンスターと戦闘になったときに気づかれるかもしれません。極力遭遇しないようにしますが、絶対ということはないので。」
私たちの提案をディランは目を伏せて吟味し、数秒後、ゆっくりとうなずいた。
「それで行こう。戦闘が行われていないなら今から急いでも意味がない。ここからは出来るだけ慎重に動き、皇国側に回り込む。撤退できていると良いが。」
「あんまり楽観視はできないよね。」
レナの言葉に全員が心持暗い表情になる。ドラゴンと遭遇して無事に済むはずがない。特にこんな暗がりで遭遇したのなら人間側は圧倒的に不利だ。普段灯りに囲まれて過ごしている人間が暗闇の森の中で、それも雪山の中で善戦することは難しい。そして、おそらく今回はドラゴンが先に行軍する人間を見つけた可能性が高い。不利なうえに十分な準備もできなかった彼らが無事ですむはずがない。
それに、ディランが想定していた2時間よりも早く決着がついていることが気がかりだ。予定よりもうまく撤退できたのならいいが、恐らくそうではなく、考えていたよりもドラゴンが強大であった可能性の方が高い。ならば生存確率がガクッと下がってしまう。
「考えていてもしょうがないさ。まずは確かめに行こう。」
リーノの言葉にうなずき、私たちの先導で迂回し始める。
慎重に慎重を重ねて歩き続け、皇国側に回りこめたのはそれから1時間以上かかっての事だった。
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