公爵令嬢の取り巻きA

孤子

文字の大きさ
22 / 29
第1章

建国祭

しおりを挟む
 エルーナが平民の街に下りたのは今度で3回目である。1度目はエルーナにも覚えがない赤子の頃の事で、赤子を見せるために王都を離れて、カトリーナの生家があるスワルト子爵領へと向かった際に。2度目は春と夏の間にある建国祭とは反対の季節にある、秋と冬の間にある収穫祭に、当時3歳だったエルーナがお忍びで行った時である。その際、エルーナはすぐに体調が悪くなり、以降祭りなどの行事には参加しなくなった。

 祭は傾斜があり、広場が少ない貴族街ではなく、基本的に平地で広場の多い平民の街で行われる。建国祭は平民の街の中でも富裕層が多く住む区域で行われるため、貴族も多く参加している。逆に収穫祭の方は、貧民の多い区域が近いところで行われるため、治安の関係もあり、貴族はお忍びでない限り参加していない。

 今回は建国祭なので、メルネアのような公爵家の娘も大手を振って平民の街へといくことができる。公爵家の令嬢ともなれば、傍に控える側近の数も多く、特に平民の街や他領に出向くときは大所帯になる。そこにエルーナも参加すれば、人目に付くことは間違いない。お忍びなど公爵家の人間が許されるはずなどなく、必然的に建国祭が、メルネアが平民の街に下りられる唯一の祭りとなるのである。

 別に、平民の街がそれほど魅力的というわけではない。品数や品質は当然貴族街やそこに近い地区の店の方が断然良いし、清潔さでは比較にすらならない。

 だが、貴族街と平民の街では違うところが一つある。それは屋台である。祭りの間だけではなく、平民の街では朝と夜に市を開くために、店が立ち並ぶ通りに等間隔で屋台が立っているのである。貴族街では見ないような変わった品物。ある程度の教養ある者ならばすぐに見分けがつく美術品の贋作。調味料などに使われる新鮮な素材、手づかみや串のままかぶりつかなくては食べられない料理など、純粋に貴族として生きていれば見ることの無いような物が見られるのだ。

 大人はそこまで興味を示さず、大概が建国祭を恙なく執り行うために出向くが、子供たちは興味を引く色々なものを見に下りてくるのである。

 そういうことで、今平民の街では実に多くの人々が行きかっており、馬車が並んで進める程の広さを持つ道路も、馬車の移動を制限して遊歩道化しているにもかかわらず、少々歩きにくく思えるほどに人が溢れている。少し高い場所に登れば、所々に塊が見えるため、どこに貴族がいるかというのはある程度分かるのだが、人の多さからそれがどこの家の者なのかはわかりにくい。

 「メルネア様はどこかしら。」

 道の端に設置した折り畳み椅子に座って休みつつ、目の前を通る無数の人々を眺めながら、エルーナは隣にいるテレサに声をかけた。

 実は、今エルーナはメルネアとはぐれており、人ごみの中からメルネアを見つけ出して合流しようとしているところなのである。

 ダスクウェル公爵家に向かったエルーナは、すでに門前で待機していたメルネアに苦笑しつつ、一緒に平民の街まで来た。そこまでは良かったのだが、あまりの人の多さといくつかの間の悪さが重なり、こうして離れてしまったわけである。

 平時であれば貴族であるエルーナとメルネアの行く手が阻まれることなどないのだが、今は祭りの最中である。熱に浮かされた人々は本来なら道をあける貴族にも気づかず、あるいは無視して行き来する。エルーナもメルネアもそれを咎めることはせず、穏便に済ませてきた結果、はぐれることになってしまったのだ。

 「ダメですね。上から探しては見ましたが、メルネア様や側近の方々は見当たりません。」

 どうすれば自力で2階建ての家にこれだけ早く登れるのか知らないが、カティラが屋根の上からメルネアを探していた。しかし、発見することはできなかったようで、申し訳なさそうに項垂れた。

 「気にすることはありません。十数人も固まっている一行を見つけられないというのは、この人の多さを見ればわかっていたことです。」

 「恐れ入ります。私はもう一度上に登り、屋根を伝って捜索してみます。その間、アレスとミーシャを離さないでください。」

 カティラが屋根に登った際もずっと後ろに付いていてくれた二人に目を向ける。

 「わかっています。お父様の言葉もありますし。」

 「それでは、失礼します。」

 カティラが一度首を垂れ、アレスとミーシャに騎士同士の敬礼を行ってから、まるで翼でも生えているかのような軽やかさで、土を蹴って家の壁を駆け上る。

 (あれも魔法なのかしら。でもテレサによるとカティラは魔法がすごく苦手だって言ってたし。)

 人間離れした運動能力を見せられて呆気にとられつつ、エルーナは残っている護衛二人を見る。

 アレスとミーシャはエルーナの側近ではない。エドワルドの側近であり、いつもはエドワルドの外出時に護衛に付いており、護衛仕事がないときは新人の教育を行っている。

 アレスは名前とその姿から多くの女性を虜にする美男子のように見られるが、実は女性である。男性としては少し長めな銀髪をしており、目鼻立ちも凛々しく整っていて、背丈もあり、男物の衣服を着用しているので、知らないものがいれば完全に男と見間違う。ただ、胸はちゃんとあり、筋肉質ながらも女性らしい丸みを帯びているところもある。胸はさらしを巻き、体は衣服で完全に覆っているので、どう見ても女性には見えないが。

 ミーシャはアレスとは対極的で、まるで貴族の中でも高位の家の令嬢のような容姿をしている女性である。髪は騎士ではあまり見ない長髪で、滑らかな薄い金髪は腰まであるのだが、サイドの髪を簡単に編み込む以外には一切まとめていない。身にまとっている衣服も飾り気のないドレスのようで、スカートだけは動きやすいように丈が短くなっているが、それがより一層男性の目をくぎ付けにする要因になっている。まるで争いごとを知らない少女のように綺麗な肌をしており、とても騎士には見えないだろう。

 そんな異色な二人をエルーナの護衛に着けたのには理由がある。

 アレスは一見すると男性にしか見えないので、女性ばかりと侮られ、無用な争いが起こる事を避けることができる。カティラであれば多少侮られたところで一睨みすればそれで終わってしまうのだが。それに、女性しか入る事の出来ない場所でも説明すれば入る事ができるので、護衛の数を減らさなくても良くなる。

 ミーシャは逆に、力量を見誤らせて、先に狙わせやすくするためにあえて騎士らしくない格好にしている。というのも、ミーシャはベッセル家の抱える騎士の中でも強く、見た目勝てなさそうなアレス相手に無手で勝てる程の実力を持つ。戦闘になったときに弱い者から先に叩くというのは定石であるためその裏をかいた策である。ミーシャが女性らしい装備に身を包むのは元からではあるが。ちなみに、ベッセル家でミーシャが勝てない相手がカティラである。

 二人を見ながら、エルーナは懐かしむように目を細める。

 (まるで宝塚の男形と女形よね。昔友達と行った時は凄いなと思ったけど、これだけナチュラルに男装してる人って見たことないなー。ミーシャなんて私よりも貴族の令嬢っぽいし。元は平民の兵士の子だっけ。)

 「あの、エルーナ様?何か変なところでもあるのでしょうか?」

 舩の時の記憶を呼び起こされて懐かしんでいると、見つめられて不思議に思った二人がエルーナに戸惑った顔をして恐る恐る尋ねた。

 「い、いえ。ただ、アレスは普段男装ですし、ミーシャは飾り気の少ない服でしょう?もっと自由にできればと思っただけです。」

 そうエルーナが言い訳すると、二人は互いに顔を見合わせた後、苦笑しつつ納得した。

 「そういう事ですか。そうですね。我々も任務がなければ思い思いの服を着るかもしれません。ですが、そのような心配は無用ですよ。」

 「アレスの言う通り、この姿は主のためを考え、自身にできる役割を考えた結果で、今はエルーナ様をお守りするためでもあります。騎士となり、主をたてた時点で主を一番に置いている我々が、好きな服など選べるはずがありません。ですが、それは嫌々というわけではなく、選べない中でも自分の趣向にあったものを着ているのです。この服も、私は気に入っていますから。」

 アレスとミーシャはそう言って笑みを浮かべた。ミーシャの言う選べる範囲の狭さがエルーナとしては引っかかっていたことなのだが、二人ともそれは気にしていないようである。仕事をするうえで適切な衣服というものがあるということはわかっているエルーナは、それ以上は言わないようにして、再び道を流れる人々の往来を眺め始めた。

 (気楽におしゃべりしたり、買い物したり、オシャレしたり。そういう事ができる人の方が、この世界には少ないみたいだし、仕方ないのかな。貴族だって、場合によって服装のデザインや色が決まってくるし。)

 そのまましばらく椅子に座ってじっとしていること十数分。ようやく調べ終わったらしいカティラが屋根の上から戻ってきた。

 「お待たせしました。メルネア様を見つけましたので、案内します。」

 「ありがとうカティラ。よろしくお願いしますね。」

 カティラの先導で人の波の間をかいくぐり、エルーナはようやくメルネアと再び合流することができたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。

しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。 今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。 女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか? 一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...