公爵令嬢の取り巻きA

孤子

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第1章

建国祭

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 エルーナが平民の街に下りたのは今度で3回目である。1度目はエルーナにも覚えがない赤子の頃の事で、赤子を見せるために王都を離れて、カトリーナの生家があるスワルト子爵領へと向かった際に。2度目は春と夏の間にある建国祭とは反対の季節にある、秋と冬の間にある収穫祭に、当時3歳だったエルーナがお忍びで行った時である。その際、エルーナはすぐに体調が悪くなり、以降祭りなどの行事には参加しなくなった。

 祭は傾斜があり、広場が少ない貴族街ではなく、基本的に平地で広場の多い平民の街で行われる。建国祭は平民の街の中でも富裕層が多く住む区域で行われるため、貴族も多く参加している。逆に収穫祭の方は、貧民の多い区域が近いところで行われるため、治安の関係もあり、貴族はお忍びでない限り参加していない。

 今回は建国祭なので、メルネアのような公爵家の娘も大手を振って平民の街へといくことができる。公爵家の令嬢ともなれば、傍に控える側近の数も多く、特に平民の街や他領に出向くときは大所帯になる。そこにエルーナも参加すれば、人目に付くことは間違いない。お忍びなど公爵家の人間が許されるはずなどなく、必然的に建国祭が、メルネアが平民の街に下りられる唯一の祭りとなるのである。

 別に、平民の街がそれほど魅力的というわけではない。品数や品質は当然貴族街やそこに近い地区の店の方が断然良いし、清潔さでは比較にすらならない。

 だが、貴族街と平民の街では違うところが一つある。それは屋台である。祭りの間だけではなく、平民の街では朝と夜に市を開くために、店が立ち並ぶ通りに等間隔で屋台が立っているのである。貴族街では見ないような変わった品物。ある程度の教養ある者ならばすぐに見分けがつく美術品の贋作。調味料などに使われる新鮮な素材、手づかみや串のままかぶりつかなくては食べられない料理など、純粋に貴族として生きていれば見ることの無いような物が見られるのだ。

 大人はそこまで興味を示さず、大概が建国祭を恙なく執り行うために出向くが、子供たちは興味を引く色々なものを見に下りてくるのである。

 そういうことで、今平民の街では実に多くの人々が行きかっており、馬車が並んで進める程の広さを持つ道路も、馬車の移動を制限して遊歩道化しているにもかかわらず、少々歩きにくく思えるほどに人が溢れている。少し高い場所に登れば、所々に塊が見えるため、どこに貴族がいるかというのはある程度分かるのだが、人の多さからそれがどこの家の者なのかはわかりにくい。

 「メルネア様はどこかしら。」

 道の端に設置した折り畳み椅子に座って休みつつ、目の前を通る無数の人々を眺めながら、エルーナは隣にいるテレサに声をかけた。

 実は、今エルーナはメルネアとはぐれており、人ごみの中からメルネアを見つけ出して合流しようとしているところなのである。

 ダスクウェル公爵家に向かったエルーナは、すでに門前で待機していたメルネアに苦笑しつつ、一緒に平民の街まで来た。そこまでは良かったのだが、あまりの人の多さといくつかの間の悪さが重なり、こうして離れてしまったわけである。

 平時であれば貴族であるエルーナとメルネアの行く手が阻まれることなどないのだが、今は祭りの最中である。熱に浮かされた人々は本来なら道をあける貴族にも気づかず、あるいは無視して行き来する。エルーナもメルネアもそれを咎めることはせず、穏便に済ませてきた結果、はぐれることになってしまったのだ。

 「ダメですね。上から探しては見ましたが、メルネア様や側近の方々は見当たりません。」

 どうすれば自力で2階建ての家にこれだけ早く登れるのか知らないが、カティラが屋根の上からメルネアを探していた。しかし、発見することはできなかったようで、申し訳なさそうに項垂れた。

 「気にすることはありません。十数人も固まっている一行を見つけられないというのは、この人の多さを見ればわかっていたことです。」

 「恐れ入ります。私はもう一度上に登り、屋根を伝って捜索してみます。その間、アレスとミーシャを離さないでください。」

 カティラが屋根に登った際もずっと後ろに付いていてくれた二人に目を向ける。

 「わかっています。お父様の言葉もありますし。」

 「それでは、失礼します。」

 カティラが一度首を垂れ、アレスとミーシャに騎士同士の敬礼を行ってから、まるで翼でも生えているかのような軽やかさで、土を蹴って家の壁を駆け上る。

 (あれも魔法なのかしら。でもテレサによるとカティラは魔法がすごく苦手だって言ってたし。)

 人間離れした運動能力を見せられて呆気にとられつつ、エルーナは残っている護衛二人を見る。

 アレスとミーシャはエルーナの側近ではない。エドワルドの側近であり、いつもはエドワルドの外出時に護衛に付いており、護衛仕事がないときは新人の教育を行っている。

 アレスは名前とその姿から多くの女性を虜にする美男子のように見られるが、実は女性である。男性としては少し長めな銀髪をしており、目鼻立ちも凛々しく整っていて、背丈もあり、男物の衣服を着用しているので、知らないものがいれば完全に男と見間違う。ただ、胸はちゃんとあり、筋肉質ながらも女性らしい丸みを帯びているところもある。胸はさらしを巻き、体は衣服で完全に覆っているので、どう見ても女性には見えないが。

 ミーシャはアレスとは対極的で、まるで貴族の中でも高位の家の令嬢のような容姿をしている女性である。髪は騎士ではあまり見ない長髪で、滑らかな薄い金髪は腰まであるのだが、サイドの髪を簡単に編み込む以外には一切まとめていない。身にまとっている衣服も飾り気のないドレスのようで、スカートだけは動きやすいように丈が短くなっているが、それがより一層男性の目をくぎ付けにする要因になっている。まるで争いごとを知らない少女のように綺麗な肌をしており、とても騎士には見えないだろう。

 そんな異色な二人をエルーナの護衛に着けたのには理由がある。

 アレスは一見すると男性にしか見えないので、女性ばかりと侮られ、無用な争いが起こる事を避けることができる。カティラであれば多少侮られたところで一睨みすればそれで終わってしまうのだが。それに、女性しか入る事の出来ない場所でも説明すれば入る事ができるので、護衛の数を減らさなくても良くなる。

 ミーシャは逆に、力量を見誤らせて、先に狙わせやすくするためにあえて騎士らしくない格好にしている。というのも、ミーシャはベッセル家の抱える騎士の中でも強く、見た目勝てなさそうなアレス相手に無手で勝てる程の実力を持つ。戦闘になったときに弱い者から先に叩くというのは定石であるためその裏をかいた策である。ミーシャが女性らしい装備に身を包むのは元からではあるが。ちなみに、ベッセル家でミーシャが勝てない相手がカティラである。

 二人を見ながら、エルーナは懐かしむように目を細める。

 (まるで宝塚の男形と女形よね。昔友達と行った時は凄いなと思ったけど、これだけナチュラルに男装してる人って見たことないなー。ミーシャなんて私よりも貴族の令嬢っぽいし。元は平民の兵士の子だっけ。)

 「あの、エルーナ様?何か変なところでもあるのでしょうか?」

 舩の時の記憶を呼び起こされて懐かしんでいると、見つめられて不思議に思った二人がエルーナに戸惑った顔をして恐る恐る尋ねた。

 「い、いえ。ただ、アレスは普段男装ですし、ミーシャは飾り気の少ない服でしょう?もっと自由にできればと思っただけです。」

 そうエルーナが言い訳すると、二人は互いに顔を見合わせた後、苦笑しつつ納得した。

 「そういう事ですか。そうですね。我々も任務がなければ思い思いの服を着るかもしれません。ですが、そのような心配は無用ですよ。」

 「アレスの言う通り、この姿は主のためを考え、自身にできる役割を考えた結果で、今はエルーナ様をお守りするためでもあります。騎士となり、主をたてた時点で主を一番に置いている我々が、好きな服など選べるはずがありません。ですが、それは嫌々というわけではなく、選べない中でも自分の趣向にあったものを着ているのです。この服も、私は気に入っていますから。」

 アレスとミーシャはそう言って笑みを浮かべた。ミーシャの言う選べる範囲の狭さがエルーナとしては引っかかっていたことなのだが、二人ともそれは気にしていないようである。仕事をするうえで適切な衣服というものがあるということはわかっているエルーナは、それ以上は言わないようにして、再び道を流れる人々の往来を眺め始めた。

 (気楽におしゃべりしたり、買い物したり、オシャレしたり。そういう事ができる人の方が、この世界には少ないみたいだし、仕方ないのかな。貴族だって、場合によって服装のデザインや色が決まってくるし。)

 そのまましばらく椅子に座ってじっとしていること十数分。ようやく調べ終わったらしいカティラが屋根の上から戻ってきた。

 「お待たせしました。メルネア様を見つけましたので、案内します。」

 「ありがとうカティラ。よろしくお願いしますね。」

 カティラの先導で人の波の間をかいくぐり、エルーナはようやくメルネアと再び合流することができたのだった。
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