公爵令嬢の取り巻きA

孤子

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第1章

二人のお茶会

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 建国祭が過ぎて1月ほど経った頃、夏を迎えた王国の貴族たちの中には避暑地を求めて荷造りを始める者も出始めた。

 王国の気候は比較的穏やかで、夏になっても薄着でいれば何とか耐えられる程度の暑さであり、冬は暖炉に火をくべればそれほど苦にならない程度の寒さにしかならない。

 平民にとっては苦にならない気候ではあるが、夏でも過度な薄着は許されず、冬も場合によっては着込むことができない貴族にとってはたまらない季節の到来といえるだろう。

 王国は南北で気候が変わるほど大きな国土を誇り、そのために多くの貴族が王都を離れて別荘へと向かう。

 ただ、それは王都での仕事がない者たちに限った話であり、エルーナの父エドワルドのように王都にとどまらなければいけない者も少なからずいる。

 エルーナや母カトリーナには王都にとどまる理由が特にないのだが、エドワルドが寂しがるので二人も例年通り残り、暑い中仕事をこなすエドワルドを支えている。このようなケースも少なくない。

 だからと言って汗水流して暑さに参っているのかといえば、実はそうでもない。

 外にいる場合は日差しにやられるかもしれないが、こと中においてはその限りではなく、魔道具によって屋内のほぼすべてが冷暖房完備である。

 それはベッセル家でも例外ではなく、家の中で仕事をする限りではそれほど苦にならないどころか心地よいくらいである。夏場は天気の良い日が多いこともあって猶更である。

 ただ、エドワルドの場合は屋内での仕事ばかりではなく、騎士としての仕事もあるため、炎天下に鎧を着て訓練などという地獄のような時間も存在する。

 「年々暑さが増してきているように感じる。せめて兜を外してやらねば死者も出かねんぞ。」

 家に帰ってきてすぐに一人掛けのソファに深々と座り、侍女に持ってこさせた冷や水を片手に涼んでいるエドワルドは、天を見上げてぼそりと言った。

 近くに座っていたカトリーナがその言葉を聞いて苦笑した。

 「侍女によると、最近は例年に比べるとまだ涼しい方らしいですわ。暑さが増しているのではなく、あなたが衰えてきたのではなくて?」

 カトリーナの率直な物言いにエドワルドも苦い顔をした。

 エルーナが生まれたのは二人が結ばれてから10年後と貴族としてはかなり遅い出産となっていた。

 25で結婚したエドワルドも今年で40である。そろそろ体に衰えを感じてもおかしくない年齢ではある。ちなみにカトリーナは今年34である。

 しかし、例え数字として目の前に羅列されたとしてもその通りと素直に認めることもできないエドワルドは、現実を直視させようとしてくるカトリーナから目をそらしてその隣に座るエルーナへと別の話題を振った。

 「そういえば、昨日メルネア様からエルーナに招待状が来ていたぞ。今度は二人だけだそうだ。」

 エドワルドが後ろに控えていた侍従の一人に目配せすると、すぐにこの部屋を後にした。エドワルドの執務室へ招待状を取りに向かったのだ。

 「この間は王子もいらしたから私的な話もあまりできなかったのでしょうね。」

 招待状を理由に無理やり話をそらしたエドワルドを少し呆れた目で見て言った。

 「建国祭でも結局ゆっくり話をすることはできなかったのでしょう?楽しんでいらっしゃい。」

 「はい。お母さま。」

 エルーナはにこりと笑って頷いた。

 建国祭ではライラの一件もそうだが、外を出れば祭りの喧騒にまみれて落ち着いて話をする時間など取れなかった。日が沈む前にはお互い家に帰らなくてはいけなかったし、その日は祭りを回るだけで精いっぱいだった。

 ただ、エルーナ自身としてはこれほど短い時間に話題など得られていないわけで、非常に困ったことになったわけである。

 (招待されたわけだからメルネア様には話題があるんだろうけど・・・。メルネア様はどうやって話題を供給しているんだろう。)

 貴族の一日はとてもゆったりとしている。

 そう聞くと聞こえはいいが、エルーナにとってはむしろ何もなさ過ぎて暇と言えるだろう。

 何も予定が入っていないときの一日の予定は寝食以外ほとんどやることがない。エドワルドのように役職を持っていれば別だが、カトリーナとエルーナのように仕事を持っていない場合は、一日中寝て過ごしていても文句を言われないくらいである。

 だからと言ってそんな自堕落な生活をしているのはほんの一部の放蕩者くらいではあるが。

 カトリーナは仕事がない代わりに社交に力を入れている。毎日社交場に顔を出すほど精力的ではないにしろ、週に3回は婦人同士の茶会に出向いている。

 こういった社交を通じて家同士の結びつきを強めたり、様々な情報をやり取りすることによって、遠回りながらも家に利益をもたらすのである。賃金のない仕事のようなものである。

 とはいっても日がな一日お茶を飲んでいるわけでもなく、昼食時から日の入りまでの間で3時間ほどのことである。周りに気を遣わなくてはならなかったり、社交の準備を色々としなくてはならないこともあるが、忙しいというほどでもない。涼しい顔をしながらゆったりとすべてをこなせるくらいにはゆとりがあるのである。

 母カトリーナですらそれなのに、まだ子供で社交の場にもそこまで出ることがないエルーナであればなおさら時間がある。余り過ぎていると言っていいくらいである。

 ただ、時間があるからといって自由にどこにでも出歩けるわけでもなく、遊び場のようなものがあるわけでもない。

 エルーナの場合は週に一度家庭教師を招いて筆記やマナーを教えてもらうのだが、エルーナの優秀さはこれまで数々の令状を指導してきた家庭教師も唸るほどであり、舩が入れ替わった直後以外は1時間ほどの確認程度で済んでしまうほどである。

 ひと月に片手で数える程度の社交と週に一度の簡単なテストの他には家で本を読むか庭に出て散歩するくらいしかできることがないエルーナにとって、メルネアのように何度もお話ができるほどの話題を持つことは難しいのである。

 部屋に戻ったエルーナは読みかけの本を手に取り、テレサに引いてもらった椅子に座って読みだした。読みながらもなおメルネアとのお話について考える。

 (今読んでる本とか、この間見つけた庭の花について話すとか。

 でも今読んでるのは小難しい哲学についての本だし、お茶しながら話す話題でもないかな。お花のことも大して珍しくもない花みたいだからすぐに終わっちゃうだろうし。

 やっぱりメルネア様に任せるしかないかな?)

 招待するくらいなのだからメルネアには話したい話題があるのだろう。

 ただ、ずっと甘えることもできないともエルーナは考えていた。

 メルネアには社交の場に出ずともどこかから情報を手に入れる手段がある。公爵家であるメルネアにできてエルーナにできないことはかなり多くあるが、それでも全く方法がないというわけでもないだろう。

 今度のメルネアとのお茶会でその方法をそれとなく聞き出すことができれば、他の場所でも困る事が無くなるかもしれない。

 エルーナはぱたりと本を閉じて小さく伸びをした。

 窓の外を見れば、日の光がかすかに赤みがかっていた。もうすぐ日が沈むだろう。

 テレサがエルーナの様子を見て椅子の後ろに回り、エルーナが立とうとすると同時に静かに椅子を引いた。

 「テレサ。夕食の前に服を見たいのだけど、いいかしら。」

 「すぐに用意します。」

 話題に関しては未来の自分に丸投げし、とりあえず先に解決できる問題に取り掛かることにしたエルーナだった。
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