公爵令嬢の取り巻きA

孤子

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第1章

エルーナとライラ 3

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 「それはエルーナのせいではないのではなくて?」

 ここまでの話を黙って聞いていたメルネアは一言ピシャリとそう言った。

 確かにライラが好きだと言っていた花が次の日にはきれいに刈り取られていたと聞けば、なるほどかわいそうな話ではある。

 ただ、庭を管理しているのはエルーナの父エドワルドであり、刈り取る必要性を説いたのは雇っている庭師の父親である。これに関してエルーナに怒りの矛先を向けるというのは理不尽であるといえよう。

 しかし、ライラもただ正論をぶつけられて黙ってはいられなかったようで、メルネアに対しては向けていなかった鋭い目で言い返した。

 「ですが、エルーナがエドワルド様にクレアチアの話を少しでもしていれば、全てなくなるということもなかったのではないですか?」

 「庭師が主人の了解も得ずに手を入れることはふつうありませんから、その可能性もあったかもしれません。」

 「だったら――」

 「ですが、クレアチアは確かほんの少しでも生えていればたちどころに増えてしまい、その状態だと庭を管理するのは非常に困難になると聞いた覚えがあります。エルーナから話を聞いていたとしても、エドワルド様は同じ判断をしたと思いますわ。」

 「そ、それなら鉢植えに移せば」

 「種を飛ばされては同じですから外では育てられないでしょう。中で育てるにしても貴族の家に飾る植物としては適していないでしょう。きっと今度はカトリーナ様がお許しにならないわ。」

 どれもこれも言い返されて涙目になるライラ。

 するとライラは深呼吸して涙を引っ込め、すぐに淑女の姿勢を折り戻した。

 「おっしゃる通りです。そして、それは私もわかっていたことですわ。それに関してはエルーナを責めるのは良くないと。」

 「でしたらどうしてまだエルーナに怒っているのですか?」

 ライラは冷静な表情をまたしかめさせて、キッとエルーナを見据えた。

 「私はもう一度会って話し合おうとしましたわ。あの時は仕方のないことだと、もう怒ってはいないと。けれどこの女ときたら!」

 語気を強めて机を叩き、エルーナに湧き上がる怒りをぶつけた。

 「クレアチアの話をしてもしばらく何の話か分かっていなかったのですよ!」

 ライラの言葉にメルネアは驚き顔でエルーナを見る。その当の本人であるエルーナは否定もせず素直にライラの非難を受け入れていた。

 実は、ライラが和解しようとエルーナに会いに来たのはごく最近なのである。つまり、エルーナの魂が消失し、舩が体に憑依した後の話なのである。

 まだエルーナの生活に慣れようとしていたある日、ライラがベッセル家にエルーナへの面会を取り付けた。

 当時まだエドワルドはメルネアの訪問以外は健康上の理由として面会を断っていたのだが、ライラの押しの強さと仲直りするためという面会理由に心を動かされ、例外的に許可を出したのである。

 ところが、ライラのことを前もって思い出していたにもかかわらず、ケンカの原因だけがはっきりと思いだせていなかったエルーナは、いきなりクレアチアの件を持ち出されて一瞬呆けてしまったのである。それからすぐにケンカの原因であることはわかったのだが、すぐに反応がなかったことで忘れていたことに気づかれてしまった。

 つまり、辛うじて繋がっていた糸をエルーナとなったばかりの舩がバッサリと切り飛ばしてしまい、とどめを刺してしまったのである。

 「この女はクレアチアを刈り取ったことを完全に忘れていたのですよ!この女は私のことなんてどうでもいいと思っていたに違いありません!」

 ずっと静かに様子を見守っていたテレサが動き出しそうになったのを目端にとらえたエルーナはすぐに目で合図を送ってそれを制した。

 主人の会話に侍女が割り込んではいけないという暗黙のルールを抜きにしても、これに関してエルーナは甘んじて非難を受け入れる気持ちでいるからだ。

 まだエルーナの記憶や行動のすべてを思い出せていなかったとはいえ、メルネアとは違ってライラと会うまでには時間の猶予も十分にあったのである。もしかしたらテレサや他の側付きにライラのことを聞いていれば、クレアチアのことも思い出せていたかもしれない。

 しかし、エルーナは側近たちに話を聞こうとはしなかった。

 ケンカのことをはっきりと覚えていないと正直に告白してしまえば余計に体のことを心配されるか、不審に思われるかもしれないと思ったからだ。

 それに、もしかしたらライラにあった途端にケンカのことを思い出せるかもしれないし、会話の流れで原因を突き止められるかもしれないと考えたからでもある。

 まさかいきなり「クレアチアのことですけど」と穏やかな表情で世間話でもするように切り出されるとは思わなかったのだ。

 いままでエルーナの肩を持っていたメルネアはエルーナの対応を見てため息をつき、居住まいを正した。

 「・・・それは確かに、エルーナも悪いですね。」

 メルネアが言い分を認めたことで気分を良くしたライラは、椅子に深く座ってふんぞり返った。

 「でもライラ様。私には一つわからないことがあります。」

 「なんでしょうか?」

 「エルーナがクレアチアのことを忘れていたことに怒っているのはわかりました。その件が原因でエルーナのことを嫌いになったということも理解しました。けれど、同時にエルーナに悪気がなかったこともあなたはわかっていますよね。」

 メルネアの言葉にライラは表情をぴくつかせた。その表情を見てエルーナは顔を上げ、メルネアは確信を持ったように微笑んだ。

 「なんのことでしょうか?」

 「和解しようとした日もエルーナはすぐに思い出して謝罪したでしょう。エルーナのことですから、必死になって謝っていたと思います。その時は怒りで謝罪を受け入れられなくとも、馬車に乗って家に帰るころには冷静に考えることができたのではなくて?」

 ライラは何も言わずにしかめっ面のままぷいとそっぽを向いた。

 メルネアはそんなライラを見ながらなおも続ける。

 「それに、こんな嫌がらせをするのもおかしいわ。普通なら家同士の問題に発展してもおかしくないくらいでしょう。爵位の差があれど、予約した店に無理やり割り込むなんて、どちらに転んでも外聞が悪いもの。いくら嫌いだからと言って私情を貴族間の関係に持ち込むほど、あなたが愚かには見えないもの。」

 メルネアの指摘は予想外の方向からの見方であったが、冷静に考えると確かにライラの行動は度が過ぎているように思えた。

 貴族の契約に他の貴族が割り込むということは、余程のことがない限り礼節に欠ける行為としてみられる。それは爵位の高さにものを言わせて割り込んだ方も、その圧力に屈して割り込みを許した方も、品位が欠けていると評価されるのである。

 つまり、それが子供同士の問題で、たかが店の予約の割り込みであったとしても、まかり間違えば家同士の問題に発展しかねないのである。いや、小さな問題であるからこそ、この程度のこともしっかり対応できないのかと判断されかねない。

 ライラのやっている嫌がらせとは個人の枠に収まらないものなのである。

 「あなたはエルーナが問題にしないとわかっているからこんな嫌がらせをするのよ。それはつまり、エルーナがあなたに後ろめたく思っていることが十分わかっているから。それこそ、貴族間の問題に発展しそうなことでも許してしまうほどに。」

 エルーナ自身はそんなことは微塵も考えていなかった。ただ、忘れていたことを申し訳なく思っていただけで、そんなに大きな問題になることだとも思っていなかった。

 どちらかというとここまでのメルネアの推理を聞いて本当に5歳なのか疑問に思うくらいであった。

 「そ、それがなんだというのですか?」

 ライラの声は少し震えていた。

 メルネアにすべて見透かされているように感じて恐怖しているのか、それにしては青ざめてはおらず、むしろ紅潮している。

 メルネアは自信に満ちた目でライラを見据えた。

 「本当はもう許しているのでしょう?」

 「なっ!?」

 「けれどエルーナがクレアチアのことを忘れていたことは事実だから、しばらくの間は嫌がらせをしていた。きっと今回以外にも嫌がらせはしていたのでしょう?すると今度は引っ込みがつかなくなって、徐々に規模も大きくなってきた。違いますか?」

 ライラはもう顔を真っ赤にして体を震わせうつむいている。

 それは怒っているというよりも、むしろ恥ずかしそうであった。

 無言のまま立ち上がったライラは足音を大きく鳴らしながら出入口のほうに向かい、こちらに向き直って一言。

 「ち・が・い・ま・す!」

 そう叫んで勢いよく扉を開けて出て行ってしまった。

 取り残されたアルフレッド達はライラの後を追いかけてバタバタと出ていき。アルフレッドだけは出る前に「主人が申し訳ありませんでした。」と謝罪してその場を去った。

 エルーナは状況についていけず呆けてしまい、そんなエルーナを見てメルネアはクスリと笑った。

 「あなたにも苦手なことがあるのね。」

 そんなことを言われたエルーナはただただ不格好な愛想笑いしかできなかった。
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