7 / 29
第1章
緊張と不安織りなす優雅な1日 中編
しおりを挟む
庭園の中心地に設けられたガゼボの中でお茶の準備を始める侍女たち。その準備状況を目に入れないように、エルーナとメルネアはゆっくりとした足取りで庭園の中を歩き回っていた。
貴族はいつも優雅に。これは貴族に仕えている者も例外ではない。
貴族の傍に仕えられる者はそのほとんどが貴族であるのだが、中には裕福な商人や様々な事情を抱えて従者にせざるを得ない者、貴族が興味を持って取り立てた平民がいることもある。元々が貴族であるものならば当然優雅に行動することを常日頃から考えているために、どんな時でも慌てず無駄のない所作で対応できるが、平民にとってはそれ程きちんとしたマナーを学んでいない者も多い。
だが、それでは貴族の側に使える者として失格である。貴族の優雅さというものは何も個人だけがこなしていれば良いというものではなく、その者の周囲を含めたすべてに対して心掛けるものである。
つまり、貴族の下で働く者も、例えどんな事情で仕えることになったのだとしても、仕える対象と同じ、場合によってはそれ以上の貴族らしさを身に着けていなければいけない。
なので、急にお茶会の予定が入れられて内心慌てていたとしても、それをおくびにも出さずに素早く丁寧に準備を進める必要がある。
ただ、そもそも直近に予定を入れてあらかじめ準備ができていない状況というものが、貴族としてはあまり好ましくない。事前に相手に予定を伝え、相手側の準備が整ってから本番に臨むというのが常であるが、今回の場合は何の事前連絡もなしに予定が入れられてしまった。それも上位者からの断ることができない提案によって。
この場合、すぐにお茶会を実行しようとすれば、必ず準備する情景が目に入り、落ち着きながらも慌ただしい行動が見えてしまう。これは非常にまずい。
なので、直近に予定を入れてしまったメルネアは、準備をさせる側に配慮して、準備を整える時間を設ける必要がある。それもなるべく自然な流れで、言葉にはしないように。
ということで、メルネアはエルーナと共に庭園の端から、中心地を見ないように、色とりどりの花を眺めて歩いているのである。
「もう開いている花があるのね。私の家の庭にある花はまだ開きかけのものしかないのに。」
柔らかな日差しを浴びて薄っすらと輝いているように見える花の花びらをそっと撫でながら、メルネアはそっと息を吐いた。
エルーナと二人だけである今は、幾分言葉遣いが崩れてしまっても問題がない数少ない時間である。当然近くに護衛の者が侍ってはいるけれど、護衛や侍女などは主要人物がいる中では単なる陰に過ぎない。この場にいる主要人物はメルネアとエルーナだけであるから、この場は私的なものへと変わっているのだ。お互いが了承した中であれば、多少の気安さが出ても口を出されることはない。
「日当たりがいいからかしら。それとも土がいいからかしら。」
「確かメルネア様の庭園も、日当たりや土は良かったはずです。違いがあるとすれば・・・。」
エルーナが違いを考えるために目を伏せるのと、メルネアがため息とともに考えられる答えを口にしたのはほぼ同時だった。
「魔力でしょうね。」
魔力。それはエルーナの体を借りてこの世に転生した舩の世界にはなかったもの。そしてこの世界のものならば、例え石ころ一つにだって備わっている、この世界には無くてはならない要素の一つである。
それがどんなものかを具体的に示すことは難しく、ただ、古くから伝わる呪文や、それを改良して学問とした魔法、より利便性を追求した魔術などの技術によって、魔力を別の何かに変換させて通常では起こせない奇跡を実現することができる。
そして、人はこの技術を利用して生活を豊かにしていった。家の中の灯り、冷暖房、調理を行うための火、洗い物や洗濯に使う水回り、髪や体を乾かすための風、等々。
もちろん生活以外にも軍事的に使用しているし、もっと新しい何かを生み出すための研究もなされている。もはや人の生活に魔力は欠かせない力となっているのだ。
そして、その魔力は場所によって多く存在しているところとそうでないところとが存在する。
魔力を多く含んだ空気はそこにいるだけで息がしやすくなったような感覚を覚え、それを取り込む草木や動物は活性化する。土に魔力が含まれていれば、栄養を取り込むように草木が魔力を取り込み、通常よりも大きく育ち、実をつける植物ならばその果実は大きく、品質の良いものに仕上がる。
そして、このベッセル家の庭は、王都でも数少ない魔力が多く存在する場所の一つなのである。ダスクウェル家の庭園が魔力の少ない場所ではないが、比較してみればベッセル家の庭園に植えている花の方が、花が開くのも、元気よく育つのも、美しく育つのも秀でているのだ。
「土地柄、ベッセル家の庭園の方が住みよい環境というだけで、決してメルネア様の家の庭園が悪いというわけではないのですから、そう気を落とさないでください。」
エルーナがフォローに入り、メルネアはそれを受けて仕方がないというように肩を竦めてから、気を取り直して微笑む。
「そろそろお茶会を始めようかしら?」
メルネアが遠回しに「準備はできたかしら。」と尋ねると、エルーナは遠巻きに見えている護衛に目を向ける。護衛はその意図を理解して一度頷き合図を送ると、エルーナはにっこりと笑って首肯した。
「ええ、そうしましょう。本日は家で栽培しましたハーブを使ったお茶をご用意していますよ。」
「今の時期だとカモミレかしら。あれは香りがとても気に入っているの。」
カモミールによく似たカモミレというハーブを使ったハーブティーを用意していることを聞いて同じく笑みを返すメルネアと一緒に、お茶会の準備を終えているガゼボの方へと向かった。
貴族はいつも優雅に。これは貴族に仕えている者も例外ではない。
貴族の傍に仕えられる者はそのほとんどが貴族であるのだが、中には裕福な商人や様々な事情を抱えて従者にせざるを得ない者、貴族が興味を持って取り立てた平民がいることもある。元々が貴族であるものならば当然優雅に行動することを常日頃から考えているために、どんな時でも慌てず無駄のない所作で対応できるが、平民にとってはそれ程きちんとしたマナーを学んでいない者も多い。
だが、それでは貴族の側に使える者として失格である。貴族の優雅さというものは何も個人だけがこなしていれば良いというものではなく、その者の周囲を含めたすべてに対して心掛けるものである。
つまり、貴族の下で働く者も、例えどんな事情で仕えることになったのだとしても、仕える対象と同じ、場合によってはそれ以上の貴族らしさを身に着けていなければいけない。
なので、急にお茶会の予定が入れられて内心慌てていたとしても、それをおくびにも出さずに素早く丁寧に準備を進める必要がある。
ただ、そもそも直近に予定を入れてあらかじめ準備ができていない状況というものが、貴族としてはあまり好ましくない。事前に相手に予定を伝え、相手側の準備が整ってから本番に臨むというのが常であるが、今回の場合は何の事前連絡もなしに予定が入れられてしまった。それも上位者からの断ることができない提案によって。
この場合、すぐにお茶会を実行しようとすれば、必ず準備する情景が目に入り、落ち着きながらも慌ただしい行動が見えてしまう。これは非常にまずい。
なので、直近に予定を入れてしまったメルネアは、準備をさせる側に配慮して、準備を整える時間を設ける必要がある。それもなるべく自然な流れで、言葉にはしないように。
ということで、メルネアはエルーナと共に庭園の端から、中心地を見ないように、色とりどりの花を眺めて歩いているのである。
「もう開いている花があるのね。私の家の庭にある花はまだ開きかけのものしかないのに。」
柔らかな日差しを浴びて薄っすらと輝いているように見える花の花びらをそっと撫でながら、メルネアはそっと息を吐いた。
エルーナと二人だけである今は、幾分言葉遣いが崩れてしまっても問題がない数少ない時間である。当然近くに護衛の者が侍ってはいるけれど、護衛や侍女などは主要人物がいる中では単なる陰に過ぎない。この場にいる主要人物はメルネアとエルーナだけであるから、この場は私的なものへと変わっているのだ。お互いが了承した中であれば、多少の気安さが出ても口を出されることはない。
「日当たりがいいからかしら。それとも土がいいからかしら。」
「確かメルネア様の庭園も、日当たりや土は良かったはずです。違いがあるとすれば・・・。」
エルーナが違いを考えるために目を伏せるのと、メルネアがため息とともに考えられる答えを口にしたのはほぼ同時だった。
「魔力でしょうね。」
魔力。それはエルーナの体を借りてこの世に転生した舩の世界にはなかったもの。そしてこの世界のものならば、例え石ころ一つにだって備わっている、この世界には無くてはならない要素の一つである。
それがどんなものかを具体的に示すことは難しく、ただ、古くから伝わる呪文や、それを改良して学問とした魔法、より利便性を追求した魔術などの技術によって、魔力を別の何かに変換させて通常では起こせない奇跡を実現することができる。
そして、人はこの技術を利用して生活を豊かにしていった。家の中の灯り、冷暖房、調理を行うための火、洗い物や洗濯に使う水回り、髪や体を乾かすための風、等々。
もちろん生活以外にも軍事的に使用しているし、もっと新しい何かを生み出すための研究もなされている。もはや人の生活に魔力は欠かせない力となっているのだ。
そして、その魔力は場所によって多く存在しているところとそうでないところとが存在する。
魔力を多く含んだ空気はそこにいるだけで息がしやすくなったような感覚を覚え、それを取り込む草木や動物は活性化する。土に魔力が含まれていれば、栄養を取り込むように草木が魔力を取り込み、通常よりも大きく育ち、実をつける植物ならばその果実は大きく、品質の良いものに仕上がる。
そして、このベッセル家の庭は、王都でも数少ない魔力が多く存在する場所の一つなのである。ダスクウェル家の庭園が魔力の少ない場所ではないが、比較してみればベッセル家の庭園に植えている花の方が、花が開くのも、元気よく育つのも、美しく育つのも秀でているのだ。
「土地柄、ベッセル家の庭園の方が住みよい環境というだけで、決してメルネア様の家の庭園が悪いというわけではないのですから、そう気を落とさないでください。」
エルーナがフォローに入り、メルネアはそれを受けて仕方がないというように肩を竦めてから、気を取り直して微笑む。
「そろそろお茶会を始めようかしら?」
メルネアが遠回しに「準備はできたかしら。」と尋ねると、エルーナは遠巻きに見えている護衛に目を向ける。護衛はその意図を理解して一度頷き合図を送ると、エルーナはにっこりと笑って首肯した。
「ええ、そうしましょう。本日は家で栽培しましたハーブを使ったお茶をご用意していますよ。」
「今の時期だとカモミレかしら。あれは香りがとても気に入っているの。」
カモミールによく似たカモミレというハーブを使ったハーブティーを用意していることを聞いて同じく笑みを返すメルネアと一緒に、お茶会の準備を終えているガゼボの方へと向かった。
0
あなたにおすすめの小説
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。
かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。
謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇!
※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる