公爵令嬢の取り巻きA

孤子

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第1章

子供だけの昼食会

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 午前のお茶会は何事もなく進み、昼食の時間となった。時刻を示す鐘の音が街の中心に建てられた時計塔から響き渡り、お茶会の会場である城の中まで聞こえてきた。

 それと同時に城の衛兵が静かにエルーナたちが入ってきた方と逆の位置にある扉を開け、扉の向こうで待っていた二人を迎え入れる。

 二人が部屋に入った瞬間にその場にいた者全員が席から立ち、跪いて恭順の意を示した。親についてここに来た子供たちも誰が来たのかはその様子から察しがつき、拙いながらも親に従って膝をついた。

 エルーナも勿論立ち上がって跪く。決して慌てたそぶりは見せず、テレサに椅子を引いてもらってから立ち上がり、できるだけ優雅に見えるように心がける。

 全員が揃って首を垂れながら二人が部屋の上座に置かれた席に座るのを待つ。二人の歩く音だけが部屋の中に響き、しばらくの間、静かな時間が流れた。

 静かであり、短い時間ではありながらも、内心では緊張で慌てふためく者が一人いた。

 (本物の国王様と王妃様だよ。どうしよう。そんなすごい人に会ったことなってないんですけど!)

 舩が生きた時代にも王族というものは確かに存在していたが、同じ国の話でなければ海を隔てたはるか向こうの出来事で、テレビを通してしか知らなかった。接する機会も無ければ王族は愚か有名人にもこれほど間近に見たことなどなかった舩のテンションはうなぎのぼりであった。

 しかし、今この場にいる彼女は舩ではなくエルーナである。ベッセル家の長女であり、ダスクウェル公爵家長女メルネアの友人である。エルーナがここで心のままに騒げばそれだけで多くの人に多大な迷惑をかけることになる。最悪何人かの首が飛ぶ。

 そう考えれば沸き立つような感情もすっと落ち着き、頭も冷えて冷静さを取り戻すことができた。エルーナは感情を排した表情を作り、ゆっくりと口角を上げて穏やかな笑みを作り上げる。

 (私はエルーナ=ベッセル。ベッセル子爵家長女の私はこんなところで失敗はしない。今は、一般人の海鳴 舩ではないのだから。)

 エルーナがゆっくりと自分に言い聞かせている間に国王夫妻は席に辿り着き、側近の手伝いの下ゆっくりと腰を下ろした。

 「皆の者。面を上げよ。」

 一度目の指示では動かない。これは国王にどれだけの敬意を払っているのかを示すためであり、一種の儀礼でもある。国王の命令のままについ顔を上げてしまいそうになるが、エルーナはぐっとこらえる。

 国王が何の動きもないことを軽く確認した後、もう一度悠然とした声を響かせた。

 「皆の者。面を上げよ。」

 今度はみんなすぐに応えて顔を上げる。2度も指示されながらも動かないというのは反意を示すことになる。それを少しでも払しょくするために指示にすぐに従い、恭順を示すのである。

 エルーナもみんなと同じように顔を上げて国王夫妻を見上げる。

 国王は先ほど見たルディウス王子よりも精悍な顔つきをしており、体付きも鍛えていることが一目でわかるほど厚みがあった。厚い布地の豪華な服装に身を包んでいてもそう見えるのだから日頃から鍛錬を欠かさない人なのだろう。

 だからと言って粗野なところはまるでなく、むしろ柔和な笑みを浮かべている様は温厚な性格を示しているようでもあった。柔らかな金の髪も綺麗に整えてあり、その他身だしなみもきっちりとしている。国王なのだから当たり前といえば当たり前なのだが、エルーナは少し驚いた。

 (国王様ってもっと恰幅が良かったり、傲慢そうだったり、オラオラな人だったりするのかと思ってた。)

 舩の国王像が小説やアニメによるところが大きいせいでとても失礼な事を頭に浮かべながら、隣の王妃にも目を向ける。

 王妃は一言で言うならば絶世の美女であった。エルーナがこれまで見てきた人の誰よりも美しいと思えるような女性であり、体系も出るところは出て引っ込むところはちゃんと引き締まっているところが素晴らしい。体のラインが薄っすらとわかるドレスは青を基調としたもので、一目で清楚さを表すことができ、長く輝くようなつやを出している髪は上品な薄い金色をしていた。宝石のように青くきらめく瞳、薄く紅を引かれた唇。全てにおいて美しく整っていた。

 (お母様より綺麗な人なんていないと思ってたよ。王妃様ってすごい。)

 実はエルーナがカトリーナを初めて見た時も同じような衝撃を受けていた。だが、身内贔屓というものもあるだろうと思っていたエルーナは初めてそれを加味してもカトリーナ以上の美女を見たのは王妃が初めてだった。

 王妃に目が釘付けになっているエルーナには誰にも気づかず、国王はゆっくりとこれからの予定について話し出した。

 「予定通り昼食は大人と子供に分かれてとることとなる。ただ、変更がいくつかある。」

 予定の変更という重要事項が聞こえた瞬間、エルーナは頭を切り替えて国王に目を移す。

 事前に知らされていた予定を変更するという事は、あまり聞こえが良くない。何らかの不備があったという事を晒すことになり、招待された側にも不安を抱かせる結果となるからだ。事国王からの変更ともなればなおさらである。

 「まず大人の昼食はこの部屋で行う。席はそのままで良い。子供の食事は予定通り部屋が用意されているのでそちらでとることとなる。」

 国王の言葉に目を細めたダスクウェル公爵がエルーナの目端に映った。

 席がそのままでいいという事は、大人の昼食は一つのテーブルを全員で囲むのではなく、午前のお茶会と同じように派閥ごとでテーブルを囲むという事である。もっと言えば、国王夫妻は今二人が座っている席から動かないという事であり、それはつまり社交にはほとんど参加せずに眺めるという事でもある。

 「それから昼食後のお茶会は一刻半ほど延長し、立食パーティーを遅らせることになる。以上が変更内容である。何か質問があるものは挙手を。」

 最期の確認は形式的なもので実際に手を挙げるものなど居るはずがない。国王の決定に異議を申し立てることほど愚かなことはないし、質問するほどわからない変更でもないのだから。

 無論聞きたいことが無いわけではない。なぜ大人はこの部屋で引き続き食事をとることになるのかとか、なぜ夕食を遅らせるのかとか、この場に聞きたいものは何人もいるのである。

 だが、大人はそれでも口を噤み、そんな大人を目にしながら子供が意見することなどできるはずもなく、結果沈黙するしかないのである。

 国王は少しだけ待ってから誰も口を開かないことを確認して、小さく息を吐いた。

 それが何のため息だったのかはわからないが、エルーナには国王の表情が少し悲しそうに歪んだように見えた。

 「では、移動を開始せよ。」

 子供たちは自分の側近を連れてゆっくりと退室する。エルーナも同じようにテレサたちを連れて部屋を後にしようと動くと、後ろからエドワルドの囁きが聞こえてきた。

 「用心しなさい。」

 後ろを振り向くことなく入ってきた扉の方に歩を進める。

 何に対しての用心なのか。エルーナにできる備えなのか。何が起ころうとしているのかを聞きたくなったが、それをぐっとこらえて笑みを浮かべて見せる。

 「エルーナ様。メルネア様からあまり離れない方がよさそうです。」

 テレサからも他に聞かれないように囁かれて、次第にエルーナの心臓の鼓動が早くなっていく。

 ギュッと手を握りながら、エルーナはメルネアに遅れないように歩調を合わせてメルネアの後ろをついていった。

 子供が昼食をとるための部屋は、先程の部屋よりも少し小さめの部屋だった。

 とはいうものの、子供とその側近の人数を考えれば十分に広い部屋と言えた。この部屋が急ごしらえでもなく、子供と侮って粗雑な準備をしたわけでもないことは、部屋に飾られた調度品やキッチリと整えられたテーブルを見れば一目瞭然である。

 テーブルには既に新鮮な野菜を使ったサラダが席ごとに置かれており、折を見て次の料理を持ってこさせるための使用人が部屋の隅にある扉の前に静かに立っていた。

 子供だけの昼食会は、基本的に上座から家格に準じて席が決められており、机の短辺に設けられた最奥の席に王子が、そこから両長辺の上座から公爵家、侯爵家、伯爵家と順に座ることになる。

 ただし、隣り合う者によっては席の順番に多少の変更がなされることもある。家同士が対立関係にあったり、個人的に関係がよろしくない場合である。普段のお茶会などでもそうだが、その場合は予め主催者側に報告するため、この場での席順がそのまま関係性として表れるのである。

 (やっぱりメルネア様の隣にはアイナ様が座るのか。)

 エルーナは事前に勉強していた貴族同士の関係を頭に浮かべながら自分に用意された席に向かい、子供たちがそれぞれの席に向かうのを眺める。

 この国には貴族の最高位である公爵家が4つある。一つはエルーナも関係の深い、王族とのつながりが最も強いダスクウェル家。ダスクウェル家ほど影響力はなくとも、過去に何度か王族に嫁を輩出したロングナーテ家。王族との血縁関係はないが、代々国の政治に強い影響力を与えているウォルテナント家。元は伯爵家であったが3代前の国王の時代に起こった大戦で多大な貢献と忠誠を示したために公爵に引き上げられ、以来軍関係で国王の剣と盾として在るルングノート家の4つである。

 この4つの公爵家のうち、ダスクウェル家とロングナーテ家は古くから対立関係にあり、社交でもほとんど席を一緒にすることが無いと言われるほどである。

 ウォルテナント家はどちらとも付かず離れずの関係を保っているが、ルングノート家とは要職が集まる会議の中で度々言い争っており、そこまで良好な関係には見えない。

 ルングノート家は基本的には貴族の派閥関係に興味はなく、ともに国王を支えていこうとする者には寄り添うという立場をとっており、今代の国王や王子と良好な関係を築いているダスクウェル家との仲は決して悪くはない。

 この関係性から、ダスクウェル家のメルネアの隣にはルングノート家の次女アイナ=ルングノートが座り、メルネアの対面にはロングナーテ家の長男であるドルト=ロングナーテが、その隣にはウォルテナント家の長男であるグランツ=ウォルテナントが座っている。

 そんな関係性を考慮された席順がエルーナの座る下座まで続いているのである。この年頃の子供たちの間には対して交流が無いために、今の席の位置がそのまま今の貴族の関係性と合致する。皆一目でどこの子供と仲良くした方がいいか、警戒すべきかがわかるのである。

 一般の社交界ではこのように主だった貴族全員が会することなどほとんどなく、繋がりのある貴族ばかりと会うことになるので、家同士の関係性がよくわかるこの昼食会は正に今後のための良い練習となるだろう。

 30ある貴族の中でこの場にいる子供は23人。子供を連れてきていない家もあるが、主だった家の子供はほとんどいることになる。エルーナも周りをよく見ながら予め教えられていた関係性と比較して復習する。

 子供全員が席に着いたことで王子が食前の言葉を唱え始める。それに復唱する形で全員が食前の言葉を言い終えれば、静かに昼食会が始まった。

 エルーナは横目でメルネアの様子を窺いながらカトラリーを手に取り、そろそろとサラダを口にする。

 (メルネア様からあまり離れないようにとは言われたけれど、昼食の間はどうしても距離が開くよね。)

 ベッセル家は子爵であり、ダスクウェル家は公爵である。エルーナとメルネアの間にはかなりの距離があり、咄嗟に何かあっても声をかけることすら難しい。いくら個人的にメルネアと友好を結んでいても、位の差はそう簡単に埋められるものではない。

 何が起こるのか、何も起こらずに杞憂に終わるのか。それすらもわからずに緊張しながらとる食事の味など大してわかるはずもなく、ただ出されるままにそれを口に運ぶエルーナ。

 メルネア以外の顔を見ても特に何か特別な感情を抱いている者はおらず、席が近い者と談笑している者もいるくらいである。今のところ緊張感を持って食事しているのはエルーナ一人だけであった。

 「エル・・ルーナ・・・エルーナ様?」

 後ろに侍っていたテレサに肩を触れられてピクリと体を震わせたエルーナは、ようやく隣に座る女の子に自分の名前が呼ばれていることに気が付いた。どうやらメルネアの周囲を警戒するあまり自分に関する事象を無意識にシャットアウトしていたようである。

 エルーナは取り繕ったように右隣に座る女の子に笑顔を見せる。

 「申し訳ありません。少々考え事をしていました。何かありましたか。」

 「いくら呼び掛けても反応がなかったので心配しました。」

 そう言ってふわりと微笑んだのは同じ子爵家で親交のあるレノア=ルトラーゼである。

 レノアは先ほどまで体面と隣の子供たちと話していたのだが、その話題にエルーナの話が上ったため、エルーナの反応を窺ったのだが、まるで話を聞いておらず、ずっと上の空で黙々と食事をとっていたエルーナを心配して声をかけたのだという。

 「先ほどエルーナ様がご病気で倒れられていたという話をしていましたので、もしやまだお体の具合が良くないのではと心配しました。」

 「それは失礼しました。本当に考え事をしていただけですので心配には及びませんよ。レノア様。」

 何ともないという事を笑顔を浮かべて示して、エルーナも子供たちの会話に混ざる。

 (いけない、いけない。不安要素があるからと言って社交をおざなりにしていたら本末転倒だよね。注意は必要だけど、ちゃんと会話にも混ざらなきゃ。)

 そうして注意しつつも何もないまま昼食は終わり、子供だけの会はお茶会へと移行するのであった。
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