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第1章
騒動の理由
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王子への襲撃ということでお茶会は当然のごとく中止となった。ただ、中止になったからと言ってすぐに親の元に帰されたりすることはなく、それぞれの護衛騎士と侍女を連れて小さめの客室に通されることとなった。
城には領主一族が中央領にやってきた際に休むことができる部屋や、何日も城に籠らなければいけない貴族が出た時に泊まることのできる部屋が多くあり、今回はその部屋を客室として準備したのだ。
ただ、その準備の整い方は異常だった。普段は使う予定がなければ最低限の掃除をして放置するはずの部屋は明らかに子供たちが使うように整えられたもので、従者も含めて数がそろえられた椅子やつまむことのできる果物、今朝活けたばかりというのがわかる花など、まるで最初からこの部屋を使うことが決まっていたかのような整い方だったのだ。
騒動から少し時間が経ち、周りには信頼できる従者しかいない部屋の中に入ったことで落ち着きを取り戻したエルーナは、エルーナの身長に合わせられたのであろう低めの椅子に座ってゆっくりと思考を巡らせる。
(王族は今回の襲撃を予想していた。突然昼食を朝の社交の場と同じにすることを決めたことも、こちらに伝えていなかっただけできちんと準備立てての事。だとしたら、ここまでの手際の良さも納得ができる。)
エルーナは自分の推測が正しいことを一つ一つ確かめながら、それでも疑問に思う事柄に首を傾げる。
(けれど、襲撃が予想されながらそれに対しての用意が乏しいのはなぜ?王子が襲われる際に動いたのはテレサとカティラだけ。その他の護衛は王子の側近でさえ咄嗟に動けずにいた。それはつまり彼らにも事前に情報を与えていなかったということ。なぜ、そんなリスクを?)
王子は第一王子であり、このまま順調にいけば未来の国王となる人物である。その警備というのは半端なものではなく、それは今回のお披露目に際して城門での検閲が通常よりも厳しくなっていたことからもわかる。その警戒態勢の中、危険度が低くなっているとはいえ城内での警護をおろそかにしていたとは思えない。現に咄嗟に動けたのはテレサとカティラであったが、襲撃者の存在に気づいた王子付きの護衛はすぐに王子を守れる位置についていたのである。
(・・・知ってて直前まで周りの動向を窺っていたのか、本当に何も知らされていなかったのか。それによって王族の狙いもわかってきそうね。)
そのような素振りは見せなかったが、護衛が襲撃者以外がどのように動くのかを見定めるためにわざと動かなかったという可能性もある。ただ、その場合は王子ただ一人が知らなかったということになり、エルーナは非常に複雑な思いが沸き上がらずにいられなかった。
「ねえ。テレサ。今回の騒動は、ダスクウェル公爵にも伝えられていなかったのかしら。」
エルーナのお茶の準備をしていたテレサに問いかけたエルーナは、問いかけながらも心の中で自答する。
(伝えられていなかったはずよ。そうでなければ貴族筆頭である公爵があれほど表情を崩すとは思えない。例え目を細めただけであっても、それだけで少なくとも彼の予定に今回の事は入っていなかったというのはわかる。けど、それだけ。国王と親しい彼なら今回の事について何か情報を持っているかもしれない。)
テレサはエルーナの茶を注ぎ終わってから、エルーナの表情を窺い、それからエルーナの対面に座った。本来ならば従者が主と同じ場に座ることはないのだが、周りに身内しかいない場合はなるべく対等に接してほしいとエルーナが願っているのである。
テレサが自身とカティラ、後から合流したアルテにも茶を注いでから考えを口にする。ちなみにアルテはお茶会の間などはずっと侍女頭以外の侍女を待機させておく部屋で休憩していたので、騒動についてはほとんど何も知らない。
「そうですね。何かしら思うところはあったのでしょうが、少なくとも襲撃に関しては知らされていなかったでしょうね。メルネア様の護衛や侍女はほとんど動けずにいました。カティラに一喝されてようやく動き出したのですから、まず間違いなく。ただ、王子の護衛騎士はわかりません。」
「それはどういう事?」
「王子の護衛騎士は襲撃に先に気づいて動くことはありませんでしたが、それでも表情一つ動かさずにすぐ王子を守る事ができていました。武器も携帯しておらず、私の指示に従ってすぐに壁際まで下がっていましたし、元々王族の護衛は優秀な者が選ばれるので冷静に対処できるものがほとんどですから、自然といえば自然なのですが。」
「テレサはそれが気になったのね?」
テレサはゆっくりと首肯する。それはつまり、流れ的には不自然なところは見受けられないけれど、一つ一つを見て行けば違和感を感じるということだ。深読みをし過ぎていると言われてしまえば終わってしまうような小さなことではあるが、エルーナもテレサも容易に振り払うことはできないでいた。
「カティラは、今回の襲撃で感じたことはあった?」
エルーナはひとまず話を切り替えてカティラに目を向ける。カティラは目を細めて少し上を睨むようにして答えた。
「感じたも何も、あれはどう考えてもおかしかったと思いますよ。」
「おかしかったというのは?」
「相手の武装ですよ。エルーナ様。私が相手取った騎士の持つ短剣は隠し持つことが難しいくらいには長く、厚みもありました。それに腐敗の毒という魔法を刀身に宿していましてね、あれは特殊な布で覆わない限り服でもなんでも腐らせてしまうので、持ち運ぶのは非常に難しいものなのです。」
カティラによると、最初に王子に襲い掛かろうとした男性騎士の持つ短剣は城内の検閲に引っかからないわけがないほど隠し持つには難しい代物だったそうで、今回のような検閲が厳しくなっている中で隠し通せたことがそもそもおかしいらしい。
「テレサが相手した侍女の暗器、鋼鉄線はまだその細さや色によっては誤魔化せます。それでも持ち込むのは至難の業ですが、丁寧に偽装すればできないことはないでしょう。しかし、彼の短剣は別です。」
そこで言葉を区切ると、カティラは顔を近づけて声を極力小さくした。
「お気を付けください、エルーナ様。敵は城内にもいる可能性が非常に高いです。」
今回の襲撃は城の中からの協力もあった可能性があると言われて、エルーナはさっとメルネアが通されたであろう部屋の方向に顔を向ける。今回は王子が狙われているが、一度襲撃されたことでより防備を固めているであろう王子より、客室に通されただけのメルネアの方が余ほど危険なのである。
「このことをメルネア様に報告した方がいいかしら。」
「それはもう少しお待ちになった方がよろしいかと。私たちが向かえばそれに便乗して襲撃する可能性もありますし、敵の本当の狙いもわかりかねます。何より、国王が動かれているということはそこまでの準備をすでに終えているということ。下手に動かず、大人達と合流して情報を集めてからの方が良いかと思います。」
それに加えて、騎士を捕らえて尋問している最中であるし、武器も回収しているのである。不自然さについては直に知れ渡るだろう。エルーナは少し肩の力を抜いて椅子に深く座りなおした。
「まだ落ち着けていなかったみたいね。」
「エルーナ様は初めての争い事であったにもかかわらず、冷静に対処できていると思いますよ。」
テレサは微笑みながらエルーナを慰め、お茶のお替りを勧める。
テレサの言う通り、目の前で殺意をあらわにする荒事に対峙しつつも、大きく取り乱すことなくいられたのだから、今のエルーナであれば及第点と言っていいほどだ。
だが、エルーナは思うのである。真に優秀であった以前のエルーナならば、もっとうまく立ち回れたのではないかと。
エルーナは軽く頭を振ってその思考をすぐさま放棄する。自身にできなかったことを他人ならばと考えるのは愚かな事である。それも自分にと託した彼女を考えて思う事では決してない。
「なら、後はここで大人しく待っているしかないわね。」
エルーナはほっと息を吐き、勧められたお茶を飲む。
部屋でしばらく待機していると、部屋の扉をノックする音が鳴り響いた。ゆったりとしていたエルーナや侍女たちは気を引き締め直し、座っていたテレサたちは立ち上がって自分たちが使っていた茶器を隠す。
「エルーナ様。これより朝の会場にて会が再開されますので、ご案内いたします。」
扉越しにこの部屋まで案内してくれた衛兵がそう話す。エルーナは軽く3人を見回してから、テレサの手を取りつつ立ち上がる。衣服が乱れていないかどうかを再度確認してから、アルテに扉を開けさせた。扉の向こうには衛兵が2人、恭しい態度で待機していた。
「こちらでございます。」
衛兵に案内されるまま、エルーナたちは最初に通された大広間に案内される。少し先に目を向ければエルーナたちと同じようにして案内される他の子供もおり、どうやら組ごとに一定の距離を保ちつつ広間に入れているようである。
ゆっくりとした足取りで会場に入るエルーナ。すぐに会場内の雰囲気が緊張感で満たされていることが分かった。
一見するといつも通りの悠然とした態度に見える大人たちの目は険しく、上座に静かに座る国王夫妻もまた朝に見た時よりも表情を険しくしているように見えた。子供たちはその大人たちの空気を読んで息をのみながらひっそりと席に座っている。理由がわからずともそれを無闇に聞けるほど分別のないものはいないのである。
ただ、なぜこれほどまでに険悪な空気となっているのかはすぐに理解できるだろう。国王は最後の子供が会場内に入り扉が閉められたのを確認したうえで、ゆっくりと席を立つ。
「夕食に移る前に、この場に居合わせていなかった子供たち、並びに子供たちに付いていた侍女や護衛騎士たちへの説明をしたいと思う。今回の騒動についてである。」
国王が話し始めると、周りを気にして固まっていた子供たちや想定外の事が起こって内心戸惑っていた従者たちは、全員が国王へと目を向け、話しに耳を傾ける。
「まず、今日起こることはほぼ全て予想されていたことであり、そのうえで予定の変更や事前準備を行っていたという事を話しておきたい。また、ルディウスとその護衛騎士にだけ襲撃に関して伝えていた。襲撃される場合、狙いがルディウス本人、もしくはその近辺となることが明白だったからである。」
この発言に子供たちはルディウス王子と王子の近くに立つ護衛騎士に驚きの目を向けた。その中には当然エルーナも入っている。
(王子も知らされていたの?襲われた時は私も平静じゃなかったから気づかなかっただけかもしれないけど、言われてみれば確かに王子はこちらの指示に素直に従っていたし、騒ぐことがなかった。それはそういう教育を受けてきたからだと思っていたけれど、最初から襲われることがわかっていたからなんて。)
護衛騎士には知らされているかもしれないと考えていたが、本人にも知らせていたとは思っていなかったエルーナ。王子を見れば、目を向ける皆に苦笑いを向けていた。エルーナや他の者が考えていた以上に、王子はしたたかであったようである。
エルーナはメルネアを見る。どうやらメルネアには知らされていなかったことのようで、他の皆と同じように驚きの表情で王子を見ていた。
「事の発端はシザーク侯爵が外国と通じ、今回のルディウスのお披露目にて王族を害する計画を企てていることにあった。この情報を我々王族は入手し、それを逆手にとることにしたのである。また、城内にも内通者が潜んでいる可能性を考慮し、極少数の者だけで計画を進める必要があった。故にこの度は公爵たちの手を借りることもなく動いたわけである。」
国王は暗に四大公爵を信頼しなかったわけではないことを示しつつ、事のあらましを言い聞かせる。
エルーナはふと周りを目だけを動かして見回す。すると国王が話しにあるシザーク侯爵の姿はなく、その他にも三名の貴族の姿が消えていることに気づいた。その中には、王子を襲撃した騎士と侍女の主であるシュタイナー子爵も含まれている。
「私はこの機会に王族、並びに王国に反逆する意思を持つ者を一層しようと考え、シザーク侯爵と彼に協力した者をこの場で断罪しようと考えた。故に下手に動かれないように大人をこの場に留まらせ、子供たちが別の部屋に移っている間にすべてを終わらせるよう動いた。無論、予定の変更だけでも彼らを刺激することはわかりきっていた。故にルディウスと信頼できる護衛騎士だけに詳細を伝え、その上で他の反対勢力がいないかどうかも見極めさせた。結果は私の考えとは少し違うものとなったが。」
国王はそう言ってエルーナに目を向け、そっと微笑んだ。エルーナはすぐに笑みを深めて頭を下げて見せたが、内心大慌てであった。
(これは怒られてるわけじゃないよね?邪魔をしたとか、そんなことは思われてないよね?)
貴族として間違った言動はしていなかったつもりであるし、テレサやカティラの行動も、主や王子を思っての行動であり、咎められるようなことは一切していない。ただ、国王の意図が他貴族の見極めという事であれば、早くに動いたテレサたちの行動は余計であった可能性も出てくる。
国王は深く追求することはなく、話を再開した。
「とにかく、これで騒動は終結した。詳細については後日話す。意見がある者は手を挙げよ。」
国王の言葉に誰も反応を見せなかったことで、話は終わりとなった。
国王の話が終わると同時に部屋の端で待機していた使用人が一斉に動き出し、夕食の準備が進められる。部屋に料理の美味しそうな香りが漂ってきたころには、雰囲気も幾分柔らかくなっていた。
城には領主一族が中央領にやってきた際に休むことができる部屋や、何日も城に籠らなければいけない貴族が出た時に泊まることのできる部屋が多くあり、今回はその部屋を客室として準備したのだ。
ただ、その準備の整い方は異常だった。普段は使う予定がなければ最低限の掃除をして放置するはずの部屋は明らかに子供たちが使うように整えられたもので、従者も含めて数がそろえられた椅子やつまむことのできる果物、今朝活けたばかりというのがわかる花など、まるで最初からこの部屋を使うことが決まっていたかのような整い方だったのだ。
騒動から少し時間が経ち、周りには信頼できる従者しかいない部屋の中に入ったことで落ち着きを取り戻したエルーナは、エルーナの身長に合わせられたのであろう低めの椅子に座ってゆっくりと思考を巡らせる。
(王族は今回の襲撃を予想していた。突然昼食を朝の社交の場と同じにすることを決めたことも、こちらに伝えていなかっただけできちんと準備立てての事。だとしたら、ここまでの手際の良さも納得ができる。)
エルーナは自分の推測が正しいことを一つ一つ確かめながら、それでも疑問に思う事柄に首を傾げる。
(けれど、襲撃が予想されながらそれに対しての用意が乏しいのはなぜ?王子が襲われる際に動いたのはテレサとカティラだけ。その他の護衛は王子の側近でさえ咄嗟に動けずにいた。それはつまり彼らにも事前に情報を与えていなかったということ。なぜ、そんなリスクを?)
王子は第一王子であり、このまま順調にいけば未来の国王となる人物である。その警備というのは半端なものではなく、それは今回のお披露目に際して城門での検閲が通常よりも厳しくなっていたことからもわかる。その警戒態勢の中、危険度が低くなっているとはいえ城内での警護をおろそかにしていたとは思えない。現に咄嗟に動けたのはテレサとカティラであったが、襲撃者の存在に気づいた王子付きの護衛はすぐに王子を守れる位置についていたのである。
(・・・知ってて直前まで周りの動向を窺っていたのか、本当に何も知らされていなかったのか。それによって王族の狙いもわかってきそうね。)
そのような素振りは見せなかったが、護衛が襲撃者以外がどのように動くのかを見定めるためにわざと動かなかったという可能性もある。ただ、その場合は王子ただ一人が知らなかったということになり、エルーナは非常に複雑な思いが沸き上がらずにいられなかった。
「ねえ。テレサ。今回の騒動は、ダスクウェル公爵にも伝えられていなかったのかしら。」
エルーナのお茶の準備をしていたテレサに問いかけたエルーナは、問いかけながらも心の中で自答する。
(伝えられていなかったはずよ。そうでなければ貴族筆頭である公爵があれほど表情を崩すとは思えない。例え目を細めただけであっても、それだけで少なくとも彼の予定に今回の事は入っていなかったというのはわかる。けど、それだけ。国王と親しい彼なら今回の事について何か情報を持っているかもしれない。)
テレサはエルーナの茶を注ぎ終わってから、エルーナの表情を窺い、それからエルーナの対面に座った。本来ならば従者が主と同じ場に座ることはないのだが、周りに身内しかいない場合はなるべく対等に接してほしいとエルーナが願っているのである。
テレサが自身とカティラ、後から合流したアルテにも茶を注いでから考えを口にする。ちなみにアルテはお茶会の間などはずっと侍女頭以外の侍女を待機させておく部屋で休憩していたので、騒動についてはほとんど何も知らない。
「そうですね。何かしら思うところはあったのでしょうが、少なくとも襲撃に関しては知らされていなかったでしょうね。メルネア様の護衛や侍女はほとんど動けずにいました。カティラに一喝されてようやく動き出したのですから、まず間違いなく。ただ、王子の護衛騎士はわかりません。」
「それはどういう事?」
「王子の護衛騎士は襲撃に先に気づいて動くことはありませんでしたが、それでも表情一つ動かさずにすぐ王子を守る事ができていました。武器も携帯しておらず、私の指示に従ってすぐに壁際まで下がっていましたし、元々王族の護衛は優秀な者が選ばれるので冷静に対処できるものがほとんどですから、自然といえば自然なのですが。」
「テレサはそれが気になったのね?」
テレサはゆっくりと首肯する。それはつまり、流れ的には不自然なところは見受けられないけれど、一つ一つを見て行けば違和感を感じるということだ。深読みをし過ぎていると言われてしまえば終わってしまうような小さなことではあるが、エルーナもテレサも容易に振り払うことはできないでいた。
「カティラは、今回の襲撃で感じたことはあった?」
エルーナはひとまず話を切り替えてカティラに目を向ける。カティラは目を細めて少し上を睨むようにして答えた。
「感じたも何も、あれはどう考えてもおかしかったと思いますよ。」
「おかしかったというのは?」
「相手の武装ですよ。エルーナ様。私が相手取った騎士の持つ短剣は隠し持つことが難しいくらいには長く、厚みもありました。それに腐敗の毒という魔法を刀身に宿していましてね、あれは特殊な布で覆わない限り服でもなんでも腐らせてしまうので、持ち運ぶのは非常に難しいものなのです。」
カティラによると、最初に王子に襲い掛かろうとした男性騎士の持つ短剣は城内の検閲に引っかからないわけがないほど隠し持つには難しい代物だったそうで、今回のような検閲が厳しくなっている中で隠し通せたことがそもそもおかしいらしい。
「テレサが相手した侍女の暗器、鋼鉄線はまだその細さや色によっては誤魔化せます。それでも持ち込むのは至難の業ですが、丁寧に偽装すればできないことはないでしょう。しかし、彼の短剣は別です。」
そこで言葉を区切ると、カティラは顔を近づけて声を極力小さくした。
「お気を付けください、エルーナ様。敵は城内にもいる可能性が非常に高いです。」
今回の襲撃は城の中からの協力もあった可能性があると言われて、エルーナはさっとメルネアが通されたであろう部屋の方向に顔を向ける。今回は王子が狙われているが、一度襲撃されたことでより防備を固めているであろう王子より、客室に通されただけのメルネアの方が余ほど危険なのである。
「このことをメルネア様に報告した方がいいかしら。」
「それはもう少しお待ちになった方がよろしいかと。私たちが向かえばそれに便乗して襲撃する可能性もありますし、敵の本当の狙いもわかりかねます。何より、国王が動かれているということはそこまでの準備をすでに終えているということ。下手に動かず、大人達と合流して情報を集めてからの方が良いかと思います。」
それに加えて、騎士を捕らえて尋問している最中であるし、武器も回収しているのである。不自然さについては直に知れ渡るだろう。エルーナは少し肩の力を抜いて椅子に深く座りなおした。
「まだ落ち着けていなかったみたいね。」
「エルーナ様は初めての争い事であったにもかかわらず、冷静に対処できていると思いますよ。」
テレサは微笑みながらエルーナを慰め、お茶のお替りを勧める。
テレサの言う通り、目の前で殺意をあらわにする荒事に対峙しつつも、大きく取り乱すことなくいられたのだから、今のエルーナであれば及第点と言っていいほどだ。
だが、エルーナは思うのである。真に優秀であった以前のエルーナならば、もっとうまく立ち回れたのではないかと。
エルーナは軽く頭を振ってその思考をすぐさま放棄する。自身にできなかったことを他人ならばと考えるのは愚かな事である。それも自分にと託した彼女を考えて思う事では決してない。
「なら、後はここで大人しく待っているしかないわね。」
エルーナはほっと息を吐き、勧められたお茶を飲む。
部屋でしばらく待機していると、部屋の扉をノックする音が鳴り響いた。ゆったりとしていたエルーナや侍女たちは気を引き締め直し、座っていたテレサたちは立ち上がって自分たちが使っていた茶器を隠す。
「エルーナ様。これより朝の会場にて会が再開されますので、ご案内いたします。」
扉越しにこの部屋まで案内してくれた衛兵がそう話す。エルーナは軽く3人を見回してから、テレサの手を取りつつ立ち上がる。衣服が乱れていないかどうかを再度確認してから、アルテに扉を開けさせた。扉の向こうには衛兵が2人、恭しい態度で待機していた。
「こちらでございます。」
衛兵に案内されるまま、エルーナたちは最初に通された大広間に案内される。少し先に目を向ければエルーナたちと同じようにして案内される他の子供もおり、どうやら組ごとに一定の距離を保ちつつ広間に入れているようである。
ゆっくりとした足取りで会場に入るエルーナ。すぐに会場内の雰囲気が緊張感で満たされていることが分かった。
一見するといつも通りの悠然とした態度に見える大人たちの目は険しく、上座に静かに座る国王夫妻もまた朝に見た時よりも表情を険しくしているように見えた。子供たちはその大人たちの空気を読んで息をのみながらひっそりと席に座っている。理由がわからずともそれを無闇に聞けるほど分別のないものはいないのである。
ただ、なぜこれほどまでに険悪な空気となっているのかはすぐに理解できるだろう。国王は最後の子供が会場内に入り扉が閉められたのを確認したうえで、ゆっくりと席を立つ。
「夕食に移る前に、この場に居合わせていなかった子供たち、並びに子供たちに付いていた侍女や護衛騎士たちへの説明をしたいと思う。今回の騒動についてである。」
国王が話し始めると、周りを気にして固まっていた子供たちや想定外の事が起こって内心戸惑っていた従者たちは、全員が国王へと目を向け、話しに耳を傾ける。
「まず、今日起こることはほぼ全て予想されていたことであり、そのうえで予定の変更や事前準備を行っていたという事を話しておきたい。また、ルディウスとその護衛騎士にだけ襲撃に関して伝えていた。襲撃される場合、狙いがルディウス本人、もしくはその近辺となることが明白だったからである。」
この発言に子供たちはルディウス王子と王子の近くに立つ護衛騎士に驚きの目を向けた。その中には当然エルーナも入っている。
(王子も知らされていたの?襲われた時は私も平静じゃなかったから気づかなかっただけかもしれないけど、言われてみれば確かに王子はこちらの指示に素直に従っていたし、騒ぐことがなかった。それはそういう教育を受けてきたからだと思っていたけれど、最初から襲われることがわかっていたからなんて。)
護衛騎士には知らされているかもしれないと考えていたが、本人にも知らせていたとは思っていなかったエルーナ。王子を見れば、目を向ける皆に苦笑いを向けていた。エルーナや他の者が考えていた以上に、王子はしたたかであったようである。
エルーナはメルネアを見る。どうやらメルネアには知らされていなかったことのようで、他の皆と同じように驚きの表情で王子を見ていた。
「事の発端はシザーク侯爵が外国と通じ、今回のルディウスのお披露目にて王族を害する計画を企てていることにあった。この情報を我々王族は入手し、それを逆手にとることにしたのである。また、城内にも内通者が潜んでいる可能性を考慮し、極少数の者だけで計画を進める必要があった。故にこの度は公爵たちの手を借りることもなく動いたわけである。」
国王は暗に四大公爵を信頼しなかったわけではないことを示しつつ、事のあらましを言い聞かせる。
エルーナはふと周りを目だけを動かして見回す。すると国王が話しにあるシザーク侯爵の姿はなく、その他にも三名の貴族の姿が消えていることに気づいた。その中には、王子を襲撃した騎士と侍女の主であるシュタイナー子爵も含まれている。
「私はこの機会に王族、並びに王国に反逆する意思を持つ者を一層しようと考え、シザーク侯爵と彼に協力した者をこの場で断罪しようと考えた。故に下手に動かれないように大人をこの場に留まらせ、子供たちが別の部屋に移っている間にすべてを終わらせるよう動いた。無論、予定の変更だけでも彼らを刺激することはわかりきっていた。故にルディウスと信頼できる護衛騎士だけに詳細を伝え、その上で他の反対勢力がいないかどうかも見極めさせた。結果は私の考えとは少し違うものとなったが。」
国王はそう言ってエルーナに目を向け、そっと微笑んだ。エルーナはすぐに笑みを深めて頭を下げて見せたが、内心大慌てであった。
(これは怒られてるわけじゃないよね?邪魔をしたとか、そんなことは思われてないよね?)
貴族として間違った言動はしていなかったつもりであるし、テレサやカティラの行動も、主や王子を思っての行動であり、咎められるようなことは一切していない。ただ、国王の意図が他貴族の見極めという事であれば、早くに動いたテレサたちの行動は余計であった可能性も出てくる。
国王は深く追求することはなく、話を再開した。
「とにかく、これで騒動は終結した。詳細については後日話す。意見がある者は手を挙げよ。」
国王の言葉に誰も反応を見せなかったことで、話は終わりとなった。
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