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第1章
強襲 後編
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何か騒ぎが起きるかもしれないということを事前に知らされていたエルーナでも、流石にこのような近距離でナイフを振り回されるような荒事を起こされれば動揺しないわけがない。もともと前世でも血を見るような争い事とはほとんど無縁に過ごしてきていたのだ。事故で大怪我をしたとか、鼻血が出たとかならば平然と対処できる自信はあるものの、襲撃者相手にできることなどエルーナには咄嗟に思いつかない。
実際、テレサがいち早く異変に気付いてカティラを呼び、カティラが無手の状態であっても自分の体を盾に敵を王子のもとに近づけさせないようにしているのに対して、エルーナはただテレサの指示に従って王子とメルネアを壁の端まで誘導することしかできなかった。
誰もそのことについて責めることはしないだろう。エルーナ自身は騎士の訓練などしてこなかったし、まだまだ子供なのでこのような事態にいつも通りに動けなくても不思議ではないのだから。しかし、大人の一歩手前まで生きた者として、テレサやカティラと同じくらいまで生きたはずの舩としての自分が、子供たちと同じような対応しかできなかったことに悔しさを覚えた。
悔しい思いをし、せめてこれ以上後ろに下がりたくないと思っていたからこそ、エルーナには身近に迫っていた危険に気づくことができた。
「エルーナ様は後ろへ!」
同じく気づいたテレサが3人の前に出ながらエルーナへと指示を出す。エルーナだけに向けた指示ではあるが、それが「王子とメルネア様を連れて」という言葉を含んでいることはエルーナにも理解できた。
エルーナはメルネアと王子の手を引いてテレサの後ろに回る。エルーナたちの行動の意味を理解した近くの侍女と護衛騎士が即座に動き、エルーナたちの周りについた。
「それ以上近づかないでください。」
テレサは先ほどまで死角をつきながら静かに忍び寄っていた一人の侍女に動かないように注意した。侍女はうすら寒い笑みを浮かべながら素直に注意を聞いて動きを止める。だが依然として緊張感は解かれないままだ。
「あなたはシュタイナー子爵の侍女ですね。あちらにいる護衛騎士もそうです。シュタイナー子爵の命ですか?」
テレサの質問に侍女は手をパタパタと振って首を傾げた。
「そんな事を正直に話すと思っているのですか?時間稼ぎなんてしなくても、あなたが私の前に立ちはだかった時点でもう勝負はついていますよ。」
「ならば、この場で洗いざらい自供してしまえば、まだ何もしていないあなたの罪は軽くなるかも知れませんよ。」
侍女はまだ近づいてきただけで何もしていない。厳密に言えば何かを実行に移そうとした証拠もない。そんな彼女にある罪といえば、騒ぎを起こした騎士と同じ主人の下で働いているということくらいだ。連帯責任で罰せられる可能性が非常に高い彼女だが、この場で今回の件について話し、協力する姿勢を見せれば、罪が軽くなる可能性が十分にある。
だが、侍女は悲しげに笑ってテレサを見返した。
「軽く済むはずなどありません。事態はもう後戻りできないところまで動き出しています。国王があの場に現れて大人を部屋から出さなかったのもそのため。私たちに残された道は、今すぐ王子を人質に取り、国から逃れることだけなのです!」
侍女は言い終えた瞬間に両手の袖口に手を伸ばし、ほつれたように見えた赤い糸を一気に引き伸ばした。
エルーナにはその行動の意味がすぐには理解できなかったが、テレサにはその意図がわかり、咄嗟に体を逸らした。
テレサが体を逸らして何かを避けたのと、エルーナの頬に何かの液体が降りかかったのはほぼ同時だった。エルーナが頬に手をやって液体を拭う。手は赤く濡れていた。
「鋼鉄線ですか。そこまで細いとなると、魔法で操作するタイプの暗器ですね。騎士のナイフもそうですが、城の検閲は厳しいものと聞いていましたが、それ程でもないのかもしれませんね。」
「まさか侍女に防がれると思いませんでした。でも、こちらも時間がありませんから、強引でも王子を捉えさせていただきます。」
テレサの左手の甲から血が滴っていることから、テレサがただ避けただけではなく防いだのだとわかり、テレサの真後ろに王子が来るようにテレサが動いていることから先ほどの攻撃が王子へ向けたものだということもわかったエルーナも、王子とメルネアをかばえるように位置を調節する。
「エルーナ様。決して動かずにいてください。」
テレサはそう言ってから左手を前に突き出し、鋼鉄線を持つ侍女を静かに見据える。
「この細さではあなたを断ち切ることはできないけれど、それでもあなたを殺す手段はありますよ。」
そう言った侍女は右手に持った鋼鉄線を横に一閃する。服に縫い付けられるほどに細い鉄の糸はそのままにしていても見失いそうになる。それを高速で振り抜かれれば常人には目で捉えることなどできないだろう。
案の定、テレサが前に突き出した手に鋼鉄線が絡みつき、肘辺りまでギュッと巻き付いた。
「このまま引けばあなたの腕は切り刻まれて、王子に手が届く!」
赤い鉄線が早く血を吸わせろと言わんばかりに鈍く光る。侍女が鋼鉄線を強く引っ張ったとき、エルーナにはテレサの柔らかな手が血に濡れるのを幻視して、耐えられずに目を逸らした。
「・・・そんな。どうして。」
けれど、実際にはテレサの苦痛に喘ぐ悲鳴は聞こえず、代わりに鋼鉄線を持つ侍女の戸惑いの声が聞こえてきた。
エルーナが逸らした目を元に戻すと、テレサの手は鋼鉄線に巻き付かれたままではあるものの、血に濡れるどころか傷一つなかった。
侍女が鋼鉄線を引っ張った姿勢のまま驚きに目を見開いていると、テレサは嘲笑うように口端を吊り上げた。
「あなたが特殊な暗器を扱えるように、私もあなたに対抗できる手段を持っているというだけですよ。」
テレサは巻き付いた鋼鉄線を取り払うことなく、左手を後ろに振り、不意を突かれた侍女の手から鋼鉄線をするりと引き抜いた。その際にも左手には傷一つつかず、最初に王子への攻撃を防いだ時の傷だけしか見当たらなかった。
「魔法とはかくも偉大なり。こんなにも細くて普通では扱えないような暗器も容易に制御することができるのですから。そして、そんな暗器を防ぐほどの硬度を化粧に持たせることもできるのですから。」
「そんな・・馬鹿な事・・・。」
呆気に取られて隙を作った侍女が立ち直る間を与えず、テレサは一気に前に出る。テレサの動きにはっとした侍女は後ろに下がろうとするがもう遅い。瞬時に間合いを詰めたテレサは侍女の腕をつかんで足を払い、侍女の動き出そうとした力を利用してぐるりと回転させて地面に叩き伏せた。そのまま侍女の手を後ろに回して動きを封じる。
「護衛騎士は城の騎士が来るまで彼女を押さえてください。」
既に地面に打ち付けられた衝撃で昏倒している侍女を押さえておくようにエルーナたちの周りにいた護衛騎士の面々に頼む。護衛騎士たちは少々引き気味に頼みを聞き、女性の騎士が押さえることになった。
「テレサは、その、強いのですね。」
エルーナがぽかんと口を半開きにしてテレサに言うと、テレサは先ほどの勇ましい雰囲気を和らげて微笑む。
「護身術の範疇ですよ。それよりもそのように口を開けているのは品位にかけますよ。」
口に手を当ててテレサが示し、エルーナはすぐに口を閉じる。同時に気まずそうに王子とメルネア、周りにいた侍女が口を閉じた。
すぐに騒ぎに駆け付けた騎士と兵士によってシュタイナー子爵の騎士と侍女が取り押さえられ、シュタイナー子爵の息子も事情聴取のために連行された。
実際、テレサがいち早く異変に気付いてカティラを呼び、カティラが無手の状態であっても自分の体を盾に敵を王子のもとに近づけさせないようにしているのに対して、エルーナはただテレサの指示に従って王子とメルネアを壁の端まで誘導することしかできなかった。
誰もそのことについて責めることはしないだろう。エルーナ自身は騎士の訓練などしてこなかったし、まだまだ子供なのでこのような事態にいつも通りに動けなくても不思議ではないのだから。しかし、大人の一歩手前まで生きた者として、テレサやカティラと同じくらいまで生きたはずの舩としての自分が、子供たちと同じような対応しかできなかったことに悔しさを覚えた。
悔しい思いをし、せめてこれ以上後ろに下がりたくないと思っていたからこそ、エルーナには身近に迫っていた危険に気づくことができた。
「エルーナ様は後ろへ!」
同じく気づいたテレサが3人の前に出ながらエルーナへと指示を出す。エルーナだけに向けた指示ではあるが、それが「王子とメルネア様を連れて」という言葉を含んでいることはエルーナにも理解できた。
エルーナはメルネアと王子の手を引いてテレサの後ろに回る。エルーナたちの行動の意味を理解した近くの侍女と護衛騎士が即座に動き、エルーナたちの周りについた。
「それ以上近づかないでください。」
テレサは先ほどまで死角をつきながら静かに忍び寄っていた一人の侍女に動かないように注意した。侍女はうすら寒い笑みを浮かべながら素直に注意を聞いて動きを止める。だが依然として緊張感は解かれないままだ。
「あなたはシュタイナー子爵の侍女ですね。あちらにいる護衛騎士もそうです。シュタイナー子爵の命ですか?」
テレサの質問に侍女は手をパタパタと振って首を傾げた。
「そんな事を正直に話すと思っているのですか?時間稼ぎなんてしなくても、あなたが私の前に立ちはだかった時点でもう勝負はついていますよ。」
「ならば、この場で洗いざらい自供してしまえば、まだ何もしていないあなたの罪は軽くなるかも知れませんよ。」
侍女はまだ近づいてきただけで何もしていない。厳密に言えば何かを実行に移そうとした証拠もない。そんな彼女にある罪といえば、騒ぎを起こした騎士と同じ主人の下で働いているということくらいだ。連帯責任で罰せられる可能性が非常に高い彼女だが、この場で今回の件について話し、協力する姿勢を見せれば、罪が軽くなる可能性が十分にある。
だが、侍女は悲しげに笑ってテレサを見返した。
「軽く済むはずなどありません。事態はもう後戻りできないところまで動き出しています。国王があの場に現れて大人を部屋から出さなかったのもそのため。私たちに残された道は、今すぐ王子を人質に取り、国から逃れることだけなのです!」
侍女は言い終えた瞬間に両手の袖口に手を伸ばし、ほつれたように見えた赤い糸を一気に引き伸ばした。
エルーナにはその行動の意味がすぐには理解できなかったが、テレサにはその意図がわかり、咄嗟に体を逸らした。
テレサが体を逸らして何かを避けたのと、エルーナの頬に何かの液体が降りかかったのはほぼ同時だった。エルーナが頬に手をやって液体を拭う。手は赤く濡れていた。
「鋼鉄線ですか。そこまで細いとなると、魔法で操作するタイプの暗器ですね。騎士のナイフもそうですが、城の検閲は厳しいものと聞いていましたが、それ程でもないのかもしれませんね。」
「まさか侍女に防がれると思いませんでした。でも、こちらも時間がありませんから、強引でも王子を捉えさせていただきます。」
テレサの左手の甲から血が滴っていることから、テレサがただ避けただけではなく防いだのだとわかり、テレサの真後ろに王子が来るようにテレサが動いていることから先ほどの攻撃が王子へ向けたものだということもわかったエルーナも、王子とメルネアをかばえるように位置を調節する。
「エルーナ様。決して動かずにいてください。」
テレサはそう言ってから左手を前に突き出し、鋼鉄線を持つ侍女を静かに見据える。
「この細さではあなたを断ち切ることはできないけれど、それでもあなたを殺す手段はありますよ。」
そう言った侍女は右手に持った鋼鉄線を横に一閃する。服に縫い付けられるほどに細い鉄の糸はそのままにしていても見失いそうになる。それを高速で振り抜かれれば常人には目で捉えることなどできないだろう。
案の定、テレサが前に突き出した手に鋼鉄線が絡みつき、肘辺りまでギュッと巻き付いた。
「このまま引けばあなたの腕は切り刻まれて、王子に手が届く!」
赤い鉄線が早く血を吸わせろと言わんばかりに鈍く光る。侍女が鋼鉄線を強く引っ張ったとき、エルーナにはテレサの柔らかな手が血に濡れるのを幻視して、耐えられずに目を逸らした。
「・・・そんな。どうして。」
けれど、実際にはテレサの苦痛に喘ぐ悲鳴は聞こえず、代わりに鋼鉄線を持つ侍女の戸惑いの声が聞こえてきた。
エルーナが逸らした目を元に戻すと、テレサの手は鋼鉄線に巻き付かれたままではあるものの、血に濡れるどころか傷一つなかった。
侍女が鋼鉄線を引っ張った姿勢のまま驚きに目を見開いていると、テレサは嘲笑うように口端を吊り上げた。
「あなたが特殊な暗器を扱えるように、私もあなたに対抗できる手段を持っているというだけですよ。」
テレサは巻き付いた鋼鉄線を取り払うことなく、左手を後ろに振り、不意を突かれた侍女の手から鋼鉄線をするりと引き抜いた。その際にも左手には傷一つつかず、最初に王子への攻撃を防いだ時の傷だけしか見当たらなかった。
「魔法とはかくも偉大なり。こんなにも細くて普通では扱えないような暗器も容易に制御することができるのですから。そして、そんな暗器を防ぐほどの硬度を化粧に持たせることもできるのですから。」
「そんな・・馬鹿な事・・・。」
呆気に取られて隙を作った侍女が立ち直る間を与えず、テレサは一気に前に出る。テレサの動きにはっとした侍女は後ろに下がろうとするがもう遅い。瞬時に間合いを詰めたテレサは侍女の腕をつかんで足を払い、侍女の動き出そうとした力を利用してぐるりと回転させて地面に叩き伏せた。そのまま侍女の手を後ろに回して動きを封じる。
「護衛騎士は城の騎士が来るまで彼女を押さえてください。」
既に地面に打ち付けられた衝撃で昏倒している侍女を押さえておくようにエルーナたちの周りにいた護衛騎士の面々に頼む。護衛騎士たちは少々引き気味に頼みを聞き、女性の騎士が押さえることになった。
「テレサは、その、強いのですね。」
エルーナがぽかんと口を半開きにしてテレサに言うと、テレサは先ほどの勇ましい雰囲気を和らげて微笑む。
「護身術の範疇ですよ。それよりもそのように口を開けているのは品位にかけますよ。」
口に手を当ててテレサが示し、エルーナはすぐに口を閉じる。同時に気まずそうに王子とメルネア、周りにいた侍女が口を閉じた。
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