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║02║前途多難!生活感ゼロの隠れ家
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グレンの私邸は、王都の外れにある小高い丘の上――
重厚な門や城のような装飾を想像していた僕は、馬車から降りた瞬間、目を疑った。
「……え、ここ?」
そこにあったのは、石造りの外壁に木枠の窓、こぢんまりとした二階建ての家。広さはそこそこあるものの、騎士団長の私邸というよりは、年季の入った田舎の書斎付き別荘という趣きだ。
「……素朴すぎない?」
「必要十分です」
「え、あ、うん……」
僕の戸惑いをよそに、グレンは淡々と扉を開けて中に入っていく。さっきから表情一つ変えない。まあ、いつも通りだ。
中に足を踏み入れた瞬間、さらに驚いた。家具が少ない。いや、少なすぎる。
椅子とテーブル。壁際の小さな本棚。古い暖炉。
――以上。
「ここ……人が、住んでる?」
「私が。単身で。十年ほど」
「そ、それは……えっと、ご飯は……自炊とかしてた?」
「なるべく調理が不要なものを選んでいました」
「……なるほどぉ……!」
つまりこの家は、生活の香りがしない。住んでいるはずなのに、生活感が皆無だ。料理道具も最小限。棚には、塩と胡椒と謎の乾燥野菜らしきものだけ。
「では、殿下の部屋をご案内します」
「えっ、僕の部屋があるの!?」
思わず聞き返してしまう。匿われる話なんて急に決まったんだから、準備する時間なんてなかったはずだ。
「ええ……秘密の部屋があります」
「ひ、秘密の……?」
グレンはそれ以上何も言わず、静かに階段を上がっていく。僕は慌ててその後を追いながら、やたら胸がざわついた。
秘密の部屋って、なに? 怖い。逆に怖い。
「どうぞ、こちらです」
案内されたのは、二階の廊下の奥にある部屋だった。グレンが扉を開けると、静まり返った部屋が現れる。
ベッドと机と棚がぽつん。カーテンの柄も味気ない灰色。いや、灰色って。僕の人生の先行きかな。
でも――王城の地下室よりは、千倍マシだ。あれに比べたら、灰色カーテンすら天国に思える。
「何かあった時のために準備しておいた予備の客室です。最低限の寝具と備品は揃えています」
「なるほど……え、でも、それってただの客室じゃ……?」
「秘密の部屋っぽくないですか?」
グレンはわずかに首を傾けて、至って真剣な顔で言う。
「そ、そうか……な……?」
拍子抜けするくらい普通の部屋だったけど、逆にそれがありがたかった。生活感ゼロの部屋を見たあとだったし、人が住める状況じゃないことも覚悟していた分、この普通さが嬉しい。
掃除は行き届いているし、寝具はふかふか。必要最低限だけど、快適そうだ。
とはいえ――
「……これからここで……ちゃんと生活できるのかな」
今まで、すべてが用意されていた。食事も、服も、掃除洗濯も。何もしなくても日々が回っていた。
でも今は、二人きり。召使いも、家事係もいない。家の中にも必要最低限のものしか置いていない。
案の定、初日から食べ物のことで揉めた。
「殿下、夕飯はどうしますか?」
「え、なんでもいいけど、何があるの?」
「干し肉と乾パンなら、常備しています」
「戦場かな?」
結果、今夜の夕食は、干し肉と乾パン、それから――なんとか僕が作った乾燥野菜のスープになった。
鍋に乾燥野菜を入れて、水と塩を足して煮るだけ。
味も素っ気もない。温かいはずなのに、心はちっとも満たされない。
「……これ、もはや食事っていうより、最低限生きるための作業って感じなんだけど」
「必要な栄養は摂れています。問題ありません」
「うん……そっかぁ……」
否応なしに思い知る。異端の力を制御する前に、まず生き抜くスキルを身につけなきゃ詰むのでは。
(……共同生活、想像の数倍ハードかもしれない)
二人で黙々と乾パンをかじりながら、そんなことを考える。パサパサとした食感。無音の食卓。
聞こえるのは、暖炉のパチパチという火の音だけ。
「あのさ、グレン。今さらだけど、毎日こういう感じなの?」
「はい……生活というものに関しては、あまり得意ではありませんので」
――だろうね!!
「……グレン、明日は食材の買い出しに行こう」
ふいに口をついて出た言葉に、グレンは乾パンを口に運んだまま、ピタリと動きを止めた。
「買い出し、ですか?」
「うん。正直、今夜のこれは限界。これを毎日続けたら、精神が干からびる」
「判断が早いですね」
「死活問題だからね!食事ってこんなに大事だったんだって、今さら気づいたよ!」
やたら真剣な僕に対して、グレンはほんのり眉をひそめる。それが「興味」なのか「不満」なのかすら読み取れないあたり、ほんと表情筋どこに置いてきたのやら。
「明日、近くの村の市場に行こう。料理は、僕がやるから」
「可能なのですか」
「……料理係がやってるところ、城でよく見てたし、本も読んだことある。たぶん、最低限は……なんとか……」
やや不安は残るけど、やるしかない。
「まずは、食卓から立て直す。共同生活はそこからだよ」
「了解しました。では、明日は殿下主導で」
「うん。見てなよ、グレン。明日はちゃんと食事ってやつを食べさせてみせるから!」
自信満々にそう言ったものの――まさか翌日、買い出しであんな騒動になるとは、このときの僕はまったく想像していなかった。
重厚な門や城のような装飾を想像していた僕は、馬車から降りた瞬間、目を疑った。
「……え、ここ?」
そこにあったのは、石造りの外壁に木枠の窓、こぢんまりとした二階建ての家。広さはそこそこあるものの、騎士団長の私邸というよりは、年季の入った田舎の書斎付き別荘という趣きだ。
「……素朴すぎない?」
「必要十分です」
「え、あ、うん……」
僕の戸惑いをよそに、グレンは淡々と扉を開けて中に入っていく。さっきから表情一つ変えない。まあ、いつも通りだ。
中に足を踏み入れた瞬間、さらに驚いた。家具が少ない。いや、少なすぎる。
椅子とテーブル。壁際の小さな本棚。古い暖炉。
――以上。
「ここ……人が、住んでる?」
「私が。単身で。十年ほど」
「そ、それは……えっと、ご飯は……自炊とかしてた?」
「なるべく調理が不要なものを選んでいました」
「……なるほどぉ……!」
つまりこの家は、生活の香りがしない。住んでいるはずなのに、生活感が皆無だ。料理道具も最小限。棚には、塩と胡椒と謎の乾燥野菜らしきものだけ。
「では、殿下の部屋をご案内します」
「えっ、僕の部屋があるの!?」
思わず聞き返してしまう。匿われる話なんて急に決まったんだから、準備する時間なんてなかったはずだ。
「ええ……秘密の部屋があります」
「ひ、秘密の……?」
グレンはそれ以上何も言わず、静かに階段を上がっていく。僕は慌ててその後を追いながら、やたら胸がざわついた。
秘密の部屋って、なに? 怖い。逆に怖い。
「どうぞ、こちらです」
案内されたのは、二階の廊下の奥にある部屋だった。グレンが扉を開けると、静まり返った部屋が現れる。
ベッドと机と棚がぽつん。カーテンの柄も味気ない灰色。いや、灰色って。僕の人生の先行きかな。
でも――王城の地下室よりは、千倍マシだ。あれに比べたら、灰色カーテンすら天国に思える。
「何かあった時のために準備しておいた予備の客室です。最低限の寝具と備品は揃えています」
「なるほど……え、でも、それってただの客室じゃ……?」
「秘密の部屋っぽくないですか?」
グレンはわずかに首を傾けて、至って真剣な顔で言う。
「そ、そうか……な……?」
拍子抜けするくらい普通の部屋だったけど、逆にそれがありがたかった。生活感ゼロの部屋を見たあとだったし、人が住める状況じゃないことも覚悟していた分、この普通さが嬉しい。
掃除は行き届いているし、寝具はふかふか。必要最低限だけど、快適そうだ。
とはいえ――
「……これからここで……ちゃんと生活できるのかな」
今まで、すべてが用意されていた。食事も、服も、掃除洗濯も。何もしなくても日々が回っていた。
でも今は、二人きり。召使いも、家事係もいない。家の中にも必要最低限のものしか置いていない。
案の定、初日から食べ物のことで揉めた。
「殿下、夕飯はどうしますか?」
「え、なんでもいいけど、何があるの?」
「干し肉と乾パンなら、常備しています」
「戦場かな?」
結果、今夜の夕食は、干し肉と乾パン、それから――なんとか僕が作った乾燥野菜のスープになった。
鍋に乾燥野菜を入れて、水と塩を足して煮るだけ。
味も素っ気もない。温かいはずなのに、心はちっとも満たされない。
「……これ、もはや食事っていうより、最低限生きるための作業って感じなんだけど」
「必要な栄養は摂れています。問題ありません」
「うん……そっかぁ……」
否応なしに思い知る。異端の力を制御する前に、まず生き抜くスキルを身につけなきゃ詰むのでは。
(……共同生活、想像の数倍ハードかもしれない)
二人で黙々と乾パンをかじりながら、そんなことを考える。パサパサとした食感。無音の食卓。
聞こえるのは、暖炉のパチパチという火の音だけ。
「あのさ、グレン。今さらだけど、毎日こういう感じなの?」
「はい……生活というものに関しては、あまり得意ではありませんので」
――だろうね!!
「……グレン、明日は食材の買い出しに行こう」
ふいに口をついて出た言葉に、グレンは乾パンを口に運んだまま、ピタリと動きを止めた。
「買い出し、ですか?」
「うん。正直、今夜のこれは限界。これを毎日続けたら、精神が干からびる」
「判断が早いですね」
「死活問題だからね!食事ってこんなに大事だったんだって、今さら気づいたよ!」
やたら真剣な僕に対して、グレンはほんのり眉をひそめる。それが「興味」なのか「不満」なのかすら読み取れないあたり、ほんと表情筋どこに置いてきたのやら。
「明日、近くの村の市場に行こう。料理は、僕がやるから」
「可能なのですか」
「……料理係がやってるところ、城でよく見てたし、本も読んだことある。たぶん、最低限は……なんとか……」
やや不安は残るけど、やるしかない。
「まずは、食卓から立て直す。共同生活はそこからだよ」
「了解しました。では、明日は殿下主導で」
「うん。見てなよ、グレン。明日はちゃんと食事ってやつを食べさせてみせるから!」
自信満々にそう言ったものの――まさか翌日、買い出しであんな騒動になるとは、このときの僕はまったく想像していなかった。
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