騎士団長の秘密の部屋に匿われています!?

krm

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║14║日常のすき間にのぞく、王都の影

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朝の光が差し込む部屋の中、僕はまどろみの中で、まだ昨夜の感触を思い出していた。
(……やっぱり、ちょっと長かったよね、昨日のキス)
グレンは、何も言わなかったけど。あの手の添え方とか、距離の詰め方とか……。
思い出すたびに、胸の奥がゆっくり熱を帯びていく。けれど、その甘さに浸っていられたのは、ほんの少しの間だけだった。
「殿下」
階下から、落ち着いた声が届く。いつもと変わらないはずなのに、その響きがやけに近く感じて、心臓がふわりと跳ねた。
身支度をして一階に降りると、グレンは朝食の支度を終えていて、テーブルの上には温かいパンとスープが並んでいた。
「おはよう、グレン」
「おはようございます、殿下。お加減はいかがですか?」
「うん、大丈夫。昨日の疲れも、あんまり残ってないし」
椅子に座りながらそう返すと、グレンは穏やかに頷いた。僕の前にスープ皿を置きながら、何かを言いかけて、ふと視線を窓の外に向ける。
「……来客のようです」
「え?」
グレンの目の奥に、警戒心が走ったのがわかった。僕もつられて振り返ると、家の前の道に、この辺りでは見慣れない馬車がゆっくりと近づいてくるのが見える。
馬車は黒と銀の装飾が施されていて、一目で王都のものだとわかった。
「まさか……王都から?」
「おそらく」
グレンは背筋をまっすぐに伸ばし、窓際から視線を動かさない。先ほどまで漂っていた穏やかな空気が、音もなく消えていく。
王都からの使者――それがただの挨拶じゃないことくらい、僕にもすぐわかった。
胸の奥が冷たく締めつけられる。理由はわからない。けれど、この静かな朝に差し込んだ王国の影が、これまで守られてきた穏やかな日々を、じわりと侵していくような気がする。

グレンが玄関の戸を開けると、使者はすでに馬車を降り、こちらへ歩いてくるところだった。
「王都より参りました。第一魔術長からの伝令です」
淡々とした口調で告げたのは、まだ若い男だった。洗練された仕立ての服に、王国の紋章が縫い取られている。
「……私に、何か?」
「はい。アストル殿下の御様子を伺いにまいりました。突然のご訪問、失礼をお詫びいたします」
僕は思わず、隣に立つグレンを見る。グレンは表情を変えずに一歩前へ出た。
「殿下は……現在療養中です。ご用件は、私が代わってお聞きします」
「ですが、上層部より『ご本人の魔力の状態を直接知りたい』とのご依頼でして」
「魔力の状態……」
言葉を繰り返しながら、胸の奥がひやりとする。僕の魔力を、なぜわざわざ王都の魔術長が気にかけるのか。
使者は決して敵意を見せてはいない。けれど、微笑みもなく、必要最低限の義務だけを果たしている――そんな印象だった。
「殿下のご体調を第一に考え、確認はごく短時間で済ませるよう命じられております。あくまで、魔力の反応を確かめる程度です」
「それなら、外でやろうか」
僕がそう言うと、グレンがわずかに眉を寄せた。
「殿下」
その声音に、戸惑いとわずかな苛立ちが混ざっているのがわかる。でも僕は、小さく息を吸って言った。
「大丈夫。ほんの少しだけだし……ここで断っても、きっとまたすぐ別の誰かが来る。だったら、応じた方がいいよ」
避けたって意味がない。王都の人間が、僕の魔力に興味を持ち始めた──それが事実なんだ。
グレンはしばらく黙って僕の横顔を見ていたが、やがて静かに目を伏せて一礼した。
「承知しました。……では庭へどうぞ」
グレンの声はいつも通りだったけれど、僕にはわかる。彼が今、どれだけ警戒しているか。
家の裏手、小さな草地に出ると、使者は用意していた魔力感知の装置を取り出した。それは、指先から小さな魔力を流すだけで、強さと属性を測定できるというものだった。
「では、少しだけ……お願いします」
僕は頷き、指先に意識を集中する。火も水も風も土も──どれにも属さない、けれど確かにそこにある僕の魔力が、ゆっくりと手のひらに集まっていく。
一瞬、空気が震えたような感覚があった。
「……っ!」
装置の魔力結晶が淡く光ったかと思うと、ひびが入り、ぱきんと音を立てて砕ける。
「……これは」
使者が息を呑み、僕は驚きで目を瞬いた。流した魔力はごくわずかなはずだったのに──
「ご、ごめんなさい。これ、壊しちゃって……」
「いいえ。ご協力、ありがとうございます」
使者は取り乱すことなく頭を下げるが、その目には明らかな興味が宿っていた。
「では、これにて失礼いたします。すぐに王都へ戻り、報告いたします」
玄関まで見送ると、馬車は来たときと同じ静けさで、森の道を走り去っていった。
扉を閉めると、グレンが小さく息を吐いた。
「……殿下。お怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫。魔力も落ち着いてる」
でも、それよりも──
「グレン、今の……やっぱり、気づかれてるよね。僕の力が、ちょっと普通じゃないって」
「……ええ。おそらく、関心を持たれ始めています。研究対象として」
その言葉に、背筋がひやりと冷える。
「このままだと、僕……」
「殿下は、どこにも行かせません」
はっきりと、強い声だった。気づけば、僕の手を取っていたグレンが、まっすぐに僕を見ていた。
「王都の意図がどうあれ、私は……殿下を守ります。必ず」
その手の熱が、まっすぐに胸に届く。怖くて、不安で──でも、グレンの言葉だけが、今の僕を支えていた。

夕食を終えるころには、外の空気も冷えていた。
後片づけを買って出たグレンに「先に休んでいてください」と言われ、僕はひと足先に部屋へ戻った。
(……今日は、なんだか、すごく疲れた)
魔力を大きく使ったわけじゃないのに、胸の奥がじんと重い。
布団に潜り込み、目を閉じても、まぶたの裏に浮かぶのは昼間の光景ばかりだった。
(……やっぱり、僕の力って、変なんだろうか)
感知装置が砕けた瞬間の音が、今も耳に残っている。
異端と呼ばれることには慣れていたけれど。今日のあれは──何かが本当に「違う」と気づかれた、そんな気がしてならなかった。
(もし、これから王都の人間が何度も来るようになったら……僕、どうなっちゃうんだろう)
布団にくるまったまま、じっと天井を見つめる。
さっきまでは疲れていたはずなのに、今はまるで眠気がやってこない。
自分でもどうしようもない不安が、胸の奥でじわじわと広がっていく。
(……グレン、そろそろ来てくれるかな)
ただ、顔が見たい。声を聞いて、いつもみたいに日課を交わせば、それだけで少し落ち着ける気がした。
そう思ってしまう自分が、少し情けない。けれど、待つことをやめられない。
――そのとき、控えめに扉がノックされた。
「殿下、失礼いたします」
「……うん、どうぞ」
思わず声が弾んでしまいそうになるのを押さえながら返事をすると、扉が静かに開き、ランタンの明かりを手にしたグレンが入ってくる。
背筋を伸ばした姿勢はいつも通りなのに、灯に照らされたその瞳には、穏やかなぬくもりが宿っていた。
「……今日はすみません。不安な気持ちにさせてしまって」
「グレンのせいじゃないよ」
ふと、手を伸ばした。触れたくなったから。彼の存在が、あまりにも今の僕には、必要で。
グレンが一瞬だけ目を瞬かせ、それから静かに僕の手を両手で包みこんだ。
「大丈夫です、殿下。私が、すべてお守りいたします」
「……その言葉だけで、ちょっと安心できる。ほんと、すごいよね。グレンって」
ついこぼれた本音に、グレンのまなざしがやわらぐ。
「そう言っていただけるなら、本望です」
言葉を交わすうちに、自然とグレンは僕のベッドのそばまで来ていた。床に片膝をつき、僕の目の高さまで顔を近づける。
「……では、そろそろ、お休みのキスを」
グレンの手がそっと僕の頬に触れた。指先が髪をかすめるだけで、心臓の鼓動が静かに跳ねる。
そのまま、ゆっくりと唇が重なった。
やわらかく、あたたかく、息が溶け合うような口づけ。触れ合っているだけなのに、胸の奥がふわりと熱を帯びていく。
今夜のキスは、昨日よりも少しだけ深くて、離れ際の名残さえ愛おしく感じた。
唇が離れる瞬間、ほんのわずかに息が重なる。その距離のまま、グレンが低く囁いた。
「おやすみなさい、殿下。今夜も、良い眠りを」
「うん……おやすみ、グレン」
彼が部屋を出ていく気配を感じながら、胸の鼓動がまだ落ち着かない。
扉の向こうに消えた温もりを追うように、そっと唇に触れた。
(まだ、グレンの熱が、ここにある……)
その感触を確かめるように、そっと瞼を閉じる。
布団に身を沈めると、頬に残るぬくもりがゆっくりと心まで染み込んでいった。
今夜はきっと――夢の中でも、彼に包まれている。
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