心臓のトピアリー

トウジマ カズキ

文字の大きさ
22 / 29
二章 探索者

第22話 万事休す

しおりを挟む
 手錠と足枷の鎖をジャラジャラ鳴らしながら、枯れた道の上を歩く。
 足裏に伝わる土の感触。生きている。命の鼓動を感じる。生まれて初めて井ノ道は、自分の命に対して肯定的な感情を抱いた。
 ふと、ボートの運転主や双子の顔が脳裏に浮かんだ。実際に対話した訳ではないが、彼らが不法侵入した貧乏探偵に何かを託そうとしたことは、疑いようのない事実だった。
 風車が落ちていた場所に到着した。すぐ目の前の建物。かなり古い病院だ。築何年だろう。白い外壁が劣化によって鱗のように剥がれ落ちている。絡まり合ったツタが、まるで地中へ引きずり込む触手のように建物の屋上まで伸びている。窓の様子から、どうやら三階建てらしいことが分かった。
 こんな場所に三葉君の風車が落ちていたなんて、到底考えられない。小屋の女性の証言が虚偽でないとすれば、最も妥当な解釈は、病院に訪れた子供の落とし物、といったところだろうか。
 一応、病院に確認してみよう。それに病院ならば、ほぼ間違いなく本土への連絡手段を備えているはずだ。……ああ、その前に、服を着なくては。服、服。どこで手に入れよう。
 すると、足元に、なにやらふわっとした感触を覚えた。見ると、白色の兎が足の上に尻を乗せて、呑気に毛づくろいをしていた。
「ウエ」
 井ノ道は脊髄反射的に右足を引き抜く。思わず痰を吐き出し、軽蔑の眼差しで兎を見る。兎はピョンと跳ねると、じっと井ノ道を見つめた。
 やはり動物はダメだ。まさかこいつ、ぽっぽうと鳴くんじゃないだろうな。白い毛のびっしりと生えた細い首を締め上げて、鳴き声を確かめてみたくなったが、触れたくはないので止めることにした。
「あっち行け、シッ、シッ」
 ハエがたかっているかのように手を払う。それでも兎は、真っ赤に充血した瞳で井ノ道を見つめ続ける。
「お前もバーテンダーみたく丸焼きにしてやろうか」
 さすがの兎も、これには恐れをなしたようで、尻を軽そうに持ち上げると足早に森の方へ走り去っていった。あっという間に豆粒の大きさになり、森の闇へ姿を隠す。
 ……ふと井ノ道は、体を静止させた。兎に対する嫌悪感によるものではない。それをも勝る違和感が、なんの脈絡もなく井ノ道を襲ったのだ。霧のような一切の形を伴わない違和感。だが、たしかにそれを認知しているのだ。
 ━━ガツン。
 大地が割れるような轟音。ジェットコースターのように頭がグラグラ揺れる。猛烈な吐き気。空から星が降ってきた? それとも、雷に打たれたか。一瞬の出来事は、井ノ道に考える時間すらも与えなかった。
 気づけば、地面に横たわっていた。後頭部が熱い。体が言うことを聞かない。全身の血液が、すべてアスファルトに置き換えられたかのよう。
 乾いた風に乗って鉄のような香りが漂ってくる。血だ。俺は、後頭部を殴られて、血を流して倒れているのだ。
 徐々に霞んでゆく視界の中に、四本の足がニュッと侵入してきた。力を振り絞って頭を持ち上げる。テカテカとした艶のある黒のスーツ。紫色の花柄ネクタイ。角刈り、数珠のようなネックレス。スキンヘッド、ミミズのような青黒い血管。
 ああ、探偵事務で見た、ヤバい二人組だ。わざわざこんな場所まで追ってきたのか?   待てよ。こいつらの飼い主が、詩文だとしたら。
 角刈りは、べっとり血の付いた金属バッドを野球少年のようにグルグル振り回す。スキンヘッドが、陳腐なB級ホラー映画みたく先のとがった鋏をチャキチャキと鳴らした。
「人の頭部と野球ボールを見間違える気狂い野郎は、ネットオークションで買った甲子園の砂を一生ペロペロ舐めてな」
「こんな場所で散髪か? 一体どこの毛を切るんだ、スキンヘッド野郎」
 いくら心の中で毒づいても、井ノ道の戯言が二人の耳に届くことはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

処理中です...