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第21話 馬小屋は不穏の味
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夜闇にもだいぶ目が慣れてきた。
すると、馬小屋に近づくにつれ、生ゴミをかき混ぜて三日間放置したかのような、鼻のひん曲がる匂いが漂ってきた。
「いくら勤めとはいえ……もうこれ以上、馬小屋へ近づきたくありません」
付き人の女たちは、体が拒否反応を示しているらしく、提灯を手に持ったまま、その場で固まってしまった。
「いいんですよ、私が一人で行きます。ここまで案内してくれて、ありがとう。あとは私に任せて」
エドワールは、付き人の熱い視線を浴びながら、一人あぜ道を進む。
しばらく歩くと、闇の中から次第に、馬小屋の輪郭がぼんやり浮かび上がってきた。
朽ちかけた木の壁は、今にも崩れそうなほどに傾いている。屋根はボロボロに壊れ、もはやその意味をなしていない。
馬小屋と言うには、あまりにも不穏な空気が漂う、まるで幽霊屋敷のような外観であった。
エドワールは、馬小屋の入口に立つと、閉ざされた戸をコンコンと手で叩いた。
戸の向こう側から、ガサゴソと騒々しい物音が聞こえると、
「なんだ、今日の女か?」
しわがれた、ひどく下品な声が聞こえてきた。
「はい。そうでございます」
戸の向こうのカッパども馬鹿にしてやろうと、エドワールは、鼻をつまんで声を裏返しながら言った。
「……誰だ。その声は、村の者ではないな」
カッパの声には、明らかに警戒の色が帯びていた。
なんだ、案外、馬鹿丸出しという訳でもなさそうである。
エドワールは続ける。
「喉元を箪笥にぶつけて、声を傷めてしまったのです」
「ふん、どうにも怪しい。名乗ってみろ」
これには焦った。
こんな薄い扉、グーパンチで容易にぶっ壊せるのだが、せっかくなので、カッパどもを驚かせて、絶望のどん底へ叩き落してやりたい。
そのためには、戸の向こうにいる人物が村の女であると、カッパたちに心底信じ込ませなければならないのだ。
「……アカネ。あたしの名は、アカネ」
エドワールは、適当に思い付いた名を言ってみた。
「アカネッ!」
カッパの声に、歓喜の色が滲んだ。
どうやら運よくこのピンチを、なんとか乗り切れたらしかった。
ぐうぜん、アカネという名の者が村にいたのか、あるいは、カッパの記憶力がお粗末なのか、どとらかは定かではないが。
「ペロ吉、ヨシ坊、来てみろ! 今日の女はアカネだっ! アカネッ!」
ふたたびガサゴソと物音がすると、扉の向こうに、別のカッパがやって来る気配を感じた。
「アカネっ、今そこを開けてやるからな」
鈍い音を立てゆっくりと戸が開かれる。そこに立っていたのは……。
ああ、緑色の全身。ヒョロヒョロと痩せた体躯。
頭の上に乗った、100均の紙皿みたいな物体。
カモノハシのくちばしを黄色く塗って、ぐしゃぐしゃに潰してしまったかのような顔面。
世にも醜い見た目をした、三匹のカッパが、呆然と突っ立っていた!
エドワールは、カッパの容姿よりも、その背後、馬小屋の悲惨な様子に、言葉を失わざるを得なかった。
床に散らばった馬の骨。壁のそこら中に付着した、糞尿やら血やらの汚物。
腐臭を漂わせる、野菜の茎やヘタなどの残飯。
付き人たちが、近寄りたがらないのも頷ける、まさに地獄のような有様だった。
「貴様、アカネじゃないなっ! 誰だっ!」
三匹の中央に立つ、最も背の高いカッパが、目ん玉をひん剝きながら、醜い顔をさらに醜く歪ませて、驚き言っ
た。
エドワールは、カッパが放つオーラから、即座にその内に秘められた戦闘力を推し量る。
レベルカンストの超強者だけが成し得る、まさに神業である。
たちまち視界に、カッパたちのステータスが浮かび上がる。
モンスター名:ラウルの河童
種族:水人族
レベル:20
体力:150
攻撃力:32
防御力:32
素早さ:32
【特殊スキル】
鬨の声
効果
和太鼓の音色によって己を鼓舞し、ステータス値を一時的に上昇させる。
ああ、雑魚! 雑魚の極みっ! 食う価値もない、弱小モンスターッ!
この村から危険は去ったも同然。
もはやエドワールの関心事は、目の前のカッパどもを、どのようにして懲らしめてやるか、という一点のみであった。
「やあ、アカネだよ」
エドワールは、小馬鹿にするように、鼻声で言ってやる。
「俺達を馬鹿にしてんのか? 違う、その気色悪い声に騙された訳ではない。戸の向こうから、濃い女の匂いがしたから、ここを開けてやったんだ!」
またもや中央のカッパが、まくし立てる。
なるほど、中央の奴が、恐らく三匹の中で一番偉い、ズン太という名のカッパらしかった。
それにしても……女の香りだって?
先ほどの宴で、体に女の匂いが染み付いてしまったのだろうか。
それとも、カッパの嗅覚がイカれているのだろうか。
すると、次の瞬間。
「キャアアア!」
エドワールのすぐ背後から、聞き覚えのある女の声がした。
ふり返る。
そこには、狩人のような服を、大きくはだけさせた、聖女クレナ、エルネット、アメリエルの三人が、折り重なるように倒れていた。
すると、馬小屋に近づくにつれ、生ゴミをかき混ぜて三日間放置したかのような、鼻のひん曲がる匂いが漂ってきた。
「いくら勤めとはいえ……もうこれ以上、馬小屋へ近づきたくありません」
付き人の女たちは、体が拒否反応を示しているらしく、提灯を手に持ったまま、その場で固まってしまった。
「いいんですよ、私が一人で行きます。ここまで案内してくれて、ありがとう。あとは私に任せて」
エドワールは、付き人の熱い視線を浴びながら、一人あぜ道を進む。
しばらく歩くと、闇の中から次第に、馬小屋の輪郭がぼんやり浮かび上がってきた。
朽ちかけた木の壁は、今にも崩れそうなほどに傾いている。屋根はボロボロに壊れ、もはやその意味をなしていない。
馬小屋と言うには、あまりにも不穏な空気が漂う、まるで幽霊屋敷のような外観であった。
エドワールは、馬小屋の入口に立つと、閉ざされた戸をコンコンと手で叩いた。
戸の向こう側から、ガサゴソと騒々しい物音が聞こえると、
「なんだ、今日の女か?」
しわがれた、ひどく下品な声が聞こえてきた。
「はい。そうでございます」
戸の向こうのカッパども馬鹿にしてやろうと、エドワールは、鼻をつまんで声を裏返しながら言った。
「……誰だ。その声は、村の者ではないな」
カッパの声には、明らかに警戒の色が帯びていた。
なんだ、案外、馬鹿丸出しという訳でもなさそうである。
エドワールは続ける。
「喉元を箪笥にぶつけて、声を傷めてしまったのです」
「ふん、どうにも怪しい。名乗ってみろ」
これには焦った。
こんな薄い扉、グーパンチで容易にぶっ壊せるのだが、せっかくなので、カッパどもを驚かせて、絶望のどん底へ叩き落してやりたい。
そのためには、戸の向こうにいる人物が村の女であると、カッパたちに心底信じ込ませなければならないのだ。
「……アカネ。あたしの名は、アカネ」
エドワールは、適当に思い付いた名を言ってみた。
「アカネッ!」
カッパの声に、歓喜の色が滲んだ。
どうやら運よくこのピンチを、なんとか乗り切れたらしかった。
ぐうぜん、アカネという名の者が村にいたのか、あるいは、カッパの記憶力がお粗末なのか、どとらかは定かではないが。
「ペロ吉、ヨシ坊、来てみろ! 今日の女はアカネだっ! アカネッ!」
ふたたびガサゴソと物音がすると、扉の向こうに、別のカッパがやって来る気配を感じた。
「アカネっ、今そこを開けてやるからな」
鈍い音を立てゆっくりと戸が開かれる。そこに立っていたのは……。
ああ、緑色の全身。ヒョロヒョロと痩せた体躯。
頭の上に乗った、100均の紙皿みたいな物体。
カモノハシのくちばしを黄色く塗って、ぐしゃぐしゃに潰してしまったかのような顔面。
世にも醜い見た目をした、三匹のカッパが、呆然と突っ立っていた!
エドワールは、カッパの容姿よりも、その背後、馬小屋の悲惨な様子に、言葉を失わざるを得なかった。
床に散らばった馬の骨。壁のそこら中に付着した、糞尿やら血やらの汚物。
腐臭を漂わせる、野菜の茎やヘタなどの残飯。
付き人たちが、近寄りたがらないのも頷ける、まさに地獄のような有様だった。
「貴様、アカネじゃないなっ! 誰だっ!」
三匹の中央に立つ、最も背の高いカッパが、目ん玉をひん剝きながら、醜い顔をさらに醜く歪ませて、驚き言っ
た。
エドワールは、カッパが放つオーラから、即座にその内に秘められた戦闘力を推し量る。
レベルカンストの超強者だけが成し得る、まさに神業である。
たちまち視界に、カッパたちのステータスが浮かび上がる。
モンスター名:ラウルの河童
種族:水人族
レベル:20
体力:150
攻撃力:32
防御力:32
素早さ:32
【特殊スキル】
鬨の声
効果
和太鼓の音色によって己を鼓舞し、ステータス値を一時的に上昇させる。
ああ、雑魚! 雑魚の極みっ! 食う価値もない、弱小モンスターッ!
この村から危険は去ったも同然。
もはやエドワールの関心事は、目の前のカッパどもを、どのようにして懲らしめてやるか、という一点のみであった。
「やあ、アカネだよ」
エドワールは、小馬鹿にするように、鼻声で言ってやる。
「俺達を馬鹿にしてんのか? 違う、その気色悪い声に騙された訳ではない。戸の向こうから、濃い女の匂いがしたから、ここを開けてやったんだ!」
またもや中央のカッパが、まくし立てる。
なるほど、中央の奴が、恐らく三匹の中で一番偉い、ズン太という名のカッパらしかった。
それにしても……女の香りだって?
先ほどの宴で、体に女の匂いが染み付いてしまったのだろうか。
それとも、カッパの嗅覚がイカれているのだろうか。
すると、次の瞬間。
「キャアアア!」
エドワールのすぐ背後から、聞き覚えのある女の声がした。
ふり返る。
そこには、狩人のような服を、大きくはだけさせた、聖女クレナ、エルネット、アメリエルの三人が、折り重なるように倒れていた。
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