遠い昔の友情

saitou@朱雀

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夢と碧い目

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 翌日、俺は風邪を引いて会社を休んだ。夜風に当たり過ぎたのが原因だろう。強ちあの噂も嘘ではなかったなと重い頭で考えながらベットに横になっている。妹の愚痴を聞いていたらいつの間にか寝ていたようで、そこに妹の姿はなかった。学校に行ったのだろう。近くに置かれていた机を見ると水の入ったコップと薬、ラップをかけた状態の冷えたおにぎりが置かれおり、「早く治して食べ損ねたハヤシライス作ってね」と小さな紙に妹の文字で書かれていた。何だかんだで心配してくれる妹に俺は感動によく似た何かが心の中で渦巻く。
(…今日は暇だな。何をして過ごそうか。)
 ふと考えた事はそれだった。いつもは仕事に追われていたのであまり意識はしていなかったがよくよく考えると結構な時間を仕事につぎ込んでいることに気が付く。一日の大部分を占めていたものがないと風邪とは言え、やはり暇だと思ってしまう。動画を見ているのもいいが多分頭が痛くなるので却下だ。読書も然り。となるとやはり一番は寝るという手が最もだろうが…。
(…寝る気には、なれないんだよなぁ…。)
 些か寝るにはこの頭痛が邪魔で眠ることは出来無さそうだ。じゃあどうやってこの退屈を凌げばいいのだろう。…やはり適当な事を考えながら眠気が来るのを待つしかないか。では何を考えるとしようか、と何となく始めてみたが頭の中で渦巻くことは昨日のあの光景だった。あれは…見間違いなんかでは無かった。確かにこの目で見た。…死んだ筈である親友の姿を、この目で…。そして、多分あいつが死んでしまったのは間違いではない。どこかへと歩いて消えたのではなく、本当にその場から消えた。
(ダメだ。情報が足りなさすぎて分からない。)
 しばらく悩んでいると強い眠気に襲われた。先程飲んだ風邪薬が効いてきたのだろう。俺はその眠気に抗いもせずに目を閉じた。



 目を開けて最初に見えたのは、灰色に淀んだ空と、瓦礫まみれでどこかの寂れた街だった。数歩先には二人の人間が居て、一方は動かず、倒れている地面には赤い液体が広がっており、明らかに死んでいる様子が見える。もう一方はその亡骸を抱えて咽び泣いている。その声は悲しみ、絶望、後悔の念が聞いているだけの俺の胸に痛く、突き刺さるようなものだった。
(…この声、どこかで…?)
 ふと気が付いた、この声はどこか聞き覚えがある事に。一体どこで…。
「―――!!―――…―――ー!!」
 何故か一部の声が聞こえない。否、よく聞き取れない。何か、名前を呼んでいるようにも思えるが…。
(なぁ、そこのあんた…ってあれ?)
 声が…出ない。どれだけ喋ろうとしても声が出なかった。よくよく自分の身体を見ると、透けている。そして俺はようやく理解した。…これは『夢』なのだと。ならば何が起きてもおかしくない。体に入ってた力を抜き、目の前の光景を眺める。泣いている方は茶髪の少し長い髪の男で、それ以外は後ろ姿なので分からない。亡骸の方は抱きかかえられているせいで顔すら見えないが男である事は体格から見てそう判断する。年齢は…20歳くらいだろうか、俺と同じくらいにも見える。
「何で…俺たち、こうなっちまったんだろうな…。」
 正しい道と思って進んでたのにな…、と茶髪の彼は一人で、いやもう息のない亡骸に向かって語りかけるかの様に喋り始めた。その声はどこか自嘲気味で、震えている。近くには拳銃が落ちていて様子を見るに、拳銃に撃たれて死んだのだろう。何故か冷静な思考を回せている事に驚きつつも、ひたすら彼の会話にもならない会話をしているのを見ていた。そしてようやく茶髪男の顔が見えた時、ドキッとした。
(碧い目…?)
 泣き疲れたのか、はたまた涙が枯れてしまったのか分からないが彼は顔を上げ、涙の跡を拭っている時に見えた。眉まである前髪はぐしゃぐしゃに乱れ、碧い目は真っ赤に泣き腫らしていて酷い顔だった。でも、どこかで見た事のある顔だった。
(俺の顔と似ている…?でもあの目は確かに俺の目と同じだ…)
 それだけは何故か確信が持てる。あの色の瞳は…俺以外には妹だけ、しかも妹の目も俺とは少し違い、淡い色だ。でもそのくらいにこの色の目のやつは少ない。いや、正確に言えば青い目は沢山いる。ただ微妙な違いがいくつもあって、その中でも碧い目が少し数が劣っているだけだ。複雑なこの目の色と同じ目を持つ彼に、少し興味を持った。…せめて近寄る事は出来ないだろうか、自分の右足を動かした時、視界が歪む。頭が割れるように痛い、気持ち悪い…。薄れる意識の中、最後に歪んでよく分からない視界から見えたのは、こちらを向いて碧い目が見開かれている光景だった。



「兄ちゃん、大丈夫?大分寝汗かいててビックリしたんだけど…。」
 ぼんやりとした頭でも理解出来る。ここは現実の世界で、妹が学校から帰ってきたんだと。…随分とリアリティのある夢だった。匂いや感覚は無かったけど、見た物すべては全て本物のようでその世界にいる、という感覚がまだ体に残っている感じがする。大丈夫と答えたあと、念のために風呂に入れと言われたので素直に従っておく。この時の妹の言う事はなるべく聞いておくべきだと長年の経験で分かっている。少し汗を吸った寝間着を脱ぎ、洗濯機に入れてから風呂に入る。温かな湯船が寝汗で冷えていた身体を優しく、身体の外から温めてくれる。ホッと一息ついたあとシャワーを浴びて髪や身体を洗い始める。ふと、目の前にあった鏡を見てみると、そこには少し疲れた顔で、碧い目に水を含んでボリュームを失った腰くらいまである灰色の髪を洗っている…俺の姿が写っていた。
(…やっぱりあいつ、俺と似てる。顔の造りもよくよく思い出せばそっくりだ。)
 髪の長さや色を除けば瓜二つ。…あの夢は一体何だったのだろうか、夢に出てきたあの二人は…。不思議と覚えていた夢について考えていると、妹に早く出ろと言われて俺は仕方なく考える事を一時放棄した。
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